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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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88話 心を迷わす森

 セリクたち一行は、菜園堂を出てひたすら南下し続ける。

 ストス村に戻るとばかり思っていたので、地図を広げて違う方角を指し示すヘジルに不満の声があがった。


「いい加減、食料を調達したいわよ。ここんとこ、ずっとお魚と乾パンばかりだし」


「オウ。さすがに肉が食いたいぜ! 今なら宿の食事メニュー全品を出されたって食えるな!」


 貧しい食事は嫌だと、ランドル兄妹が口々に言う。


「フン。ストス村を経由すると、およそ三日のロスだ。僕たちの目的が知られた以上、召還神を探すのを急がなければならない」


「だからって、そんなに…」


「四龍のような妨害が再びあることは想定しなければならないだろう」


 ガルの強さを嫌というほど思い知ったセリクとフェーナは顔を見合わせる。ブロウだけはただ一人嬉しそうに拳を叩き合わせていたが…。


「あと一カ所、どうしても先に寄らねばならないところがあるんだ。それから、港町レイムに向かう。ジキル街道にさえ入れば、途中に宿場もある。補給はそこで行ったほうがいい」


「先に寄らなければならない場所?」


 セリクが問うと、ヘジルは頷き、神宿石を掲げる。すると、植神プラーターが姿を現した。


「はいはーい。説明してあげるわよ~。えーっと、これからアンタたちはブフの森に向かうのよん」


「オウ? ブフの森ってえと、南方にあるやつか?」


「ああ。ジキル街道を挟んで、北側がラムの森。その南側にあるのがブフの森だ。ガーネット領内じゃ最大の大森林になる」


「ええー。そこって、ゴーモラス村の人も決して立ち入らなかったっていう危険なところでしょ?」


「そんなところに何があるんだ?」


「だ、か、ら! それを今、説明しようとしてんじゃないのさ!」


 話の腰を折ってしまったようで、プラーターは苛立たし気に周りを飛び回る。


「コホン。アタシが覚えているに、ここに大地神がいるはずよ」


「大地神が?」


 話の中で、大地神は植神よりも位が高い上級神であることをセリクは思い出す。


「んんッ? なんか、いま失礼なこと考えたでしょ?」


「…いや、そんなことないよ。それで、森の中に祭壇があるの?」


「そうね。確か、神界凍結の後に、ブフの森に消えていく彼女を見たわ。図体でかいから見間違えるはずないし!」


「"彼女"ってことは、また女かよ」


「またってなによ! またって!」


「……はあ。話が先に進まない」


「ちょっと! 待ちな…」


 ヘジルが再び神宿石を掲げると、プラーターの身体が吸い込まれるかのようにして消える。


「あ、消せるんだ」


「ああ。ようやく力の扱いに慣れてきた」


 それは懸命な努力の賜物だとセリクは知っていたが、あえて口には出さない。 


「オウ。で、そのブフの森に行くってわけか?」


「でも、契約書がなきゃ…。大地神とは会えないんじゃないの?」


「そうだな…。だが、植神契約書も菜園銅と関わりあるストス村で見つかったんだ。道中、ブフの森と縁ある場所に隠されていてもおかしくはない。なんにせよ、手がかりがない以上、解っている場所をしらみつぶしに当たるしかないだろう」


「全部の神を味方につけるまで…どれくらいかかるんだろう」


 弱気なことを言うセリクに、ヘジルはフンと鼻を鳴らす。


「神々の加護があるならば、ヒントの一つや二つぐらい見つかるだろう。必要だから与えたというのに、見つかりませんなんて間が抜けた話もないからな」


 神々の召還者だというのに、高慢なヘジルの態度はいつもの通りであったのだった………。




---




 来た道をひたすら戻り、ジキル街道を横断して南方の森林地帯へと入っていく。


 薄暗く不気味なラムの森に比べ、ブフの森は明るく軽快な感じがした。

 小動物もよく見かけるし、果物がなる樹が自生していて、小腹が空いたら取って食べれるのだ。桃に似た実を口に含むと、少しの酸味と後からくる甘さがちょうど良かった。

 食料調達には事欠かないからこそ、ヘジルは補給をせずの移動をしたのだろうと、ここに辿り着いてからやっと気づく。


 ヘジルは地図を開き、コンパスで方角を確認しては何かを赤ペンで記入していく。それも何度も開いてはちょくちょく書き込んでいるので、もしかして迷ったんじゃないだろうかとセリクは少し不安になった。


