攻撃
燿子は明らかに冷静さを欠いていた。
感情のまま怒りの文章を作成するのを見て好美が止めた。
「ちょっと冷静になろう?そんな兆候全くなかったでしょう?一回、お姉ちゃんに話を聞いてみよう」
一旦、燿子からスマホを取り上げた上で寛子にLINE電話を掛けた。
『どうしたの?急に2人して怖い顔して』
丁度お風呂上りの寛子が髪を拭きながら応対した。
「お姉ちゃん、お父さんまだ帰ってないよね?」
『うん、お父さんに何か用事?』
「実はね、見て、コレ」
まだ怒りがコントロールしきれていない様子で燿子が離婚届をスマホの前に翳した。
『え?!何?どういう事?!2人とも離婚するの?!』
電話の向こうで寛子も激しく動揺した。
「やっぱり寛子も心当たり無いわよね、あの人が、こんなものを送りつけてくる動機なんて、勿論私は離婚だなんて毛頭考えてないけど」
「ちょっと、お母さん、本当に落ち着こう!直球すぎるでしょう」
『ちょっと待って、凄く混乱してる、お父さん、そんな事を考えてる様子なんて全く見せなかったけど、2人が離婚するメリットなんてどこにもないし』
「でも現に送られてきてるのよ」
大いに動揺したが、程なく寛子は冷静さを取り戻し暫し考え込んだ後。
『ちょっと冷静になれた所で、ねぇ、さっきの離婚届、もう一回見せて?』
「はい」
好美が全体が入るように少し引き気味で見せると寛子が、じっくり確認した。
『・・・・・・ありがとう、良いよ!」
言われて用紙を折れ目に沿って畳んでいると。
『何かおかしくない?』
寛子が、どの辺りに疑問を感じているのか判らず顔を見合わせた。
「おかしい?例えばどの辺りが?」
まだ冷静になれない様子の燿子が若干不満げに寛子の意見を求めた。
『だって、それ、お父さんの署名も無いでしょう』
「うん、白紙の状態だけど」
『仮に、その気があって離婚届取りに行ったとしたら、普通は自分の署名を済ませてから送ると思うんだよね、詳しく知らないけど離婚届って、お互いの署名がないと受理されないでしょう?なのに白紙の離婚届を送り付けて先にお母さんに署名させる理由も判らないし離婚届を完成させる為に何でそんな手間をかける必要が有るの?って話になるよね、どうしても離婚したいなら、わざわざ郵送するんじゃなくて会った時に互いに署名したって良いでしょう、こんな方法、切手と時間の無駄でしょう』
「ゴメン、寛子、お母さんの説明が足りなかったわ、これ、実は直接ポストに入ってたの、宛名も送り主の名前も記されてなかったの」
『えー、何それ、やっぱり変だよ、仮に、それを、そっちのポストに入れたのがお父さんだとしたら無駄な労力を使いすぎだよ、そんな事する理由が何処にも見つからない、少なくとも私たちの知ってるお父さんは、もっと効率的に動くでしょう』
「冷静に考えたら、確かにそうね・・・・・悪いけど、お父さん帰ってきたら寛子から、それとなく聞いてみてくれる?でも、余計な心配かけたくないから、そういう事があった事は伏せていおいてほしい」
『判った、何か判ったら連絡するね』
翌日の夕方。
寛子からLINE電話が入った。
『昨日お父さんに色々と伏せた上で離婚について持論を引き出したけど、お母さんと別れたがってる様子なんて全くなかった』
「判った!お母さんに伝えておくね」
しばし寛子と他愛ない話をしているとインターフォンを鳴らされた。
「あ、誰か来た、ちょっと一回切るね」
『うん』
とりあえず電話を切ってスマホを握りしめたまま魚眼レンズで確認するとピザの配達員が立っていた。
「はい」
全く心当たりが無かったが、とりあえずドアを開けた。
「こんばんわ!お待たせしました!ご注文いただきましたピザをお届けに上がりました」
「ピザ?え?頼んでないと思うんですけど・・・・・お母さんが頼んだのかな・・・・・ちょっと心当たり無いので、母に確認して良いですか?」
手短に燿子にメールを送ると簡潔に頼んでいない旨の返信が届いた。
「やっぱ頼んでないみたいです、もちろん私も頼んでないし」
お互い訝し気に見つめ合い困惑を滲ませながら配達員が確認した。
「あれ、僕が間違えたかな、A101のお宅に届けたつもりだったんですけど?」
「あー・・・・・A101は確かに家ですが」
「A101の犬飼様宅で間違いないですよね?」
「犬飼さんは、この真上ですけど、部屋はA201です」
