第十一話 時を欠ける男
俺の名前はW、二十八歳。ベンチャー企業のシステムエンジニアだ。
「動画を等倍で観るなんて、人生の無駄だろ。二倍速、最低でも一.五倍速。結論だけ言えよ、結論だけ」
深夜二時。俺は自室のトリプルモニターの前で、技術セミナーの動画を二倍速で再生しながら、同時に新機能のコードを書き、さらに片手でスマホを操作して技術ブログをスクロールしていた。
現代は「タイパ」──タイムパフォーマンスの時代だ。
それなのに、世の中はあまりにも無駄なプロセスに満ち溢れている。だらだらと長い会議、乗っているだけの通勤電車、お湯が沸くまでの三分間、メッセージの返信を待つ数分。そのすべてが、俺にとっては耐え難い人生の損失だった。
「ショートカットのないこの世界ってむしろ仕様が間違ってんだよ。結果さえ手に入れば、過程なんてどうでもいいんだよ」
なんとか耐え忍んで三分間待ったカップラーメンを食べようとするが見当たらない。
「あれ……?」
俺がさっきまで座っていた椅子にその男は座っていた。さらにあろうことか男は「あち…あち」と言いながら、麺を手でつまみながら食べている。
「お前!俺の三分間を返せ!」
男はネギとスープで汚れた手のまま、手元にある奇妙な計器を操作した。
「あなたの性質が善か悪かなんてどうでもいいんです。ただ、あなたが不満を持っているのは、このメーターが示している」
「おい、不法侵入だぞ!出て行け!」
「なので、その不満を解消するため、あなたが輝ける世界にご案内いたします!」
「おい、わけがわか──」
言葉が遮られ、トリプルモニターの放つ眩い光が、視界全体を真っ白に染め上げた。
───
気がつくと、俺はいつものオフィスのデスクにいた。
時計を見ると、朝の九時。週に一度の、最も憂鬱な「全体進捗会議」の直前だ。数時間かけて作った、不完全な資料。これから上司に怒鳴られ、何時間も修正のプロセスを踏まされるのだろう。俺は大きなため息をつき、「頭の中にはもう完成形があるのに…ターン!っと一瞬で提案書が仕上がんねえかな」と、パソコンのキーボードをターン!と叩いた。
カタタタタッ。
打鍵音が響いた次の瞬間。俺の目の前のプリンターから、ガガガと音を立てて、一束の分厚い資料が吐き出された。手にとって見ると、そこには俺が数週間かけて構築するはずだった、一分の隙もない完璧なロジックの「新規開発プロジェクト提案書」が印刷されていた。
「おい、これ……?」
そこからの俺の仕事は、まさに「無双」だった。
ゴールまでの道筋が頭の中で構築された瞬間、それはプロセスをすっ飛ばして結果を即答してくれる。
たまに発動しないときがあったが、それは構築した道筋が間違っていることの証拠であり、むしろ俺の仕事をさらに完璧にした。
上司「この仕様変更、今日中に対応できるか?」
Wは資料を見る。単純作業だが、工数の多いいわゆるタイパの悪い作業だ。
しかし俺は、一瞬で必要な作業工程が頭の中に浮かぶ。
「できます」
その瞬間、プリンターから完成した仕様書が出てきた。
社内での俺の評価は異次元のレベルに達し、一瞬で開発部長へと出世した。
「これだ!俺が求めていたのは、このタイパだ!!」
───
これまではいくらタイパタイパと言っても、仕事に忙殺されて人間らしい生活をしていなかったと思う。
気持ちの余裕のようなものができた俺は、以前から気になっていた女性をデートに誘う。
これも、手順をしっかり考え、道筋ができていたのか、一瞬でOKの返事をもらうことができた。
そして彼女をエスコートし、予約の取れないことで有名な最高級の寿司屋へと向かった。
カウンターに座り、大将が目の前で極上の大トロを握る。
「早く、この美味い寿司を食いたい」と、箸を伸ばした瞬間。
──フッ。
一瞬、視界がブレた。気がつくと、俺の目の前の皿は空になっていた。
おかしい。大将に同じ物を注文する。
──フッ。
確実に空腹感が減っているのがわかる。
「味わう」というプロセスが、味、香り、舌触り、喉越しをイメージすることで「ショートカット」されたのだ。
彼女は満足しているようだったが、俺は気分が悪くなったと言い残し、食事だけで帰宅した。
「こんなはずでは……」
俺はまだよく事態が飲み込めない。
「あ、今日は毎週楽しみにしているネットドラマの配信日だ。気持ちをアゲるためにも観よう。」
「この物語の結末はどうなるんだ?」と、再生ボタンを押した瞬間。
──フッ。
画面には、すでに「THE END」の文字が映し出されていた。
それと同時に、俺の脳内に直接「犯人の名前とトリックの全貌」が流れ込んでくる。
そして俺はなぜか涙を流していた。「感動」すらも強制的に流し込まれていたのだ。
スマホが鳴る。先程の彼女からだ。
彼女は言う。
「あのね。私できちゃったみたい」
「おいおいおい…そこはタイパが一番必要ねえだろおおおお!」
俺の人生はショートカットして壊れていった。
────
管理者は、これからの彼の幸せな家庭を確信して目を細める
「これこそが、究極のタイムパフォーマンスだ。……よね?」
管理者はメモに書き留めた。
「すべてのプロセスをスキップできる世界 大成功」
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