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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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62話 拳闘士ブロウ・ランドル

「うおりゃあッ!!」


 獣と思わせる咆哮と共に、メキィI とも、ゴキィ! とも聞こえる音が、瞬時にして幾つも響く!


「ギャイイン!」


 悲鳴をあげて、一匹が地面に崩れ落ちる!

 あの音は、ファントムウルフに無数の拳を叩き込んだ音だったのである。 

 周囲にいた仲間たちは、低い唸り声をあげつつも、明らかに怯えている様子で後退した。


「オウ! どうした! かかってこねぇのか!?」


 焦げ茶色の髪を逆立てた青年が、クイッと手で招いて挑発する。

 それに怒ったファントムウルフたちは牙を剥き出しにした。


「こねぇなら、こっちからいくぞ! ウォラ!!」


 青年が走り出す。それは人間とは思えないほどのスピードで加速する!

 グローブをはめた拳が、見えないパンチを放ち、続け様に三匹を殴り倒した!

 飛び上がったソバットでもう一匹、両拳を振り下ろして更に一匹の頭を砕く!

 まるで舞踏を行っているような、そんな流れるようなスムーズな動作だった。

 そんな調子で、一発の反撃も許すことなく、ファントムウルフの集団をあっという間に全滅させる。


「なんだよ、手応えねぇなあ! 少し強くなったとか言ってたじゃねえかよ! これじゃあ、いつもと同じだぜ!」


 魔物を操っていた将であるギラが退いたとはいえ、辺りの魔気マガは色濃く残り、強化された魔物たちは未だ強力だ。

 それにも関わらず、この青年はたった一人でそれらを軽々と倒してしまったのである。


「あーあ、頭くんな! 俺様もキングレオパルドとか、グローリーベアとかと戦ってみたかったぜ! つまんねぇ!」


 拳を打ち合わせ、青年は悔しそうに歯をガチガチと鳴らす。

 

 魔物の大軍が押し寄せていると聞いて、帝国軍に属していた青年は真っ先に飛び出した。だが、戦場に辿り着いた時にはすでに敵の首魁は敗れ、山ほどいた大軍はほぼ壊滅状態だったのだ。

 残った敵が決して弱いとは言わないが、ガーネット領ではまず見られない“伝説”とも言うべきレベルAの魔物たちは、既に死に絶えていたのである。

 “より強い者と戦い、より強くなりたい”…そう考えている青年にとっては、とても満足がいくものではなかった。いつもトレントなどといったランクの低い敵と戦って不満に感じているのだから尚更だ。