「…ブフの森は、別名、"迷いの森"だ」


 まるで考えていた事を読み透かすかのように答えたので、セリクはちょっと驚く。


「迷いの森?」


「ああ。といっても、森から出る分には問題ない。ひたすら北か西に向かって歩いていれば街道に戻れる。問題は、森の奥に進む場合だ」


 ヘジルはセリクに地図を見せた。何本も赤い矢印が書かれては消されている。その矢印は森の中心部に向かっていた。


「これって……森の中央に行けないってこと?」


「ああ。ぐるりと回り込むように歩いているんだが、奥に進む道が見つからない。人が通る道がないのは覚悟していたが、まさか獣道すら一本もないなんてな。最悪、木を伐採して道を作りながら進まねばならない」


「木を切るとなると…大変だね」


 セリクはチラッと側の大木を見やる。

 普通に剣で斬りつけて進むのは困難だろう。だが、自然破壊に拒滅《ルン》を使うのもはばかられるような気がした。


「オウ! さっきそこに猪がいたぜ!」


「ヘジル! 今日はお鍋だよ! だから、ボウガン! ボウガン貸してー!」


 少し遠くで、ブロウとフェーナが大声を上げる。


 最初、「イヤ! 動物を殺して食べるなんて残酷だよ!」なんて言っていたフェーナが今では頼もしいものだ。

 ちなみにレノバ村では、獲物をしとめた後の下処理までは男衆の仕事なので、実際には肉の塊となったものを女たちが調理している。だから、フェーナはあまり動物が死ぬところを見たことがなかった。


「猪だと? フン。また魔物だったりしないだろうな」


「オウ! 大丈夫だ! 口から火を吹いてたぜ!」


「……馬鹿か。それだったら魔物だろ」


「オ? 猪って火を吹くんじゃないのか?」


 真剣に言っているブロウに、ヘジルは苦々しい顔をする。


「ええっと、魔物でも食べられないの?」


「…中には食べられるのもいるかも知れないが、基本的には魔物というのは魔気《マガ》で汚染されている。食べられたとしても、人間が食べれる味じゃない」


 その説明に、フェーナはガッカリしたようだった。ブロウは首を傾げていたので、おそらく理解できていないのだろうが…。


「だが、猪の魔物か…。追い込めば、森の奥へ入る道に案内してくれるかもな」


 ヘジルは眼鏡のツルをさすって考える。


「………よし。物は試しというやつだ。その猪のところまで案内してくれ」


「オウ! とりあえず、食べれるか試すってことだな!」


「…そうじゃない。人の話をちゃんと聞け。まあ、この際どっちでもいい。食べるなら一人で勝手に食べろ」


 そんなやり取りをして、四人が魔物のいる場所に向かって歩きだそうとした時だった。


「あれ?」


 目眩のような感覚に襲われ、セリクは戸惑う。


「なんだ……コレ?」


 空も地もウネウネと波打つ。まっすぐ生えていた樹木が、クネクネと踊っているかのようだった………。




---




<フェーナ視点>


 台所で、お母さんが野菜を切っては鍋に入れていく。その良い香りだけで、その料理がとってもおいしいのだと私には解った。


「お母さん、セリクに持っていくの?」


「ええ。今日はうちがあの子の当番ですからね」


「なんで、セリクのおうちには、お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいないの?」


 ああ。そういえば、小さい頃、そんなこと聞いたっけな。そのお母さんの答えはいつも同じだ…。


「あの子は"可哀想な子"なのよ」


 可哀想な子…。そう。だから、誰かが面倒をみてあげなければいけない。お母さんは悲しそうな顔でそう言ったのをよく覚えている。


「なら、フェーナが、セリクにごはん持ってく!」


「それはダメ!」


 いつも優しかったお母さんが、もの凄く恐い顔をした瞬間だった。

 包丁を置き、私の両肩を掴む。ちょっと痛いぐらいだ…。でも、そんな痛みよりも、今のお母さんの雰囲気の方が何倍もイヤだった。


「な、なんで?」


「なんでもよ。いい。それはダメ。あの子とは関わってはいけないの。フェーナ、あなたはとても優しい子よ。その気持ちはとても大事で良いこと。だけれど、忘れないで。お母さんは、あなたがあの子と関わって酷いことになって欲しくないの」


 この時の私には、お母さんが何を言っているのかよく解らなかった。

 帝都出身のお父さんが、この村にやって来てお母さんと結婚した。村の血筋とはいえ、まだ新参者のランドル家はレノバ村では難しい立場だった…と。それは、もう少し大きくなった時に神父様が教えてくれたことだ。

