不完全な最強
聖域にて、実戦形式の特訓をはじめた、ルシエルとレナン。
疲れが見えはじめたレナンを見て、ルシエルは休むように促す。
レナンは、ルシエルの物言いや生き方を見て、苛立ちを覚えるようになり……?
この世に「絶対」など、ない。
それは、分かっているつもりだった。
しかし俺は、この「最強の男」を、「完璧」だと思い込んでいた。
※
「また、悪い癖が出ている。それでは魔術が単調過ぎて、相手に瞬時に読まれてしまう」
「はぁ、はぁ、はぁ…………っ!」
片手剣を右手で握りしめながら、俺は「最強の魔術士」に立ち向かっていた。呼吸が乱れて仕方がない。剣術と魔術。両方を駆使した戦いなど、生まれてはじめてだったからだ。
この聖域へ来て、五日。ひたすら俺は汗を流した。ルシエルは、「手加減をする」と言った通り、この五日は俺をそこまで傷つけるような反撃はしてこなかった。それでも、「此処が隙になっている」と、俺に分からせるために、必要最低限のカウンターは仕掛けてきていた。それをなかなか防御出来ないこともあり、俺は攻めあぐんでいた。
「当たれ!」
俺は左手でルシエルの目の前に霧を生み出した。今の「当たれ」が詠唱だった。ルシエルとの距離は、ちょうど一歩分しかない。それなりの不意打ちになったと、俺は思っていた。だから、一撃くらいこれで当たると確信しての攻撃だった。
「小細工は効かないよ、私には」
「!?」
霧に紛れて、ルシエルは指でも鳴らしていたのか。俺が出した霧を逆手に取り、自らの姿を隠して転移の魔術を使って俺の真後ろに移動していた。
背後で一瞬、背筋が凍るほどの視線を感じる。続いて、背中を指で押された。
「はい、チェックメイト」
「くそ…………何なんだよ、アンタ! 強すぎじゃないか! 病気なんて、嘘なんじゃないのか!?」
「吐血してるよ?」
「あぁ、もう! 知ってる!」
さらっと、自分で言うことか……と、俺は嘆息した。だが、そんな病人にすら、まったく歯が立たない。それが、突き付けられている現実だということは、受け止めなければならない。
「まだまだ、甘いな。戦いのセンスが、無い訳ではないんだけど。詰めが甘く、弱い。魔術に至っては仕方がないにせよ、それを言い訳にしていては、キミはこれ以上強くはなれない」
「…………うん」
「それでは、いけない。ただ、少し休もうか?」
「…………」
俺は俯いた。正直、剣を握る右手の握力が弱くなっている。殆ど、不眠不休で実戦形式で稽古をつけてもらってきたから、身体にガタが来ていた。もともと、体力がある方ではなかった。
「どうした? レナン」
「もう一本、やってから休む」
「…………私は構わないけど、無理は良くない。レナン、右手だけじゃないよ。私が心配しているのは」
「え?」
俺は、ルシエルの言葉に顔を上げた。ルシエルの視線の先は、俺の右足に向けられていた。
「庇い始めている。古傷でもあるのかい? 踏ん張りがきかなければ、剣だって扱えなくなる。キミは、魔術だけに頼るより、剣術との両刀になった方がいい」
「何でだ? 魔術だけじゃ、俺は戦力には足りない?」
「戦力の面は間違いじゃない。ただ、他の魔術士に劣っているからという理由ではないよ」
「じゃあ、なんで?」
「魔術は、あくまでも切り札として使って欲しいからね。それに、剣術が此処まで出来ているのに、今から捨てるのは勿体ない」
「! 本当か!?」
「うん、本当だよ」
ルシエルは、優しく笑うと俺の左手を握って歩くように誘導した。その先には、この聖域の泉がある。
万能の泉……だったはずの場所。
今は、その効力が落ちている。
それは、聖域が「不完全」になってしまったからだという、説明。
「さぁ、休憩だ。私は、食料を調達してくるよ」
俺が腰を下ろすと、ルシエルはそう言ってそのままこの場を去ろうとする。いつもそうなんだ。ルシエルが、この聖域の近辺で、果物など食べられるものを調達してきていた。
中でも、菌類が好きなのか。やたらとキノコを持って帰ってくる。どう見ても、「怪しい」色をしたキノコでも、食べてみると意外と美味しかったりして。でも、「毒キノコ」との見分けは、専門家じゃないと難しいらしく、俺には決してひとりで採って食べるなと、厳しく忠告していた。
