90話 四龍バーナル
長老が住まう一番大きな建物と言っても、サイズはやはり妖精サイズだったりする。
座っている分には問題ないが、立ち上がるとなると天井に頭が当たってしまいそうだ。
セリクやフェーナはまだ大丈夫だったが、ヘジルやブロウはかなり窮屈そうだ。
バーナルとエシュロンも小さい方なので特に困ったような様子はない。
長老が上座に……座ったというよりは、S字をした柱に揺りかごを吊された。
そして、食パンのような形をしたテーブルを挟んで、バーナルたちと向かい合って座る。
妖精があれこれと世話をしてくれ、種のような菓子の入ったバケットと可愛いティーカップが各々のところに置かれた。濃厚な甘い香りが漂う。
「さて。どうぞ、冷めないうちにお飲みなちゃい。カリファラの葉を使った紅茶でちゅ。それにその花の蜜を惜しみなく入れた、特別なフラワーティーでちゅよ」
そう言う長老の元にも、フラワーティーがもたらされる。もちろん、カップではなく哺乳瓶でだが…。
自分で飲むことができないので、妖精たちが手伝う。眼を瞑って、ンクンクと飲む様は普通に赤ちゃんだ。それを見て、フェーナとエシュロンがキラキラと眼を輝かせた。
「うわー。赤ちゃんだ! 赤ちゃん! 赤ちゃんなのに長老なんて不思議!」
「ですぅ! 赤ちゃん可愛いですぅ! ホッペ、プニプニですぅ!」
「触りたいねー」
「ですー」
同調したフェーナとエシュロンが顔を見合わせて微笑む。
だが、次の瞬間、お互いに敵であることを思い出して、少し気まずい雰囲気になった。
「…プハー。五臓六腑に染み渡るでちゅ。何をしているでちゅか! さっさと飲むでちゅ! ワタチの入れた茶が飲めないっていうんでちゅか!!」
見た目は可愛い赤ん坊なのに、口調だけは酒を飲んで絡んでくるオッサンそのものだった。
機嫌を損ねてはまずいと、セリクたちも、バーナルたちも、出された茶に口をつける。
含んだときに、ちょっとした苦みが生じるが、すぐにハチミツのような甘さがそれを包み隠す。ほどよい甘味は、優しく遠慮がちに舌に絡む。最後には、森林を思わせるかのような爽やかな香りが、口内から鼻に抜けて心を和ませた。ネットリとしている割には、後味もスッキリしていて飲みやすい茶である。
「すごいー! あまぁい! 幸せー! なにこれー、ホッとする!」
「あひぃー。原液もいいですけど、紅茶も絶品ですぅ~。何杯でもいけるですぅ~」
「おいしいねぇー」
「ですー」
再び、フェーナとエシュロンが微笑み合う。
また気まずい雰囲気になるかと思われる前に、ヘジルが大きく咳払いした。
「長老様…で、よろしいですか? さしつかえなければ、お名前を知りたい」
「名は無いでちゅ」
「名が無い?」
「そうでちゅ。ワタチら妖精は、生まれたばかりの時は"叡智"そのものでちゅ。知恵ある者は、長老であるワタチだけ。だから、個を区別する名はありまちぇん。でちゅが、時間が経つに連れてアホになるでちゅ。そうすれば、長老は交代の時でちゅ。新しい妖精が、精神の海から生まれ出るでちゅ」
「キャホホ! アホだって!」
「アホ、アホ!」
クスクスと笑い合う妖精を、長老はジト眼で見やる。
「"名無き賢者"という意味なんでちゅが…。龍王アーダン様は、ワタチを"ユユコリ"と呼んでまちゅたね。もし、名が必要ならその名で呼ぶといいでちゅ」
「…ユユコリ。解りました」
ユユコリの眼が、セリクをジッと捉えた。
「…それにしても、不思議な少年でちゅ。龍王様が脅威を感じるのも当然でちゅか」
今度はバーナルを見る。だが、当人は澄ました顔をして、フラワーティを飲んでいた。
カチャリとティーカップを静かに置き、セリクたち四人を見回す。
「…エーディン様の予感。ルゲイト様の予測。両方とも当たりましたね。人間は神の力を求め、セリク・ジュランドがそのキーマンとなる。それがいま、私の目の前に存在している」
無表情にバーナルは見つめてくる。
