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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第二章 ~選ばれし者の章~
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アリシア

自分の命を蔑ろにするルシエルを前に、怒りを露わにしたレナン。

「死にたがり」なルシエルは、レナンの説教から逃れるように消えてしまう。

そこへ現れたのは、死んだはずのアリシア……?

 感覚の「欠如」は大きい。


 もしかすると……だからこそ、失って来たのかもしれない。


 多くの「大切」である、「何か」を。


 そして「アリシア」という、最大の理解者であったのだろう、奥さんも……。


※


「カガリは……アンタの息子同然だろう!? アンタに先立たれたら、カガリが悲しむ!」

「……そういう論争は、好きじゃない」

「は!?」

「それなら、カガリを看取れというのかい? それなら、私は辛くないとでも? 悲しみは生まれないとでも?」

「そうは言ってないだろ!」


 最強の魔術士は、実に頑固だった。それはもう、知れたことだったから今更驚くことではない。俺が驚いているのは、あまりにも分からず屋なところだ。


 命は「数」じゃない。


 そう、俺に教えを説いたのはルシエルのはず。


「何でアンタは、自分の命は数に入れないんだよ! 自分を大事にしろ!」

「私はもう、長くない」

「それこそ、そんな話は聞きたくない!」

「なら、話を終えてキミは休みなさい。私は食料調達へ行く」


 ルシエルはゆっくりと立ち上がった。そして、口元を拭う。口の中には血の味が広がっているだろうから、出血していることは気づいているはずだ。

 そして、腫れた頬。俺は少しだけ、罪悪感に駆られてルシエルを殴った手に視線を落とした。

 こんな風に、直にひとを殴り傷つけたことは、生まれて初めてだった。アクアリームの街でラナンを追い詰めたときには、ガンブレードという武器を使っていた。直接、手で触れた訳ではない。

 それでも、俺がラナンを傷つけた事実は変わらないが……。


(ラナンは、俺を許してくれるのだろうか…………)


 今更、ラナンのもとへ行ったところで、俺は受け入れられないかもしれない。そんなことを、それこそ「今更」ながらに思った。

 俺がふと、考えを逸らしたところで、ルシエルは「勝手」に、転移の魔術でこの場を去った。ルシエルの魔術の構成の展開は、あまりにも速く、消えるのもまた、早い。逃げられると思ったときには、逃げた後なのだ。


「あの野郎!」


 俺は、分からず屋に言い聞かせることが中途半端に終わり、苛立ちを覚え、地面を蹴り飛ばした。土煙が上がる。しかし、ご神木からの優しい風にさらわれて、すぐにそれも消えた。

 疲れていることは事実だ。俺は、こうなったら仕方がないと、泉のほとりに腰を下ろすと、水を掬ってそれを飲んだ。やや甘みのあるそれは、不思議なことに、疲れを本当に取ってくれる効果があった。


『ルシエルも、幸せものね』

「!?」

『こんにちは』


 この聖域には、生命反応は無かったはずだ。俺は、背後から聞こえて来た女の声を警戒し、すぐに立ち上がりはせず、しかし、拳を握り、剣の柄にそっと手をかけた。


『警戒しないで欲しいな』

「誰だよ…………アンタ」

『内緒』

「…………怪しいな。アンタも精霊の仲間か?」


 女は、精霊のように透けている訳じゃないが、何故か、「実体」ではないように感じ取れた。白いワンピースを着ている。栗色の癖の強い巻き髪。胸あたりまで伸ばしている。瞳は青く、とても大きくて円い。

 声を発しているようだが、空気振動によるものではないような気がする。それが、俺がこの女を「幽霊」や「精霊」だとか、そういう類ではないかと、決めつけた要素だった。


『精霊の仲間…………うん、敵ではないかな』

「…………?」

『どうしたの?』

「アンタ…………」


 俺は、女の右耳に光るものを見つけた。


 見覚えのある……青いピアスと、緑のピアス。


「まさか、アリシア!?」

『すごい。もう、分かっちゃったの?』

「ま、待って! ルシエルを連れてくる! アイツに教えなきゃ!」

『無駄だよ。ルシエルには、見えない』

「な、何で? 俺には見えるのに?」


 俺は、狐につままれた心地になっている。俺とこのひと、アリシアには何の接点もないはずだし、お互いに思い入れもないはずだ。アリシアのことを、ひたすらに請うのはルシエルなのに、そのルシエルには見えないなんて……世界は、やはり「薄情」だと思った。


