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『劉備の実弟になった古代史研究家、桃園の誓いを四人に変える ~関羽と張飛がいるので、俺は軍師として勝たせます~』  作者: あちゅ和尚


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第6話 四百人を、一つの軍にする

 鄒靖から兵糧輸送の護衛を任された翌朝、俺は四百人余りの兵を前にして、戦う以前の問題へ頭を抱えていた。


 人数だけなら、最初に集めた百八十二人の倍以上になっている。だが新しく合流した義勇兵には、それぞれ以前の頭領がおり、使っている号令も戦い方も微妙に違った。


 試しに全員を並べ、後方へ下がるよう命じてみる。


 最初から俺たちと戦ってきた者は十歩ほど下がったところで止まったが、王達が率いてきた兵は二十歩近く下がり、別の集団は隣の者とぶつかって隊列を崩した。


 これでは四百人いるのではない。


 百人前後の集団が、たまたま同じ場所にいるだけだ。


「今日、兵糧隊が来るんだったな」


 隣で見ていた張飛が尋ねた。


「ああ。昼過ぎには合流する予定だ」


「それまでに直せるのか?」


「全部は無理だ。だから、今日必要なことだけ揃える」


 俺は地面へ木の枝で線を引きながら、劉備たち三人と王達ら合流組の頭領を集めた。


 漢の軍制にも、五人を一つの単位とする伍がある。現代の知識を無理に持ち込まなくても、元からある仕組みをきちんと機能させればいい。


「まず伍の顔ぶれを固定したい。戦う時だけ適当に五人並べるんじゃなく、飯を食う時も歩く時も、できるだけ同じ五人で動いてもらう」


 王達が顎を撫でる。


「一人いなくなったら?」


「残った者がすぐ分かる。怪我をした時も同じだ。百人を一度に数えるより、自分の隣にいる四人を確認する方が早い」


「なるほど」


「それから、号令を揃える。これまで使っていた呼び方が違っても、俺たちの隊にいる間だけは同じ言葉で動いてほしい」


 進む。


 止まる。


 退く。


 集まる。


 その場で伏せる。


 最初に教えるのは、それだけにした。


 旗や太鼓の合図も増やさない。昼の行軍で使う旗の形と、戦場で鳴らす太鼓の回数を対応させ、声が届かなくても同じ命令が分かるようにする。


「これだけで強くなるのか?」


 張飛が訊いた。


「腕が急に上がるわけじゃない。ただ、戦場で迷う時間は減る」


 敵が来た時、隊長を探してから何をするか考える兵と、太鼓を聞いた瞬間に身体が動く兵では違う。


 昨日まで別々の集団だった者たちを一日で精兵にする方法などないが、一日で混乱を減らすことはできる。


 劉備が兵たちを見渡した。


「それなら、今日は戦い方より先にそちらをやろう」


「兄上もそう思うか」


「季衡が言った通り、今の俺たちは人数だけ増えた状態だからな。四百人を集めたまま扱えないなら、百人の時より危ない」


 兄上がそこまで理解してくれているなら話は早かった。


 関羽が古参の兵をいくつかの組へ分け、新しく加わった者の中へ混ぜていく。張飛は声の通る男を選び、伍をいくつか束ねる役につけた。


 俺は兵の間を歩きながら、名前と役割を記した木簡を作らせた。


