63話 魔物が集まる理由
子供たちを親たちの元に送り届け、セリクたちはブロウを連れてウラーゼルの屋敷へと戻る。
玄関前では、初めてやって来た時と同じように、褐色の肌の少女が掃除している姿があった。セリクたちの姿を見ると深々と一礼する。
「オウ! レマ。元気でやってっかー?」
片手を上げ、ブロウが親しげに話しかける。
「ブロウ様。また魔物を?」
レマは目ざとく、ブロウのグローブが血で汚れているのを見て尋ねる。
「オウ。また子供らが村の外に出ていやがってな。魔物が出るから村の中で遊べって言っても聞きやしねぇ」
「そうやって、すぐに助けてしまわれるからでしょう…。
子供の中には、ブロウ様が戦っているのを見たいと言ってわざと外に出ている子もいるようです」
「なんだ。そもそも、お前が原因じゃないか」
「オウ! そうか!?」
ブロウは困ったような、照れたような苦笑いを浮かべる。
「…何を勘違いしている。何も誉められる点がないぞ」
この村の子供たちは、半数以上がブロウに付きまとっていた。哨戒に出た時について来ては、その後ろで遊んでいるのだ。すぐに助けられる位置にいるからこそ、犠牲になる者こそいないのだが…。
ブロウが活躍すればするほど、余計に外に出てしまうという事態になっていたのである。
「……しかし、だ。なぜこの村ばかりが襲われる? 確かに北部では一番大きいかも知れないが、ファントムウルフが村の側まで来ているなんて異常じゃないか」
ギラやグレムリンたちが退いた後、討伐を免れたごく少数の魔物のほとんどが、自らの元いた生息地へと帰って行ったはずだった。
森を住処とするファントムウルフが、集団で村の周りをうろつくなんて事は普通では考えにくいことである。
「腹が減ってんじゃねーのか? ここにはメルシーがたんまりいるからな!」
自らの腹を叩き、大笑いしながらブロウが言う。
「その可能性は否定できないが……はたして、そんな理由だけで」
「…もしかして、まだ魔物を操っている者がいるとか?」
まだギラのような将たる者が存在しているのではと、セリクが思ったことを口にするが、ヘジルはすぐに首を横に振る。
「いや、それならもっと魔物に統率があっていいはずだ。何者かが率いているような形跡は見られない」
ではなぜだろうと、セリクとヘジルも悩み顔になる。
「まあ、でも、お兄ちゃんがここに残らずとも、帝国から兵士たちが派遣されることになってるんでしょ? 村の人が安全ならそれでいいじゃない」
「…フン。まあ、結果的にはそうなんだが」
口ではそう言うが、まだ深く考え込むようにしてヘジルは眼鏡のツルをさする。
「ブロウ様…もしかして、この村を出られるのですか?」
表情の乏しいレマだったが、その眼が左右に揺れ動く。
「オウ。妹たちが俺様を迎えに来ちまってな! こいつらに付いていくって事になってよ!」
フェーナの頭をつかみ、ブロウは笑う。フェーナはジト眼をして足を蹴りつけた。
「ブロウ様には妹君がいらしたのですか…」
レマは、チラッとフェーナの顔を見て頷く。なぜかその眼にわずかに敵愾心のようなものが見てとれたが、それはほんの一瞬のことだけであった。そもそも、単なるセリクの思い過ごしかも知れない。
「オウ! それで久し振りにウラーゼルのオッサンに挨拶に来たってわけだ!」
「…そう、ですか」
視線を落とし、再びレマは頭を下げる。
「久し振りとはどういうことだ? ブロウはウラーゼル枢機卿の屋敷に住まわせてもらっていたんじゃないのか?」
いくら半人前の青年部隊とはいえ、ブロウも帝国軍の隊長だ。客人としてもてなされていたとばかりにヘジルは思っていたのだ。
「オウ。どうも、こう貴族的なのは苦手でよ。金ピカの燭台とか、フカフカしたベッドとかは俺様には合わねぇ!