正直、誰が赤い斑点があるキノコを選んで食べるものかと、内心では思っている。
「ルシエル」
「なんだい?」
「たまには、俺が食料調達するから。アンタも、休めよ」
ルシエルこそ、殆ど寝ていないし、休んでいなかった。俺よりも、身のこなしが軽やかで、無駄な動きもない。実戦といっても、まるで本気じゃないし、疲れも無いのかもしれない。
だけど、胸を病んでいる事実がある。ルシエルだって、休息が必要なはずだった。
「私に後は必要ない。今があればいい。だけど、キミは違うから……休んでいなさい」
「! ルシエル……お前な!」
俺は目を見開くと、ルシエルに殴り掛かった。右足で踏ん張りを利かせて、その勢いで右手こぶしを作り、相手の左頬を目がけて腕を突き出す。
当然、こんな荒い動作の攻撃なんて、簡単に避けられると思った。ところが、ルシエルは俺のその乱雑なこぶしを甘んじて受け入れた。
「!?」
ほとんど全力で殴り掛かった俺のこぶしは、ルシエルの頬を完全に捉え、そのままルシエルを後ろへ一歩さがらせるほど、打撃を与えていた。殴られた方よりも、殴った俺の方がこの結果に驚いている。
「な、何で……避けないんだよ」
「避けて欲しかったのかい?」
「ッ…………ふざけるな!」
俺は、構わずにルシエルを今度は「倒す」つもりで全力で体当たりをし、そのまま押し倒した。地面に尻餅をついたルシエルを、馬乗りになってこぶしをぶつけ続ける。右手で上から思い切り殴りつけ、右手がルシエルを捕らえると、次は左手で殴りつけた。
何度も、何度も、言葉と共に殴りつける。
「アンタは、どうしてそうなんだ! 生きろって言ってるだろ!? 何で死に急ぐんだよ! なんで……アンタは、傍観者なんだよ!」
「…………」
「それだけの知識と、力を持っているのに、誰かを導くだけで、自分は何もしないのか!? 国王のもとへ簡単に行ける地位に居るアンタは、何もしないのか!? それで、一番遠くにいるはずのラナンへ、すべて押し付けるのか!?」
「…………」
「アンタは、卑怯だ…………弱虫だ!」
「…………うん」
「…………ッ」
ルシエルは、一切否定しなかった。
色白の肌。額に古い裂傷があるだけで、何の傷痕もなかった顔が、赤く腫れていた。歯を食いしばっていなかったルシエルの口の中には、血が溢れている。中を切ったのだと推測される。しばらくして、口端から血が滴れた。
「レナン。どうして……泣いている?」
「…………」
すぐには、分からなかった。
ルシエルは、本当に分からないというように、眉を寄せることもしない。感覚が麻痺でもしているのだろうか。腫れた頬を、少しも痛そうにもしない。じっと、俺の目を見てから、ボロボロと流れる俺の涙を右手で拭ってくれた。
泣かせているのは、お前なのに。
「アンタの代わりに、泣いてるんだ!」
「私の代わり?」
ルシエルは、少しだけ目を見開いた。少しは驚いたらしい。でも、すぐにまた「大人」の顔に戻る。
「アンタは、自棄になっているんだ……奥さん失って、世界なんて、本当はどうだっていいんだ! そうなんだろ!?」
「…………そう、かもしれない」
「そうに、決まってる!」
「がっかりした?」
俺は、涙を自分の腕で拭い去ると、ひと呼吸してから首を横に振った。
「俺も……ラナンが俺を置いていくばかりで、絶望していた。ラナンの眼中に、俺は居なかったのかと、ラナンを恨み…………何の力もない、自分を憎んだ。でも!」
「でも?」
「俺は…………ラナンの孤独を分かって居なかった。それに、あの地下牢獄で気づけたんだ。ラナンもきっと、孤独を抱えていたんだって」
「…………」
ゆっくりと立ち上がると、俺はルシエルに手を差し伸べた。ルシエルは、一瞬ためらったが、その手を掴み、同じくゆったりとした動作で立ち上がった。
「だから、俺はラナンのもとへ行く」
「そうだね」
「アンタは…………カガリの為に、生きろ」
「? 何故、カガリの為に?」
「は!?」
俺は、このとき確信した。
ルシエルは、確かに「最強の魔術士」かもしれない。
でも。
人間としては、欠如したものが多いということを。
ルシエルは、「完璧」にみえて、完全に「こころ」が足りない人間だった。
それが、見えて来た瞬間だった。