「オウ?」


 青年は、側にいた子供たちが怯えた眼でこちらを見ているのに気づく。そこでようやく、彼らを救うために自分は闘っていたのだと思い出した。

 そういえば、村はずれで遊んでいたこの子供たちを狙って、ファントムウルフたちは集まってきたのだった。

 戦いに夢中で、そんなことはすっかり忘れてしまっていたのである。


「ガハハッ! もう大丈夫だ! このブロウ・ランドル様が、危ねぇワンコロはブッ飛ばしてやったかんな!」


 麦わら帽子をかぶっていた男の子は、目尻に涙を浮かべ、顔を大きく歪ませ泣き出しそうになる。

 ブロウはその目の前にサッと人差し指を立てた。それにびっくりしたせいで、男の子は泣き出すのを止める。


「オウ! 男だったら女の前で泣くな! 男はな、女を、子供を、老人を、犬や猫を、メルシーを護る! それが男ってもんだ!」


 男の子は、後ろにいた女の子たちの方を振り向く。そう言われたせいで、なんだかこの場で泣くのが恥ずかしいような気がした。


「でも…恐かったんだもん」


 モジモジとしながら、ブロウにだけ聞こえる声で小さくそう言う。女の子たちには聞かれたくなかったのだ。


「恐いと思うから恐いんだ。恐いならな、とりあえず何も考えずに拳をこうギューッと握りしめてだな、思いっきりぶん殴ってやるんだ! コノヤロウッ!!」


 ブロウはファントムウルフの死骸をボンッ! と殴りつける。

 本人は軽く殴ったつもりだったのだが、そのあまりの衝撃に、死骸はグルッと孤を描いて転がっていき、牙の端からダランと長い舌が飛び出た。

 それを見て、男の子はさらに恐がり、ブロウはやりすぎたことを豪快に笑って誤魔化す。


「で、できないよぉ…。ぼく、お兄ちゃんみたいに強くないもん…」


 半ベソをかきながら、プルプルと震えて男の子は言う。


「できる! オメェが男ならできる! 俺様できると言ったからできる!!」


 ブロウは自信満々に拳をかざしてみせる。

 男の子はキュッと小さい拳を握ってみせた。ファントムウルフの側に近寄るが、ある程度の距離まで行って、それ以上は近づけない。内股にした膝が震えてしまっていた。

 何せ子供から見たら、横たわっていてもファントムウルフはかなり大きい。その牙だけで子供の腕ぐらいありそうだ。


「もう一歩だ!」


「え?」


「できないと思ったら、さらにそこからもう一歩だけ踏み出してみろ!」


 男の子は恐る恐る一歩だけ足を進ませてみせる。次の瞬間、ブロウが男の子の背を押した。


「うわぁ!」


 男の子はつんのめり、小さな拳を突き出したままファントムウルフに突っ伏す。ポスンとその毛皮に拳は当たった。

 そして、次の瞬間、ファントムウルフの実体は、煙のように溶けて消えてしまったのだった。まるで男の子が倒したかに見える良いタイミングであった。


「あ…できた」


「オウ!」


「ぼく、殴ったよ!」


 驚いていた男の子だったが、次第に嬉しそうな顔をして自分の拳を見やる。


「ガッハハ! それでこそ男だ! 男だったらとりあえず殴っておけ! だいたい、それで間違いない! 俺様はそう生きてきた!!」


 腰に手を当てて笑い出すと、周りの子たちも釣られて笑い出す。

 ブロウの笑い方が面白いので、恐いことをすっかり忘れてプッと吹き出してしまうのだ。やがて互いに顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。笑いは連鎖するのである。

 そして皆、ブロウの周りに集まってきて腰に手を当てて笑い出した。ガッハハ! と、豪快に。男の子も女の子も関係無しに笑い出す。異様な光景だったが、本人達は実に楽しそうだった。


「……いったい何をやっているんだ、お前は」


 呆れたような声が後ろから聞こえ、ブロウは振り返る。


「オウ? ヘジルじゃねぇか! なんで、オメェがこんなとこに!?」


「それはこちらの台詞だ。作戦が終わったというのに、第三十二隊青年部隊、隊長ブロウ・ランドル。なんでお前はこのストス村に留まっている?」


 ヘジルが眼鏡をクイッとあげて睨むのに、ブロウは気まずそうに眼をそらした。


「そ、それはよぅ…。まだ残党がいやがるから倒さなきゃいけねぇって思ってだなぁ~」


「フン。隊員たちを先に帰らせ、隊長だけでやる仕事か?

 そもそも掃討については、他の青年部隊に指示が出ていたはずだ。それを聞かずに、勝手に残った馬鹿がいると聞いた」


「そうか! 困ったヤツもいるもんだなぁ!」


「お前のことだ! 馬鹿が!」


 ヘジルが怒るが、ブロウは気にしないという感じに笑い続けた。


「オウ! で、わざわざ俺様を連れ戻しに来たってわけか、ご苦労さんなことだな。

 でもよ、そいつらはオメェの隊員じゃねぇみたいだが…」


 ヘジルの後ろにいるセリクとフェーナを見やってブロウは言う。

 と、フェーナと眼があったときにブロウは眉をピクリと動かした。フェーナがなんだか険しい顔をしていたからだ。


「なんで、そこの嬢ちゃんはおっかねぇ顔で俺様を見てんだ?

