7話 フィル襲来
リーヴェ村で暮らし始めて、数日が経った。
「フローラお姉ちゃん!こっちこっち!」
リリィちゃんが元気いっぱいに手を振る。横にはルークくんとノアくん。
そういえば、ノアくんはロイドさんの孫だが、ノアくんとノアくんのご両親——ロイドさんの娘さんとそのお婿さん——は、ロイドさん家の横の家に住んでいる。
どうりでロイドさんの家でノアくんを見なかったわけだ。
たまにノアくん一家が遊びに来るが、その日の夕食はかなり豪華になる。ロイドさんもとても嬉しそうだった。
なんて事を考えながら、私はリリィちゃんに手を振る。
「今行く!」
私は洗濯物を干し終えると、小走りで三人のもとへ向かった。
「今日は何して遊ぶの?」
「秘密!」
リリィちゃんがにやりと笑う。
「え?」
「まずはルーク!」
「任せろ!」
ルーク君が布を勢いよくめくる。
「じゃーん!」
「わぁ⋯⋯!」
木で作られた小さな動物達だった。
犬や猫や鳥など。どれも手作りらしく、少しいびつだけれど、とても可愛い。
「ルークくんが作ったの?」
「うん!」
得意そうに胸を張る。
「すごいね!」
「えへへ」
ルーク君が照れ笑いする。
その横でノア君が小さく手を挙げた。
「ぼく、お花摘んできた」
色とりどりの花束だった。
「フローラお姉ちゃんに」
「私に?」
「うん!」
「ありがとう!」
花束を受け取る。優しい香りがした。
こんなふうに誰かから花を貰うなんて、いつぶりだろう。
「はい!」
今度はリリィちゃん。
小さな花冠を私の頭へ乗せた。
「似合うね!」
「かわいい」
「お姫様みたい!」
三人が一斉に笑う。
「もう、からかわないで」
私も思わず笑ってしまった。
最近、笑うことが増えた。
王宮を追い出された時は、この先どうなるんだろうって不安しか無かった。
でも今は違う。ロイドさんやリリィちゃん達が居て、優しい村のみんなが居る。
ここへ来て、本当に良かったと、心の底から思えた。————ありがとう、お父さん。
その時だった。
————どしん。
「?」
地面が小さく揺れた。
「今の何?」
リリィちゃんも首を傾げる。
遠くで雷でも鳴ったのかな?
そう思った、その時。
————どしん。
また揺れる。
今度はさっきより少し大きい。
村人達も手を止めた。
「なんだ?」
「地震か?」
畑仕事をしていた人達が辺りを見回す。
鳥達が一斉に空へ飛び立ち、羊は落ち着かない様子で鳴いている。
嫌な予感がした。
どしん、どしん。
音が近付いてくる。
一定の感覚で鳴るこの音は————まるで何か巨大なものが歩いているみたいな——。
村の入口に居た男性が、街道の方を見て固まった。
「⋯⋯⋯⋯」
次の瞬間。
「ま、魔物だぁぁぁぁぁぁ!!」
村中へ叫び声が響いた。
「なっ!?」
村人達の顔色が変わる。
「子ども達を家へ!」
「武器を持て!」
「急げ!」
穏やかだった村が、一瞬で戦場のような空気へ変わった。
「お前たち!!」
ロイドさんが走ってくる。
「家へ入れ!」
「う、うん!」
三人も慌てて返事をする。
私は森の方を見る。
木々が大きく揺れていた。
何かが近付いてくる。——とても大きな何かが。
どしん、どしん、どしん、どしん。
やがて森の奥から、巨大な影が姿を現した。
「⋯⋯⋯⋯え」
私は息を呑む。
太い幹。大きく広がる枝。青々と茂る葉。それらは見覚えがあった——間違えるはずがない。
「⋯⋯フィル?」
結界樹のフィルだった。
フィルは村の入口まで歩いてくる。⋯⋯あれは歩いてるんだよね?太い根っこを使って器用に歩いている⋯⋯んだろうな、多分。フィルだもん。
村人達が後ずさる。
「ば、化け物⋯⋯!?」
「でかすぎる⋯⋯!」
誰も近付けない。
その時、フィルの枝がぴたりと止まった。
葉っぱが揺れる。
さわ⋯⋯。
フィルがこちらを見た。目は無いけれど、私には分かった。
「⋯⋯⋯⋯」
一瞬の静寂のあと————次の瞬間だった。
ぶわぁぁぁっ!!
枝葉が嬉しそうに大きく揺れた。
まるで飛び跳ねて喜んでいるみたいに。
「⋯⋯⋯!」
私は思わず笑ってしまう。
「フィル!」
私が名前を呼ぶ。
するとフィルは——。
どしん!!
どしん!!
どしん!!
嬉しそうに一直線でこちらへ走ってきた。
「逃げろぉぉぉ!!」
村人達が叫ぶ。
「フローラ!」
ロイドさんの声も聞こえる。
でも、私は逃げなかった。逃げるわけがなかった。
「フィルーー!!」
私もフィルへ向かって駆け出した。
「フローラお姉ちゃん!?」
リリィちゃん達の驚く声や村人達の悲鳴は全部聞こえていた。それでも止まれない。だって——大好きなフィルが会いに来てくれたんだ。もう会えないと思っていたのに。
フィルは私の目の前まで来ると、ぴたりと足(根)を止めた。
そして一本の枝をゆっくり伸ばす。
さわ⋯⋯。
私の頭を優しく撫でた。
「⋯⋯⋯⋯」
いつもと同じ。
王宮で毎日触れていた枝だった。
「フィル⋯⋯!会いたかった⋯⋯!会いたかったよ!!」
私は枝へ抱き付く。もう涙が止まらなかった。
「フィル⋯⋯!」
フィルも嬉しそうに葉っぱを揺らした。
さわさわ。
さわさわ。
まるで、『ぼくも会いたかった!』と言っているみたいだった。
フィルはもう一本枝を伸ばしてくる。その枝には、あの焼き菓子屋のクッキーが詰まった袋があった。
「フィル!?どうしたのこれ!?」
「⋯⋯⋯⋯」————さわさわ。
これは——『フローラのために持ってきた』——と言っているな。フィルのことだ、勝手に奪うとかはしてないと思うが、お金は持ってないから焼き菓子屋さんに迷惑はかけただろうなぁ⋯⋯。今度、王都に行って謝ろう。
だけど、久しぶりにフィルと一緒にクッキーの匂いを嗅ぐ。こんな嬉しいことはない。私はまた涙が溢れた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
村人の一人が恐る恐る口を開く。
「⋯⋯あの魔物?は⋯⋯フローラちゃんの知り合い、なのか?」
ロイドさんは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。
「⋯⋯⋯⋯どうやら、そのようだ」
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