89話 妖精の里
歌に合わせて踊る草花や、球体状をした奇妙な樹木があり、滝の水しぶきは飛び上がっては、レンズのような形になってしばらくフワフワと飛ぶ。
変わった見た目だけではなく、そこで過ごす時間も、現実世界よりもほんのわずかに遅れているとも言われている。
それが地上フォリッツアの中でも、とりわけ異質で幻想的な世界、【妖精の里】である。
そこに立ち入れる者は、住人である妖精たちに許可を得たものだけである。
気まぐれな彼らに認められるのは難しい。それどころか、人間を嫌い、警戒心の強い彼らには出会うことすら難しいことだろう。
目撃例も小さな子供たちによるものばかりで、供述もあやふやだったりする。だからこそ、存在すらも怪しまれているのだ。
と、言われてるのは人間の伝承のことだけ…。
実際、彼らは人間を特別に嫌っているわけではなく、好奇心の強い彼らはどこにでもいるし、声をかければ向こうから近寄ってくることもある。
つまりは人間側が彼らを本当に見ようとしてないだけなのだ。そうでなければ、妖精の里に入ってみたいという、目先の欲望を抱いて彼らを探しているのだろう。
彼ら、妖精は"人の心"が見える。邪な者は見分けがつくので、決して近づいたり関わったりはしない。
大人が妖精を見た例が少なく、子供たちの前によく姿を現すのはこういう理由だったりするのだ…。
一抱えもある、丸い木の実をポーンと放る。
気配を察知して、クンクンと犬のように鼻と思われる部分を動かし、ガブリッ! と、それに食いついた。鋭い歯でバリバリと殻を破り、中身を貪る。
それはヒマワリのような、植物とも動物とも解らない珍妙な生物だった。花壇に植わっていると植物なのだが、明らかに動物の動きである。
「おー。すごいですぅ」
木の実を投げた本人、エシュロンは思わず拍手した。
ヒマワリのような生物は、"もっとくれ"という感じに身を左右に振る。
「まだ食べたいですか?」
木の実をもう一つ抱えて問うと、嬉しそうにクンクンと鼻を鳴らした。
「エシュロン」
バーナルが少し遠くから呼びかけると、木の実から手を離してボトンと落とす。
「あ、はーい。あー。残念ですぅ。エシュロン、呼ばれたです。ごめんなさいです。また今度です」
エシュロンはペコッと頭を下げると、バーナルの元へと走っていた。
残されたヒマワリは、物悲しげに葉っぱで自分の顔を猫のように撫でた。
「……あまり魔物と遊んではいけません」
「はいですぅ。でも、なんで魔物がいるですか?」
「ここ眠る神の力で、魔物の力を浄化し、元の植物に戻している最中なのです」
「神の力? エーディン様の敵ですよ!」
鼻息を荒くするエシュロンに、バーナルは優しく微笑んで頷く。
「そうですね。でも、妖精は私たちの敵ではありません」
バーナルの目の前では、妖精たちが懸命に、大きな壷から小さな壷に何かを移していた。
その妖精たちは、小さな子供のようだった。鮮やかな半透明な髪に、愛らしい顔、羽毛でできた肌着をつけ、背中には蝶のような羽が生えている。
彼らが注いでいるのは、鮮やかな黄色をしたドロッとした液状のものだ。なんとも言えない甘い匂いが漂う。
「いい香りですぅー。カリファラの密は、エシュロンも大好きです! 美味しい蜜を作る妖精さんたちは敵じゃありません!」
「そうだよ、そうだよ! 龍王様はアテらと仲良し! バーナルちゃんも、エシュロンちゃんもお友達だよ!」
「はいです! お友達です!」
妖精たちの踊りを真似して、エシュロンもピョンピョンと跳び回る。
そんなやりとりを微笑ましく見ていたバーナルだったが、後ろに感じる異質な気配を感じて振り返った。
「あなたは……セリク・ジュランド」
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枝と根で作られたトンネルを抜けると、妖精たちは次々に"被り物"を脱ぎ始めた。
蝶のような面から、「プハーッ」と声をあげ、あどけない子供の顔がでてくる。
「え? それが君たちの本当の姿なの?」
「そうよ。長老様が、外の世界に行くときは、これを着けるのようにって言うのよ」
「そうじゃなきゃ、アテら人間にさらわれるの! 怖い。怖い」
怖いと言いながららも、妖精たちはクスクスと笑っていた。
「そうよ! ホントの姿はこんなに可愛いんだもの! 知らなかったわ! もう! 連れて帰っちゃいたい!!」
「キャー! 人間に潰される! 潰される!」
眼をキラキラさせたフェーナが、妖精たちを両手にギュッと抱きしめる。あまりに凄い勢いだったため、妖精たちは混乱してワアワアと騒ぎ始めた。
「…案内人を殺す気か。そのへんにしておけ」
ヘジルに注意されると、フェーナは渋々と解放する。
「君たちは、そういう種族なの?」
セリクが、物珍しそうに触覚や羽を見やる。