四龍の中でも、ルゲイトも表情が変わらない方だったが、それでも言葉を交わせばまだ感情が見え隠れしていた。いや、というよりは、ただ無愛想なだけと言われても納得できるだろう。
わずかな感情すらなく、言葉にも抑揚がない。本当の意味でのポーカフェイスは、バーナルの方だろうとセリクは考える。喜怒哀楽がまったく解らないのだから…。
「四龍バーナル。お前はルゲイトの指示で、邪魔をしに来たんだろう。僕たちに神の力を得させないためにな」
ヘジルの問いにも、バーナルの表情はまったく変わらない。
「いいえ。正直に答えるならば、ここに眠る神に手を下す必要はない…」
「フン。お前が、僕たちを倒せるからか?」
「…違います」
「だったらなんだ!」
「…神の名を持つ書。……そちらには必要なんですよね?」
バーナルの言葉に、ヘジルの眼が大きく開かれる。
「なんだと? なぜ、龍王側が…それを知っている?」
「大事な何かがあり、それを隠している。隠しているということは、守らねばならないものである……でも、やがては何かしらの形で使わなければならないもの。では、どうするだろうか?」
「…なに?」
「普通ならば、適合者のみを通すようなシステムを構築するだろう。神告により使うときが来たと判断されれば、各地に置かれた巨大な神気の塊に何かが起きるはず…。その鍵はなんであろうか?」
独り言のように続けるバーナルに、ヘジルは眼を細める。
「対応するかのように存在する、神の名が記された書はいかにも怪しい。システムを誰にでも使わせるわけにはいかない。だからこそ、隠す神気を扱うようにするためには、一つだけの鍵じゃ心許ないはずだ。二つか三つほどの鍵となる条件を、適合者はクリアしなければならないと思われる……」
その言葉はどこまでも平坦なものだった。誰かの言葉を丸暗記して、そのまま喋ってる感じだ。
感情を映さない眼だけが、ヘジルの挙動を精査する。
「フ、フン! 単なる憶測に過ぎない…」
「…なるほど。隠された巨大な神気を見つけるのことが、一つ目の鍵となる条件。神の名を冠した書が二つ目の鍵となる条件…というのは、あなたの言動と今の反応で確信を持ちました」
「グッ!」
「二つ目の鍵については、私にとってはまだ不明な点が多かったのです。一つ目の条件と複合する…つまり、神の居場所を探るために使うものである、と。そう即座に答えていたとしたら私を騙せましたね。いま貴方が喋ったのは失敗です」
ヘジルは悔しそうに唇を噛む。まんまとバーナルに誘導されてしまったのである。
「そして、三つ目の条件。それは、なんでしょうか? 紅い眼を持つ少年? いや、違いますね。彼の力は魔王トトによって封印された。ということは、もし紅い眼の少年の力が必要条件の一つならば、その封印を解く術をまず探すはず。そういった動きは見られず、巨大な神気を今は追っている…。となれば、セリク・ジュランド以外の三人の誰かか、または三人全員が条件の一つを持っていると考えるのが妥当。さて、ここまで絞れましたね」
バーナルは小さく息を吐き、そして、ヘジルをジッと見やって言う。
「…さっきから、神のことを話す人。貴方が怪しいと私は思っています」
一方的な展開になっていることに、ヘジルは冷や汗を額からツーと流した。
「…分かり易い反応ですね。これらの殆どはルゲイト様の推察なのですが。どうやら、これも当たっていたようです。これだけの情報を得られれば、私の役目としては充分でしょう」
「情報だけだと? フン。悠長なことだな。大地神は目の前にいるんだ……。僕たちを止められないのであれば、情報を制したとしても何の意味がない」
「だから、先ほど申し上げたのです…。妨害すら必要ないのだ、と。意味がない行為をしているのはそちらです」
「フン! 龍王側が今から先回りをしようと…」
「大地神の名を冠した書は、私たち龍王側が確保しています」
バーナルから発せられる驚愕の事実に、四人はピシッと固まる。
