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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第二章 ~選ばれし者の章~
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人間の心理

転移の魔術で「聖域」へとやってきたルシエルとレナン。

泉の水を飲みながら、ルシエルは聖域について語る。

その中で、レナンはある結論を見出し……?

 この男には、色々な顔がある。


 穏やかで人当たりがよく、優男な一面。


 相手を玩ぶように、挑発する悪い男な一面。


 狂気じみた力を見せつけ、捻じ伏せる強引な一面。


 そして。


 どこか物悲しそうに、遠くを見つめ、弱々しく咳き込む一面。


 きっと。


 どれも、この男なのだろう。


※


「一ヶ月しかない」

「ん?」

「キミを、手元に置いておける期間は、残り一ヶ月」

「そうだな」

「一ケ月後…………キミが取るべき行動、行くべき場所は、分かっているね?」


 ルシエルの一番の顔……それは。


「先導者」としての、顔だ。


「分かってる。もう、耳たこだ。レジスタンスに…………ラナンのところへ、行く。それで、アンタは満足だろ?」

「うん、それでいい」


 ルシエルは俺の答えに頷くと、優しく笑う。ルシエルの笑みは、同じように見えて色々な含みが込められているから、単純に感情を読みとることは出来ない。


 ルシエルは、色々な意味で難しい人間だ。


 気難しいのか、何も考えていないのか、よく分からないところもある。


 ルシエル自身、「自分のことが分からない」らしい。


「さて、時間もないことだし早速はじめようか」


 ルシエルは、泉のすぐ側まで歩くと、そこにしゃがみ、右手で水を掬った。そのまま、その水を口にする。

 泉の水は、とても澄んでいて綺麗だ。飲めないとは思えないが、それでも、あまり衛生的ではないように思え、俺は思わず声をかけた。

 健康状態が良いなら、放っておいたかもしれない。だが、ルシエルは胸を病んでいる。身体に障ったらいけないと判断した。


「大丈夫か?」

「?」


 ルシエルは、何のことだか分からないようで、軽く首を傾げた。それを見て、言葉が足りな過ぎたかと、俺は後を続けた。


「この水。流れているものじゃない。邪気とか、よくない物質が流れてはいないのか?」

「あぁ……お腹を下すとか、そういう心配かい? キミは本当に、優しいね。細やかな気遣いが出来る」

「そういうつもりじゃ…………」


 少しだけ、照れた。照れを隠そうと、ルシエルから視線を外してそっぽを向く。

その様子を見てのことだろう。ルシエルがククっと、喉の奥で笑うのが聞こえた。


「この泉はね、聖域のものなんだ。完全体じゃない聖域だから、治癒力は劣るけれども、それでも、病にも傷にもよく効く不思議な水だよ」

「! アンタの病気も、これで治るのか!?」


 パッと振り返ると、ルシエルは眉を下げやや目を俯かせて首を横に振った。


「残念ながら。だけど、進行をある程度までなら、抑え込むことが出来る。ここまで長生き出来たのも、聖域のご加護のおかげだよ」


 その後に、ルシエルは不思議な言葉を付けくわえた。


「もっとも、私の寿命を縮めたのもまた、聖域だけれどもね」

「…………聖域は、善なのか? 悪なのか?」

「そうだなぁ。殆どのものにとっては、善なんじゃないのかい? 聖域という名前がついているんだから。実際、やはり恩恵は大きかったと思うよ」

「過去形かよ」

「今の私には、特別プラスには働いていないからね」


 そう言って、ルシエルは俺のことを手招きした。誘われて、俺も泉の水際まで歩み寄る。不思議と抜かるんではいない。泉と地面とが、綺麗に二分されていた。


「キミの身体の中の毒素を、取り除いてくれるはずだから。飲むといいよ」

「毒素って?」

「あまりにも、精霊に近づきすぎてしまってはよくない」

「…………」


 その話は、好きじゃない。


「キミが、水の精霊長……レイディアンの生まれ変わりだったとしても、そうでなかったにしても、何らかの精霊の影響を受けていることは、確かだと思う」

「どうして?」

「キミの魔術は、人間魔術士が扱うものよりもはるかに高度で、緻密だからだよ」

「それは、ルシエルの方じゃないか。俺には、あんな転移魔術の構成は編めない」

「それを、魔力に目覚めてたったの一ヶ月で読解出来る時点で、あり得ないことなんだよ。私が使うそれもまた、人間界のそれとは違うものだ。だから、声に出して空気を振動させる必要性がない。私は、精霊長たちと契約を結んでいるからね」

「…………あぁ、もう。頭が痛くなる!」

「じゃあ、ちょっと休憩。ほら、水は飲んで欲しいな」

「分かったよ」


 俺が半ば自棄になって、その場にしゃがんで聖域の水とやらを口にすると、満足げにルシエルは、それを眺めていた。

 その視線を気にしつつも、俺は飲むことを進める。確かに、普通の「水」とは違う気がする。甘みがあるとか、のど越しがいいとか。そういうレベルではなく、ルシエルの言う通り、身体の中のよどんだ何か。本当に、毒素なんていうものがあるのならば、それが浄化されていく感覚があった。


