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RUIN【破滅】  作者: シギ
二章 魔界の統治者トルデエルト
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61話 旅立ち、ストス村へ

 帝都の裏に広がる草原地帯。颯風団やラウカンと戦った地下水路の入口があった場所だ。

 あの時は隠された水路を探すので必死で、風景を見やる余裕などなかったが今回は違う。三人は急ぐでも、かといって遅いわけでもない程よいスピードで歩みを進めていた。


「お馬さんで行った方がはやくなーい?」


 フェーナが、先頭を進むヘジルにぼやく。


「フン。聖獣だって疲労する。いざ戦闘時に戦えなかったら意味がない。それに召還維持にも制限時間があるんだ」


「ブー! でも、だからって歩きってことないでしょ」


「文句が多いな。車や馬車で移動しようとでも言うのか? 目立たないためならば徒歩が一番なんだ」


 今回の作戦を龍王・魔王側に気取られるわけにはいかない。だからこそ、三人という最低限の人数で行動を命じられたのである。

 馬車などを使うには街道などを通らねばならない。人目につくし、そういう所は敵がマークしているだろうというのがヘジルの意見だった。

 帝都から出て行くのに、街道から逸れた草むらを歩いているのもそういう理由からである。


「それでまずはどこに向かっているんだ?」


 セリクが問うと、ヘジルは立ち止まり近くの岩場に腰掛けた。そして、リュックから地図を取り出す。

 地図を見やると、海の真ん中に大きな大陸があって“中央大陸”と大きく書かれている。

 その中央大陸は、上下左右に四分割され、北西がガーネット、南西が龍王城のあるファルドニア。北東がキードニア、南東がデイルダという名前がついていた。


「いまここが神国ガーネット帝国だ」


 ガーネット領のほぼ中央に位置する城を指す。指で街道を北上になぞっていき、ある村の名前でピタッと止めた。


「えーっと、“ストス村”?」


「…今から九五〇年ほど前、背神チェロス帝が治めていた治世だ。

 チェロス帝は気性が荒い王として歴史に名を残している。神告を無視してまで海外諸国に戦争をけしかけるほどの暴君だったそうだ」


 フェーナが、すでに半眼になりつつある。


「チェロス帝は、領土拡大とかいう意図などなく、ただ戦いを愉しみたいというつまらぬ動機で戦争を引き起こした。

 神官たちの警告にも耳を貸さず、逆に憤慨した王は彼らの持つ信仰書の焚書を命じたという。

 『帝王の言葉こそ神の言葉なり』なんて事を言うぐらいだから、本当に狂っていたんだろうな」


「あー、話長すぎだから!

 昔におかしな王様がいたってのは解ったけれど……それがこの村とどんな関係があるのよ?」


「それが関係が大ありなんだ。当時の文官たちは重要な歴史書まで燃やされることを怖れ、このストス村にこっそりと書庫を作って隠したという伝承が残っている」


「えっと、それが?」


 セリクが首を傾げると、ヘジルは“まだ解らないのか?”と言いたそうな顔で鼻を鳴らす。


「帝国図書館に存在しない書物ならば、このストス村にある可能性が高いということだ。神々の召還についての資料があってもおかしくはない」


「それでストス村ってところに行くのか…」


「まあ、それだけが理由でもないんだが」


「他にもなんかあるの?」


 セリクは不思議に思ったが、それについてヘジルは答えなかった。


「それにしても神々の召還、か」


 セリクには、神々が召還されるということがいったいどういうことなのかよく解っていなかった。

 神々と呼ばれるほどに力がある存在ならば、わざわざ人間の召還師を通じて現れるのはどうしてなんだろうとも考える。


「ねえ。その神々の召還って何なの? 神様を呼び出して、龍王とか魔王をやっつけてーってお願いするってこと? それって、なんだか変じゃない?」


 フェーナが堂々と疑問をぶつける。セリクが考えていたこととまったく同じだったので、少し驚いた。


「変、だと?」


「だって、神様でしょ? 何でもできるから神様じゃないの?」


「いや、何でもできるわけではないだろう…」


「神界凍結っていうので、神様たちが身動きとれないのは知っているよ。でも、それで召還師が呼び出さないと出てこれないなら…。なんで、最初から神界凍結なんてしたのよ?」


 ヘジルはジッとフェーナの眼を見て、それから静かに口を開いた。


「神界凍結を行った際には、龍王アーダンはすでに深傷を被っていたし、魔王トトも老剣豪バージルによって封じられることが、最初から神々の予定にあったのではないか?