 だから、些細なことでも、私が村人に嫌われたりして村八分にされるのを避けてたみたい。そう、セリクみたいになって欲しくないと思ってたんだろう…。


「うん。わかった…」


 たとえ意味が解らなくても、お母さんが真剣に言うことなのだから従わなきゃいけないと私は思った。


 頷いて下を向いた時、紅いものがポタッと床に落ちたのに気づく。


「良い子ね。そうよ。それでいいのよ。フェーナ」


「ああ、そうだとも。さすが私たちの娘だよ。フェーナ」


 あれ? お父さんの声? お母さんの後ろから聞こえたみたい…。

 おかしいな。この場面に、お父さんはいなかったはずだけれど…。


 ポタッ、ポタッと紅い染みが増える。


「これ…? なに?」


 私が顔を上げると、血塗れになったお母さんとお父さんの顔がそこにあった。

 白目を見開いたお母さん、首と体が反対になったお父さん…笑顔だけれど、その姿は私が最期に見た時のものだった……。

 怖い。とても怖かった。けれど、愛する両親。私は眼を背けることもできず、大粒の涙をこぼして震えていた。


「お前が、あの子と関わらなければ、私たちはこうやって無惨に死なないで済んだんだよ…」


「そうよ。フェーナ。痛くて痛くてどうしようもないのよ…」


 二人は恨み言のように言う。

 違う。ぜったいに違う。これは、私の記憶じゃなかった…。こんな言葉は聞いたことない。


 その時、二人の後ろに黒い影がいて、それが操っているのだと気づいた。

 それは教会の天井で見た絵そのものだ。邪悪な"死"の象徴。マリオネットのような操り紐を手にし、イヤらしい裂けた口で笑う龍王だった………。

 


<ヘジル視点>


 機械だらけの部屋。ああ、これは僕の部屋だ。間違いない。


 帝都? いや、帝都に来る以前…だとしたら、どこだ? キードニア? いや、違う。窓の外が雪景色じゃない。緑があるようだが、見たことがない地形だ。ここはどこなんだ?


 まあいい。いま僕が手にしているのは、小型の無線機だ。父が作ったものを、僕なりにアレンジして、より効率の良いものに作り直しているところだ。

 側で兄さんがそれを見ている。「……ヘジルは凄いな。まだ小さいのにこんなことまでできるのか」なんて言っている。

 側にいる女性は誰だ? 見覚えがあるのに、誰なのか解らない。でも、同じようなことを、「お父上と同じく天才ね」と言っているのが聞こえる。

 僕は機械に夢中になっている風を装いながら、それを満足気に聞いていた。褒められるのは別に嫌いじゃない。


 無線機は見事に新しくなった。もちろん父が作った以上の物になったと自負している。

 電波強度は増しているし、チャンネルも増設した。不快なスケルチテールだって従来のものよりかなり抑えられたはずだ。


 奥にあるいつも半開きになった書斎。そこに、父の背が見えた。

 ブロックの上に鉄板を載せただけの、とても机とも呼べない粗末な作業台の上で、ガチャガチャと何かをいじっている。

 あ。さっき、僕が組み立てた新しい無線機だ…。 きっと、僕が作った無線機を見て感嘆の声をあげているのだろう。そう思い、僕はほくそ笑んだ。


「んあー、なんだこりゃ。こいつは使いものにならねぇな」


 え? なんだって? いま、なんて言った?

 聞き耳を立てていた僕は、自分の耳を疑った。


「ど、どうして?」


 扉の側まで来て、父に尋ねると、怪訝そうな顔で振り返った。


「ん? あー、ったく、面倒な風にイジりやがって。んで、ここの回路を遠回りさせてんだ? あ? 増幅装置を内蔵させようとでも思ったのか? 直で繋げやいいじゃねぇか」


「で、でも、出力を上げて小型化した方がもっと役立つかと…」


「こいつはこれで完璧なんだ。紅玉石の反響現象で通信ができるかを試すのに使う。んで、親機で感度調整を行えるようにと、わざとロースペックにしたんだ」

 

 実験に使うもの? だったら、そう書いておけ………そう言いたくなるのを必死で我慢する。


「し、知らなかったから…」


「ま、そうだろうな」


 父は面倒くさそうに肩を竦めてみせる。それが悔しくて、僕は拳を握った。機械油に汚れた爪が手の平に食い込む。


「せ、設計図! 設計図を見せてよ! それを見れば、僕だって…もっと、もっとスゴイものができるよ!! パパの手伝いができるよ!」

 

 そうだ。ただ実物だけを見ていたからこうなったんだ…。ちゃんと、何に使うものなのか理解していたらこんな失敗なんてしなかった。

 まだ文字はよくは読めないけれど………兄に聞きながらやれば、きっと。いや、絶対に父が驚くものを作ってみせる!