全体的に半透明で、目を凝らすと反対の風景の色が透けて見えた。一見して召還神や聖獣のようだが、神気のような光るエネルギーは出ていなかった。
「うんうん。えっとー。言ってた。言ってた。大地神サマがアテらのこと…なんだっけ?」
「うん? えっと、マヨニー? そんな名前! 名前!」
「マヨニー? クリバス言語か」
ヘジルが手帳を取り出そうとした時、プラーターが姿を現す。
勝手に出るなと命じているのに、ここぞというタイミングを計っているようである。
「そうだわさ。そいつらは、霊体人だわよ」
「それは、なんなんだ?」
「前に言ったかもだけれど、アンタら人間は、肉体と霊体で構成されているわ。そして、肉体には気が宿り、霊体には命が宿るってね。で、人間ってのはその割合がだいたい半々ってとこなんだけれど、そいつらは肉体を持たない人間ってことなの。正式には、マハス・ヨニマってんだけど、長いんでマヨニーって呼んでんのよ」
「肉体がなくて、精神だけってこと? …えーっと、なんか幽霊みたい」
「幽霊? あー、うん。ま、あながち間違いでもないかもね」
「ブー! アテら幽霊じゃない! じゃない!」
「ブー! ちゃんと生きてる!」
「あー、はいはい。そりゃ失礼しましたわさ! ったく、やかましいったらありゃしない…」
プラーターと妖精のやりとりを見て、ヘジルは首を傾げる。
「こいつらは、植神の眷属じゃないのか? 格好は似ているようだが」
言うとおり、確かに雰囲気も服装も似通っていた。植物の葉などを利用した服も同じような感じだ。
プラーターより少し小柄っていう感じで、側にいると子分を従えているようにも見える。
「いいえ。アタシの手下は物言わぬ草花ちゃんたちよ。だからやかましくもなく、もっと大人しくて従順よ。こいつらは大地神直轄の精霊ども。見た目がなんか似てるのは、アタシが"大地神派"だからさね」
「大地神派? まさか、神々に派閥があるのか?」
「派閥っていうか、管理体制っていえばいいのかしら。神々が対になっているのは知ってるわよね?」
「ああ。同じ等級の神がニ柱ずついるというのは知っている。お前の対神は、獣神。大地神だと……天空神か」
「そうそう。勉強しているじゃない。んで、裁定神を頂上とした、天空神、獣神、剣神というグループ。創母神を頂上とした、大地神、植神、拳神というグループ。ま、こんな感じに分けられてんのよ。ま、あくまで原則としてだけどね。各神でグループを越えて連携することもあるし…」
「なるほど。それで、それらを総ているのが…」
「そ。統括神こと、神王ラクナ・クラナよ」
ヘジルとプラーターの話に、セリクとフェーナは"なるほど"と頷く。
ブロウも頷いていたが、目が眠そうだった。やはり理解していないのだろう。
「ふぇー。えっーと、でも、神王、裁定神、創母神………あれ? 確か、神様って十柱よね? 一つ神様足りなくない? えっと、たぶん……神王の対神かな?」
フェーナの指摘に、プラーターは困った顔をする。
「それは僕も気になっていた。その神だけは、存在は仄めかしてこそいるが、どの書物からも名前が見つけられない。だから、イバン教の中には、イバンがその最後の神だとする説まであるほどだしな」
「んー、まあ、それはないわさ。でも、最後の神についてだけは、アタシら喋っちゃいけないことになってるから……うん」
「なんでだ? 裁定神は、七神柱を集めろ…そう神告で言ったそうだぞ?」
「うう、うんー?? これって、言っちゃっていいのかなぁ? こう言っちゃ悪いかもだけど、最後の神はどうやっても見つけられないわさ。"この世界に存在していない"んだからね」
「この世界に存在していない、だと?」
「あー、はい。アタシが喋れるのはここまでー! 後は天空神あたりに聞いて! じゃあこの辺で! さよぉーなら! またのご利用お待ちしておりマース!」
「おい!」
慌てたように、プラーターーは掻き消える。
「…なんなんだ。肝心なところで」
「とりあえず、大地神に聞けばもっと詳しいことが解るんじゃないかな?」
「…フン。そうだな」
セリクたちは、妖精たちに連れられるまま里の中に入っていく。
建物は草や土を巧みに使い作られ、人間たちには見られない不思議な模様が描かれており、独特なセンスを持ち合わせているのだと解る。
もちろんサイズは彼らに合わせてあり、セリクたちにすれば、小さな子供が使うオママゴトの家といった感じだ。中にある家財道具も玩具のようである。
彼らの生活様式を見る度に、フェーナは「可愛い」とか「ステキ」を連発したのであった…。
村の中央にさしかかった時、セリクたちは自分たちと同じような人間がいることに気づく。
小さな出店のような場所の前に、全身を包帯のような布で巻かれた若い女性と、白色のフワフワした素材の服で包まれた十代前半ぐらいの少女が立っていた。
女性は、薄い緑の混じった黄色い瞳でジッとセリクを見やっている。
「あなたは……セリク・ジュランド」