 僕は神学者じゃないからな。そこまで詳しいことは知らないが…」


 自分の分野ではないと言いたそうに、ヘジルは仏頂面で答える。


「歴史家イバン・カリズムの話が真実だとすれば、地上フォリッツアを人間に与え、神々自身は休息に入ったのではないか…という見方をする神学者もいるな」


「歴史家? イバン様が?」


 フェーナがムッとした顔をするのに、ヘジルはわずかに眼を細める。


「フン。なんだ、やはり君はイバン教徒だったのか…。

 僕はイバンは“ただの人”、少し歴史に詳しいだけの人間だと考えている。

 お前たちの言うイバンが神の代行者という説は根拠に乏しい。ましてやイバン本人と神と同一視している向きがあるしな。そんな偏った考えでは、正しい世界観なんて持てないぞ」


「偏ったって何よ! イバン様は偉い人でしょ! 敬うべきだって神父様も言ってたもん! ヘジルこそ三大信仰教徒なの!?」


「僕は信仰心なんて持ってない」


「はぁ!? それで神々の召還師になれるわけ!?」


「神々の存在と力は認めるが、敬意は払っても平伏までする必要はないだろう。

 それに、召還師としての力、そして神告などは再現性もあるから本物と言えるしな。

 これらは信仰などという曖昧なものではない。然るべき法則性に基づく力の発現だ」


「なによ! ヘンクツなことばっか言って!」


「フン。神々の召還も、龍王や魔王といった脅威への対抗策として用意された現実の力なんだろう。聖獣とは異なる、新たなプロセスだと僕は見ている。

 信心などなくとも、その力が実際に発揮されるならば何の問題でもない。

 僕が信じているのは、信仰ではなく確固たる仮定から導きだされる事実だけだ」


 ダフネスや神官達のように妄信的ではない…と、そう言いたいのだろうとセリクは思った。


「だけど! あなただって時代の証人でしょ!? これはイバン様に与えられた…」


「フン。それは、イバン教徒たちが言っているだけだ。

 三神教では、これは神王ラクナ・クラナによってもたらされた奇跡だとある」


「うーッ! それが間違ってるのよ!」


「一〇〇〇年前の人物が、いまなお生まれてくる時代の証人を管理してるとでも言いたいのか?

 フォン老師の紅玉石に意思があるとかいう考えよりも飛躍したこじつけもいいところだ。

 人智の及ばない神々が、極めて精巧なシステムとして人類に力を与えた…という方が、まだ論理的だろう」


 ヘジルは左腕を伸ばした。そして手首の辺りから紅玉石を出す。

 さっきまで悔しそうな顔とはうってかわり、フェーナは水晶石を興味深そうにしげしげと見つめる。


「……ダフネス大総統もそうだったけれど、それって出し入れできるものなの?」


 そして首を傾げるのに、ヘジルの方が驚いた顔をする。


「なんだって? 時代の証人なら誰でも知っていることだぞ…。普段、どうしているんだ?」


 逆に問われ、フェーナは荷物を置き、おもむろに胸元を下ろした。その大胆な行為に、ヘジルは眼を見開く。


「こ、こんなところで何をやっている! 馬鹿か!」


「馬鹿とか言うな! ほら、これが私の紅玉石! 出たまんまなの!」

 

 目のやり場に困るという感じに、ヘジルは額を抑えて眼をつむる。


「…水晶に意識を集中して、内側に入るようイメージするんだ。それだけで出し入れができる」


 ヘジルが左腕に意識を合わせる、そうすると紅玉石はみるみるうちに皮膚の中に吸い込まれ…普通の腕のようになった。


「へー! そんなに簡単に…」


 フェーナも意識を集中させる。すると、胸元にあった平べったい水晶が内側に吸い込まれて消えた。


「わー! 本当だ! スゴーイ! セリク、触ってみて!」


「ええ!? イヤだよ!!」


「何がイヤなのよ!!」


 フェーナはセリクの腕をつかみ、自分の胸を触らせようとする。セリクはそれから逃れようと必死になった。


「……ハアー! 果たして、このパーティで大丈夫なのか? まったく、先が思いやられる」


 推薦したゲナとイクセスに直接問いただしたい気持ちになりながら、ヘジルは苦い顔のまま地図を折りたたんだ……。




---




 ストス村。取り立てて何か目立つものがあるわけでもない平凡な村である。

 レノバやゴーモラスに比べれば、昔からの畜産業でそれなりに裕福であり、家畜を売った金で帝都から穀物を買えるので滅多なことでは飢饉などには陥らない。

 ファルドニアからも遙か遠く、龍王の恐怖など対岸の火事のといったところで、まさにのどかな田舎だ。


 明け方に辿り着き、まだ早い時間というのに農作業に出ている村人が忙しそうにしているのか見えた。

 村中の至る所に柵があり、そこの中をトコトコと歩き回る生き物がいた。

 大きさは抱えられる程度で、黄色い丸っこい体に、三本の触覚のような赤い突起が頭から伸びている。ボール状の胴体から、すぐに両足が生えていて不器用に二足歩行しているのである。