「あー? 設計図? んなものねぇよ」


 僕が驚いた顔をするのに、父はニタリと笑って見せた。そして、自分のこめかみを指でトントンと叩く。


「俺の作ったもんは、みんなここに入ってんだ」


 そういえば、父が設計図を描いたりしているのを見たことがない。思い立ったら、すぐに作業台に向かう人だった…。

 計画なしに何かを作るのがいかに難しいか。強いて例えるならば、巨大パズルを目隠しで組み立てるよりも難易度は高いだろうと僕は思う。

 過去に作ったものであれば、時間がたてば忘れてしまったり、記憶違いを起こすこともあると思われるだろう。だが、父はそういった失敗をしたことがなかった。過去に見たり聞いたりやったことは、寸分違わずに覚えているのだ…。

 そう。父は人にできないことができる………そう、彼が"天才"と、そう呼ばれるのは当然だった。


「俺も兄貴も、お前よりも小さい時に、これぐれーのもんは自分で一から作ってたぜ」


「ゲイターも……」


 兄のゲイター…。そうだ。彼も"天才"だった。父は彼の才能は認めていた。

 じゃあ、ゲイターが僕にスゴイって言ってたのは………本当に僕の才能を認めてたんじゃなくて、ただ弟だから褒めてただけなのか。


「ああ。人の作ったもんを弄くったりせず、自分なりのやり方でやってみろよ」


 そう言って、父は無線機をポンと放り投げる。

 それは僕の目の前でガシャンと音を立てて壊れた。そしてその音と共に、ヘジル・トレディの、僕の心も同じように崩れたような気がした………。



<ブロウ視点>


 死にもの狂いで、俺様は走る! ただひたすら走る!


「ニャハハ! どうしたんにゃ? このままじゃ、ぺちゃんこにゃぞ~」


「うぉおおお! ふ、ふざけんな!」


 師父は丸い大岩に乗り、それをゴロンゴロンと曲芸師みたいに転がして、俺様を踏み潰そうとしやがる!


「妹のために、家族のために、なんでもやると言ったのは御主にゃろう? 吾輩はその願いを叶えてやろうとしているだけにゃよ」


「だからって、三日も飯を食わさないで、ただ走らせるってどういうことだよ!」


 俺様の腹がグゥーッ! と大声で鳴いた。


「魔気を持たぬ御主には、"魔闘気《まとうき》"は身につけられん。だからこそ、戦気を昇華させまずは闘気に。闘気を操れるようになったら、次は闘技じゃ。そのためには若い内から身体を作っておかねばならんからのぅ。一刻の猶予もありゃせんのにゃ」


 師父は地面に降り立ち、片手に闘気を集中させると、ヒョイッと自分の身体より十倍はあるんじゃねぇかって程の大岩を持ち上げやがった。

 おお、さすが、兵士を小指で吹っ飛ばすだけはあるぜ。ま、そうだから弟子入りしてくれって言ったんだけどな。


「ま、ここまで出来てドラゴン一匹と対等に殴り合えるってところかにゃ。ほーれー! いくにゃーい!」


「ま、マジかよッ!?」


 大岩を抱えたまま、師父はその場で回り出す。グルングルンと…オウ、この動きは、あれだ…ジャイアント・スイングだッ!! やべえッ!!


「潰れたら死ぬにゃーい!」


「オウ! 見りゃ馬鹿でも解るぜ!!」


「ニャハハ! 御主のような馬鹿者でも解るのか! ま、じゃが体験したことはなかろうにゃ! 馬鹿は死んだら治るのか、吾輩に見せてくれーー!」


「じょ、じょうだんじゃねぇえええええええ!!」


 ズッドオオオンッ!!! グシャア!!!