 誰が槍を持つのか。


 誰が弓を使えるのか。


 馬を扱える者は誰か。


 鍛冶の経験がある者、荷車を直せる者、怪我人の世話に向く者まで分けていく。


 以前なら、ここまで細かい情報を軍勢の一人一人について残す必要があるのかと思ったかもしれない。


 だが前世の俺は、組織というものが「誰が何をできるか」を把握しているだけで驚くほど動きやすくなることを知っている。


 人間を数字にするつもりはない。


 むしろ逆だった。


 四百人を「四百」という一つの数字で扱わないために、名前と役割を残す。


        ◇


 昼前になり、今度は俺が三人の兄弟を呼んだ。


「少し試したいことがある」


「兵の訓練ではないのか?」


 関羽が尋ねる。


「それにも使う。ただ、まず三人に覚えてもらった方が早い」


 俺は腰の剣を外し、地面へ置いた。


 前世で学んだ合気道を、そのままこの時代へ持ち込むつもりはない。


 畳の上で行う稽古と、槍や刀が飛び交う戦場は違う。それでも受身、体捌き、間合い、相手の力を正面から受けないという考え方は、武器を持った戦いにも使える。


「益徳。俺の胸を両手で押してみてくれ」


「本気でか?」


「怪我をしない程度で頼む」


 張飛が前へ出た。


 いくら加減すると言っても、まともに受ければ俺の身体では耐えられない。


 張飛の両手が胸へ伸びてきた瞬間、俺は半歩だけ斜めへ出た。腕で押し返さず、身体の向きを変えながら相手の腕へ軽く手を添える。


 張飛の身体が俺の横へ抜け、片足が一歩余計に前へ出た。


 倒れたわけではない。


 この男を俺の技量で簡単に転がせるはずもない。


 それでも張飛はすぐ振り返り、自分の足元を見た。


「今、俺を押してないな」


「押したら負ける。益徳と力比べをして俺が勝てるわけがない」


 俺は同じ動きをゆっくり見せた。


「相手の力がこちらへ向かってくるなら、真正面から止めずに向きを外す。少し体勢が崩れたところで、自分の力を使う」


 関羽が腕を組んだ。


「先ほど季衡が敵の槍を外した動きと同じか」


「根は同じだ」


「では、もう一度見せてくれ」


 今度は関羽が前へ出た。


 手首を掴んでもらい、掴まれた腕だけを引き抜こうとせず、足を動かして身体ごと位置を変える。


 関羽は一度見ただけで、俺が何をしようとしているのか気づいたらしい。


「腕を外しているのではないな。相手が力を入れている方向から、自分が消えるのか」


「俺なら、そう考える」


「面白い」


 関羽は俺の手首を離すと、今度は張飛へ向いた。


「益徳。私の腕を掴め」


「俺で試すのか?」


「季衡では力が違いすぎる」


「それはそうだな」


 俺としては微妙な言われようだが、事実なので黙っておく。


 張飛が関羽の腕を掴む。


 関羽は最初こそ力で外そうとして失敗したものの、二度目には足を半歩入れ替え、身体の向きを変えながら腕を抜いた。


「こうか」


「……もう分かったのか?」


「全部ではない。ただ、力を使う場所が違うことは分かる」


 さすがだった。


 張飛も黙ってはいない。今度は自分から関羽の腕を取り、何度か位置を変えて試し始める。三度目には、掴んだ側でありながら、関羽が身体をずらそうとする方向へ先に足を出した。