「なにこれ!? カワイイ!」


 つぶらな瞳に、ウサギのような三ツ口で「ミー」と鳴く愛らしい姿に、フェーナはすぐに魅了される。


「なんだ。『メルシー』を知らないのか? お前たちは農村の生まれじゃないのか?」


 ヘジルに問われ、セリクは頷く。


「これがメルシーなのか。うん。村の生まれで、牛や豚はいたけれど、メルシーの実物は初めて見るよ」


「そうか。メルシーは比較的、高級食材だからな。どこの農村でも気軽に飼えるものでもないのか…」


「え? この子を…食べるの?」


 フェーナがメルシーをジッと見て、怪訝な顔をする。


「うん。マトリックスさんが料理してくれたじゃないか…。フェーナ、美味しいって言って食べてたよ。おかわりしてたし…」


 セリクが言うと、フェーナは目の下をピクピクとひくつかせた。


「フン。可愛く見えても、そいつらは元は魔物だぞ。食用に家畜化させた際、戦闘力と敵意を削いだんだ」


 牧草をハムハムと食べているメルシーたちを見る限り、確かに凶悪な魔物という感じはまったくしなかった。


「私、お肉食べるのやめる…」


 フェーナはうつむいて、そんなことをポツリと呟いた……。



 村の中を進んでいくと、大きな屋敷が中央に建っているのが見える。遠目に見ても、DB試験に使われたマトリックスの邸宅よりも大きい。

 褐色の肌をした少女が、玄関の前を箒で掃除をしており、セリクたちの姿を見つけるや屋敷の中に飛び込んでいった。

 そして、玄関のすぐ側までやってきた時、中から禿頭の老人が姿を現す。樽を思わせる、でっぷりと肥えた身体に、高級そうなローブを着てるところからしても、普通の村民ではないことはすぐに解った。