 飲めば飲むほど、気持ちが落ち着いていく。


 不思議な水だった。


 自分が何者の生まれ変わりであっても、どうだっていい。


 今の俺は、「レナン」という魔術士。


 その事実だけでいい。


「なぁ、ルシエル」

「なんだい?」

「カガリは、俺たちが此処に来たことを知っているのか?」

「知らないよ。どうして?」

「だって……心配しないのか?」

「心配、か。そうだね。知らせておいた方がいいかもしれない。だけど、知らせたところで、カガリは此処へは単独で来ることは出来ないからね」

「え?」


 ルシエルは少し奥の方にある、一本の大きな木を指さした。


「あの木。あれが、この聖域のご神木なんだ」

「ご神木……それが、何か関係あるのか?」

「ご神木が結界を張っているんだ。許された存在にしか、この場所は見えない」

「見えないって…………どういうことだ?」

「地図にはもちろん、載っていない。ここは、存在していない村なんだ」

「だから、意味が分から…………」

「私の、生まれ故郷だよ」

「………………ルシエルの?」

「うん」


 ルシエルの故郷は、滅びたと聞いた。


 先代のフロート国王によって、滅ぼされている。


「じゃあ、前国王はどうやってこの場所を特定したんだ? 攻め滅ぼしたのは、フロート何だろう?」

「…………」


 何故だろう。急にルシエルは言葉数が無くなった。口をきゅっと結んで、眉間にはシワまで寄せている。何を考えているのか、俺には分からない。ただ、苦い何かを必死に呑み込み、堪え、表に出さないようにしている。そう見えた。

 ここで、話を終えればよかったのかもしれないけど、俺は構わず疑問をルシエルにぶつけ続けることを選んだ。


「昔は、結界なんて張られていなかったのか? だから、攻め入られたのか?」

「…………」

「違うなら……もしかして、前フロートはこの村の人間だったりするのか?」

「…………」

「なぁ…………?」


 俺は、言葉を続けられなかった。


 最強の魔術士と謳われている男の目には、涙が滲んでいた。


「…………悪い」


 ただ、一言。


 俺は短くそう謝った。


 俺はバツが悪そうに視線を外し、立ち上がる。するとそれを見て、ルシエルは右手で軽く瞼を抑えてから、そのまま額にある、大きな古い裂傷に触れた。しばらく、お互いに何も言葉を発しない。すごく、気まずい空気になってしまった。

 別に、この男を困らせたかった訳じゃない。純粋に、疑問をぶつけただけだった。それが、この男にとって大きな傷であるなんて、思いもしなかったからだ。


 ルシエルにも、弱点があった。


 きっと、「病」なんかよりも大きな「弱点」だ。


「私の、犯した罪は大きい」

「? 罪?」


 先に、この沈黙を破ったのはルシエルだった。それでも、十数分くらいは沈黙していたと思う。時計がないから、おおよその時間だ。もしかすると、もっと短かったかもしれない。そして、その逆かもしれない。


「私はこの聖域を、裏切ったんだ」

「裏切った?」

「アリシアと一緒に…………逃げ出してしまった」

「アリシア……」


 時折、ルシエルはその名を口にしていた。夢うつつな時に、ぽつりと呟く。誰かの名前なんだろうとは思っていた。それも、すごく大切な……誰か。誰なのかまでは、分からない。


「私の、妻だよ」

「!?」

「いや、式を挙げた訳でもないし……契りを誰かに認められた訳でもない。何も、証はないけれども…………それでも、私は彼女を愛していた」

「その、アリシアってひとは…………今、どこに?」

「…………」


 ルシエルは、再び口を閉じた。苦しそうな瞳で、先ほど俺に教えてくれたご神木を見つめている。


「…………や、止めだ、止め!」

「?」


 俺は、この重々しい空気に耐え切れず、遂にこの話題から逃げ出した。この男が苦しむ姿は、悪影響だと思った。やはり、最強の男には優雅に居てもらわなければ困る。ゆとりがあって、何事に関しても軽く流される……そうでなければ、他人である俺の調子まで狂う。


 きっと、「世界」というものが、そういう仕組みなんだ。


 大きな「力」の変動を、世界は望んでいない。


 民衆は、変革を望まない。


 圧政とは言いつつ、フロートに従い続ける世界の状勢、真理がそこにある。


「なぁ?」


 そう思うと、俺はひとつの結論にたどり着いた。


「何だい?」

「世界は……この、フロートの圧力は、ここまで大きくなった以上、もう、どうにも出来ないんじゃないか?」

「急に、どうしたんだい?」

「人間は、大きな力には逆らえないんだ」

「…………」


 ルシエルの、答えは意外だった。


「その通りだよ」


 ゆっくりと立ち上がるルシエルを前に、ご神木からは優しい風が吹いた。



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