『諦めたひとには、見えないの』

「? 生きることを?」

『それに限らず。だから、カガリくんも私に会えたわ』

「カガリは、アンタ……アリシアさんを、知っているのか?」

『ふふ、アリシアでいいわよ。レナン』


 アリシアは、俺の隣を指さした。そして、優しく微笑む。


『隣。行ってもいいかな?』

「え、あ、あぁ…………どうぞ」

『ありがとう』


 歩いている。とても、幽霊には見えない。でも、「生命反応」は感じられない。血が通っている人間とは思えないほど、白い……となると、やはり幽霊説が濃厚かもしれない。

 幽霊などの存在は、別に、もともと否定はしてこなかった。居るというのなら、居るんじゃないかと、思っていた。


「ルシエルの話……聞いていたか?」

『ルシエルのことは、いつでも見守っているから。ちゃんと、聞いているよ』

「アイツは……きっと、魔術や戦い方を俺に教え込んだら、消えると思うんだ」

『…………どうかな』

「アイツは、死にたがっている。きっと、病のせいだ。身体が辛くて、思考もおかしくなっちまったんだ」

『ルシエルは……絶望してしまっているから。もう、ずっと昔に』


 俺は、隣に座るアリシアの横顔を、ちらりと流し見した。誰かに似ている。そんな気がする。

 俺の視線に気づいたアリシアは、俺と視線を合わせると、また、微笑んだ。その微笑みに、思わず見とれてしまい、顔が赤くなったのを自覚すると、俺はすぐに視線を外した。


『ルシエルはね、色々なものを背負い過ぎてしまったの』

「色々、聞いた。アスグレイ一族統領の話も、先導者の話も」

『うん』

「だけど、可哀相だとか……哀れだとは思わない。それは、結局のところ選択したからだろう? アイツが、まったく望まなかった訳じゃないだろう?」

『レナンは手厳しいね。ルシエルの、苦手なタイプだわ』

「だけど、そうだろう?」

『そうね……逃げようと思えば、きっと、逃げられたと思う。ルシエルには、それだけの逸脱した力があるから』


 俺は、自分の論に同意してくれたアリシアの言葉に、ちょっとだけ勇気づけられた。それで、嬉しくなって、そのまま話を続けようとした。

 だが、アリシアはやはりルシエルの「妻」なのだろうか。それとも、アリシアはもっと広い世界と、何かを知っているのだろうか。俺とは別の見解も示してきた。


『だけどね、ルシエルは逃げられなかったと思うの、結局のところは……どうにもならなかった運命なの。ルシエルが逃げてしまったら、世界は崩壊していた。それを、あの優しいルシエルが、選べるはずが無いわ』

「世界の崩壊?」


 アリシアは、こくりと頷いた。とても、寂しそうな目をしながら、ご神木の方に視線を向ける。何故か、今はあのご神木から風が吹いていない。


『…………いけない』

「え?」

『レナン! お願い、ルシエルを助けて!』

「え、いや、急に何だよ……どうした?」


 アリシアは、ご神木とは逆の方向を指さした。そこに、まるでこの聖域の出入り口があると、教えてくれているように。

 この、聖域は選ばれたものにしか見えず、そして、その出入り口は封鎖されているとルシエルから聞いていた。この村の統領となったルシエルが、その出入りを出来ないはずが無く、ルシエルだけは自由に行き来していた。だから、食料調達もずっとルシエルがこなしていた。

 でも、今こうしてアリシアが指をさしている間は、そこに空間の歪みが生まれた。


『私が道を拓くから。今なら、あなたも此処を突破できる』

「ルシエルに、何かあったのか!?」

『ルシエルは……無理をしすぎなの。お願い、ルシエルを救ってあげて。あのひとを、死なせないで……レナン』

「死にたがりを生かせって?」

『お願い』

「…………まったく」


 俺は立ち上がると、一度だけ、アリシアの顔をしっかりと見た。


(あぁ、そうか……)


 俺は、アリシアの顔が誰かとだぶって見えていたことに、気づいた。


(このひと、ラナンに似ている)


 そう思ってから、一度頷き、俺はその空間の歪みが消えないうちに、走った。


「約束する。アンタを悲しませたくないからな……誰かさんに似ているんだ、アンタ。俺は、その誰かさんを、失望させてしまった。だから、その誰かさんに謝りに行く前の試練だと思って、俺はアンタと約束する」


 アリシアは、何も言わずにただ、満足そうな笑みを浮かべた。


「ルシエルを、連れ戻す。そして、生かす!」


 俺の言葉を最後まで聞いてくれていたのかどうかは、分からない。


 俺が、空間を突き抜けると同時に、歪みは消えて、確かに聖域の場所は分からなくなってしまった。俺だけではもう、帰ることは出来ない。

 もっとも、ひとりで帰っても仕方がないとも思えた。約束したんだ。アリシアと……ルシエルを、連れ戻すと。


(ルシエル、死ぬなよ……!)


 俺は、不思議と迷わなかった。ルシエルがどちらへ行ったのか。見ていたかのように、核心めいたものを持って、見たことも無い景色の森の中を一直線に走った。



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