「ようこそ、ストス村へ! お待ちしておりましたよ!」


「お久しぶりです。メリハク・ウラーゼル枢機卿」


 ヘジルが頭を下げると、ウラーゼルは高級そうなレースのハンカチで汗を拭いながら首を横に振った。


「いやいや、トレディ隊長。まことご無沙汰しております。本当に大きくなられましたな。

 さてはて、そういえば、お父上はお元気ですかな?」


「失礼。もう隊長ではありませんので…。

 父の健康については、どうぞ本人に直に聞いてやって下さい」


「フォホホ。あいにくと、この鈍重な身ですと、なかなか帝国に赴くことも適いませんでして」


 太鼓腹をポンと叩き、ウラーゼルは笑う。

 ボヨヨンと揺れ動く様は、さっきのメルシーをお腹の中で飼ってるのでは…などと考えてしまい、吹き出しそうになったので、セリクは考えるのをやめた。


「ならば、父の方から挨拶に向かわせましょう。城に篭もりっきりですからね。少しは外に出た方が本人のためでもあります。僕の方から話しておきましょう」


「いやいや、ご多忙の博士をそのような些事で煩わせるのも……と、立ち話がちと過ぎましたな。

 お暑い中、ご苦労様です。何か冷たいものでもお出ししましょう。どうぞ、中へ。お連れの方もどうぞどうぞ!」


 ハイテンションで勧められるままに、セリクたちは屋敷へと招かれる…。


 一階にある客室に案内される。日当たりがよく、窓から麦畑の様子が良く見えた。風が吹く度に黄金色の穂が揺れ、順調に育っていることが解る。

 風景に対して内装は、田舎の家という感じは一切なく、まるで帝国城の客間にいるような気分だった。

 金銀をあしらった大皿、剥製のメルシー、クリスタルで出来た香炉や老剣豪バージルの画などが飾られていた。きっとウラーゼルの自慢の品々なのだろう。


「ウラーゼル枢機卿は、かつて三神教の神官長だった方だ。

 前大神官が病没した後、退官して故郷であるストス村に戻られている。だが、未だその影響力は健在で、ダフネス大総統に意見できる数少ない方だ。

 それに畜産業にも造詣ぞうけいが深く、帝都の食糧事情に変革をもたらせたのも猊下の手腕だ」


 ヘジルが淡々と説明するのに、ウラーゼルは頬をタプタプと揺らせて首を横に振った。


「いやいや、私などただの老いぼれに過ぎませんよ。

 ヘジル様のお父上の力添えあってこそ、メルシーの家畜化や増産がたまたま上手くいっただけで…」


 そんな話をしていると、さっきの少女が入って来て飲み物を置く。

 凝った装飾のグラスの中に、淡い薄茶色をした液体が満ちている。香りからしても紅茶の一種のようだ。

 礼を言って口をつけると、冷たく気持ちのよい清涼感が喉に伝わる。歩き通しだったので、生き返ったような気分になった。


「それで猊下。僕たちがここに来たのは…」


「ええ。存じております。ゲナ副総統から、報せは受けておりますので…」


 ウラーゼルは懐から封筒を取り出してチラッと見せる。


「…ですが、一つ問題がありましてな」


「問題ですって?」


 ヘジルが眉を寄せると、ウラーゼルは困ったような笑顔を浮かべる。


「ええ。この村にある地下書庫なのですが…実は、鍵がかかっていましてね」


「重要な歴史物が保管されている書庫でしょう。鍵ぐらいかかってるのは当然だと思うのですが」


「ええ。それはもちろん、そうでしょう。

 それで、その鍵なのですが、代々の村長が預かることになっていましてね…」


 ようやく何が言いたいのか解りはじめて、ヘジルの表情が固くなる。


「まさか…」


「その、なんと言いますか…数年ほど前から鍵が…行方不明でして。はい。未だに見つかってないのですよ」


 ウラーゼルは、反省しているのかいないのか、薄ら笑いを浮かべて額を拭う。


「フン。なるほど…。

 では、鍵を壊して入りましょう」


 ヘジルがさらっとそんなことを言うと、ウラーゼルは慌てた様子でペチンペチンと自ら額を叩いた。


「壊すだなんてとんでもない!

 書庫は繊細なのです。ちょっとした震動を与えただけで棚が崩れてしまうやも…そうしたら、大事な書物が台無しです。古い物ですからね、慎重に扱わねばなりませんよ」


 さっきとはうって変わり、ウラーゼルは早口でそんなことを言う。

 それだけで体力をかなり消耗したのか、ゼェゼェと荒い息を吐いていた。


「……では、どうしろと?」


「鍵穴から、合鍵を作らせております。ゲナ様から連絡を頂いてから、すぐに帝都の鍵屋に依頼しましたので、あと十日ほど見て頂ければ…」


「その時、解錠はできなかったんですか?」


「いえ。解錠はしようと思えば出来たのでしょうが、皆さんが来られるまで開けっ放しというわけにもいきますまい」


「なるほど。それは確かに…」


「新しく鍵を取り付けることも考えましたが、なにせ伝統ある書庫ですからな。古い錠ひとつとて、歴史あるものです。使えるならばそのまま使いたい…そう思いましてな」


 客間を見る限りでも、骨董品などを愛でるタイプだ。それを理解したヘジルはため息をつきつつも頷く。

 

「十日、か。まあそれぐらいならば仕方ないか」


 心なしか、ウラーゼルはホッとしたようだった。錠を壊されなくて良かったということだろう。


「お待ちいただく十日間は、ぜひとも我が家でくつろいで下さい。大したおもてなしはできませんがね」


 ニマニマと笑うウラーゼルは、なぜかセリクとフェーナに向かってニッコリと微笑んだ。

 その時、後ろに控えていた少女が不安そうな顔になったのに気づき、セリクは首を傾げる。しかし、少女はふいと顔をそらしてしまった。


「それで、話は変わりますが、あの魔物の大軍を倒されたのは……トレディ隊長と、こちらのお二方で?」


 ウラーゼルが問うのに、ヘジルはコクリと頷く。


「半数以上を倒したのはデュガン・ロータスだが、敵の首魁を倒したのは僕たちです」


「おお! それは凄い! この村からも衛兵を偵察に出したのですが、辿り着いた時には魔物の大量の死骸しか無かったと聞いております!」


 ますますウラーゼルの視線が熱を帯び、まるで値踏みするかのようにセリクとフェーナに注がれる。そのようにジロジロと見られるのは、あまり良い気分ではない。


「この村には…被害はなかったんですか?」


 ストス村はラムの森からもそう離れてはいない。ガーネット領の北側に位置していたのだから、何かしらの影響があったとしてもおかしくはないとセリクは思ったのだ。


「ええ。近くの野生の魔物たちの凶暴化などはありましたが…。第三十二隊青年部隊が駐留してくれていましたからね」


 それを聞いて、ヘジルの顔が歪む。


「…そうだ。それで思い出しました。

 猊下、それであの“馬鹿”はどこにいるんですか?」


「“馬鹿”…ですか?」


 辛辣な言葉だったせいか、ウラーゼルがギョッとした顔をする。


「ええ。作戦が終わったというのに、一人だけ未だに戻って来ていない、第三十二部隊の隊長ですよ」


 うんざりといった顔でヘジルが言う。


「ああ。彼でしたら……」



 こうした経緯を経て、セリクたちは、もう一人の頼もしき仲間と出会うこととなるのであった…………。

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