真理と理想論
民衆は「革命」を望んでいないと同意したルシエル。
しかし、それでも「革命」は必要だと主張するルシエルに、矛盾を感じるレナン。
レナンの双子の兄「ラナン」は、選ばれしものだとルシエルは告げ……?
真理がある。
必ず。
それでもひとは、時には真理に背を向けて。
立ち上がる必要性がある…………らしい。
※
「どういう……意味だよ」
「どういう?」
「しらばっくれんな! 誰も、変革を望んでなんかいない……ラナンや、レジスタンスは間違っている。そういう意味だろ!? だったら、何で俺をその道へ導く!? 何故、分かっていながら、アンタはそれを止めないんだ!」
「落ち着いて、レナン。答えを急ぎ過ぎている」
「どっちがだ!」
声を張り上げる俺に驚いたように、木々がざわめく。そういえば、これだけ騒いでいるというのに、他の「気配」を感じない。鳥のさえずりも、何もあったものではない。これだけの「森」だというのに、小動物ひとつ居ないなんて、不自然だと感じた。
そこが、「不完全」所以のところなのだろうか。
「大きな変革、革命なんていうものは……ひとはまず、考えもしない。想像してみたところで、おとぎ話だとか、理想論だと諦めてしまうんだ。キミがたどり着いた答えは、必ずしも間違いではなく、むしろ正論だと、私は認めたんだ」
「俺の主張と、アンタの答弁。何が違うんだよ」
「理想論だとしても……夢物語であったとしても、その革命を成し遂げなければいけないと…………私は、強く思っている」
「! だったら、アンタが先陣切った方が…………アンタの知名度、その実力、これまでの功績! どれを取ったって、ラナンを上回っているじゃないか!」
「…………」
「な、なんだよ…………」
ルシエルは、即答しなかった。いや、即答どころか、答えようとはせずに、ただじっと。俺の目を見据えた。青い瞳。ガラス玉のように透明度が高く、それでいて、深く大いなる海のような輝きをしている目。カガリの空色の瞳とは違う、奥深く、慈悲深いものがある。
年齢の違いもあるかもしれない。カガリとルシエルでは、ちょうど十違うことになる。十も違えば、大人と子どものようなものだ。
もっとも、更に年下である俺から見ても、カガリは若干子どもっぽさがあると思うのだが……それは、カガリには言えない。
「ラナンは……選ばれしものだから」
随分と間をとってから、ルシエルはそう囁いた。いや、囁きにしては、自信がある声だ。それが、この世界を司る絶対的な「世界史」と、それを共有する精霊長たちに肩を並べ、生命の人生年表とやらが見えてしまう、「先導者」としての能力なのだろう。在り方なのだろう。
あまり、良い趣味だとは思えない。
「緑目が、何か関係してるのか? やっぱ、ラナンも魔術士とか……何か、あるのか?」
「年表には、そこまで記載されていないから分からない。ただ、彼から魔力の波動は感じ取らなかった。彼は、私の魔術構成を読み取る能力がない」
「つまりは、魔術士ではないってことか」
「よく出来ました」
ルシエルは、先ほどの苦しそうな表情を少し忘れて、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
ずっと、カガリの師匠をしているものだから、教え子から答えが来ると、嬉しくなる性分、褒めたくなる性分になったのかもしれない。
ルシエルは、教え方がかなり上手かった。魔術の「ま」の字の知識も無かった俺に、よく一ヶ月でここまで仕込んだものだと、感心する。
何事も基本が大事だと、ルシエルは何度も俺に言い聞かせた。応用編を使えるようになれば、今、学んでいる工程をふまなくとも、同じ術を放てるとしても、基礎がなっていないと、万一、術に失敗したときの術者の負担、それを一般的に「魔術の副作用」というらしいのだが、それによって自滅することもあると、脅された。
ただし、本当の初歩の初歩を学ばせるための教科書が、ルシエルの場合「転移」という超高度魔術という構成であったことは、なかなかのスパルタ感は否めない。はじめは、さっぱりだった。
それでも、読解できるようになっていくと、読み解くことも、編むことも、面白いと感じた。ルシエルは、興味関心を持たせることも、巧いんだと感じた。
「魔術士じゃない。でも、選ばれたもの……ってことは、年表には記されているんだな? ラナンの名が…………」
「…………」
「フロートを倒す、とも」
「…………」
ルシエルは、視線をそらした。誰かからの視線を、気にするかのように。俺の視線を誤魔化しているのではないことだけは、すぐに分かった。もっと大きな力を、気にしている。
「大きな声では、言えないな」
「小さな声でなら、言えるのか?」
「揚げ足を取るのは、やめてくれないかな? レナン。キミ、だんだん苦手な性格になってきているよ」
そう言って、ルシエルは笑った。
「思い出すよ。キミを見ていると……アリシアと、何故か被るんだ」
「嫁さんと?」
「嫁…………そう言われると、照れるね」
「アンタが言ったんだろ。妻だ……って」
「証もない妻だよ?」
俺は、首を傾げた。
俺もラナンも、親の顔を知らない。他に兄弟が居るのか、居ないのか。一切なんの情報もなく、フロート直営の孤児院に捨てられていた。ただし、名前はシスターが付けたものではないということだけは、確かだった。
俺とラナンが二歳のときに、白い服を着せられたまま、孤児院の入り口に捨てられていたらしい。二歳のときなんだ。少しくらいは覚えていてもいいような気がするんだが、親の顔も声も、雰囲気も。何ひとつとして、覚えていない。ただ、寒い時期で雪が舞っていた。それは、覚えている。置き去りにされた門のところで、俺は泣いていた。
(ラナンは…………?)
