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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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73話 認める

 王宮、王太子執務室。


 重厚な扉が静かに閉じられる。


 部屋には王太子ガイアス・シュタールと、王国宰相アーヴィン・クロムウェル。

 そして調査団代表のオズワルドをはじめ、アイリス、ハインツ、エドガー、クラウスが整列していた。


 アーヴィンは机の前へ立つと、一枚の書類を静かに置く。


「リーヴェ村視察について、結論が出ました」


 その一言で、部屋の空気が引き締まる。


 ガイアスは静かに頷いた。


「聞こう」


 アーヴィンは一度だけ視線を全員へ向ける。


「調査団の報告に誤りはありませんでした」


 オズワルドたちは黙って耳を傾ける。


「結界樹の管理体制は良好。植物学、衛生管理、事務、防衛、いずれも高い水準で維持されています」


 一人ずつ名前を挙げることはしない。

 必要なのは評価ではなく、結論だった。


「現管理体制は、それぞれの専門分野が相互に補完し合うことで成立しています。一人でも欠ければ現在の水準を維持することは困難でしょう」


 アイリスが小さく息を吐く。

 植物学者として見た評価と、まったく同じ結論だった。


 アーヴィンは続ける。


「そして、結界樹フィルについても確認しました」


 その場にいる全員が自然と姿勢を正した。


「結界は安定しております。魔力循環にも異常はありません。意思疎通についても、調査団の報告は事実でした」


 短く、淡々とした報告。

 しかし、その内容はこれまでの王国の常識を書き換えるものだった。


 ガイアスが静かに問い掛ける。


「それで、お前の結論は」


 部屋が静まり返る。

 アーヴィンは迷うことなく答えた。


「結界樹フィルは、リーヴェ村で管理することが最善であると判断します」


 その言葉に、調査団の面々は小さく息を呑んだ。

 ガイアスだけは、静かにアーヴィンを見つめている。


「理由を聞こう」

「はい」


 アーヴィンは淡々と説明を始めた。


「私はこれまで、結界樹を国家最大の戦略資産として見ていました。その考えは、今も変わりません」


 一拍置く。


「しかし、現地で確認した結果、一つ認識を改める必要があると判断しました」


 金色の瞳が真っ直ぐ前を向く。


「結界樹は管理されるだけの存在ではありません」


 オズワルドたちが静かに顔を上げる。


「管理人との信頼関係を自ら築き、その環境を受け入れ、安定した結界を維持していました」


 その声に迷いはなかった。


「つまり、現在の管理体制は人だけで成立しているものではありません。結界樹自身の意思も含め、一つの管理体制として完成しています」


 執務室は静まり返っていた。


 誰も口を挟まない。

 アーヴィンは最後に、静かに結論を述べる。


「以上の理由により、結界樹を王都へ移設することは、現体制を崩す危険性があると判断します」


 その言葉を聞き、ガイアスはゆっくりと目を閉じた。

 そして、小さく頷く。


「なるほど」


 短い一言だった。

 しかし、その表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。


 ガイアスは静かにアーヴィンを見つめた。


「それがお前の結論か」

「はい」


 迷いのない返事だった。

 ガイアスは小さく笑みを浮かべる。


「そうか」


 それ以上、問い質すことはしない。


 長い付き合いだからこそ分かる。

 アーヴィンが一度結論を出した以上、それは感情で揺らぐものではない。


 代わりにガイアスは、別のことを尋ねた。


「リーヴェ村へ行く前のお前なら、同じ報告を受けても結論は変わらなかったはずだ」


 アーヴィンは静かに頷く。


「その通りです」

「何が、お前の考えを変えた」


 執務室に静かな空気が流れる。


 アーヴィンは少しだけ考え、言葉を選ぶように口を開いた。


「私は、管理とは人が行うものだと考えていました」


 誰も口を挟まない。


「だから管理体制も、人だけを見て評価してきました」


 一度言葉を切る。


「ですが、あの村では違いました」


 静かな声だった。


「管理人だけでもない。補佐だけでもない。村人だけでもない」


 ゆっくりと続ける。


「結界樹自身も、その管理体制の一部でした」


 オズワルドたちは静かに耳を傾ける。


「私は結界樹を守る対象として見ていました。しかし実際には、結界樹もまた自ら意思を持ち、管理人を選び、村人を見守り、その環境を受け入れていた」


 アーヴィンは淡々と事実だけを述べる。


「その前提を無視して王都へ移設すれば、管理体制そのものを崩す可能性があります」


 ガイアスはゆっくりと頷いた。


「ようやく、お前もそこへ辿り着いたか」


 その言葉に、アーヴィンは小さく息を吐く。


「アルフレッド・リーフレットも、同じことを言っていました」


 その名に、部屋の空気が少しだけ変わる。


「結界樹は道具ではない、と」


 ガイアスは懐かしそうに笑った。


「あいつらしい言葉だ」

「当時の私は理解できませんでした」


 アーヴィンは静かに続ける。


「ですが、今なら分かります」


 短い沈黙。


「私が見ていたのは、国家という仕組みでした」


 金色の瞳がまっすぐ前を向く。


「アルフレッドが見ていたのは、結界樹そのものだったのでしょう」


 ガイアスは静かに頷いた。


「ならば、この件はこれで終わりだな」

「はい」


 アーヴィンは机上の書類を手に取る。


「本日付で正式な文書を作成します」


 オズワルドたちへ視線を向けた。


「結界樹フィルの管理は、引き続きリーヴェ村で行うものとする。管理人フローラ・リーフレットを正式な結界樹管理人として承認。

 植物学者ミリア・ヴェルデを正式補佐へ任命。エリーゼ・ハルトを衛生責任者、セシリア・ノートンを事務責任者。

 そして、リーヴェ村を結界樹管理拠点として正式に認可します」


 その場にいた全員が静かに一礼した。


「承知いたしました」


 ガイアスは満足そうに頷く。


「良い判断だ、アーヴィン」

「ありがとうございます」


 アーヴィンは短く答えると、窓の外へ目を向けた。


 リーヴェ村で過ごした時間は決して長くはなかった。

 それでも、自分が見落としていたものを知るには十分な時間だった。


 ガイアスはそんな横顔を見ながら、小さく笑う。


「フローラたちも喜ぶだろう」

「でしょうね」


 珍しく、アーヴィンも穏やかに口元を緩めた。

 王国としての決定は下された。

 あとは、その知らせがリーヴェ村へ届くだけだった。

次回からまた1日1回、21時更新になります。


***


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