夏祭り
夏祭りのお囃子の音が遠くに聞こえる。
石段の途中から、そちらに目をやると、
夜なのに、その一帯だけがワイワイとした人の熱気で
オレンジ色にぼんやりと光り輝いているみたいだった。
そんな中、僕はゆっくりといつもの神社の石段を登る。
てっぺんまでつくと、あたりを見渡した。
境内にはいくつかの水銀灯が据えられており、
青白い光が辺りに満ちていた。
その光の少し影になった辺りに、
彼女がいるのが見えた。
「お待たせ…」
純、と名を呼ぼうとして、僕の体は硬直してしまう。
「蒼真」
そう言って、はにかむように目を伏せた純は、
いつもの白いワンピースじゃなかった。
白地に鮮やかな紫の朝顔をあしらった浴衣を身に付けている。
セミロングの髪の毛はきれいに結い上げられており、
すっと伸びるうなじが、彼女の美しさを際立たせていた。
「ど、どうかな…」
頬が赤いのは、化粧というわけではないようだった。
「う…うん、すごく…かわいい」
「ふふ、ありがとう…」
いつものお堂の縁側には、
ビニールシートが敷いてある。
そこに二人腰を掛けて、
夜を見上げた。
「ほら、これ買ってきたんだ」
僕は両手いっぱいの荷物を開いてみせた。
「わあ…!」
それは、さっき夏祭りの出店で買ってきた、
縁日の品々
綿あめ、フランクフルト、
焼きそば、じゃがバター…
それだけじゃない。
「ええっ!金魚も!?」
「祭といえば金魚すくいだかんな」
「こんなに食べきれるかしら?」
「大丈夫、僕がいっぱい食べるから」
蚊取り線香をつけて、
二人で色んなものを分け合って食べる。
祭の様子を聞かせると、
純は楽しそうに笑っていた。
欄干に吊るした金魚入りのビニール袋を、
ちょいちょいつついてみたり、
ヨーヨーすくいで取ったヨーヨーで遊んでみたり。
そのうち、遠くで花火の音が聞こえた。
「花火…だね」
「ああ」
「やっぱりこっからじゃ見えないね」
残念ながら、ドーン、ドーンという音は聞こえるし、
空がオレンジや緑に光る様子は見えるのだけれど、
肝心の花火は見ることができなかった。
「花火、持ってきたよ」
「え!?」
「って言っても、ホンモノは無理だった。
だからさ、これ…」
僕が取り出したのは、
万華鏡だった。
これも出店で売っていたのだ。
花火が見えないかもしれないと思ったからだ。
「ほら、覗いてみてよ。
あの水銀灯の方を見て…」
純は言われたように、万華鏡を覗き込んだ。
クルッ、クルッとそれを回していく。
「花火…みたいだろ?」
純は黙っていた。
黙ったまま、万華鏡を回し続けていた。
あれ?
ちょっと…外したか?
不安になった時、
やっと、彼女は口を開いた。
「蒼真…蒼真…」
頬に光るものが見えた。
それが、純の涙だと気づくのに、
少し時間がかかった。
「蒼真…あ…ありがとう…」
万華鏡から顔を外す。
その目からはボロボロと涙を流していた。
彼女が僕の方を見る。
「蒼真…ここであなたに会えて…
よかったよ」
彼女の顔が近づいてきた。
背後で、特大の花火が上がったみたいだ。
一瞬、夜空がぱっと明るくなり、
遅れてドーンと大きな音が夜を震わせた。
その時、純の唇が、
僕の唇に、そっと…重なった。