今、俺様は村の宿借りてるんだ。欠けた蝋燭に、板張りのベッドに、粗末なボロ切れだけ…って方が爆睡できるしな。
飯だって、草ばっか寄せ集めた上、一口サイズの肉とかだろ。そんなの喰った気がしねぇよ。喰うなら、ドカンとしたデカイ塩漬け肉とかが一番だぜ!」
見た目通り、ガサツなブロウには上品な生活というのは窮屈に感じられるらしい。
確かに、ナイフとフォークで肉を切り分けているよりは、そのまま手づかみで口に放り込んでそうなイメージが似合う。
「あの…ブロウ様」
「オウ?」
「いえ、すみません。なんでもありません…」
何か言いた気にしたが、レマは眼をそらす。ブロウは首を傾げたが、それ以上のことを敢えて尋ねることもなかった……。
ブロウが出立することをウラーゼルに報告し終わり、鍵屋が到着するのを待つ十日間をストス村で過ごすこととなる。
そして、村の中で唯一の宿。ブロウがずっと滞在している場所で、少し遅い昼飯を共にしようという話となった。
村そのものは凶悪な魔物たちが周囲を徘徊しているような状況だったが、それでもメルシーの肉を求め、決死の覚悟でやって来た泊まり客で食堂は賑わっていた。
座る席がとれず、仕方なく外に出る。宿の中は一階が食事処になっていて、晴れた日は外のテラスで食べることもできるのであった。
「まったく。お兄ちゃんったら、相変わらずだよね。断り方が半端なく失礼なところとか」
「オウ? あのオッサンがしつけーんだよ。俺様が小洒落たパンかじって『たいへん、おいしゅうございますわ』なんて言えるかっての!」
ウラーゼルは「我が家でおもてなしさせて下さい!」と粘ったのだったが、しつこい誘いに苛立ってきたブロウが拳を打ち鳴らし始めたので渋々と引き下がったのである。
「はいよ! ブロウ隊長ご一行様、おまたせー!」
ちょうど女将の料理が運ばれ、丸テーブルの上に並べられる。
メルシーの塩漬け焼き、メルシーの白乳シチュー、メルシーの腸詰め物など…特産のメルシーだらけの料理である。
「来た来た! 遠慮しないで喰え! 喰え! ムグッ! モガッ!」
喋っている途中で、すでに口の中に放り込んでいるブロウである。
「この量……何人分だ? お前、まさか給与の殆どを食い物に回してるんじゃないだろうな」
明らかに四人分とは思えないほどの量を見て、ヘジルはしかめっ面になる。
「ゴイン、ミゼノナガンン、モモエヘヘイエ!!」
「えーっと、『こいつは店側の奢りなんだぜ!!』…って言ってるよ。…たぶんだけどね」
口にいっぱい詰めて喋れないブロウに代わり、女将が答える。
「ま、ブロウ隊長には子供らの面倒もみてもらってるからね。お代なんてとれないしね。いいから、気にしないで、いーっぱい食べてくんな!」
女将はそう言ってウインクし、厨房へと戻って行った。
「…はあ。お兄ちゃん。私、とっても恥ずかしい」
フェーナは頭を抑え、遠慮もへったくれもなく食べ続けるブロウを睨み付ける。
「喰えるときに喰う! 喰わなきゃ闘えねぇだろうが!」
ゴクンと肉を飲み込み、オニオンスープを飲み干す。プハッ! と、息を吐いたかと思うと、今度はパンをかじり始めた。忙しくて仕方がない。
「…んでよ、これからどうするんだ?」
フェーナの痛い視線を無視するかのようにして、なるだけシリアスな顔を作り、ブロウはヘジルに問いかける。
「…まずはこのストス村にある地下書庫に入る。そこに神々の召還に関する書類があるかも知れない。それを見つける」
「オウ。神々の召還…ってのは、さっき言ってたヤツか? 確かとても大事なもんだよな? で、それがなかったらどうすんだ?」
神告の内容は、ヘジルからブロウに伝えられている。が、ブロウはよく内容を理解していないようだった。ただ何かが必要だという程度にしか解っていないのだ。
「何も無ければ、『ラーム島』に向かう。そこに祭壇だと思わしきものの一つを僕が知っている」
それを聞いて、セリクが首を傾げた。
「最初から、そこに向かうわけにはいかないの?」
「ああ。神告によれば、契約書が必要らしい。僕が思うに、契約書と祭壇はワンセットだ。となれば、祭壇だけあっても仕方ない」
「オウ。なんだか、まどろっこしい話だなー。その龍王と、魔王とかを直接ブッ飛ばしゃあいいじゃねぇか!」
ミルクを一気にがぶ飲みして、口についた白い泡を拭いながらブロウが言う。
なぜか周囲から歓声と拍手が巻き起こった。それに対し、ブロウは力こぶを作ってニヤッと笑って応じる。
「なぁにバカなこと言ってんのよッ! 龍王エーディンだって、魔王トトだって、メッチャクチャ強いんだからね! お兄ちゃんは戦ってないから解らないのよ!」
「そんなにツエーのか?
