犯人
「・・・・・・私もそう思った、これを見た時は」
大和が訝し気に3人を見た。
「今ので確信した!やっぱり、これは貴方じゃないのね」
「何かよくわからない、判るように説明してくれよ」
「実は、それね、こっちのアパートの郵便受けに直接入れて行かれてたの、この封筒に入って、郵送とかじゃなくて直接」
説明を受け、切手も貼ってない、差出人も受取人も記されていない茶封筒を手に取り確認した。
「誰が何の為に?」
誰も明確に答えられないのは重々承知だったが、大和は聞かずに居られなかった。
「念のために聞くけど、実は家にも同じ物が届いてたりしないよな?」
「うん、家の方は全く、そういった事は起きてない」
「どこの誰か知らないけど何が目的なんだ!何で母子家庭宅にこんなのを入れてく必要が有るんだ、どんな反応が見たくて、こんなのを入れていったんだ」
「・・・・・ねぇ、それで、どうするの?その離婚届、念のため証拠として、証拠にも何もならないかもしれないけど、保管しておく?」
寛子に意向を確認され暫し迷った後、大和が破り捨てた。
「こんなの証拠にも何にもならない!さて、気を取り直して折り畳み自転車、見に行ってみよう」
「じゃあ!また来週ね!自転車ありがとう!大事に乗るよ!」
店に行くまで、それほど欲しいとも思わなかった好美だが、いざ行って色々と説明を聞いたりしているうちに欲しくなり結局、折り畳み自転車を買ってもらっていた。
「あー・・・・思ったほど場所取らないわね」
「うん」
実際に玄関に折り畳み自転車を置いてみて、そのコンパクトさに2人で感嘆を漏らした。
「とりあえず、これで、いざという時に悪戯されてて乗れない!って事態は回避できたね!ちょっと駐輪場の自転車が無事か確認してくる」
颯爽と玄関を出て駐輪場の自分の自転車を確認していると、時子が外出先から帰ってきた。
「こんにちは!犬飼さん」
「好美ちゃん、こんにちは、今から、お出かけ?」
「いえ、自転車の確認を」
時子が異様に入念に自転車の点検をする好美を訝し気に見た。
「随分と丁寧に点検するのね?」
「はい・・・・・」
戻りが遅い好美を心配して燿子が玄関から出てきた。
「どうしたの?自転車、また何かされてたの?あ・・・・・こんにちは犬飼さん」
「こんにちは、あの・・・・・・自転車に何かされたんですか?」
「何かされたのかどうかは証拠が無いので定かではないんですけど・・・・・」
言いながら、ブレーキにも不具合が無いのを確認して好美が立ち上がって燿子とアイコンタクトを取った。
「・・・・・証拠?」
「立ち話も何ですから、良かったら、どうぞ」
「そうだったのね、それは本当に不自然ね、だからあんなに念入りに点検を・・・・・」
「そうなんです、それで、これ以上の被害を防ぐために父が折り畳み自転車を買ってくれて」
言いながら玄関の脇でコンパクトに折り畳まれた黄色い自転車に視線を流した。
「オシャレな自転車ね」
「でも、あの自転車も結構気に入っているので、ダミーで停めておくとかじゃなく、悪戯されてなければ引き続きあの自転車も大事に乗るつもりです」
「それにしても、何で好美ちゃんの自転車だけが2度も狙われたのかしら、駐輪場には他にも停まってるのに」
至極当然の疑問を口にされ一瞬、沈黙が流れた。
「理由は定かではないけど目立つからかしら・・・・って少し前から思ってるわ」
「確かに目立ちますよね、好美ちゃんの黄色い自転車、好美ちゃん黄色が好きなのね?」
「はい、もっと落ち着いた色の自転車にしたほうが良かったのかな、確かに派手かなって思ったけど、何か今回も黄色に一目惚れしちゃって」
その一言で不意に勤め先の男性を思い出した。
他店から時子が働いている支店に異動してきた、周りから余り好かれていない社員。
「・・・・どうか、されました?」
急に沈黙した時子を燿子が心配そうに見た。
「いえ・・・・・不意に勤め先の最近異動してきた男性社員の事を思い出しまして、その社員も黄色好きで」
2人、特に深く記憶にとどめる事無く聞き流した。