 恨まれる覚えといえば、ゴロツキは何人も半殺しにしたことはあるけどな。女子供に手をあげた覚えは…」


「…お兄ちゃん?」


「お、おにいちゃん?」


 フェーナの言葉に、ブロウがギョッとする。

 そして、ブロウは戸惑いがちに、フェーナの顔をジィッと見やる。


「…もしかして、フェーナか?」


 ブロウが鼻の下を人差し指で擦るのを見て、フェーナが「あー!」と大声を出した。


「やっぱり! お兄ちゃんだ! 困ったときなんかに鼻の下を擦る癖! 昔のまんま!」


「おおおお?! まさか、そんな、マジか!? フェーナ! 妹か!! 久しぶりだな!!!」


 感動的な再会を喜ぶようにしてブロウは両手を開く。

 それに飛び込もうと、フェーナは眼を潤ませて一歩を……踏み出さなかった。その代わりに、怒り肩となり、なぜか般若如き形相となる。

 そして、ズンズンと詰め寄っていく。引きつった顔で、ブロウは少し後ずさりした。


「久しぶりじゃないわよ! 黙って村を出て何やってんのよ! もう死んでいるかと思ってたのに!」


 凄まじい剣幕に、大柄な体躯をしたブロウは身を縮こまらせる。

 子供たちも固まって震えていた。


「あ、相変わらず怒るとおっかねぇなぁ~。

 村を出てン十年か? しっかし、それだけ経つとさすがき大きくなるなー。あんなにチンチクリンだったのによぉ!」


「誰がチンチクリンよ!! なんなのよ! 私がどんなに心配したか!!!」


 フェーナは憤りながら、ブロウをポカポカと殴り始める。かなり強めに殴っているのだが、無駄に分厚い胸板には対して効果がなかった。


「まさか、兄妹だったとはな…。

 確かにそう言われれば、二人とも“ランドル”だったか。帝都じゃそう珍しくない姓だからまったく気づかなかった。

 そもそも、血が繋がってるにしては顔が似てなさすぎる」


 フェーナとブロウは、確かに兄妹というには似てない。似ているといえば、髪の色ぐらいなものだろう。だがそれも、若干、ブロウの方が赤みが強い。


「こんなマッチョチョになっちゃって! 鼻の頭にもこんな傷なんて作って! 何やってたのよ!」


 面影こそあるものの、フェーナの記憶にある、昔の兄とは随分と違っていたのだ。

 背丈が増しただけではなく、褐色に日焼けし、筋肉隆々となっている。それだけではなく、あちらこちらに傷ができ、なかでも鼻の上についた横一文字の古傷は深い。


「隊長ってどういうことよ! ガーネットにいるなら、いつだってレノバ村に帰って来れたでしょ!」


「ま、まあ、俺様も色々あってな。将軍に拾われて、軍隊に入ったんだが…。

 まだ仇討ちも終わってねぇのによ、おめおめと帰るわけにはいかねぇだろ」


「仇討ち…? もしかして、まだ“アイツ”を…」


「オウよ」


 ブロウを殴っていた手が止まり、フェーナは悲し気な顔をする。


「…あー、その。なんだ、色々と。すまねぇな。いまさら、なんて言っていいのか解らねぇけれど…」


 困ったような顔で、鼻の下を擦りながらブロウが言う。フェーナは静かに首を横に振る。


「…もういいわ。こんな所で会うとは思ってなかったけれど、生きていたんだし。とりあえずは許してあげる」


 ブロウの胸をパンと一つ叩き、フェーナはいつもの笑顔にと戻った。 


「で、そっちのヤツは誰なんだ?」


 ブロウは、セリクの方を覗き見て尋ねる。


「え? お兄ちゃん、セリクだよ。セリクのこと覚えてないの?」


 ブロウは腕を組み、まじまじとセリクの顔を見やる。


「…ブロウ?」


 対するセリクも、ブロウの顔を見て首を傾げる。


「同じ村の出身だろ? 面識がないのか?」


「ううん。セリクはあまり村の人とは会わなかったけど…。

 私とお兄ちゃんは別よ。小さい頃はよく遊んでたし。遊んでいたって言っても、お兄ちゃんが一方的に…」


 フェーナが説明している途中で、ブロウは大きく頷く。


「オウ! 思い出したぜ。あの“泣き虫セリク”か! いつも泣いてばかりいるから、それで眼が紅いんだって皆で言ってたな! 黒い眼になってたから解らなかったぜ!」


 ブロウが歯をニカッとさせて笑うのを見て、セリクも幼い頃の記憶が蘇る。

 村で一番身体が大きいガキ大将。理由もなく小突かれたり、執拗に棒で突かれて追い回されたり、虫を投げつけられたりした嫌な思い出が浮かび上がる。セリクが泣き出すのを見て、「ガッハハ! 泣き虫セリクがまた泣いたぞー!」とブロウがあの顔で笑うのだった。