 あ、これ、マジだぜ。

 あー。ヤベェ。マジ。…腕、肋骨、背骨……全部逝ったような気がする。指先の感覚、足先の感覚がねぇ。


「おやや? 死んだか? ま、それならそれでいいにゃ。戦技すらまともに操れる者がいない時代にゃよ。拳闘士など夢もまたの儚き夢物語よ。老剣豪物語に継ぐ英雄譚はなかなかに誕生せんにゃぁ~」 


「か、勝手に殺すんじゃねぇッ…」


 「ほほーう」なんてわざとらしく大声を出し、猫みてぇにクルンと空中で回転して俺様の頭上に着地する。そして面白そうに覗き込んで来やがる。

 薄緑色のフードの中は真っ暗で、顔は見たことがねぇ。決して強そうには見えねぇな。ホント小さいババアだ。だが、こうして俺様はババアの足下で転がされてんだからよ。これが現実ってやつだな。


「…三日にゃ」


「み、三日?」


 あんだ? あんのことだ?


「御主の体力、その出血の具合。三日以内にその岩を持ち上げてどかさないと本当に死ぬにゃ」


「あ? た、助けてくれねぇの…かよ?」


「ほぅむ。ほんの少し前の話にゃ。帝国で、スカルネ公爵が主催した武術大会があったんにゃ…」


 オイ。目の前に死にそうなヤツがいるってのに語りだしやがった…信じられねぇ。


「そこに現れた一人の少年。そうにゃ、今の御主と同じぐらいだと思うたかのう。それが百人の剣士を一人で倒してしもうたんよ」


「…一人で? そいつは、超ツエーぇな……スゲェ」


「そうにゃ。さしもの吾輩も超ツエーと思ったにゃ」


「…師父よりか?」


「んなわけあるかいにゃ! 吾輩は魔術と武術を極めた者にゃよ!? んほん! ………と、脱線したにゃ。んで、パブロフよ。なぜ、その少年が超ツエーか解るかにゃ?」


「パブロフって誰だよ…。さあな、超修行したんだろ? ってか、こんな話をしてるうちに意識飛びそうだ…ぜ」


「おお、正解にゃ。驚いたにゃ…。うん。超ツエーのは、超修行したからにゃ。しかも、半端ぢゃないのぅ。常に死を覚悟し、不毛の地ファルドニアで龍族を相手に研鑽を積んだんぢゃな。うん。なんで吾輩が知ってるかって? そりゃ、吾輩もその少年が戦ってるのを見たことがあるからにゃよ!」


「……オ…ウ」


 駄目だ。出血が多すぎて…もう、眼も見えなくなってきやがった……。

 ババア。もし、あの世に行ったら………ゼッテー恨む。


「そこまでするってことは、きっとその少年は何か"背負う"ものがあるんにゃろう。パブロフよ。超ツエーになりたければ、同じように死線を超えてみせにゃ!」


 背負うもの…死線…オウ。ああ、そうだ。恨んでる暇なんてありゃしねぇんだ。

 俺様は…強くならねぇと…いけねぇ…。妹…フェーナのやつを…親父やお袋みたいに…ぜってー殺させ…ねぇ。


「…では、三日後に。地獄から舞い戻って来いにゃ」


 そう言って、師夫が遠ざかっていく音がした………。

 俺は三日間、死の淵を行ったり来たりした。死にそうだけれど死ねない………これが、俺様にとって初体験の"地獄"ってヤツだ。


 オウ。二度と経験したくなかったのによぉ…。また、地獄から戻ってこなきゃいけねぇじゃねぇかよ……………。



<セリク視点>

 

 晴れていたはずなのに、今目の前にあるのは灰色がかった世界だった。


 今の俺は、小さな自分。村の人たちに石を投げつけられ、悲しみと怖さに頭を抑えている自分だった。


「悪魔の子め!」


「呪われているだ、オメェはな!」


 そんな罵声を浴びせられ、飛んでくる石から頭を両手でかばう。石が当たる度、皮膚が擦り切れ、血が滲んでいるであろうことが感覚で解った。


 なんで、俺がこんな目に遭うんだろう? なんで、紅い眼なんかで生まれてきたんだろう…。

 神様がいるなら、どうして、俺をこんなに辛い目に遭わせるんだろう?


 助けて、誰か………俺を、助けてよ。神様!!