ってか、フェーナ! なんでそんなことを知ってるんだ!? オメェ、まさかそんな危ないヤツらと戦ったんじゃねぇだろうな!?」
「そうよ! あるから言ってるのよ!! お兄ちゃんの筋肉だけじゃぜーったいに勝てないんだからね!」
一瞬、呆気にとられたブロウだったが、妹が危険なことをしていたと知って顔を真っ赤にして怒り出す。
「にゃにぃおう! お兄ちゃんの筋肉をバカにするヤツは許さ…グベエッ!」
掴みかかろうとしたブロウの脇をすり抜け、フェーナのチョークスリーパーがブロウの首に決まる!
「アハハ! ブロウ隊長! 情けねぇぞ!」
「話によると妹さんみたいだな! 妹も強いだなんて、さすがはブロウ隊長だぜ!」
わざわざ食堂から顔を出し、酔っぱらいたちがそんなことを言う。どうやら食堂の中にいる人たちも、ずっとブロウたちのやり取りを見ていたようだった。
この村では、どうやらブロウはかなり人気があるようだ。村人もここの食堂をよく利用するので、知った顔が沢山いるのである。
「ううーッ! なによこれ! なんでこんなに注目されてんの!? お兄ちゃん、ここでいったい何やったの!? 私、とっても恥ずかしいんだけど!!」
フェーナは腕を外す。青白い顔をしていたブロウは、ブハーッ! と、大げさに息を吐いて机に突っ伏した。
「さすがは、フェーナだぜ…。もうちょっとでアッチに逝くとこだったぜぇ。
龍王アーダンも、フェーナにかかりゃ簡単に締め落とせそうだな。なるほど、納得した。オメェがチャンピオンだ!」
「はぁ!? チャンピオンって何よ! どういう意味よ!?」
まるで漫才みたいなやり取りに、周囲から爆笑と拍手が巻き起こる。
「…ゆっくり内輪の話もできないな」
ヘジルは苦々しい顔で首を横に振った。
「オウ! フェーナが強いのは解ったが、セリク。オメェはどうだ?」
ブロウがニカッと笑って問うのに、なぜいきなり話を振られたのかと、セリクは気まずそうにしながら眼をそらす。
「オウ!? なんだ、泣き虫セリクは変わらねぇか!? ガッハハ!!」
バシバシッと背中を叩かれ、セリクは嫌そうに唇を噛む。
未だに幼少の時のことを思いだし、ブロウに対して警戒というか苦手意識があるのだ。
「おい、ブロウ。一つ聞きたいことがあるんだが…」
「オウ? いいぜ! なんでも聞いてくれ!」
「お前がここに来てから、どれくらい魔物を倒しているんだ? できれば種類も聞きたい」
「オウ? 魔物の数?」
ブロウは空を仰ぎ、指を一つ一つ折り曲げて数える。だが、途中で数えるのが面倒になったのか、ボキボキと指を鳴らし始めた。
「あー、いちいち数えちゃねぇよ。
覚えてるのは、レベルCの『スチールトータス』を三匹。あとはレベルDのファントムウルフを一〇〇匹前後。
DとEの魔物はそれよりも沢山ってとこだな…全部合わせりゃ、五〇〇ってとこかな」
「スチールトータスだと? 硬い守備力で、ブラックナイツでも手こずる相手じゃないか。それを一人で三匹も……相変わらず、ふざけた戦闘能力だ。
まあいい。やはり妙だということは知れた」
「妙って?」
セリクが問うと、ヘジルは眼鏡を直しながら自分の考えを述べ始める。
「スチールトータスは、北海に属する魔物だ。魔将軍ギラが率いていた軍勢を見るに、ガーネット北側やその付近の海、そしてキードニア領の魔物を集結させたのだろう」
「ええ。確かに見たことのない魔物ばっかりだったし……恐くて強そうだったもんね」
敵のほとんどはデュガンが倒してしまったので戦うことはなかったが、実際に戦闘になった場合には、ギラまで辿り着けなかったであろう。そう思わせるほど凶悪そうな魔物たちだった。
「でも、それがどうしたっていうんだ?」
「ああ。僕たちが将を倒したことで、敵は壊滅して散り散りになった。
魔物たちは帰巣本能に従い、本来の場所に逃げようとし、そこをブロウたち率いる青年部隊が殲滅を仕掛けたわけだ」
「アー! 何が言いたいのかさっぱりだぜ! ヘジル。オメェは昔っからそうだ! 話が回りくどいんだよ! 結局、何が言いてぇんだ!?」
ブロウが肉をブチッと乱暴に引きちぎりながら喚く。
このように怒鳴り散らす気はなかったが、正直なところセリクもフェーナも同じような気持ちだった。
「……スチールトータスやファントムウルフの住処はどこだ? 少なくとも、このストス村がある平原などを住処とはしていない」