 まだ軟禁されていなかった頃、物心が付く前ではあったが、その時に味わされた恐怖は身体の方が覚えていた。

 無意識のうちに、セリクは身を退く。


「お兄ちゃん! 昔みたいにセリクをイジメたら承知しないからね!」


 フェーナが庇うように割って入ってくるのに、ブロウは大きく肩を竦めてみせる。


「この歳になってそんなことするかよ! つうか、その度に報復でフェーナに俺様が何回ボコボコにされたと思ってんだ! そっちの方が“ウマシカ”だぜ!」


「…馬鹿が。なんだ、ウマシカとは。心的外傷トラウマだろ」


「オウ! それだ!」


 そういえばセリクに悪さをした後、必ずといって言いほど、フェーナがブロウを追いかけまわしていたのだ。

 鬼神の如きフェーナに、ブロウが泣かされている光景をセリクも眼にしている。子供心ながらに、フェーナだけは絶対に怒らせてはダメなのだと思ったものだ。


「で、なんでフェーナとセリク。それにヘジルまでもが一緒になって行動してんだ?」


 ブロウは、セリクの腰に帯びている剣を注視しながら問う。

 その時に気づいたが、ブロウは常にセリクとの間合いを気にかけていたのだ。剣を振っても絶対当たらない距離を保っている。


「ゲナ副総統に与えられた任務を、僕ら三人で行っている」


「オウ? 任務だぁ?」


 ヘジルとフェーナは、簡潔に今までの経緯を説明する。

 DBに入隊したセリクとフェーナ、神告の内容、神々の召還について調べている事などについてだ。


 聞き終えた後、ブロウはワナワナと震えながら口を開く。


「オイ! ってことは何か。フェーナが龍王や魔王と戦うってのか!?」


「そうなるわよね」


 シレッと言うフェーナに、ブロウは烈火の如く怒る。


「ふざけんな! 俺様は反対だぞ!! 可愛い妹に、そんな危険な真似なんてさせられるかッ!」


「その妹をほったらかしにしていなくなったのはどこの誰よ!?」


「うぐッ…」


 真っ向から言い返され、ブロウはわずかに怯む。それでも負けじと拳を突き上げた!


「オ、オウ! 何がなんでも、お兄ちゃんは反対だ! なんで民間人のフェーナがそんなことしなきゃなんねぇんだ? 

 こういう任務は、俺様の部隊がやってやるぜ! 全員、拳闘士で集められた超攻撃力特化部隊だ! 敵は全部俺様がブッ倒してやる!!」


 拳を打ち合わせるブロウに、ヘジルは心底呆れた顔のままだった。


「…人の話を聞いていなかったのか?

 僕たちの当面の目的は、龍王や魔王との直接戦闘じゃない。

 それに僕と同じく、お前はもう隊長じゃない。隊を率いる権限はもうないぞ」


「お、オウ? どういう…ことだ?」


 ブロウが硬直する。ヘジルは懐から書状を取り出して開いて見せた。


「ブラッセル将軍から、隊長解任の辞令だ」


「隊長解任!? なんでだ!?」


 腕を振り回し、大騒ぎするブロウ。ヘジルから書状をひったくり、マジマジと見て、難しい言い回しが多いと見るや、フェーナに手渡して「読んでくれ!」などと言う。


「説明するまでもない。作戦を無視した単独行動がさすがに眼に余る…というのが処分理由だ。帰還命令まで無視するのはやりすぎだったな」


「だ、だがよ、この村にはまだ魔物がいんだぞ!?」


「さっき言ったように、掃討はお前のする仕事ではない。

 …と、まあこれらは建前だ。解任には別の意図がある」


「あ?」


 ヘジルの言っていることが解らず、ブロウは眉を寄せる。


「フン。妹が心配なんだろう?」


「オウ? そりゃあたりまえだろ!

 …で、それが隊長解任とどう関係するってんだ!?」


 ブロウが首を傾げると、ヘジルは「どこまで馬鹿なのか…」と小さく愚痴る。


「フェーナの兄だったというのは想定していなかったがな…。 

 お前は頭は悪いが、戦闘力でいえば青年兵団の中では断然トップクラスだろう。前衛だけに特化しているが、あらゆる状況に対処できる応用力の高さは他にはいない。僕たちの任務に当たっては、最適な人材と言えるだろう」


「オ、オウゥ?」


「お前は本当に人の話を聞いているのか!?」


「えっと、つまりは…お兄ちゃんも私たちの仲間になるってこと?」


 フェーナがそう言うと、ヘジルはまだ気に入らなそうにしていたが頷く。

 ブロウは「なるほど!」と、ポンと拳を叩いた。


「ガッハハ! そうか! そういうことなら早く言えよ!

 解ったぜ! 俺様がフェーナと一緒なら安全ってことだな! オウ! 任せておけ!」


「お、お兄ちゃん…その笑い方やめて。スゴい下品だわ」


 腰に手を当てて笑うと、側で様子を伺っていた子供たちも真似して笑い出す。


「…ブロウも一緒に?」


 セリクが不安そうに言うと、ブロウがグイッと近づいてきてその頭をワシャワシャと力任せに撫でつける。


「大丈夫だ! 昔みたいに馬鹿みたいに殴ったりしねぇよ! 安心しろ! ガッハッハッハッ!」


「…いや、馬鹿なのは今も変わらないだろ」


 眼を回しているセリクを見て、ヘジルは先行きを考えて頭が痛くなるような気がした……。



 こうして、フェーナの兄にして、拳闘士であるブロウ・ランドルが、セリクたちの旅の仲間に入ったのであった……。

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