「神は無力に他ならぬなぁ」


 俺を責めていた人々が、凍り付いたかのように止まる。

 そして、妙な格好をした人が音もなく前に進み出て、俺の目の前に立った。


「だが、余ならば違う。そちが望むものをくれてやれるぞ」


 フードをパサッと外した姿を見て、俺は驚いた。


「魔王トト…。なんで、ここに」


「決まっておろう。神が見捨てた者を救いにきたのだよ」


 トトは笑いながら、周囲の人々を見やる。

 あの不思議な魔力にやられてなのか、誰も身動きどころか瞬きすらしない。止められているんだ。


「…なにを?」


 戦う? でも、今の俺は武器も持っていない小さな子供の姿だ…。勝てるわけがない。


 トトがしゃがんで、俺の顔を覗き込む。濃い紫の眼が、俺の紅い眼と混じり合う。


「…余には解るぞ。そちが何を一番望んでいるのかを」


 魔王の長い人差し指が胸に突きつけられる。

 ズキリと胸の奥が痛んだ。そう。さっきまで、俺は決して望んではいけないことを考えていたから…。


「そちを苦しめる者の掃除をせねばな」


「や、やめろ…」


「望みを叶えてやろう」


 トトが村人たちに向かい、パチンと指を弾く。

 どこからか火の球が降り、ゴウッ! と、村人を焼いていく!!

 なぜかこの時ばかりは、動かなかったはずの人々は、次から次へと大きな悲鳴を上げて崩れ落ちていった。

 逃げる際に隣の人に引火し、それがまた隣の人へと…次から次へと火の犠牲になっていく。


 とても恐ろしい地獄としか思えない光景なのに、俺の心は少し軽くなっていた。


 あれ? 俺、もしかして…笑ってるの…?

 あ、俺を殴ったオジサンが燃えた。俺を無視していたお姉さんが井戸に飛び降りた。俺に土入りのシチューを食べさせようとした男の子が泣いている。村長様も…腰が抜けたみたい。


 ハハ。いい気味だ…。


 え? ダメだ。ダメだ。そんなこと考えちゃダメなんだ! それは、それは怖いことでいけないことなんだ!!


 もうこれ以上はイジメられないと思ったことと、仕返しをしてやったような気分になっていたんだ。それは決して感じてはいけない感情のはずなのに…。


「ダメだ。人を、人を殺しちゃ…」


「偽りよなぁ…。自分を律するな。人間を律するのは、神の所業よ。感じたいことを感じて何が悪いのだね?」


 トトは、俺の背中から覆うように抱きしめる。それだけで俺が今まで受けてきた傷が癒えた。

 優しく頭を撫でられ、頬をすり寄せられると、とっても温かい。人ってこんなに温かいんだ…。


「母が恋しいかえ?」


 ああ。お母さんってこんな感じなのかもしれないと…そう思った。


 でも、違う。これは魔王だ。悪いヤツなんだ。


「でも、人間だ…。俺は人なんだ」


「"人"であることに何の拘りがある? なぜ、"人"でいなければならない?」


 トトはどこからか鏡を取り出して、俺の顔を映す。紅い眼。村人の血に染まったかのような眼だ…。

 俺が、皆を…殺した? いや、違う。殺したのはトトだ。俺じゃ…俺じゃない。


「なぜに、弱き人を傷つけることを怖れ、なぜに、自ら力に怖れなければならぬのかえ? 余ならば、そちの力を受けられる。そちの渾身の想いを受け止めれるぞ…」


 シュルシュルと、呪文が書かれた布が俺を締め付ける。魔王の力が、俺を抑えてくれるようだった…。

 布から紫の光が零れ落ち、俺の心臓に…その奥底に入り込んでくる…。


「人が必要かえ? 神が必要かえ? 否。必要なのは側にいてくれる者。温もりをくれる者。そうだろう?」


 そうだ。俺は側にいてくれる人が欲しい…。俺を理解して、俺を嫌わないでくれる人。


「余がそれなのだよ。セリク、余を受け入れよ。そして、神も龍も討とうではないか…。余が手にこそ、人間を治むるが為に」




---




 四人は、森の中で膝をついて放心していた。焦点は合ってなく、ここでなはないどこかを見ているようだった。

 林の中から、場違いな者が姿を現す。奇抜なスターやハートの装飾を全身に施した女ピエロだった。


「ヒトはユメをミますー。それは、コワイコワイ、マオウサマのカタるアクムー」


 四人の間を、歌いながらピョンピョンと跳び回る。 


「エイエンにノガれえない、フカいフカいマヨいのコモリウター」


 そして、チュッとセリクの額に背伸びしてキスを施した。


「マヨいのモリのショウタイ。それは、この"夢導師《むどうし》ネムリオネ"こと"ネネ"がミチビく、ココロのサマヨい…イチド、マヨったらニドとカエってはこれないー」


 ネネは、誰も見ても聞いてもいないのに、まるで観客がどこかにいるとばかりに大げさに振る舞ってみせる。


「それでは、それではミナミナさまー。ネネのエンモクはこれにてシュウエンとなりますー。…おダイでございますかー? はいはい。それでは、"イノチ"でいただくとしましょうー」


 勝手な独り言を言って、ネネはニッコリと笑う。そして、腰に下がっていた大きな鋏を取り出して、それをセリクの首に当てた。


「では、マイド、ありがとうございましたー」


 首を切り落とそうとした瞬間、セリクの虚ろな眼に紅い輝きが光る!