「ルゲイト様が言うには、こういった大がかりなシステムの欠点は融通が利かないことだそうです。巨大な神の力は幾つも点在している。一つ、二つだけで効力を為すものではないのでしょう? 基準が厳格であれば厳格であるほど、他で鍵の代用させるのことが難しい…。よって、この力を活用させたくなければ、条件の一つだけでも取り除けばいい、と。お解りになりますか? 先回りなんてする必要がないのです。最初から先なんてないのですから…」
そこまで読まれていたと知り、ヘジルは絶望した表情になる。
「龍王側の勝利は揺るぎません。魔王トトの存在すら、我らが主は乗り越えるでしょう」
「そうですぅ! エーディン様は、ほんっとに強いんですから! ぜったいに、ぜったいに負けないんですぅ!!」
エシュロンが拳を突き上げた。その際、机に膝をしこたま打って涙目になる。
「人間に為す術などないのです。早々に降伏された方がよろしいかと…」
追いつめられ、三人は深刻な顔をした。
だが、残った一人はまったく関係ないといった風に大きくアクビをしている。それを見て、バーナルは小首を傾げた。
「あー、だりぃ。オウ。お代わりくれ」
ブロウは、カップを差し出して催促する。妖精たちが急いでそれに注ぎ入れた。
味わう素振りもなく、まるで水をがぶ飲みするかのようにそれを一気に飲み干す。
「…状況が解っているんですか?」
「オウ? ああ、なんかヤベェってな感じなのは解ったけれどよ。別に俺様たちがまだ負けたわけじゃねぇだろ? なら、巻き返すことだって可能だぜ。悩むことなんてねぇじゃんかよ」
そう言って、沈んでいるセリクとヘジルの肩をバンバンと思いっきり叩く。
「…馬鹿が。敵の方が有利になっているんだぞ」
「オウ。それがどうした。なんとか書ってのが、敵んとこにあるってのが解ったんだからいいじゃねぇか」
ブロウの言葉に、ヘジルもバーナルも驚いた顔をする。
「お兄ちゃん…まさか」
「いつかは決着つけなきゃいけねぇなら。それがその時だろ。俺様は、そもそも神なんて興味ねぇーんだ。誰かさんの力に頼ってどうする? 男なら、こいつで勝負だぜ!」
自分の拳を突き合わせ、ブロウはニカッと笑ってみせた。
「貴方は…」
「オウ。それによ、なんだ。俺様たちを敵だと思って、やり込めたってんなら、なんでオメェはそんな悲しい顔をしてんだよ? だから、なんかさっきから調子くるうんだぜ」
ブロウの指摘に、バーナルが大きく目を見開く。
「え? ちょっと、お兄ちゃん、何言ってんの? 悲しい顔って…」
フェーナの疑問も当然だった。さっきから、バーナルの表情は殆ど変わっていなかったからである。
「……なんで、私が、悲しい顔をしている、と?」
「オウ? してんだろうが。話の内容はよくは解らねぇけどな…。なんか、追いつめた! ってところで、泣きそうになってやがんの。さっき戦おうって時もそうだったろ?」
バーナルはブロウをジーッと見やり、それからフッと視線を落とす。
「…マジですかぁ? ずっと側にいるエシュロンとエーディン様しか、バーナル様の感情とか解るはずないですぅ。なんで、人間なんかに解るですか?」
エシュロンが、訝しげにして口をへの字にさせる。
「ガッハッハ! チビっこいの! 俺様はスゲーのよ!」
ブロウが手を延ばし、嫌がるエシュロンの頭を掴まえてワシャクシャと撫で回す。エシュロンは眼を回した。
そのやり取りを静観していたユユコリが、静かに手を上げる。
「…むう。どうやら、人族と龍族の争いはまだまだ続くんでちゅね。ならば、ワタチらはそれに関与せぬように手を打つでちゅ」
ユユコリが籠をグラングラン揺らし、両手をパチパチとさせた。拍手しているのかと思いきや、何かを呼んだらしい。
しばらくして、奥から、妖精たちが小箱を持ってくる。不思議な紋様が書かれた木の箱だ。
「ワタチらの子供が、森でまた見つけまちゅた。ああ、子供と言っても幼く賢い方でちゅよ。アホな年寄りじゃないでちゅ。二つは龍王様に献上しまちゅたが…さて、これをどうしまちょうか」
