75話 お疲れお茶会
正式な通達が届いてから数日。
リーヴェ村は以前と変わらず穏やかな毎日を過ごしていた。
違うことがあるとすれば、村のみなさんの表情だ。
私と目が合うたびに「管理人さん」と笑顔で声を掛けてくれる。もちろん距離が空いたのではなく、正式な管理人就任のお祝いとして、敢えてそう呼んでくれている。
その呼び方が嬉しくて、少し照れくさくて。
私はその度に「はい」と笑って返事をしていた。
今日のお仕事も一段落した頃。
「フローラちゃん」
ミリアちゃんが私を呼んだ。
「このあと時間ある?」
「うん。どうしたの?」
「お茶でもしようと思って」
そう言って振り返る。
「エリーゼさんとセシリアさんも誘ってるから」
「えっ、四人で?」
「うん!」
それだけで、なんだか嬉しくなった。
少しして、ロイドさんのお家の庭へ行くと、木陰へ丸い机が用意されていた。ベイクの焼き菓子と、温かいお茶。良い匂いがする。
「お待たせしました」
セシリアさんが紅茶を運んでくる。
「今日は仕事の話は禁止です」
その一言に、みんなが思わず笑った。
「賛成」
エリーゼさんも椅子へ腰掛ける。
「たまには何も考えず、お茶を飲む日があっても良いものね」
四人で席に着く。
フィルの木陰は今日も気持ちが良かった。
風が吹くたびに枝葉が揺れて、木漏れ日が机へ落ちる。
私は湯気の立つカップを見つめながら、小さく笑った。
「こうして四人でお茶するの、久しぶりですね」
「そうかも」
ミリアちゃんが頷く。
「いつも誰かしら仕事してたもんね」
「確かに」
エリーゼさんも苦笑する。
「診療所と畑を行ったり来たりだったもの」
セシリアさんも静かに微笑んだ。
「私も帳簿ばかり見ていましたから」
自然と笑い声が重なる。その時間が、とても心地良かった。
私は三人の顔を順番に見つめる。
そして、小さく息を吸った。
「私⋯⋯」
三人が私を見る。
「みんなが来てくれたから、ここまで頑張れました」
言葉にした途端、胸が熱くなった。
「一人だったら、きっと無理でした」
王宮を追われた日。
フィルが私を追いかけて村へ来た日。
あの頃の私は、自分に何ができるのかも分からなかった。
「ミリアちゃんが来てくれて、植物のことをたくさん教えてくれて⋯⋯。エリーゼさんが診療所を作ってくれて、セシリアさんが記録を整理してくれて」
私は少し笑う。
「みんながいたから、今のリーヴェ村があります」
気付けば、目の奥が少しだけ熱くなっていた。
「本当に⋯⋯ありがとうございました」
少しの間、誰も言葉を口にしなかった。
すると、一番最初に口を開いたのはミリアちゃんだった。
「違うよ」
私は顔を上げる。
ミリアちゃんは、いつものように優しく笑っていた。
「フローラちゃんがいたからだよ」
「え⋯⋯?」
「私、昔は植物の研究だけしてれば満足だったの」
懐かしそうに目を細める。
「でも、フィルさんのお世話に失敗して、その後このリーヴェ村に来て初めて分かった。植物って、研究室の中だけじゃ分からないことがたくさんあるんだって」
ミリアちゃんはフィルを見上げる。
「毎日話しかけて、毎日様子を見て、小さな変化に気付く。そんな管理の仕方、私は知らなかった」
そして私を見て笑う。
「それを教えてくれたのは、フローラちゃんだよ」
私は思わず首を横へ振った。
「そんな⋯⋯」
「本当だよ」
ミリアちゃんは迷いなく頷いた。
「だから私は、ここへ来て良かったって思ってる」
続いてエリーゼさんがカップを置く。
「私も同じよ」
穏やかな笑顔だった。
「王都では治療に関することばかりしていたけれど⋯⋯。この村は楽しいことばかりで新鮮で面白いわね」
エリーゼさんは私を見つめる。
「それは、あなたが命だけじゃなくて、人の暮らしそのものを大事にしていたから。私も、ここへ来られて良かったわ」
最後に、セシリアさんが静かに口を開いた。
「私も、お二人と同じです」
背筋を伸ばしたまま、それでも柔らかな表情で続ける。
「王宮では、書類を正確に処理することが私の仕事でした」
一度、紅茶へ視線を落とす。
「ですが、この村へ来て子供たちに勉強を教えるのがこんなに楽しいなんて知りませんでした」
そして、私を見る。
「ここはもう、私たちの職場ですから」
その一言に、思わず笑みがこぼれた。
「はい」
自然と頷く。
「そうですね」
今はみんな、自分の居場所として、この村で働いている。
そんな当たり前のことが、とても嬉しかった。
四人で顔を見合わせる。
誰からともなく笑い声が広がった。
その時、頭上で枝葉がさらりと揺れる。
見上げると、フィルの枝がゆっくりと私たち四人の方へ伸びてきた。
「ふふっ」
エリーゼさんが笑う。
「フィルも仲間に入りたいみたいね」
枝先は、私たち四人へ順番に優しく触れる。
最後に枝葉が嬉しそうに揺れた。
「ありがとう、フィル」
私がそう言うと、フィルは嬉しそうに枝葉を揺らした。
木漏れ日の下で、四人と一本の結界樹。
ここが、私たちの居場所なんだと。
その穏やかな時間が、何よりも教えてくれていた。
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