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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第二章 ~選ばれし者の章~
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真理と理想論

民衆は「革命」を望んでいないと同意したルシエル。

しかし、それでも「革命」は必要だと主張するルシエルに、矛盾を感じるレナン。

レナンの双子の兄「ラナン」は、選ばれしものだとルシエルは告げ……?

 真理がある。


 必ず。


 それでもひとは、時には真理に背を向けて。


 立ち上がる必要性がある…………らしい。



「どういう……意味だよ」

「どういう?」

「しらばっくれんな! 誰も、変革を望んでなんかいない……ラナンや、レジスタンスは間違っている。そういう意味だろ!? だったら、何で俺をその道へ導く!? 何故、分かっていながら、アンタはそれを止めないんだ!」

「落ち着いて、レナン。答えを急ぎ過ぎている」

「どっちがだ!」


 声を張り上げる俺に驚いたように、木々がざわめく。そういえば、これだけ騒いでいるというのに、他の「気配」を感じない。鳥のさえずりも、何もあったものではない。これだけの「森」だというのに、小動物ひとつ居ないなんて、不自然だと感じた。


 そこが、「不完全」所以のところなのだろうか。


「大きな変革、革命なんていうものは……ひとはまず、考えもしない。想像してみたところで、おとぎ話だとか、理想論だと諦めてしまうんだ。キミがたどり着いた答えは、必ずしも間違いではなく、むしろ正論だと、私は認めたんだ」

「俺の主張と、アンタの答弁。何が違うんだよ」

「理想論だとしても……夢物語であったとしても、その革命を成し遂げなければいけないと…………私は、強く思っている」

「! だったら、アンタが先陣切った方が…………アンタの知名度、その実力、これまでの功績! どれを取ったって、ラナンを上回っているじゃないか!」

「…………」

「な、なんだよ…………」


 ルシエルは、即答しなかった。いや、即答どころか、答えようとはせずに、ただじっと。俺の目を見据えた。青い瞳。ガラス玉のように透明度が高く、それでいて、深く大いなる海のような輝きをしている目。カガリの空色の瞳とは違う、奥深く、慈悲深いものがある。

 年齢の違いもあるかもしれない。カガリとルシエルでは、ちょうど十違うことになる。十も違えば、大人と子どものようなものだ。


 もっとも、更に年下である俺から見ても、カガリは若干子どもっぽさがあると思うのだが……それは、カガリには言えない。


「ラナンは……選ばれしものだから」


 随分と間をとってから、ルシエルはそう囁いた。いや、囁きにしては、自信がある声だ。それが、この世界を司る絶対的な「世界史」と、それを共有する精霊長たちに肩を並べ、生命の人生年表とやらが見えてしまう、「先導者」としての能力なのだろう。在り方なのだろう。


 あまり、良い趣味だとは思えない。


「緑目が、何か関係してるのか? やっぱ、ラナンも魔術士とか……何か、あるのか?」

「年表には、そこまで記載されていないから分からない。ただ、彼から魔力の波動は感じ取らなかった。彼は、私の魔術構成を読み取る能力がない」

「つまりは、魔術士ではないってことか」

「よく出来ました」


 ルシエルは、先ほどの苦しそうな表情を少し忘れて、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 ずっと、カガリの師匠をしているものだから、教え子から答えが来ると、嬉しくなる性分、褒めたくなる性分になったのかもしれない。

 ルシエルは、教え方がかなり上手かった。魔術の「ま」の字の知識も無かった俺に、よく一ヶ月でここまで仕込んだものだと、感心する。

 何事も基本が大事だと、ルシエルは何度も俺に言い聞かせた。応用編を使えるようになれば、今、学んでいる工程をふまなくとも、同じ術を放てるとしても、基礎がなっていないと、万一、術に失敗したときの術者の負担、それを一般的に「魔術の副作用」というらしいのだが、それによって自滅することもあると、脅された。

 ただし、本当の初歩の初歩を学ばせるための教科書が、ルシエルの場合「転移」という超高度魔術という構成であったことは、なかなかのスパルタ感は否めない。はじめは、さっぱりだった。

 それでも、読解できるようになっていくと、読み解くことも、編むことも、面白いと感じた。ルシエルは、興味関心を持たせることも、巧いんだと感じた。


「魔術士じゃない。でも、選ばれたもの……ってことは、年表には記されているんだな? ラナンの名が…………」

「…………」

「フロートを倒す、とも」

「…………」


 ルシエルは、視線をそらした。誰かからの視線を、気にするかのように。俺の視線を誤魔化しているのではないことだけは、すぐに分かった。もっと大きな力を、気にしている。


「大きな声では、言えないな」

「小さな声でなら、言えるのか?」

「揚げ足を取るのは、やめてくれないかな? レナン。キミ、だんだん苦手な性格になってきているよ」


 そう言って、ルシエルは笑った。


「思い出すよ。キミを見ていると……アリシアと、何故か被るんだ」

「嫁さんと?」

「嫁…………そう言われると、照れるね」

「アンタが言ったんだろ。妻だ……って」

「証もない妻だよ?」


 俺は、首を傾げた。


 俺もラナンも、親の顔を知らない。他に兄弟が居るのか、居ないのか。一切なんの情報もなく、フロート直営の孤児院に捨てられていた。ただし、名前はシスターが付けたものではないということだけは、確かだった。

 俺とラナンが二歳のときに、白い服を着せられたまま、孤児院の入り口に捨てられていたらしい。二歳のときなんだ。少しくらいは覚えていてもいいような気がするんだが、親の顔も声も、雰囲気も。何ひとつとして、覚えていない。ただ、寒い時期で雪が舞っていた。それは、覚えている。置き去りにされた門のところで、俺は泣いていた。


(ラナンは…………?)