ユユコリの指示で、留め具が外されて、小箱が開かれる。
そこには、黄金の光が放たれる巻物が収められていた。
「こ、これは…」
「神々の書?」
ヘジルとバーナルが同時に声を上げる。
「…二つは龍王に献上した、だと?」
「そうでちゅ。剣神の契約書は、龍王アーダン様にお渡ししたんでちゅ。神々や人族の物は、妖精族にはいらんものでちゅからね」
その言葉を聞いて、セリクがハッとした。
「あ! そうだ。ロベルトさんが、デュガンさんに渡したの…確かそれだった!」
エーディンの執事ロベルトが、セリクを人里まで逃がしてくれるようデュガンに交渉した際に、その名が出たのをようやく今思い出したのである。
「なに?!」
ヘジルが眼を丸くする。なぜか、バーナルも眼を細めて意外そうな顔をしていた。
「…ロベルト様が? そんな話は聞いていません。大地神だけでなく、もう一つ書があった? それが、デュガン様の手に…?」
「…バーナル様」
思案しているバーナルに、エシュロンが心配そうな顔をする。
「あ! ダメだ。その…えっと、バーナル…さん」
セリクが声をかけると、バーナルが顔を上げる。
「その、えっと…もし、そのことを知らなかったとしたら……。ロベルトさんのこと、エーディンには黙っていて欲しいんだけれど」
「…なんでですか?」
「俺、そのロベルトさんにはお世話になったから…。もし、エーディンが知ったら…」
「…処罰されると?」
バーナルの言葉に、セリクは悲し気な顔をして頷く。
「変わった子ですね。なぜ、敵である龍族のことを心配するのですか?」
「……それは」
後ろを見やると、ヘジルやフェーナも、バーナルの抱いた疑問と同じことを思ったようだった。
どう説明していいものか、セリクは困る。
「…でも、解りました。いいでしょう。ロベルト様は聡明な方です。何か考えがあってのこと……。エーディン様…というよりは、ルゲイト様には言わないでおきましょう」
「い、いいんですかぁ? バーナル様」
「ええ。責任は私が取ります…。エシュロン。貴女もくれぐれも内密にして下さい」
「は、はい。解りましたです! 口が裂けても言いませんですぅ!」
口を両手で塞ぎ、大きく頷くエシュロン。
「…そうか。"無影のデュガン"が剣神の契約書を。ならば、今そこにあるのは」
「そうでちゅ。これは、拳神の契約書でちゅ。剣神の対神でちゅが、いずれにしてもワタチたちに必要なものではありまちぇん」
「だが、大地神はあなたたちが奉っている神だろう? ならば、どうしてその契約書を龍王に渡したりしたんだ?」
ヘジルの詰問にも関わらず、ユユコリは動じずにチュパチュパとおしゃぶりを揺らす。
「神々が契約書によって姿を現すことは知ってまちゅた。でも、大地神様は『静かに眠っていたい』とワタチらに言ったんでちゅ。最高三大神が何をお考えかは知りまちぇんが、少なくとも大地神様は龍族との争いを望んではおられんのでちゅ。だからこそ、ここに置いておくべきではないと判断したまででちゅ」
「大地神が…龍王との戦いを望んでいない、だと?」
「そんな話をしててもしかたありまちぇん。問題は、この拳神の契約書。これをどうするかでちゅ。もちろん、ワタチとしては、妖精の里に置いておきたい代物ではありまちぇん」
ユユコリの言葉に、ヘジルとバーナルもわずかに腰を浮かす。
「人間がそれをもらう!」
「それは、龍族に…」
そう言った二人が、強い視線をぶつけ合う。
「おっとっと。双方、争いは厳禁だと言ったはずでちゅよ。さて、困りまちゅた。契約書は一つ、どちらかにお渡ししてしまいたいところでちゅが…」
ユユコリはそこまで言って、ブロウの顔をチラッと見やった。
ブロウはそんな話はまったく聞いておらず、ポリポリと草の種を頬張っている。さっきから妖精たちは、そのお代わりを持ってくるので大忙しだった。
「…そうでちゅね。オタクが一番、中立っぽいでちゅ。人族と龍族、そのどっちが手にするのがいいか考えてもらいまちょう」