2階の部屋を指され配達員は思わず人の気配が全く感じられない部屋を見上げた。
「因みに・・・・・」
配達員の言いたい事を先に汲み取り答えた。
「まだ帰ってきてないです、何時に帰ってくるかとかも判らないです」
困り果てた配達員がとりあえず店に確認の電話を掛けようとした時。
駐車場に時子の車が入ってきた。
「あ!犬飼さん帰ってきましたよ」
「良かった!ありがとうございました」
「いえ・・・・」
会釈し合った後、好美はドアを閉めて寛子との電話を再開した。
『お客さん、誰だったの?』
「ピザ屋さんだった」
『ピザ?良いな、そっちはピザにしたんだ?久しぶりに家もピザ食べたいな』
「それがさ、間違って配達されたんだよね、決して家で頼んだわけじゃないよ、それに何か少し変だったんだけど」
『変?どんな風に?』
「A101に届けに来たって」
『?其処じゃん』
「うん!此処なんだけど配達員はA101の犬飼さん宅に届けに来たって言うんだよね」
『えー何、どういう事?犬飼さんが部屋の号数を伝え間違えたって事?』
「ね?疑問に思うでしょう?普通、伝える時に部屋の号数を間違えたりしないよね、聞き間違えるような要素もないと思うし」
そんな話をしながら違和感を2人で洗い出してみたが結局は憶測の域を抜ける事が出来なかった。
『ところでさ、今度の日曜日までピザの気分が持続されてるか怪しい限りだけど、まだピザの気分が続いてたら、お昼は久しぶりにピザにしない?』
散々ピザの話をした所為で2人すっかりピザの気分になっていた。
「ただいま」
「あ、お母さん帰ってきた、お母さんに代ろうか?」
『うん』
「お母さん、丁度お姉ちゃんと話してたの、はい!例の件お父さんに色々探り入れてくれたみたい」
燿子は好美に荷物を押し付け寛子と20分近く話し込んだ。
「ありがとう色々、余計な心配かけてごめんね、じゃあ、また日曜日にね」
燿子は通話を終了するボタンをタップしてスマホを好美に返した。
そして上着を脱ぎながら声を上げた。
「あ!色々考え事してた所為で買い物に寄って来るのを忘れてた!」
溜息付きながら冷蔵庫を開けて何が作れるか思考を巡らせたが諦めて買い物に行く事に決めた。
「そういえば今思い出したけど、バタバタしていたから自転車の修理代も渡してなかったわね」
「うん」
「とりあえず諦めて買い物行ってくるから、留守番してて」
「うん」
玄関で靴を履いてるとチャイムが鳴らされた。
「・・・・・犬飼さんだわ」
魚眼レンズで確認してドアを開け対応した。
「犬飼さん、こんばんは」
「こんばんは、あ、今からお出かけですか?」
「ええ・・・・・でも急用でも何でもないので大丈夫ですよ」
「あの!不躾で大変恐縮なんですけど良かったら、ちょっとだけ時間をいただけないでしょうか」
「じゃあ、立ち話も何ですから、どうぞ?」
「ありがとうございます、スミマセン、一瞬だけお待ちいただいても良いでしょうか」
時子は申し訳なさそうに頭を下げて急いで部屋に駆け上がった。
そして直ぐに先ほど届けられたピザを手に降りてきた。
「ちょっと流石に一人では食べ切れなくて・・・・良かったら一緒に」
「え?じゃあ、このピザ頼んだのは犬飼さんじゃないって事ですか?」
好美がウーロン茶の注がれたコップを差し出しながら驚いて見せた。
「でも私の名前で家に届くように注文されたらしくて」
「え・・・・そんな状況なら食べない方が良いんじゃないかしら」
「あ、でも、支払いは済ませたので食べた後に何かしらの問題が生じるようなことは無いので大丈夫です」
言いながら率先して一切れを切り離し齧って見せた。
「正直言うと一瞬お引き取り願おうかとも思ったけど、何だかそれも配達員の子や丹精込めて焼いてくれた店の人も可哀そうな気がして」
2人顔を見合わせ燿子も一切れ切り離した。
「では、遠慮なく頂きます」
「私も、頂きます」
3人で食べるのには丁度良いサイズのピザを食べ切った頃。
時子は自分の状況を話し始めた。
「実は最近、身の回りで色々と、今回のピザと言い、妙な事が起きていて・・・・・」
肩を落としながら気分を落ち着けるようにコップに残ったウーロン茶を飲み干した。
「妙な事って・・・・・・もしかしてまた、娘の同級生たちが何か?!」
「いえ、そうではないと思うんですけど・・・・・・」
