第十四話 片付けられない女
私の名前はE。三十代前半の女性。自分の性質の所為かはわからないけどコンビニバイトで生計を立てている。
私の不満は私の中にある。私は所謂──
「片付けられない女」
部屋の隅に積み上がった衣類の山。いつか分別しようと放置されたペットボトルの群れ。 私はそれらを見ない振りをしながら、ベッドのわずかな隙間に体を丸めてスマホをいじっていた。
「はあ……。誰か一瞬で、この部屋を綺麗に片付けてくれないかな……」
ぽつりと呟いた瞬間、私の足元から「バキッ」と、何かが激しく破砕される乾いた音が響いた。
音のした方に目を向けると、私の脱ぎ散らかしたパーカーの上に、見知らぬ妙な男が座り込んでいる。男は手際よく殻付きの落花生を割り、中身を口に放り込むと、中身のなくなった殻を私のキーボードの上に躊躇なく放り捨てた。 さらに男は手についた殻の粉や薄皮をパンパンと軽く叩き、それを部屋中に撒き散らす。
「……ちょっと!それ、私が机の上に放置してたおつまみの落花生!ただでさえ散らかってんのに、追い打ちかけないでよ!」
男は気にする様子もなく、手元にある奇妙な計器をパチパチと操作した。
「あなたの性質が善か悪かなんてどうでもいいんです。ただ、あなたが不満を持っているのは、このメーターが示している。」
「人の部屋に勝手に入ってきて、何言ってるのよ」
「なので、その不満を解消するため、あなたが輝ける世界にご案内いたします!」
「言ってる意味がわ──」
視界が、真っ白に染まった。
───
気がつくと、私は自分の部屋のベッドで目を開けていた。 相変わらず、部屋は足の踏み場もないほど散らかっている。
「え?夢……? でも、落花生の殻がキーボードの上に残ってる……」
困惑しつつも、私はいつものように仕事へ行き、いつものように帰ってきた。 当然、部屋は散らかったままだ。
知らないあの男に散らかされたという事実も後押しし、片付け欲が燃えてきた。さあやるぞ!とクローゼットを開けてみたが、三分で嫌気がさして諦めた。
そこで私は、ふと思いついた。
「そうだ。この汚部屋の写真を、今の状態のままSNSにアップしよう。みんなに見られて恥ずかしい思いをすれば、嫌でも片付ける気になるはず」
自分を追い詰め、退路を断つための、自虐的な投稿だった。
ところが。写真をアップして数分後、スマホの通知音が鳴り止まなくなった。 画面を見ると、信じられない文字が躍っている。
『待て! 頼むからその素晴らしい配置を動かさないでくれ!』
リプライを送ってきたのは、世界的に高名な、あのフランス人インテリアデザイナーだった。 彼の興奮に満ちた連投は、さらに続いた。
『脱ぎ散らかされたストライプのシャツと、絶妙な角度で傾いたペットボトル、そして地層のように重なる雑誌……! これほどまでに斬新に配置されたオブジェクト群を撤去する気か!』
私はなぜかダクトテープで壁に留められたバナナを思い出していた。
───
デザイナーの絶賛は、またたく間にネットニュースで拡散された。
次に有名インテリア雑誌が「生活空間における無秩序の芸術」と題して私の部屋の大特集を組んだことで、その特集号は一瞬で書店から消えた。
そして、あのフランス人デザイナーがわざわざテレビカメラを引き連れて私のボロアパートを訪れた。
「彼女の部屋は、均一化された現代社会への、美しき反逆だ!」
デザイナーがテレビで熱弁を振るうと、私の部屋は一気に「前衛芸術の聖地」になってしまった。
アパートの周囲には、世界遺産の観光地のように、毎日大勢の見学客が押し寄せるようになった。周辺の道路には、にわか作りの屋台がズラリと立ち並ぶ。
「はい、名物『汚部屋焼き』お待ち!」
「パパ、『汚部屋風船』買って!」
「こっちは汚部屋ポストカード、汚部屋ポスターだよ!」
赤い「汚部屋ちょうちん」の光が、夜のアパートを怪しく照らし出していた。
私は「新進気鋭の汚部屋アーティスト」として一躍時の人となり、顔も名前も完全に世間に割れてしまった。 おちおちコンビニに行くことすらできない。 そして何より最悪だったのは、同調圧力に弱い、私の気弱な性格だった。
「次の新作部屋を早く公開してください!」
「片付けないで!それがあなたの芸術だしあなた自身でしょ!」
ファンやメディアの熱狂的な期待に応えるため、私はゴミを捨てることも、掃除機をかけることもできなくなってしまった。 かつては私だけの隠れ家だった汚部屋は、今や観光客のために常時開放され、ガラス張りの美術館のように大衆の目に晒され続けている。
私は、ただ静かに、誰の目も気にせずに横たわれる場所を、完全に失ってしまったのだ。
───
管理者は、手元のメーターをチェックする。
「おかしいな……。片付けなくていい世界にしたのに、不満メーターが振り切ってしまったぞ」
管理者はメモに書き留めた。
「片付けなくても誰も気にしない世界 失敗」
お読みいただきありがとうございました!
今のところ大きな反響はありませんが、少しでも面白いと思っていただけましたら、下部の「リアクション」や「評価☆☆☆☆☆」、「ブックマーク登録」をしていただけると、執筆の大きな励みになります!
ネタがあれば、毎日22時に更新する予定です。次回もよろしくお願いします!