セリクとフェーナは、「あ!」という顔をする。ブロウだけは変な顔で口をへの字にさせた。理解が及ばなかったからだ。
「何か理由があって、魔物たちはストス村に集まってきている…そう僕は見る」
「オイオイ! なんだ! また、その話かよぉ! だから、俺様が言っただろう。腹が減ったから…」
「ファントムウルフはともかく、少なくともスチールトータスは陸地にいるメルシーを食べたりはしない。ヤツらは動きが鈍いから、逃げ回る生き物は狙わないんだ。海草や貝類、魚の死肉を漁る」
ヘジルが断言すると、ブロウはチェッと舌打ちをしてそっぽを向く。
「それなら、この村に集まる理由はなんなの?」
「……それを考えているが、思い当たる節がないから困っているんだ」
「…石」
セリクが何かを思い出したかのようにポツリと呟く。
「石?」
「うん。ほら、あのコウモリみたいな魔物たちが…何か石みたいなのを砕いてたじゃないか」
「そうだっけ?」
「遠くからだったから、確かじゃないけど…」
「いや、それなら僕もユニコーンを走らせている途中で見かけた。グレムリンどもが一定間隔で拡がって何かしていたのは間違いない」
「うん。なんだか、そのせいで魔物たちが凶暴になっていたように俺には見えた。
それと、ヘジルは魔気に酔っているって言ったと思うんだけど…」
ヘジルは眼を閉じて、魔物の軍勢の様子を思い出す。
「…おそらくだが、あれは魔玉石だ。異端者が体内に持つ物だな。それを使い、魔物たちを暴走させていたんだろう」
「うん。その魔玉石に引き寄せられるように、魔物たちは動いてたように思うんだけど…」
「なるほど。なら、その魔玉石がこの村にあると? だからこそ、魔物どもがここに引き寄せられると言いたいんだな?」
「いや、そこまでは…解らないけれど」
セリクは自信なさ気にうつむく。
「可能性としてはあるな。見当としては悪くない線だ」
ヘジルは少し思案した後、口を開く。
「どうせ、鍵師の仕事が終わるまで十日間もあるんだ。
その間に、この村にあるかも知れない魔玉石を探すのもありだろう」
「オウ。その何とか石ってのは、神々の召還より大事なことなのかよ?」
「いや、そういうわけではないが…。
だが、その魔玉石をなんとかしない限り、この村に魔物が集まり続ける。いくら応援を呼んでもキリがないだろう」
村の安全のため、そう言われてブロウは唸りながら頷く。
「フン。それにこういう不可解な現象があると、その理由が突き止めなければ気持ちが悪い。
魔玉石が関わっているならば、魔王が何かを企んでいるやも知れないしな。そうだとすれば、それを調べるのは僕らの役目だろう」
わざわざ仕事を作るようなそんな言い方を聞いて、ヘジルは十日もの間、ただボーッと待っているのが嫌なだけなのではないかとセリクは思った。
こんな辺鄙な村では、ヘジルの知的好奇心を満たせるような調べ物がない。かといって、他の地域に何かをしに向かうような時間はないだろう。時間を有効的に使いたい……そう言いたいように感じられたのだ。
「でも、魔玉石があるってことは…異端者がいるかも知れないってことじゃないの?」
「それはない。異端者の体内にある時は、能力を使用しない限りは魔気は発生しない。
そうでなかったら、グレムリンがわざわざ魔玉石を砕く理由もないだろう。砕くことで、中に溜まっている魔気を放出させていたんだろうしな。それにしたって、一時的しか効果を為さない手段さ」
「……だったら、誰かが魔玉石をここで砕いているっていうの? 何のために?」
人間しかいないこの村に、そんなことをわざわざする者がいるとはとても思えなかった。
「それを調べようと言っているんだろう。
とりあえず、明日からだな。今日は早めに寝て備えるとしよう」
「うん、そうだね」
「けっこう食べちゃったから、私は広場の方を歩いて帰ろーっと」
「え? 広場に行くの?」
「別にいいわよ。セリクたちは先帰ってても。軽く散歩するだけだし」
「ダイエット…か」
「なによ、ヘジル。なんか文句ある?」
「いや、別に…。暗くなっている。あまり遅くなるなよ」
「はーい」
「んあ? オイ。もう喰わないのか? まだ料理あんのにもったいねぇなぁ~」
まだ頬張っているブロウを放って、三人はテラスを出て行ったのだった…。
こうして、地下書庫に入るまでの十日間。セリクたちはストス村で魔玉石を探すこととなったのである……。