ラナンが泣いていたところは、記憶にない。
「夫婦になるには、何か証が要るのか?」
「宗教や文化。種族によって、契りを交わす方法は様々だよ」
「じゃあ、別に決まりはないんだろう? アンタの……ここの村では、どうすることが、結婚ってものだったんだ?」
「…………それが、私にもよく、分からないんだ」
「え?」
意外だった。
この男に、分からないものがあるなんて。
「だから、契りを結べていない。あぁ、でも…………」
ルシエルは髪をかきあげて、自身の左耳を俺に見えるようにした。そこには、青い石と、緑の石のピアスが付けられている。
「青い石は、アリシアのものなんだ」
「へぇ! じゃあ、緑の片方はもしかして…………」
「アリシアは、右耳につけていたよ。青い石と、私の緑の石を……ね」
俺は何だか、嬉しくなった。パッと表情が変わったことを、自覚した。
「じゃあ、それが契りの証じゃないか! 交換したんだろ? 充分じゃないか!」
「うん……そう、かもしれない」
「そうに決まってる! アンタ、ちゃんと結婚できてる!」
「…………ありがとう」
「!」
いつもとまた、違った笑みだった。
ルシエルの笑みが、少しはにかんだようで……どこか、照れていて。嬉しそうで……でも、心底明るく喜んでいるのではなく、ちょっと苦いものも感じている。そんな、難しい笑み。
少なくとも、俺のまだ二十という人生経験では、こんな表情は出来そうにない。それだけ、いろんな感情や考えを噛み締めて導いた笑みだったに違いない。
「さて、時間が過ぎてしまうよ。稽古に入ろうか」
「あぁ…………って、ちょっと待て! まだ、革命の話がまるで終わってないじゃないか!」
「気づいたかい?」
「話をすり替えやがって! 誤魔化さられるかよ!」
「キミはやっぱり、苦手なタイプになってきたよ」
そう言いながらも、ルシエルはクスクスと笑っていた。
「とにかく。革命を年表通りに決行するには、キミの力が必要だということだよ。ラナンもきっと、喜ぶだろうしね。キミが、レジスタンスに加われば……」
「戦力になれるか……? ラナンの周りには、もう、サノイっていう優秀な魔術士が居る。黒魔術士だって、白魔術士だっているんだ」
「でも、レナンという魔術士は居ないよね?」
「!」
「ひとは、数じゃない。ひとは、力じゃない。だから、命も数えるものではないんだよ。数人死んだ、でも、多くが助かった。そういう書かれ方や、言われ方をよくするひとが居るけど、犠牲者が居る時点で、それは完璧ではない。少数に入ってしまった命に、価値は無かったと思うかい? そんなはずはない」
ルシエルは一呼吸を置いて、後を続けた。
「だから、私はひとりの犠牲も出したくはないんだ」
「…………そう、だな」
「それこそ、甘ったれた理想論だよ? それは、重々分かっている。最強という称号をもらって、魔術士を長年やってきたけれども、やはり、完璧にはいかなかった。それどころか、失ったものが本当に多い」
「…………」
「だから」
ルシエルは、俺に歩み寄るとそのまま俺の手を握った。痩せた、白く伸びた指。手のひらには、剣だこが出来ている。知らなかった。ここまで出来るまで、ルシエルも剣の努力をしていたのだと、初めて知った。
「キミには、私のような失敗をしないで欲しい」
「? それこそ、どういう意味だよ」
「ラナンを、一番傍で守れるのは、キミだと思っているよ。他の誰でもない。キミが、助けるんだ」
「ラナンを……?」
「そう」
「…………ん、分かった」
「よろしい」
ルシエルは、俺から手を離すと一定間の距離を置いたところまで、離れた。そして、そこで俺と向き合う。
「今日から一ヶ月は、実戦で魔術をその身体にしみこませていく。はじめは手加減するけれども、ペースを上げていくから。本当に苦しくなったら、参ったというんだよ? いいね?」
「あぁ、分かった」
こうして、俺とルシエルの秘密の特訓が再びはじまった。