「ん? オウ?」
「…で、でも、ユユコリ様! あいつは人間ですよぉ!」
エシュロンが抗議するのを、バーナルがそっと肩に手をやって止めた。
「な、なんで? バーナル様!」
「……いいのです。様子を見ましょう」
そう言って、バーナルもブロウに視線を向ける。
「オウ? どっちが手にするのがいいのか? って、それをか? 俺様が決めていいのか?」
ブロウは拳神の契約書を見やり、あまり興味がなさそうにして紅茶をすする。
「よし。ブロウ。いくら馬鹿なお前でも、そんな簡単な選択ならできるだろう? こっちだ。人間側がもらうと言え」
ヘジルはニヤッと笑い、拳を握りしめた。
「う、うん。そうだよ。お兄ちゃん。もう一つは取られちゃってんだから。これまで持ってかれちゃったら…本当に困ったことになるわ」
フェーナも賛同して頷く。
ブロウは鼻の下を擦って、周囲を見回す。皆が出される決断に注目していた。
「でもよ、そしたら、そっちは不満だってんだろ?」
バーナルとエシュロンを指して、ブロウが言う。
エシュロンが大きく何度もコクコクと頷いた。
「敵の不満なんてどうでもいいだろう! 人間の未来がかかっているんだ。選択は一つだ。このチャンスを物にしない愚か者はいない!」
ヘジルが必死に説得するが、ブロウは面倒くさそうにアクビする。
「オウ。腹が一杯になったから…ちっと、眠いぜ」
「もう! お兄ちゃんったら!!」
「…ブロウ。どうするの?」
セリクが問うのに、腕を組んで考える。が、考えるのは本当に数秒程度だった。
「ま、殴り合えって言いたいところだが…。相手は女だしな。公平にすんなら、ジャンケンでもしたらどうだ?」
出した結論に、ヘジルは唖然とする。セリクとフェーナも驚きを隠せなかった。
「ほ、本当に馬鹿か! ジャンケンって…ジャンケンってなんだ!」
「オウ。なんだ、ヘジル。ジャンケンも知らねぇのか? グーとチョキとパーがあってな…」
「馬鹿がッ!!!!!」
「んだよ! うるせぇヤツだな! 別にジャンケンで負けてもいいじゃねぇか。その大地神の契約書とかと、一緒に取り戻せばいいだけだろ。そんときはガチンコ勝負でよ。ガルのオッサンとも決着つけてーしな」
「ほ、本物の馬鹿だ…。クソッ。僕はもう知らないぞ! あとの責任は自分で取れ! この大馬鹿が!!」
ヘジルはプイッとそっぽを向いてしまう。
なぜ怒られているか解らず、ブロウは頭をかいた。
「…さっきのセリク・ジュランドの言動にも驚かされましたが。貴方はいったい何を考えているのですか?」
バーナルが静かに問う。明らかなチャンスを、自分で台無しにした理由が彼女には思い当たらなかったのだ。
「オウ? いや、俺様が欲しいって言って、ただもらっちまったら……そりゃ公平じゃねえじゃねえか。もらうんだったら、正々堂々と、後腐れなく、だぜ。後でグチグチ言われるのも嫌だしな」
そんなことを言うブロウに、セリクは少し笑ってしまう。出した結論としては良くないはずなのに、なんだかその言葉が正しいように思えたのである。
「……不可解です。ですが、受けて立つとしましょう。後でグチグチ言うつもりはありませんが、そちらの望むように、正々堂々、後腐れなく…とやらで。エシュロン。貴女はジャンケンというのを知っていますか?」
「へ? は、はい! あの、エーディン様とお菓子を分ける時とか、よくやりますです!」
「そうですか…。私は、ジャンケンとやらのルールがよく解りません。貴女に任せてもいいですか?」
「は? はい。えっと、この…乱暴者とやるですか?」
頭をグシャグシャにされたので、エシュロンはブロウに対して苦手意識を持ったようだった。
「…そうですね。そちらは、誰がジャンケン…をやるんですか?」
「フン! それは言いだしたブロウが適任だろう! もしこれで負けたら、絶対に責任をとってもらうからな!」
そのヘジルの一言で、ブロウがジャンケンすることとなったのである……………。
