8話 これからも一緒
誰も動かなかった。
さっきまで魔物だと思っていた巨大な木に、私が泣きながら抱き付いている。その異様な光景に驚いているのだろう。
「⋯⋯フローラちゃん」
村人の一人が恐る恐る声を掛ける。
「その、大きな木は⋯⋯」
私は涙を拭い、フィルの幹を優しく撫でた。
「この子はフィルです。王宮で管理していた結界樹で⋯⋯⋯⋯私の家族です」
「⋯⋯⋯⋯」
村人達は顔を見合わせる。
「家族⋯⋯?」
「はい」
私は小さく笑った。
「私が赤ちゃんの頃から、ずっと一緒に育ってきました。だから、この子は私にとって家族なんです」
フィルは嬉しそうに葉っぱを揺らす。
さわさわ。
「本当に分かってるみたいだ⋯⋯」
「すげぇ⋯⋯」
村人達の表情から、少しずつ警戒が消えていく。
その時だった。
リリィちゃんが私の服をくいっと引っ張った。
「ねぇ。触っても怒らない?」
私はフィルを見る。
「フィル?」
フィルは枝を一本だけゆっくり伸ばした。これはOKの合図だ。
「大丈夫だよ」
「やった!」
リリィちゃんは恐る恐る枝へ触れる。
「わぁ!」
目を輝かせた。
「ふわふわ!」
枝を何度も撫でる。ふわふわの苔で枝を包んだんだな。優しい子だ。
「木なのにふわふわ!」
「ほんとか!?」
ルーク君も駆け寄る。
「ほ、ほんとだ!すげぇ!」
「ぼ、ぼくも⋯⋯」
ノア君もおずおずと手を伸ばす。
「わぁ⋯⋯!やわらかい⋯⋯!」
フィルは嬉しそうに葉っぱを揺らした。
さわさわ。
「返事した!」
「今返事したよね!?」
「したした!」
三人は大はしゃぎだった。
その様子を見て、大人達も少しずつ近付いてくる。
「触っても大丈夫そうだな」
「思ったより優しい木だ」
「魔物じゃないのか?」
「少なくともお前より大人しいぞ」
「おい、それはどういう意味だ」
村人達が笑う。
さっきまでの緊張が、少しずつ解けていった。
◆
ロイドさんは腕を組んだまま、フィルをじっと見上げていた。
「⋯⋯で」
低い声が響く。
「こいつは何を食うんだ?」
「え?」
私はフィルを見る。
「何を食べる————かぁ」
毎日水をあげて、魔力を流して、虫を取って、肥料も使ったりした。フィルはクッキーも土に含んで食べたりできるし、色々食べられる。というか、色々食べたがる。だからこそ、改めて言われると何が食べたいのか⋯⋯。
「水か?」
「肥料じゃない?」
「木なら土じゃねぇか?」
「魔力って言ってなかった?」
村人達まで真剣に考え始める。
「⋯⋯⋯⋯」————さわさわ。
フィルは、嬉しそうに葉っぱを揺らすだけだった。
「とりあえず水だ!」
誰かが言った。
「そうだな!」
「持ってこい!」
村人達が桶やじょうろを持って集まる。
「フィル、お水だよ!」
リリィちゃんが根元へ水を掛けると、フィルの葉っぱが大きく揺れた。
さわぁぁぁ。
「喜んでる!」
「絶対喜んでる!」
「かわいい!」
子ども達が笑う。
私も思わず笑顔になった。
「良かったね、フィル」
さわさわ。
返事をするように枝が揺れる。
◆
「⋯⋯とりあえず飯は良いとして⋯⋯一つ問題がある」
ロイドさんが真面目な顔になる。
「問題ですか?」
「こいつ————」
フィルを見上げる。
「どこに植えるんだ————?」
「あ」
みんな固まった。
確かに、フィルは王宮の森に植わっていた。
でもここにはそんな場所はない。
「畑は駄目だな」
「森の入口はどうだ?」
「いや、あそこじゃ狭い」
「川の近くは?」
「根っこが水吸い過ぎるだろ」
村人達が本気で相談を始める。
当の本人————本樹は。
「⋯⋯⋯⋯」——さわさわ。
フローラの近くならどこでもいいよ、と言っているようだった。その様子がおかしくて、私は吹き出してしまう。
「ふふっ」
みんなが私を見る。
「あ⋯⋯ご、ごめんなさい」
「いや」
ロイドさんが小さく笑った。
「笑った方がいい」
「え?」
「その方がお前らしい」
胸の奥が温かくなる。
私はフィルを見上げた。
王宮を追い出されて、もう会えないと思っていた。でもフィルは来てくれた。見たことない、根っこ歩きを駆使して。
それだけじゃない。
この村のみんなも、フィルを受け入れようとしてくれている。
私は一人じゃなかった。
「ありがとう」
誰へ言ったのか、自分でも分からなかった。
フィルへ、ロイドさんへ、村のみんなへ。それと、お父さんへ。誰か一人なのか、全員へなのか。
その時、フィルが一本の枝をゆっくり伸ばす。
ぽん。と私の頭を優しく叩いた。
「もう」
私は笑いながら枝を抱き締める。
フィルも嬉しそうに葉っぱを揺らした。
さわさわ。
その穏やかな音は、リーヴェ村へ新しい家族が増えたことを祝福しているようだった。
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