「これなら逃がさんぞ」


「なら私は逆へ行くだけだ」


「待て、それでは終わらんだろう」


「終わらせる必要があるのか?」


 二人とも、もう俺の説明から離れている。


 教えたかったのは型そのものではなく、身体の使い方の考え方だから、それでいい。


 劉備が二人を眺めながら苦笑した。


「俺にはできそうにないな」


「兄上にも覚えてもらう」


「俺もか?」


「兄上は前へ出るだろう。だったらなおさら必要だ。敵を投げるところまでできなくても、転ばない、転んでも怪我をしにくい、槍の真正面に立たない。それだけでも違う」


「なるほど。では頼む」


 俺は少し考えてから、この体術を何と呼ぶべきか決めた。


 前世の合気道そのままではない。


 剣や槍、組討ちへ使えるところだけを抜き出し、この時代で役に立つ形へ変えていくつもりだ。


「合気術、とでも呼ぼうか」


「合気術?」


「力と力をぶつけず、相手の気勢と力の向きを利用する。名前ほど立派なものは、まだできてないが」


 関羽が首を横へ振った。


「名があれば兵にも教えやすい。それでよかろう」


 張飛も自分の足運びを確かめながら頷いた。


「受身というのも教えてくれ。馬から落ちた時にも使えそうだ」


 その発想がすぐ出てくる辺り、やはり武人である。


「そのつもりだ。ただし今日、兵全員に投げ技を覚えさせる時間はない。まず転び方と立ち方だけにする」


 戦場で格好よく敵を投げることより、押されて倒れた兵が頭を打たず、すぐ起き上がれる方が役に立つ。


 地味だが、そういう差を積み上げたい。


        ◇


 昼を少し過ぎた頃、南から兵糧隊が到着した。


 穀物を積んだ車が二十四輌。御者や荷役を含めれば、それだけで百人近い人間がいる。


 輸送を任されている官吏は、俺たちの四百余りを見て安心したようだった。


「これだけ護衛がいれば問題ないでしょう」


「そうだといいんですが」


 俺は荷車の列を見た。


 二十四輌が一列になっている。


 これをそのまま狭い道へ入れれば、先頭が襲われても後ろには分からず、中央を切られれば前後が分断される。


「列を分けてもよろしいですか」


 官吏が怪訝そうな顔をした。


「分ける?」


「四輌ずつ六つにします。それぞれの間を少し空け、護衛も分けます」


「まとまっていた方が守りやすいのでは?」


「平地ならそうかもしれません。ただ、今日通る道には林と丘が多い。二十四輌が一本に繋がっていると、途中を塞がれた時に全体が止まります」


 俺は道筋を描いた簡単な地図を広げた。


 朝のうちに斥候から聞いた距離と目印を書き込んだものだ。


「先頭には雲長兄。後ろは益徳。兄上は中央にいてもらう。俺は予備の兵と、どこへでも動ける位置を進みたい」


「予備?」


 官吏がまた聞き返す。


「最初から全員を荷車の横につけません。何かあった時に動かせる兵を残します」


 敵がどこから来るか分からない以上、最初から全兵力を配置しきってしまえば、想定外の場所を襲われた時に対応できない。


 これも特別な発明ではない。


 ただ、決めておかなければ戦場では全員が目の前の敵へ向かってしまう。


 行軍を始める前に、さらに斥候を二人一組にして前方と左右へ出した。


 一人が負傷しても、もう一人が戻れるようにするためだ。


 報告の仕方も揃えた。


 どこで。


 何人ほど。


 どちらへ動いている。


 武器は何か。


 見たことと、自分の推測を分けて話す。


「季衡。そこまで決める必要があるのか?」


 劉備に訊かれた。


「あると思う。『敵がたくさんいた』だけでは、二十人なのか二百人なのか分からない。報告する側が慌てていても、順番さえ決まっていれば聞く側が整理しやすい」


「確かにな」


 劉備はすぐ納得すると、自分でも斥候たちへ同じ内容を確認して回った。


 俺一人が言うより、総大将である兄上が繰り返してくれた方が兵には残る。


 やがて最初の四輌が動き始めた。


 車輪が乾いた地面を軋ませ、その後ろを兵が一定の間隔で進む。


 昨日まで別々の集団だった兵たちが、同じ旗を見て、同じ合図で歩いている。


 まだ精兵にはほど遠い。


 それでも、朝とはもう違って見えた。


        ◇


 異変を最初に知らせたのは、前方へ出していた斥候だった。


 行程の半ば、左右から低い丘が迫る場所へ近づいたところで、二騎のうち一騎が駆け戻ってきた。


「前方半里ほど、道の北側に人影があります。確認できたのは二十ほどですが、林の中にもいると思われます」


「動きは?」


「こちらを見ています。農民の格好ですが、道へ出てくる様子がありません」


「武器は?」


「林の中で槍の穂先らしきものが見えました」


 十分だった。


 俺は地図へ目を落とす。


 道の南側には浅い窪地があり、北側が林になっている。


 輸送隊を狙うなら悪くない場所だ。


「兄上。待ち伏せだと思う」


「数は?」


「分からない。だから先に輸送隊を止めたい」


 劉備が旗手へ合図を出す。


