受験生
好美は思わず緊張しながら由美の報告を待った。
『今日、うちの学校も始業式でクラス替えが有ったんだけど今回も美音子と宮原と違うクラスだったんだけど、気付いた事が有って』
「気付いたこと?」
『美音子の苗字がね、変わってたの、財前美音子になってたの』
「財前美音子?そうなんだ?離婚や再婚や、そういう何かが起きたって事だね、教えてくれてありがとう!覚えておくね」
一瞬、深く考えず聞き流し受け止めたが、直ぐに、とある懸念が脳裏をよぎった。
その懸念を由美が先に口にした。
『苗字が変わった経緯は判らないけど、そうなると問題は美音子が引っ越してる可能性が有るよね、実はそこが怖くて、直ぐ近くに越してきてたらどうしようとか』
「そうだよね・・・・・」
2人で暫し美音子の陰に怯えた後、好美は素朴の疑問を口にした。
「それにしても、いつ苗字が変わったんだろうね」
『ねー、去年のクラス替えの時は、まだ高倉美音子だったんだけどね、今日、苗字が変わっててビックリした』
苗字が変わるというキーワードで好美の脳裏に、始業式でのワンシーンが蘇った。
岸本の告白など全く重要な事ではなかったので忘れていたが「高倉」になったと話していたことを思い出した。
何となく上の空になっていると訝し気に問いかけられた。
『もしもし?どうかした?』
「ごめん、ちょっと思い出した事が有って、今日ね、2年の時に担任だった教師もね苗字が変わったって始業式の時に嬉しそうに報告してたのを思い出して」
『あー、よく話してた岸本っていう皆に嫌われてる先生?』
「うん!その岸本が結婚して「高倉」になった!って言ってたのを思い出して」
『えー、「高倉」?じゃあ美音子は両親の離婚で母親の旧姓になったって事かな』
「その可能性は充分有ると思う、まぁ珍しい苗字でもないし、たまたまかもしれないけど、もし美音子の父親の再婚相手が岸本だとしたら、世間は狭いなって思って」
『本当だね、いま私たちに重要なのは美音子達と接触しない事だけど、真相は何も判らないし判る必要もないけど、もしそうなら世間の狭さにビックリするね』
「ところで話は大きく変わるんだけど、由美ちゃん行きたい高校見つけた?」
『・・・・・まだだけど、好美ちゃんは?』
あまり多くを語りたくない様子で、覇気の無い返答だった。
進路が何も決まらず不安を覗かせる由美に語るのは何となく気が引けたが好美は報告した。
「私はね、お姉ちゃんの助言も有って新設校の共伸に行きたいなって、最近は思ってる、懸念すべきは美音子達と被らないかって事なんだけど」
自分の実力では、挑戦するのは厳しい高校の話を聞かされ何となく気が重くなりながら、由美は不意に思い出した。
『ねぇ、今の今までキレイに忘れていたんだけど、共伸なら美音子達と被らないと思う』
妙に自信ありげな声音に思わず、その根拠を確認した。
『好美ちゃんに話さなかったと思うけど、中1の時にね、美音子が自己紹介で海外留学して将来は外国で働きたいって言ってて、その希望が結構本気らしくて凄く英語の勉強に力を入れてたんだよね、だから少なくとも英語科もない、交換留学が叶うかも判らない新設校をわざわざ選ぶ可能性は低いんじゃないかなって』
歩も前に、そのような推測をしていた事を思い出した。
「とりあえず美音子達と被る可能性も低そうだし、特に行きたい高校とかまだ決まってないなら由美ちゃんも一緒に行かない?」
確かに美音子達と被らない事は絶対条件だが。
由美は慎重に言葉を選びながら誘いを断った。
その言葉の端々から温度差のようなものを感じて互いに気まずさが生じたが、その気まずさを解消したくて由美の方から、当たり障りの無いドラマの話に話題を変えた。
その後、複数回、話題を変えながら長電話した後、お互いに満足して通話を終えた。
すっかりバッテリーを消費してしまったスマホを充電して、日記帳を順調に埋めていっていると、真希から3人でショッピングモールのフードコートのジェラートを食べに行こうと誘いのラインが入った。
予期せぬ誘いを受け財布を確認すると、高くないアイスなら買える程度には小遣いも残っていたので合流する為に颯爽と部屋を出た。
そして駐輪場の自分の自転車の鍵を開錠しようとした際に前輪がパンクしてる事に気付いた。
