74話 正式な通達
アーヴィン様が帰られて、数日が経った。
フィルのお世話をしたり、村のみなさんから相談を受けたり。毎日は相変わらず忙しかったけれど、穏やかな時間が戻ってきていた。
ただ一つだけ。
(どうなったんだろう⋯⋯)
あの日、アーヴィン様は何も言わず村を後にした。
結局、どんな結論になったのか。
誰にも分からないままだった。
だから私は、フィルのお世話をしながらも、時々王都の方角を眺めてしまう。
「フローラちゃん」
ミリアちゃんが苦笑する。
「また考えてるでしょ?」
「えっ」
「顔に出てるよ」
「そ、そんなに?」
思わず頬へ手を当てると、ミリアちゃんはくすっと笑った。
「大丈夫だよ。きっと良い知らせだから」
「⋯⋯そうだと良いな」
私も小さく笑い返した。その時だった。
「村長ー!」
村の入口の方から、大きな声が聞こえてきた。
配達員さんだ。
肩へ大きな革鞄を提げ、ロイドさんのお家へ向かって走ってくる。
「王都から書簡です!」
私は思わずミリアちゃんと顔を見合わせた。
王都から——その言葉だけでドキリとする。
ロイドさんが家から出てくる。
「ご苦労さん」
受け取った書簡を見て、ロイドさんの表情が少しだけ変わった。
王家の紋章。
そして、その隣には宰相の印。
「みんな、少し集まってくれ」
ロイドさんの声で、村のみなさんも集まり始める。
レオンさん、エリーゼさん、セシリアさん、マーサさん。畑仕事をしていた人たちも、手を止めて広場へやって来た。
私とミリアちゃんもフィルの隣から歩いていく。
(もしかして⋯⋯)
胸がドキドキする。
良い知らせだろうか。それとも——。
ロイドさんは封蝋を外し、中の羊皮紙を取り出した。
しばらく目を通したあと、小さく息を吐く。
「ロイドさん?」
私が恐る恐る声を掛けると、ロイドさんはゆっくり顔を上げた。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
「王都から正式な通達だ」
広場が静まり返る。
ロイドさんは羊皮紙を持ち直し、ゆっくり読み始めた。
「『王国宰相アーヴィン・クロムウェルによる現地視察の結果、リーヴェ村を結界樹管理拠点として正式に認可する』」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え⋯⋯?」
思わず声が漏れる。
ロイドさんは続けた。
「『結界樹フィルは、引き続きリーヴェ村において管理するものとする』」
その瞬間。
フィルの枝葉が、大きく揺れた。
「フィル⋯⋯!」
私は思わず振り返る。
フィルも、この言葉が分かったんだ。
枝葉を何度も揺らし、とても嬉しそうに笑っている。
その姿を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていたものが、すっとほどけていった。
私はまだ、言葉が出なかった。
フィルがこの村に残れる。そのことだけでも十分嬉しかったのに、それだけじゃ終わらなかった。
ロイドさんは、もう一枚の羊皮紙へ目を移す。
「続いて、人事に関する通達」
人事⋯⋯?誰のことだろう。
「『植物学者ミリア・ヴェルデを、正式に結界樹管理補佐官として任命する』」
「えっ、わ、私!?」
ミリアちゃんが目を丸くする。
周りから拍手が起こると、ミリアちゃんは慌てて何度も頭を下げた。
「『エリーゼ・ハルトを、リーヴェ村衛生責任者として任命する』」
「責任者、か」
エリーゼさんは少し照れくさそうに笑う。
「マーサさん、これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそだよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
ロイドさんはさらに読み進める。
「『セシリア・ノートンを、リーヴェ村事務責任者として任命する』」
セシリアさんは驚くこともなく、静かに一礼した。
「謹んで、お受けいたします」
その姿は、やっぱり王宮で働いていた人なんだなと思わせるほど綺麗だった。
そして、ロイドさんは最後の一枚を手に取る。
私の方を見て、小さく笑った。
「最後だ」
胸がどきりと鳴る。
ロイドさんは、ゆっくりと読み上げた。
「『フローラ・リーフレット』」
自分の名前が聞こえた瞬間、思わず息を止めた。
「『これまでの功績、および現管理体制への貢献を高く評価し、正式な結界樹管理人として、ここに任命する』」
世界から音が消えたような気がした。
正式な管理人。その言葉だけが、何度も胸の中で響く。
王宮で解任を告げられた日のことを思い出す。
もう管理人ではない。そう言われて、目の前が真っ暗になったあの日。
あの日からずっと、自分では前を向いて歩いてきたつもりだった。
フィルがいてくれた。ロイドさんがいてくれた。村のみんながいてくれた。ミリアちゃんたちも来てくれた。
だから頑張れた。
でも、心のどこかではずっと残っていた。
私は、本当に管理人でいて良かったのかな、と。ガイアス殿下が認めてくれたのにね。
「フローラちゃん」
気付くと、ミリアちゃんが私の手を握っていた。
「⋯⋯おめでとう」
その一言で、張り詰めていたものがほどけた。
視界が滲む。
「あ⋯⋯」
涙が、一粒こぼれ落ちた。
「お、おかしいな⋯⋯」
笑いたいのに、涙が止まらない。
「私⋯⋯」
言葉にならない。
すると、ロイドさんが大きく笑った。
「泣くのは当然だ」
その声に、村のみんなも笑顔になる。
「フローラ!」
「おめでとう!」
「本当に良かったな!」
次々と声を掛けてもらう。
その温かさが嬉しくて、また涙が溢れてしまう。
すると——さわり、と頭へ優しい感触が触れた。
見上げると、フィルの枝だった。
いつものように、私の頭をそっと撫でてくれている。
「フィル⋯⋯」
私は枝へ手を添えた。
「ありがとう」
枝葉が嬉しそうに揺れる。
その音を聞きながら、私は涙を拭って笑った。
私は今度こそ本当の本当に、国に認められた結界樹管理人になれたんだ。
そう思っていると、レオンさんがスっとハンカチを取り出してきた。
「フローラ様」
「!レオンさん⋯⋯。えへへ、今日はお借りしますね」
かつてアーヴィン様に解任を言い伝えられた日。悲しくて涙を流した私に、レオンさんはハンカチを差し出してくれた。その時は断ったけど。
だけど今回は——嬉し涙だ。断る理由が無い。
レオンさんのハンカチを借り、涙を拭う。
それを暖かい笑顔で見つめるレオンさんが、あまりにも優しい顔をしていて——。
「レオンさん」
「はい」
「私————」
思わず、喉から出かけた。——好きだと。
だけど、まだその時じゃない。まだレオンさんは、私の事を護衛対象としてしか見ていない。
それじゃダメだ。
これから私は、レオンさんに好きになってもらいたい。
そして愛を伝えて——結ばれたい。
だから、今じゃない。
「レオンさんが傍に居てくれて、本当に良かったです。⋯⋯本当に、心強かったですよ」
「⋯⋯そうですか。それは何よりです」
だから今は——精一杯の感謝をレオンさんに伝えるに留まるのであった。
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