「『…神を侮るか?』」


「エ?」


 ズガッ! 滅拒《ルン》によって生み出された紅い手が、ネネの首を絞める!!


「『…我は神王ラクナ・クラナ。万象を統べる絶対の支配者』」


 セリクの紅い眼の奥で、黄金の輝きがキラキラと溢れていた。


「な? なな、そんなコト…ありえ、ない!? シンオウのチカラは…トトサマが…"マエンフウカン"でフウじたはず!」


 恐怖に引きつった笑いをみせ、ネネは拘束しようとする紅い手から逃れようとする。


「『我を封ずることなど出来ぬ。我が悲願、我が大望は魔族如きに邪魔はさせぬ…。我は………』」


 そこまで言って、セリクはグルンと白目を剥く。

 そして、次の瞬間には、再び紅い瞳を正面にして見開いた。今度は黄金は消え、ただの鮮やかな真紅だ。


 雰囲気が変わったことを不審に感じつつも、ネネは拘束していた紅い手が弛んだのを見逃さず、バッとその場から離れて距離を置く。


「……グッ。ハァハァ…。神王様。もう少し、もう少しだけ…眠っていて下さい。まだ、僕はセリクに伝えなければならないことがあるんです」


「なにを? もしかしてオマエ、フタつのジンカクを…」


「正確には三つだよ…。でも、セリクは拒滅《ルン》を完全に操れるようになる。そうすれば、僕も神王様もセリクの中にいる必要はない」


「な、なにを…」


「いまのセリクは不安定なんだ。そんな小さな悪夢ごときで僕たちの邪魔をしないで欲しい」


「ジャマ? ネネのジャマをしているのはオマエだッ!!!」


 ネネの手から、ポポポンッ! と、黒い球が浮かび上がる。魔力が籠もっているのは明らかだ。


 だが、セリクは動揺すらしない。寂しげな顔をして、おもむろに手を突きだす。


「そうか。まだチカラをカンペキにあやつれないのか! さすが、マオウサマのフウイン! ならば、このネネのチカラでコロせる!!」


 何事も起きないと睨んだネネはニタリと笑う。だが、次の瞬間にセリクが姿を消した。


「ど、どこに!?」


 いきなりセリクが現れ、ネネの胸をポンと打つ。

 豊満な胸が揺れた。ただそれだけで終わったかと思いきや、次第にその揺れが激しくなり、左右に両乳房がグイッと大きく引っ張られる!


「ぐ…げ…ぎ…!」


 ドブシャッー!!