「あれ・・・・・?」
自転車で移動する予定が狂ってしまい、とりあえず真希に遅れる旨を報告した。
『何故か自転車がパンクしてた、最悪!まさかの徒歩移動になってしまったので、ちょっと待たせちゃうかも、ごめんね、フードコートで待ってて♪』
『パンク?最悪じゃん!判った、フードコートで待ってるね、走ったりすると疲れちゃうから、ゆっくりで良いよ』
「お待たせ2人とも」
「お疲れヨッシー、自転車、災難だったね」
「何か尖った物でも踏んじゃった?」
「全然心当たりが無いんだけどね、パンクしてた」
思わず肩を落としたくなる事に遭遇したが気を取り直して個々に好きなジェラートを堪能して他愛ない話に花を咲かせていると。
「あれ?真希?」
フライドポテトとオレンジジュースが乗ったトレイを片手に少女が近づいてきて、空いていた隣の席の椅子を引いた。
「響?」
突然登場した少女に好美と歩は思わず顔を見合わせた。
そこにドーナツをトレイに乗せた美音子と隼人が来た。
「お待たせ響、見て見て、念願かなって無事に買えたよ!って、どうしたの?立ち尽くして」
直ぐにお互いに気付き合った。
瞬時に、おかしな空気になっていくのを肌で感じた響と歩は困惑を隠せなかった。
「ねぇ、別の所に行かない?」
響は一瞬、真希に視線を流した後、断れない雰囲気を察して美音子達と一緒に席を移動した。
可能な限り遠くに行ってくれたのでホッとしたものの、やはり落ち着かずに完食した後に足早にフードコートを出て、絶対に3人が立ち寄らなさそうなスポーツ用品店に立ち寄った。
そして、何度も鉢合わせたくないので、そのスポーツ用品店からフードコートの様子を窺った。
真剣にシューズを吟味する2人の横でフードコートの方を気にかけていると、程なく3人が出てきてスポーツ用品店の前をはしゃぎながら通り過ぎて行った。
「あー、今月も、お小遣い早くもピンチだけど、念願だったドーナツも買えて今月も有意義にお金を使えたから後悔はしてない!」
「私も早くもピンチだよ!お互い次のお小遣いが入るまで節約だね!って事で、帰ろうか!」
3人が確実に店を出た頃を見計らい、好美達も帰路についた。
「・・・・今日は本当に、ごめんね」
三叉路で肩を落とす好美を歩が気にかけた。
「気にしないで?それより、もしかして、この間ちょっとだけ話してた2人って・・・・・・・」
「うん、後から来た、あの2人」
「そして響の話で度々出てきてたのは、やっぱあの2人だったんだ・・・・・・」
「あの2人、真希ちゃんの友達に私たちの事、なんて説明するのかな」
「何て説明するんだろうね・・・・・どんな説明されたか、それとなく響に聞いてみるよ、まぁ何にしてもヨッシーがそんな気に病む事じゃないよ、また響から何か聞けたらLINEするね、じゃあ、また明日ね」
あまり嫌だったことを引き摺るのも精神衛生上、良くないので何とか気持ちを切り替えながらアパートの近くまで帰ってくると、何かを探してる様子の悠太に会った。
「甲本じゃん、何してるの?こんな所でキョロキョロして」
「そっちこそ、こんな所をウロウロして何してるんだよ」
平穏な中学校生活の為に共闘した間柄では有ったが、お互いに長く会話できるような関係は築けていなかったし流石に自宅を明かす事は避けたくて、颯爽とアパートの前を通り過ぎて見せた。
「お互いに、まだまだ話したくない事が沢山あるみたいね、まぁ別に話してくれなくても良いけどね」
遠ざかる好美の背中をしばし見送った後、悠太もアパートの前から離れた。
けれど、小遣いも使い果たし、時間をつぶす場所もなかった好美は、悠太が立ち去るのを物陰に隠れて見守っていた。
そして悠太が立ち去り周りに誰の目も無い事を確認して部屋に戻り、とりあえず新しい教科書を開いた。
一通り新しい教科書を確認して予習していると真希からライン電話が来た。
『もしもしヨッシー、今って電話平気?』
「うん」
『あの後、響の方からラインくれたから例の2人の事、思い切って聞いてみたんだけど』
「・・・・うん!」
『まず一番重要な事ね、ヨッシーも凄く気にしてた2人の進路希望だけど、何とか聞き出せたよ!』
「ホント?良く聞き出せたね!ありがとう」