 赤い旗が上がった。


 各隊の旗手がそれを見て同じ旗を掲げ、少し遅れて太鼓が一度鳴る。


 二十四輌すべてが一斉に止まったわけではない。


 先頭から順に合図が伝わり、それぞれの四輌が前の組との間隔を保ったまま停止した。


 誰も前の荷車へ突っ込まない。


 後ろから何が起きたと怒鳴りながら走ってくる者もいない。


 朝に決めたことが、ちゃんと機能している。


「雲長兄には前から林を見てもらう。益徳は後ろをそのまま守ってくれ。俺は予備を連れて南へ回りたい」


 劉備が俺を見る。


「敵が北にいるのに、南へ行くのか?」


「北だけとは限らない。俺が襲う側なら、北へ目を向けさせて南から荷車を狙う」


 言い終えるより先に、南へ出していた斥候が馬を飛ばして戻ってきた。


「南側にも敵です! 窪地の中を進んでいます。百……いえ、もっといます!」


 劉備が一瞬だけ俺を見る。


「季衡の言った通りだな」


「当たってほしくない予想だったが」


 敵の狙いは分かった。


 北側でこちらの前衛を引きつけ、その間に南の窪地から中央の荷車へ突っ込むつもりだ。


「予備を南へ回す。兄上には中央を頼む」


「任せろ」


 俺が手を上げると、待機させていた兵が動いた。


 百人近い兵が、太鼓二打の合図で南へ向きを変える。


 以前なら、この時点で荷車の横にいた兵まで一緒に動いたかもしれない。


 だが今日は違った。


 護衛を任された伍は持ち場に残り、予備だけが走る。


 窪地から黄巾兵が姿を見せたのは、その直後だった。


 二百を超えている。


 こちらがまだ混乱していると思っていたのか、歓声を上げながら中央の荷車へ向かってきた。


「止まれ!」


 俺の声に隊長たちが反応し、槍兵が並ぶ。


 完全に美しい隊列ではない。


 それでも百人が一つの指示で止まり、穂先を同じ方向へ向けた。


 敵の勢いがわずかに鈍る。


 そこへ劉備が中央から兵を寄せた。


「荷車から離れるな! 季衡の隊と並べ!」


 左右から兵が繋がり、黄巾兵の前に壁ができる。


 ぶつかった。


 槍と農具が絡み、押し合いになる。


 こちらにも初めて戦う者は多い。


 それでも五人の顔ぶれを固定した効果は、思ったより早く出た。


「趙義が倒れた!」


「二人で下げろ! 残りは前を空けるな!」


 伍の中で誰かが倒れれば、すぐ名前が上がる。


 負傷者を運ぶ役の兵が後ろから入り、倒れた者を引きずり出す。その穴には近くの伍が半歩ずれて入った。


 俺が期待していたのは、まさにこれだった。


 一人倒れただけで、その周囲まで崩れない。


 黄巾兵が二度目の突撃をかけてくる。


 その中から身体の大きな男が飛び出し、こちらの槍を掴んで兵を引き倒そうとした。


 横から張飛の声がした。


「季衡!」


 いつの間に後方から前へ回ってきたのかと思った次の瞬間、張飛が男の懐へ入った。


 相手は張飛を押し返そうと両手を伸ばす。


 張飛は正面から受けなかった。


 半歩だけ身体をずらし、伸びてきた腕を外へ流す。


 大男の身体が前へ泳いだところへ、張飛の肩が入った。


 鈍い音とともに男が地面へ転がる。


「なるほど。こういうことか!」


 本人は楽しそうだが、やられた側にしてみればたまったものではない。


「覚えるのが早すぎる!」


「使えるなら使う!」


 張飛は倒れた男を追わず、すぐ次の敵へ向かった。


 教えた合気術を、そのまま使っているわけではない。


 自分の怪力を生かすために、力をぶつける前の一瞬だけ取り入れている。


 張飛には、その方が合っている。


 北側から喊声が上がった。


 関羽の隊も動いたらしい。


 しばらくして北の林から黄巾兵が飛び出してきたが、追う側になっていた。


 先頭には関羽がいる。


 敵の槍が突き出されるたび、以前よりわずかに身体の位置を外しているのが分かった。


 派手な変化ではない。


 だが真正面で武器を受ける回数が減れば、その分だけ次の攻撃が早くなる。


 関羽自身も手応えを感じているのだろう。槍を振るう動きに迷いがなかった。


 南から仕掛けた黄巾兵は、こちらの中央が崩れないうちに北側の仲間が押し返されていることに気づいた。


 勢いが止まる。


「兄上!」


「ああ!」


 劉備が剣を上げた。


 太鼓が三度鳴る。


 事前に決めていた前進の合図だった。


 これまで防いでいた兵が、一斉に前へ出る。


 黄巾兵が後ずさった。


 一人、二人ではない。


 集団全体が下がる。


 敵が崩れ始めても、こちらは勝手に追わなかった。


 太鼓が鳴っていないからだ。


 張飛でさえ一度こちらを振り返り、合図がないことを確認してその場に留まった。


 それを見た瞬間、俺は戦果より嬉しくなった。


 昨日までなら、敵が逃げれば全員で追いかけたかもしれない。


 今日は止まれる。


 四百人余りが、少しだけ一つの軍になった。


        ◇


 黄巾兵が林と窪地の向こうへ消えたあと、俺たちは追撃せず、まず荷車を確認した。


 二十四輌。