「ところで、今度また友達と犬飼さんの店に行きますね、今回はパフェじゃなくてショーウィンドウに凄く美味しそうに飾られてるナポリタンを食べに」
「待ってるわ!いつでも食べに来てね?因みに、うちの店のナポリタン、本当に美味しいのよ!パフェも人気だけどナポリタンも本当に人気だから是非とも食べてね?あのレストラン街の中でなら負けない自信があるわ」
話題は暫しグルメ系の話に進んでいった後、ガールズトークへと移行していった。
そして、すっかり良い時間になっている事に気付いた燿子が仕切りなおした。
「まあ、そんな状況だから、お互い相手に全く心当たり無いけど、気を付けていても防ぎようがない事も有るけど、密に情報交換とかしながら気を付けましょう」
何気なく自分の口から突いて出た「情報交換」のセリフに、まだ打ち明けていない情報がある事に気付いた燿子がポストに直接入れて行かれた離婚届に関して打ち明けた。
「離婚届?非常に妙な物ですね」
「そうなのよ!純粋に嫌がらせが目的にしては変な送り物でしょう?嫌がらせが目的ならカミソリの刃とかでも良いと思わない?犬飼さんの所には妙な郵便物とか届いてない?」
「妙な郵便物は今のところ届いてないですね、請求書の類が届く位で」
そんな話をしていると。
外から車の音が聞こえた。
程なく、何かを取り出して迷わず部屋に向かってくる足音を聞いた。
「何か嫌な予感がする・・・・・ちょっと失礼します」
ドアに張り付いて魚眼レンズで外の様子を確認すると、うなぎ屋の店員が近づいてきて手を伸ばす姿が確認できた。
ピンポン。
心当たりのない来客に思わず2人で顔を見合わせていると。
「念のための確認ですが、うな重なんて頼んでないですよね?」
「?ええ・・・・・頼んでいませんけど」
「判りました、私が対応します」
時子がドアを開けると配達に来た店員の男性が直ぐに営業スマイルを作った。
「お待たせしました!うな重2人前です」
「やっぱり・・・・・」
迷惑そうな視線で射抜いて何故か受け取ろうとしない時子を訝し気に見下ろしながら再度、2人前のうな重を差し出した。
「あの、こちら、A101の犬飼さん宅で合ってますよね?」
「ごめんなさい!本当に申し訳ないんだけど、頼んでないので持って帰って頂いて良いかしら」
「はい?」
状況を呑み込めない様子で、立ち尽くす店員に、もう一度はっきり伝えた。
「それ頼んだのは、本当に私じゃないの、ですから本当に申し訳ないんだけど、お引き取り願えませんか?」
丁重に断られ立ち尽くす男性に「失礼します」とだけ残し、ドアを閉めた。
「あの、大丈夫でしたか?チラッと聞こえたけど・・・・・」
好美に心配され時子は疲労感を滲ませながら報告した。
「ええ、丁重にお断りしたから大丈夫よ、それにしても今回の人もお届け先を此処だと思い込んでる様子だったけど、いったい、どういう事なのかしら」
思わず首を捻りながらも、ドアに張り付いて魚眼レンズで外の様子を確認した。
そんな時子の後ろ姿を見ていた2人は、その指に光る指輪に思わず顔を見合わせた。
「あ・・・・・そうだ!店員さんにお願いしてこないとならない事が有ったわ!」
何かを思い出したように時子は急に部屋を飛び出していった。
「店員さん、ごめんなさい、待ってください!一つお願いがあるんですけど」
「はい?」
「もしも、また私の名を名乗って注文するような電話が有っても相手にしないでください、それは悪戯電話ですので」
「はぁ・・・・・・」
納得できない様子でアパートを出ていく、うなぎ屋の車を見送り、時子が部屋に戻ってきた。
「何だか、すっかり長居しちゃいましたね、しかも、またお騒がせしてしまって・・・・・そろそろ失礼しますね」
「あの犬飼さん、今気づいたんだけど、ご結婚されたんですか?」
「え?」
2人が自分の薬指を凝視している事に気付いて、躊躇わずに、その指輪を外すと無造作にズボンのポケットに押し込んだ。
「いえ・・・・・勤め先で変なトラブルに巻き込まれるのを防ぐ為に・・・・・です、恋愛は懲り懲りですので、既婚者を装っているんです」