『響の話だと英語科がある富士杜東に行きたいって話してるみたい』
「富士杜東か、それなら安心して共伸を目指せる、聞き出してくれて本当にありがとう!」
『ううん、私も、あの2人とは関わりたくなかったから、私も2人の情報は欲しかったから何とか聞き出したってだけの事だよ、でも、あの2人が私たちの事を響に、どのように説明しているかは聞き出せなかった』
しばし美音子達の話で盛り上がっていると電話の向こうで家族が帰宅してきた物音が聞こえた。
『あ、お姉ちゃん帰ってきちゃった、煩くすると怒るから切るね、また明日学校でね』
真希との通話を終えた後、直ぐに由美とも2人の進路について情報を共有した。
手短に通話を終えて、しばし再び予習に没頭していると燿子が帰ってきた。
重そうに片手にエコバックを持ち、もう片方の手に、複数の郵便物を持ちながら食卓に置いた。
「おかえりなさい」
2人で食材を冷蔵庫に入れていきながら燿子が不意に手を止めた。
「噓でしょう・・・・・マヨネーズ買い忘れた!ポテトサラダの予定だったのに・・・・・もう一度買い物行くのも面倒だし違うものにしようかな」
「えー、ポテサラが良い!じゃあ、そこのスーパーで買ってくるよ!」
「ホント?じゃあ、コレでお願いね」
言いながら少額の現金を持たせた。
日頃の習慣で玄関に置いてある自転車の鍵を手に玄関のドアノブを握った時に思い出した。
「あ・・・・・そうだ、何か、さっき気付いたんだけど、私の自転車、パンクしてて」
「パンク?不便ね、明日にでも修理しないと」
「うん、歩きで行くから少し遅くなるけど、とりあえず行ってくるね」
玄関を出ていく好美を見送った後、燿子は早速夕飯の準備に取り掛かった。
しばし順調に準備を進めているとチャイムが鳴らされた。
火を止めて魚眼レンズで確認すると、まだ不慣れなオーラを漂わせている、制服も妙に真新しい若い宅配業者が立っていた。
特に何かが届く予定は無かったが、とりあえず開けた。
「こんにちは、犬飼時子さん宛てにお荷物です」
「あー・・・・・・犬飼さんは、この真上です、因みにまだ帰ってないですよ」
「あ、大変失礼しました!」
新人業者は大袈裟な程、頭を下げると二階に駆け上がり不在票を作成して車に戻った。
そこに好美が帰宅した。
駐車場に止まっている宅配業者の車の脇を好美が通り過ぎるとドライバーが突然、ドアを開けられた。
思わず振り返ると緊張した声音で話しかけられた。
「あの!大変失礼ですが犬飼様でしょうか?」
「いえ・・・・・違いますけど、犬飼さんは因みにまだ帰ってきてないですけど」
一応会釈して部屋に戻っていく好美を見届け新人の宅配業者は立ち去った。
「ただいま!マヨネーズ買ってきたよ」
「ありがとう!お釣りは小遣いとして持ってて良いわよ」
「うん!じゃあ、部屋で予習してくるね」
軽く手を振って好美は予習を再開した。
丸暗記が有効そうな社会の教科書を繰り返し何度も読んでいると。
程なく晩御飯が出来て食卓に呼ばれた。
テレビを見ながら好物のポテサラと一口サイズの枝豆コロッケに舌鼓を打ち運よく真希と歩と同じクラスになり、問題児2人とは別のクラスになれた事を報告した。
「良かったじゃない!今年は受験生だから余計な事に神経を擦り減らしたくないものね、ところで担任は?」
「大丈夫!岸本は担任から外されてた!うちのクラスは両角っていう男の先生」
概ね順調で穏やかな新学期を迎えられた事に改めて親子でホッとした。
「美味しかった!ごちそうさまでした」
食器を洗ったり、お風呂の準備をしたり一息ついたところで郵便物の束に目を通していなかったことを思い出した燿子が徐に一通ずつ請求書の類を手に取って確認した。
思わずため息をつきながら宛名も差出人も明記されてない茶封筒が有る事に気付いた。
「何これ、差出人も宛先も書かれてない・・・・・うちのポストに直接入れてったのかしら」
訝し気な呟きに好美がテレビを止め燿子を振り返った。
妙に物々しく見える封筒を凝視した2人の脳裏に、かつて受けた嫌がらせが過った。
「カッターの刃が入っていたらどうしましょう」
慎重に2人で封筒を触って危険物は入ってない事を確認して燿子が開封した。
「何これ・・・・・・え?離婚届?どういう事?何で?!」