最初は、時子もその可能性を疑ったが、冷静に推測してみると2人の関与の可能性は低いと感じた。
「・・・・・そういえば、これが犬飼さんが言う所の妙な事になるか判らないんですけど、このピザ一回、うちに配達されたんです」
「え?こちらに?」
「はい、母もまだ帰ってなかったので私が対応したんですけど、A101の犬飼さん宅に届けに来たと言われて、だから妙だなって思ったんです、それに、犬飼さんもまだ帰ってきてないタイミングで、受け取れないようなタイミングで注文したりしないだろうなって思ったんですけど」
「そうだったんですね・・・・・大変ご迷惑をおかけしました、実は妙な事と言うのは、まさに、その通りで頼んでない物が度々届くようになって」
心底申し訳なさそうに頭を下げる時子に燿子が逆に申し訳ない気持ちになった。
「そんな!うちは迷惑だなんて掛けられてないので大丈夫ですので、どうか顔を上げてください」
促され、時子は顔を上げた。
「何かよくわからないけど、困ったことが有れば私たちで良ければ聞くので話してください」
「へー、配達されたピザは、そういう事だったんだね」
寛子は納得して見せながら念願のピザを堪能した。
「それにしても何が愉しいんだろうな、そんな嫌がらせして」
「そして何で上の階の人は、そんな嫌がらせされてるの?私たちの時みたいに何かの事件の犯人の同姓同名とかでも無いんだよね?」
確認され好美は早速検索を掛けてみた。
「・・・・・うん、そういう事でもなさそう、何も出てこないし、美音子達の関与の可能性も薄そうだし、あんな良い人が何でそんな嫌がらせされるんだろう、不思議で仕方ない」
「そういえば、こっちでは最近、変な事とか起きてない?」
庭で微かな風に揺れている洗濯物を見ながら、さり気なく庭の様子を窺った。
「ああ、庭も見た通りだ、前みたいに洗濯物に悪戯されたり花壇が荒らされることもなくなった、無言電話とかも一切掛かってこなくなった、そっちは?」
2人、顔を見合わせ燿子が報告した。
「それがね、ちょっと変な事が続くようになってね、確信が全くないんだけど、少し前に好美の自転車の前輪がパンクしてね」
「何か踏んだのか?」
「本人は全く心当たりがないって言うのよ、それで、まあ修理屋さんに持って行って直してもらったんだけど、その2日後に今度は後輪が凄い凹んでて、幸い今回はパンクじゃなくて空気が抜けてただけだったんだけど、こんなに短期間で自転車にアクシデントが起こるなんて考えにくいでしょう?しかもパンクの修理の時に、ついでに後ろのタイヤにも空気を入れてくれたのよ、なのに、たった2日で空気が抜けるなんて絶対に変でしょう」
「えー、何それ!絶対に不自然だよ!」
「因みに他の人の自転車は無事だったのか?」
「うん、私の自転車だけ空気が抜けたりパンクしたり・・・・・」
「美音子達の仕業?」
「・・・・・・チラチラ、あの二人の顔は浮かぶけど違う気がするんだよね、だって、私たちがあのアパートに居る事を知らない筈だし」
「何か嫌な感じだな、あまり変なことが続くようなら大家さんにも相談した方が良いんじゃないか?そして自転車は、そんな度々被害に遭うのは困るから折り畳み自転車でも買って室内にしまっておくのも一つの手だと思うぞ」
「そうね、万が一にも3回目があるようなら折り畳み自転車も検討するわ、そして大家さんにも相談してみるわ」
「まぁ、無い事を願いたいな!」
言いながらも傍らのスマホで折り畳み自転車を検索した。
「まぁ、判っていたけどピンキリだな、でもデザイン的には悪くない気がする、何なら実際にホームセンターにでも見に行ってみるか?気に入ったのが有れば買ってやるぞ」
善は急げとばかりに腰を上げた大和を燿子が遮った。
「・・・・・その前に見てほしい物があるの」
バックから取り出された茶封筒を差し出され訝し気に見下ろした。
とりあえず腰を下ろし茶封筒を手に取り中身を引っ張り出した。
「・・・・・は?え?意味わからない!いつからそんな事考えていたんだよ!理由は?!」
「ちゃんと説明するから落ち着いて」
「何を言われても、どんなに説得されても絶対に離婚なんてしないからな!」
言いながら乱暴に茶封筒を突き返した。
突然離婚を切り出され激しく混乱する大和を見て3人は確信した。