名前を呼ばれたことで、セリクはビクッとした。
包帯のせいで見にくかったが、声を発した瞬間、女性の口元はほんのわずかしか動いていなかったように見える。それでも彼女が発したものに間違いないだろうと誰もが思った。
「…何者だ?」
ヘジルが警戒して、下から上まで遠慮なく見やる。
「て、敵です…。人間ですぅ」
怯えた表情で、少女はサッと女性の後ろに隠れた。
「なに? ということは、お前たちは人間じゃないのか? ……だが、どう見ても妖精には見えないな」
ヘジルはボウガンが入っているポーチに手をかける。
不穏な空気に、妖精たちはどうしていいか解らずに顔を見合わせた。
「…あなたは、どこかで」
女性の姿を、セリクはどこかで見た気がしていた。
「…あの人よ。ほら、セリクがエーディンと戦っていた時に助けに来たの」
フェーナの言葉に、セリクはハッとして思い出す。
あの時の事は、意識を失いかけていて、ほとんど覚えていないのだが、バーナルが最後に衝撃波を放ったのだけは辛うじて覚えていたのだ。
「…四龍バーナル」
名乗りと共に、バーナルが風をまとってフワッと宙に浮かぶ。包帯が青白く輝いた。
「なに? また、四龍だと!? まさか、大地神のところまで先回りしているなんて…」
「大地神?」
バーナルは一瞬、何か解らないという顔をした。そして、チラッと後ろを見やって合点がいったように頷く。
その視線の先には、いかにも怪しげな祠があった。きっと、大地神のいる場所なのだろうと思われる。
「…そうですか。ルゲイト様が言うように、あなたたちは神の力を探しているのでしたね」
「それを妨害に来たんだろ?」
相手の態度が妙だと思いつつ、セリクが尋ねた。
「…妨害? なるほど。では、そうとしておきましょう。エシュロン、下がっていなさい」
「は、はい!」
エシュロンはピョンと飛び上がると、牙の生えたヒマワリの後ろに隠れる。
「オウ。四龍ってのは、女もいやがるのか…」
ブロウが気まずそうな顔をして尋ねる。
「…ええ。私ともう一人は女性です。ですが、ご遠慮はなさらずに。それなりに強いと自負しています。殴られても悲鳴などあげませんよ」
「それなりに? フン。謙遜にもならんな。宙を浮くほどのエネルギーを迸らせているんだ。これで弱いはずがない」
「うん。たぶん、すごく強い…。エーディンと同じような力使ってたし」
エーディンも全身から青白い光を放っていたが、バーナルもそれに劣らぬほどの光を放っていた。
「波動の力…。もしかして龍族なのか?」
セリクの問いには答えず、バーナルは無表情のままであった。
「…戦いは望みではありません。ですが、龍王エーディン様の御為。邪魔する者は除かせてもらいます」
ゆっくりと両手を開くと、シュルルッと包帯の先端が攻撃姿勢をとった。
セリクとヘジルが持つ武器に力を入れて構える。
「待ちなちゃい!」
戦いが始まるかという矢先、横からそんな赤ちゃん言葉が響いた。
「この妖精の里で争いごとは許しまちぇん!」
セリクたちもバーナルも声のした方を向く。
妖精たちに支えられ、空を飛ぶ草籠が一つ。
中に、おしゃぶりをくわえて前掛けをした赤ちゃんの妖精がいた。だが、目だけは凛々しく、前方を見据えている。
「キャホホ! 長老だ!」
「長老、長老様だ!」
妖精たちが口々にそう言って、籠の周りで踊りだす。
「長老? あの、赤ん坊が、か?」
「我ら、妖精は、古の時代から中立。神王ラクナ・クラナ様にもつかず、かといって龍王アーダン様にもつかず、魔王ゼルナンデューグン様にもつかない。ただ大地に帰依する者として、大地神様のみを奉り、その見返りに庇護を得ているのでちゅ」
おしゃぶりをしているのにも関わらず、誰の耳にも聞き取れるようにハッキリ喋るので奇妙な光景だった。
「…そんなわけで、どちらもここで争うというのであれば出て行ってもらうでちゅ!」
セリクとバーナルが顔を見合わせる。
「出て行ってもらうでちゅ!!!」
再び長老が大声を出す。周りの妖精たちも真似してその言葉をエコーのように繰り返した。
そして、どちらからというでもなく、お互いに戦闘態勢を解除した。
「……エーディン様の傷薬や、好物のカリファラの蜜が手に入らなくなるのは困ります」
「は、はいです! これ、飲めなくなるのイヤです!」
バーナルの言葉に、エシュロンも悲しそうな顔をして大きく頷く。
「…俺たちも、大地神に会えないのは困るよ」
セリクがそう言うと、なぜかブロウが満足げに頷いた。
「…よろしい! 戦わなければ、大事な大事なお客様でちゅ。どちらも、ワタチの部屋にご案内しなちゃい! お・も・て・な・し…でちゅ!!!」
「キャホホ! 了解、了解!」
「どちらも、どちらも、ご案内~!」
こうして妖精たちに連れられ、セリクたちとバーナルたちは、妖精の里にある一番大きな建物へと案内されたのであった……………。