「虫よけ・・・・的な感じですか?犬飼さん、絶対にモテそうだし」
「いえいえ、決して、そんなモテたりしないけど、まさに、その通りで虫よけ目的で付けてるの」
そんな時子の受難を目の当たりにして暫く経った4月の後半。
「じゃあ、気を付けて愉しんでらっしゃい」
好美は修学旅行の初日を迎えた。
「うん、行ってくるね、送ってくれてありがとう」
燿子に正門の前まで送られて好美は元気に校庭へと駆けて行った。
校庭には既に歩と真希が来ていた。
「おはよう!真希ちゃん、歩!」
「おはよう好美」
「ヨッシーおはよう!奈良の鹿、楽しみだね」
「うん!鹿せんべいあげる!怖いくらい囲まれたい」
「大丈夫!きっと可愛い鹿さんに完全包囲してもらえるよ!お兄ちゃん曰く円らな瞳なのに圧が凄くて地味に恐怖も味わえたらしいよ、そうそう経験できない事だからね!両方たっぷり堪能しようね!」
「うん!しっかり堪能させてもらおう」
「そういえば、お姉ちゃんが機会があったら鹿の角を触ってみなって」
「鹿の角?」
2人の大き目な驚いたような声が重なった。
思わず周辺に居た人たちに振り返られ注目され恥ずかしそうにした後、気を取り直して鹿の角トークに花を咲かせた。
「なんか独特の触り心地らしいよ、チャンスが有ったら是非とも触ってみよう」
そんな話で盛り上がっている3人を少し離れた所で悠太が見ていた。
「鹿の角か・・・・・」
敢えて鹿の角に触ろうという発想は無かったが、独特の触り心地というのが気になりチャンスがあれば自分も触ってみようと密かに決めた。
皆、思い思いの場所で雑談しながら出発の時間を待ち、集合時間の凡そ10分前には全員集まり整列も完了していた。
いつでも出発式を始められる状態ではあったが、出発式は決められた時間に始まった。
校長・教頭・学年主任・PTAの短めの、けれど、それほど有難みの無い挨拶を聞いた後、一同はバスに乗り込み学校を出発した。
「真希ちゃん、先に外に出てるね」
「うん」
鏡を見据えドライヤーを当てながら鏡越しに手を振って見せる好美に手を振り返して見送った。
好美が熱気の籠る大浴場から出ると、隣の男風呂から悠太と若林も出てきた。
「あれ?お前ひとりなのか?小沢と鏑木は?」
「歩は特例で部屋のシャワー使ってる、真希ちゃんは髪の毛乾かしてる、もう出てくるけど、2人と話したかったの?」
「別に!そういえば鹿の角、触れた?」
「うん!完全包囲と地味な恐怖も味わってきた」
「俺たちも触った、完全包囲してもらえなかったから地味な恐怖は味わえなかったけど、良い機会だから最後に一枚だけ残った鹿せんべい、2人で半分にして食ってみた」
「2人も食べたんだ?良かった!チャレンジャーな仲間が居て!実は私たちも3人で食べてみたさ!凄い勢いで迫って来て競うように美味しそうに幸せそうに食べるからさ、そんなに美味しいのかなぁって気になって食べてみたけど不味かったね!勿論、人間が食べても害は無いらしいけど」
そんな話をしていると真希が出てきた。
「ヨッシー、お待たせ!毎回待たせちゃってごめんね」
「平気!じゃあ、行こうか、じゃあ、またね2人とも」
軽く2人に手を振って好美と真希は部屋に戻っていった。
悠太の口から不意に盛大な溜息がもれた。
「?」
訝し気に若林に振り返られ露骨に焦って見せて話題を変えた。
「悪い!気にするな、修学旅行も、あっという間だったなって、明後日から、もう日常が戻ってくるんだなぁと思ったら少し切なくなった」
「ああ・・・・・ホントあっという間だったな」
好美達が平和に修学旅行の日程を消化してる頃。
「ちょっと!貴女何してるの?!」
燿子が入浴後の牛乳を飲んでいると、外から誰かを咎めるような時子の声が聞こえた。
何事かと燿子が外に飛び出すと、見知らぬ若い女性が何かの工具を手に好美の自転車の前で立ち尽くし、時子から問い詰められていた。
「え・・・・・ちょっと家の娘の自転車に何しようとしてるの?!」