 青い血を撒き散らし、ネネは左右に真っ二つに斬り裂かれた。内部から拒滅《ルン》の力を叩き込んだ衝撃のせいだった。


「………セリク。早く。僕が…僕でいられるうちに…。魔王の甘言なんかに惑わされちゃダメだ。僕は……うっ!」


 セリク…いや、レイドは自分の胸を抑えてそう呟いたのだった。



 四人がハッと我に返る。ネネが死んだことで、かけられた魔術が解けたのだった。


「ふぇ? あ、あれ…私、どうしたんだ…っけ?」


「クッ。寝ていたのか…? この僕が?」


「オーウ? んあ? あれ? ご褒美の飯は? まだ、皿残ってたんだが…」


 三人が頭を振って、意識をハッキリとさせようとする。

 そして、顔を上げたとき、セリクの前に転がっている死体を見て驚く。


「な、なんじゃこりゃー!?」


「え? し、死んでる…。えっと、この女の子、魔族、だよね? で、でもどうして? いつ?」


「全員が寝ていたのはそいつのせいか…。セリク。お前が倒したのか?」


 ヘジルが、セリクの肩を掴む。それに驚いて振り返った。


「あ…。う、うん。たぶん」


 曖昧な表情でそう言うのに、ヘジルは訝しげな顔をした。

 実際のところ、セリクもいま意識を取り戻したのだ。だが、自分の内側で何か得体のしれない葛藤が起きたのだということだけは何となく解っていたのである。


「…もしかして、レイドって人が?」


「なに? 夢だけじゃなく、現実にもでてくるのか?」


 フェーナの言葉に、ヘジルは驚いてセリクを見やる。


「うん。そうだと思う。俺、時々…戦っている時に意識を失うから…その時に」


 ヘジルは眉を寄せつつも、懐から手帳を取り出して何かを書き込む。

 セリクが不思議そうにしていると、咳払いをしてから説明した。


「記録を取るんだ。意識を失う瞬間、その時間、そして戦い方の変化。もしかしたらパターンがあるのかも知れない」


「…それで、力の正体が解る?」


「さあな。フン。でも、調べなければどうしようもないだろう。その力が僕たちに危害をもたらさないとは限らない」


「もう! 今までそんなことなかったでしょ!」


「今までなかったからといって、これからないとは言い切れない」


 フェーナとヘジルの言い合いを横目に、セリクは視線を落とす。


 セリクは夢の中のことを考えていた。

 魔王トトが自分の理解者だとしたらどうなっただろうか、と。安堵してその温もりに浸ろうとした時、レイドの声が聞こえた気がした。

 

 その声がした時、べつの巨大な存在の気配を感じた。

 全ての上に君臨し、絶対服従しなければならない存在。それを前にして自分はちっぽけだった。自分は"見上げなければならない存在"なのだから…。

 

 "君臨する存在"は、決してセリクという個人を見てはくれない。温もりも、優しい言葉をかけてくれるわけでもない…。

 では、レイドは? レイドも側にいてくれるわけではない。肉体を持って、自分の側にいてくれる存在ではない。それが、とてつもなく寂しいことのように思われた。


「嘘でも…俺を必要としてくれるなら」


 そう呟き、セリクは人々を殺す自分を想像した。目の前のフェーナを、ヘジルを、ブロウを…血祭りにあげて、その首を魔王トトに差し出す自分を。

 そのイメージは一瞬だけのものだった。だが、恐ろしいイメージを抱いてしまったと身を震わせる。胸の奥がジクジクと傷んだ気がした…。


「セリク?」


「オウ! あれ、あれなんだ!?」


 心配そうなフェーナの声を遮るように、ブロウが大声を出す。


「なんだ? やかましいヤツだな。猪か? 今はそれどころじゃ…」


 ネネの死体を検分していたヘジルが顔を上げる。


「それよりスゴイもんだ! 食えそうにねぇけどな!!」


 ブロウが指さす方向を見やると、蝶々のような生き物がズラーッと木に留まっていた。


「驚き、驚きよ。ワチキたちにどーしようもなかった魔族を倒してくれたね。歓喜、歓喜」


「強い子、良い子よ。きっと。どうしましょね? 長老様に聞く? そう思う、そう思う」


「でも、人間、入れるの良い? いま、お客様が来てるわ。来客、来客。会わせていいかしら?」


 どうやら戦っているところを見ていて、それについての相談をしているようだった。


「わー。妖精がいっぱい!」


 フェーナが感動して手を叩く。

 すると、一匹がフラフラと目の前に飛んできた。


「少年、少女。知己、知己。キャホホ。鍵あるね? 同胞の鍵よ」


「鍵? えっと、なんの話かしら?」


 フェーナが首を傾げる。


「あ。そういえば…ゴーモラス村で会った妖精にもらったよね。これのことじゃないかな」


 セリクはリュックから、茨の鍵を取り出す。

 フェーナを助けに向かった時、村に巣くっていた魔物を倒したことで、井戸にいた妖精に感謝されてもらったものだった。


「招待、招待。資格ある人間よ。寛大よ。森は受け容れるのよ」


 妖精が小躍りしだす。すると、セリクの手の内から鍵がスルッと抜け、地面に突き刺さって回った。カキンッという奇妙な音が響く。

 次の瞬間、奥を占めていた木々がザーッと横にずれた。ちょうど、人が一人抜けられるぐらいの大きさの空洞を作ったのだ。


「案内するわ。ようこそ、万来! この先、ワチキたちの里ね!」


「…そうか。妖精たちに認められなければ入れない仕組みか。だが、よくそんなものを持っていたな」


 ヘジルが感心したように言う。


「え? うん。まあ、偶然なんだけれどね」


「…偶然、か。フン。神の導きがあったと考えるべきなのかな」


「オウ! どっちでもいいが、中に入れるってことだよな! 食い物もあるよな!」


「もうお兄ちゃんったら食べることばかり…。でも、妖精さんの住処かー。ちょっと楽しみ!」


 こうして、セリクたちはブフの森の奥にある妖精の里へと足を踏み入れることになったのだった………。

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