 ラナンが泣いていたところは、記憶にない。


「夫婦になるには、何か証が要るのか?」

「宗教や文化。種族によって、契りを交わす方法は様々だよ」

「じゃあ、別に決まりはないんだろう? アンタの……ここの村では、どうすることが、結婚ってものだったんだ?」

「…………それが、私にもよく、分からないんだ」

「え?」


 意外だった。


 この男に、分からないものがあるなんて。


「だから、契りを結べていない。あぁ、でも…………」


 ルシエルは髪をかきあげて、自身の左耳を俺に見えるようにした。そこには、青い石と、緑の石のピアスが付けられている。


「青い石は、アリシアのものなんだ」

「へぇ! じゃあ、緑の片方はもしかして…………」

「アリシアは、右耳につけていたよ。青い石と、私の緑の石を……ね」


 俺は何だか、嬉しくなった。パッと表情が変わったことを、自覚した。


「じゃあ、それが契りの証じゃないか! 交換したんだろ? 充分じゃないか!」

「うん……そう、かもしれない」

「そうに決まってる! アンタ、ちゃんと結婚できてる!」

「…………ありがとう」

「!」


 いつもとまた、違った笑みだった。


 ルシエルの笑みが、少しはにかんだようで……どこか、照れていて。嬉しそうで……でも、心底明るく喜んでいるのではなく、ちょっと苦いものも感じている。そんな、難しい笑み。

 少なくとも、俺のまだ二十という人生経験では、こんな表情は出来そうにない。それだけ、いろんな感情や考えを噛み締めて導いた笑みだったに違いない。


「さて、時間が過ぎてしまうよ。稽古に入ろうか」

「あぁ…………って、ちょっと待て! まだ、革命の話がまるで終わってないじゃないか!」

「気づいたかい?」

「話をすり替えやがって! 誤魔化さられるかよ!」

「キミはやっぱり、苦手なタイプになってきたよ」


 そう言いながらも、ルシエルはクスクスと笑っていた。


「とにかく。革命を年表通りに決行するには、キミの力が必要だということだよ。ラナンもきっと、喜ぶだろうしね。キミが、レジスタンスに加われば……」

「戦力になれるか……? ラナンの周りには、もう、サノイっていう優秀な魔術士が居る。黒魔術士だって、白魔術士だっているんだ」

「でも、レナンという魔術士は居ないよね?」

「!」

「ひとは、数じゃない。ひとは、力じゃない。だから、命も数えるものではないんだよ。数人死んだ、でも、多くが助かった。そういう書かれ方や、言われ方をよくするひとが居るけど、犠牲者が居る時点で、それは完璧ではない。少数に入ってしまった命に、価値は無かったと思うかい? そんなはずはない」


 ルシエルは一呼吸を置いて、後を続けた。


「だから、私はひとりの犠牲も出したくはないんだ」

「…………そう、だな」

「それこそ、甘ったれた理想論だよ? それは、重々分かっている。最強という称号をもらって、魔術士を長年やってきたけれども、やはり、完璧にはいかなかった。それどころか、失ったものが本当に多い」

「…………」

「だから」


 ルシエルは、俺に歩み寄るとそのまま俺の手を握った。痩せた、白く伸びた指。手のひらには、剣だこが出来ている。知らなかった。ここまで出来るまで、ルシエルも剣の努力をしていたのだと、初めて知った。


「キミには、私のような失敗をしないで欲しい」

「? それこそ、どういう意味だよ」

「ラナンを、一番傍で守れるのは、キミだと思っているよ。他の誰でもない。キミが、助けるんだ」

「ラナンを……?」

「そう」

「…………ん、分かった」

「よろしい」


 ルシエルは、俺から手を離すと一定間の距離を置いたところまで、離れた。そして、そこで俺と向き合う。


「今日から一ヶ月は、実戦で魔術をその身体にしみこませていく。はじめは手加減するけれども、ペースを上げていくから。本当に苦しくなったら、参ったというんだよ? いいね?」

「あぁ、分かった」


 こうして、俺とルシエルの秘密の特訓が再びはじまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ルシエルとレナンの師弟関係がより確かで、強い絆になっていく様子、瑞々しく表現されていると思います。 レナンはまだルシエルが分からないと言うし、実際、見えていない部分も多いのでしょうが、日々…
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