 一輌も失っていない。


 横倒しになった車もなく、積んでいた穀物もすべて残っていた。


 護衛側の死者は四人。


 負傷者は十七人だった。


 数字として軽いとは思わない。


 それでも、数百の敵に二方向から襲われた輸送隊として考えれば、被害はかなり抑えられた。


「季衡」


 関羽が戻ってきた。


 頬に敵の返り血がついているが、本人には目立った傷はない。


「先ほどの体捌き、使える」


「もう戦場で試したのか」


「敵の槍を受けてから返すより、初めから穂先の外へ出た方が早い。ただし、足元の悪い場所では危険だな」


 すでに欠点まで見つけている。


「俺が教えること、すぐなくなりそうだな」


「基本を知らねば工夫もできん。季衡が考えたものだろう?」


 そう言われると、少し居心地が悪い。


 元は前世で学んだものだからだ。


 だが、この時代の武器や戦場へ合わせて変えていくのは俺たち自身になる。


「なら、帰ったら続きを考えよう。兵にも受身と足運びくらいは広げたい」


「それがよい」


 少し離れたところでは、張飛が兵を相手に先ほどの動きを試していた。


 相手が押してくるたびに横へ外れようとしているのだが、三度に一度は面倒になって力で押し返している。


 あれはあれで張飛らしい。


 劉備はというと、負傷者の搬送を見ながら各伍の人数を確認していた。


「一人足りない伍が二つある。名前は分かるか?」


「こちらは孫明です。足を斬られていますが、生きています」


「もう一人は?」


「陸平。先ほど亡くなりました」


「分かった。家族について確認しておいてくれ」


 今朝決めた仕組みを、兄上自身がもう使っている。


 兵の名前が早く分かる。


 負傷者がどこへ運ばれたか分かる。


 誰が欠けたか分かる。


 それだけでも戦いの後の混乱はずいぶん減った。


 輸送隊の官吏が、何度も荷車を数えてから俺たちのところへやってきた。


「一輌も失っておりません。正直に申し上げれば、途中で襲撃を受けた時には半分は諦めました」


 劉備が首を横へ振る。


「守れたのは皆が役目を守ったからです」


「それが難しいのでございますよ」


 官吏は、整列し直している兵たちを眺めた。


「義兵というのは、もっと勝手に戦うものだと思っておりました」


 つい数日前までは、その通りだった。


 俺たちだって最初から違っていたわけではない。


 劉備が人を集める。


 関羽と張飛が戦い方を見せる。


 俺が仕組みを作る。


 そして兵自身が、その仕組みに慣れていく。


 人数だけ増やすつもりはない。


 同じ五百なら、昨日より今日。


 同じ千なら、今日より明日。


 少しずつでも、崩れにくい軍にしていけばいい。


 夕刻、二十四輌の兵糧車は予定された陣へすべて到着した。


 鄒靖は並んだ荷車を確認したあと、俺たちの兵へ視線を移した。


「一輌も取られなかったそうだな」


「はい」


 劉備が答える。


「賊は?」


「北と南から襲ってきましたが、退けました。深追いはしておりません」


「なぜ追わなかった」


「任務は賊の首を取ることではなく、兵糧を届けることでしたので」


 鄒靖が黙った。


 やがて、低く笑う。


「玄徳。お前のところは妙だな」


「妙、ですか?」


「義兵は功を欲しがる。敵を見れば追い、首を取った数を競うものだ。それなのに、お前の兵は勝っても荷車の横に残っていたという」


 劉備が俺を見る。


 俺は肩をすくめた。


「季衡に、役目を忘れるなと言われておりました」


「また弟か」


 呆れたような口調だったが、鄒靖の目は笑っていた。


「いいだろう。明日から、その四百を正式に一つの隊として扱う。俺の命令は玄徳へ出す。玄徳、お前が三人を使って動かせ」


 周囲にいた兵たちがざわめく。


 官職を得たわけではない。


 土地を与えられたわけでもない。


 それでも、寄せ集めの義勇兵ではなく、劉備玄徳が率いる一つの隊として認められた。


 数日前には百八十二人しかいなかった。


 今は四百余りが同じ旗を見て動き、同じ号令で止まる。


 そして今日、一輌の兵糧も失わずに帰ってきた。


 俺は整列した兵たちを見る。


 まだ精鋭とは呼べない。


 槍の構えも揃っていないし、太鼓を一度聞き逃す者もいる。合気術に至っては、まともに理解しているのは俺を除けば三人だけだろう。


 だからこそ、先がある。


 俺が前世から持ち込めるものは、未来の出来事を知っていることだけではない。


 人をどうまとめるか。


 情報をどう伝えるか。


 怪我人をどう減らすか。


 食料をどう運ぶか。


 そして、普通の人間をどうすれば昨日より少し強い兵にできるか。


 歴史書には、劉備が黄巾を討って功を立てたとしか書かれていない。


 なら、その数行の中身から変えていけばいい。


 兄上がこれから手にするものを、今度こそ失わないために。



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