「えっと、最初はグーですよ。パー出したら反則負けですからね!」
「オウ! グーだな。最初は、だな? 二回目は違うの出していいんだな?」
「はあ? 頭大丈夫ですか? 二回目にグー出したら、エシュロンがパー出して、オマエが負けるじゃないですか!」
「オウ? あー、なるほどな。そうか。なら、二回目はグー出しちゃいけねぇんだな! 解ったぜ!」
「へ? いや、二回目はグー出さないんですか? え? ってことは…パーか、チョキだから…えっと、エシュロンがチョキだせばアイコで…。ハッ! さ、作戦ですか!?」
「オウ?」
「エシュロンを負かすために、わざと変な情報を流してるですね! その手には乗りませんですよ!! 二回目もグー出してもいいですぅ!!」
「オウ?? オウ、なら、二回目はグーだぜ。グー出すわ! グーしか出さねえ!!」
「よし、です! …ん? ちょっと待つです。ホントに、二回目はグーなんですか? それも、罠だったり…するんですか?」
「罠? 罠ってなんだ? こいつはジャンケンだぜ? 罠ってのは、獲物とっ捕まえるのに使うんだろうが」
「え? 獲物ですか…。あ、いや、エシュロンは美味しくないですから! 白いドラゴンって珍しいですけど、美味しくないですから!」
「オウ? オメェ、もしかして食べれるのか?」
「は!? オマエは…エシュロンを食べる気で? じゃ、ジャンケンで負けたら…ガブリと…ひぃいい!」
「オウ! ま、とりあえずグーだな! 最初と二回目はグーだな!」
「グー!? 二回でグー!? そうですか! ダブルパンチで、エシュロンをボコボコにして、その上でガブリと…そういう作戦ですか! 幼児虐待ですぅ!!」
「ガッハッハ! なにジャンケンする前から泣いてんだ! 泣いてると、そんな弱虫は俺様が食っちまうぞ~! ガオー! なんてな!」
「や、やっぱりですか! ひぃいい!!」
「おい!! いい加減にしろ! やるなら、さっさとやれ!!」
いつまでもジャンケンをしない二人に、ヘジルが怒号をあげたのだった………。
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上空をションボリした感じに飛ぶ白龍がいた。
バーナルが優しくその背を撫でる。
『…ごめんなさいですぅ』
「いいのです。貴女に任せたのは私。ですから、貴女が責任を感じる必要はありません」
『で、でも…』
「大丈夫。それよりも、今は少しでも急いで帰りましょう…。エーディン様に、傷薬とカリファラの蜜を届けなければ。ね?」
『そうですぅ…ね』
バーナルの言葉で励まされたのか、大きく羽ばたき、さらにスピードを上げる。
『…ねぇ。バーナル様』
「はい?」
『あの…人間の乱暴者。人間のくせに…なんか、エーディン様に似てたですぅ』
エシュロンの言葉に、バーナルはわずかに眼を細める。
鷹揚で、細かい事には拘らず、己が正しき道を突き進む…そんな主君に、確かにあの男は似ていたと思う。
「…ええ。もし、敵としてじゃなければ。友達になれたかも知れませんね」
『……はい』
ジャンケンをしていた時、エシュロンはとても楽しそうだった。
一回目で負けて、やっぱり三回勝負だったと言い張るエシュロンに、ブロウは笑って応えていた。
まるで本当に遊んでいるかのようで、本当にこれが戦争いの一端なのか…と、思ってしまったぐらいに平和な光景であった。
バーナルはそれを見て、人と龍が相容れないとはどうしても思えなかったのだ。
ひたすら蒼い空を見上げ、バーナルは祈るかのように手を組む。
「…………アーダン様。私は……私は、どうすればいいのでしょう。どうするのが、最も正しいのでしょうか。人にとって、龍にとって……何が最善なのか。どうか、お導き下さい。偉大なる龍王よ」
どう見てもそれは無表情だったのだが、それは見る者によれば、バーナルがとても悲しい顔をしていたのだと解ったことであろう……………。




