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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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70話 それぞれの答え

 フローラとの話を終えたあとも、アーヴィンはすぐには馬車へ戻らなかった。


 村の中をゆっくりと歩き、一つひとつの景色を静かに見つめていく。


 畑では村人たちが笑顔で働き、子どもたちは広場を元気に走り回っている。

 誰も無理に取り繕っている様子はない。

 昨日も今日も、きっと同じような日常を過ごしているのだろう。


「宰相閣下」


 アーヴィンの後ろから落ち着いた声が掛かる。

 振り返ると、レオンが一礼して立っていた。


「少々、お時間をいただけますでしょうか」

「構わん」


 二人は村の外れへ歩き始める。


 少し先には、新しく設置された見張り台が見えていた。

 アーヴィンは見張り台を見上げる。


「よく整備されている」

「ありがとうございます」


 レオンは静かに頭を下げた。


「魔物襲撃を受けてから、防衛体制を全面的に見直しました」

「報告書にも目を通した」


 アーヴィンは見張り台へ視線を向けたまま続ける。


「監視、警鐘、避難経路、騎士の配置。どれも合理的だ」

「お褒めいただき、光栄です」

「⋯⋯だが」


 アーヴィンはゆっくりとレオンを見る。


「一つ聞こう」

「はい」

「お前は何を守るために剣を振るう」


 レオンは一瞬だけ目を伏せた。


 しかし、迷うことなく顔を上げる。


「人々を守るためです」

「⋯⋯人々」

「はい」


 レオンは静かに頷いた。


「王都に住む方も、辺境の村に住む方も、俺にとっては等しく守るべき民です」


 アーヴィンは黙って耳を傾ける。


「近衛騎士となった日から、その考えは変わっておりません」

「では聞こう」


 アーヴィンの声は変わらず穏やかだった。


「仮に王国全体を守るため、一つの村を切り捨てねばならぬ状況になったとする。その時も同じ答えか」


 風が静かに吹き抜ける。


 レオンはすぐには答えなかった。

 しばらく空を見上げ、小さく息を吐く。


「⋯⋯難しい問いです」


 その言葉に嘘はなかった。


「ですが、俺は騎士です」


 真っ直ぐアーヴィンを見つめる。


「俺の剣は、目の前の命を守るためにあります」


 アーヴィンは何も言わない。


 レオンは続けた。


「王国とは、民の集まりです。一人ひとりの命を守ることが、結果として王国を守ることに繋がると俺は信じています」

「理想論だ」


 静かな一言だった。しかし責める響きはない。

 レオンも落ち着いたまま頷いた。


「そうかもしれません」


 その返事に、今度はアーヴィンが僅かに眉を動かす。


 レオンは穏やかな表情で続ける。


「しかし————俺は一人の騎士です。宰相閣下のように国全体を見る立場ではありません」


 少しだけ視線を村へ向ける。


 ロイドが村人たちと話し、エリーゼとマーサは診療所の前で薬草を干している。

 ミリアはフィルの根元で何かを書き留め、セシリアは子どもたちの教材をまとめていた。


「だから俺は、自分に出来ることをするだけです」


 レオンは静かに言った。


「目の前で笑っている人を守る。それが俺の役目です」


 アーヴィンはその横顔を見つめる。


 騎士学校へ入学した頃から知る青年だった。

 実直で、不器用で、己の信じる道を曲げない男。あの頃から、本質は何一つ変わっていない。


「⋯⋯そうか」


 短く答え、アーヴィンは歩き出した。レオンも黙ってその隣へ並ぶ。

 二人の間に、それ以上言葉はなかった。


 価値観は違う。

 それでも互いの信念だけは、十分に伝わっていた。


 レオンと別れたアーヴィンは、一人で村の広場へ足を運んだ。


 特に目的があったわけではない。

 ただ、もう少しだけこの村を見ておきたい。そんな気持ちが、自分の中に芽生えていることを感じていた。


 広場では、子どもたちの笑い声が響いている。


「フィルー!こっちこっち!」


 ルークが大きく手を振る。


 フィルは枝葉を楽しそうに揺らしながら、一本の枝をゆっくりと伸ばした。


「届くかなー!」


 リリィが枝へ飛び付こうとすると、フィルは悪戯っぽく枝を持ち上げる。


「あっ!逃げた!」


 子どもたちが一斉に追い掛ける。

 枝は絶妙な距離を保ちながら揺れ動き、捕まりそうになると少しだけ離れる。


「待てー!」

「今度こそ!」


 広場いっぱいに笑い声が広がった。


 その様子を、アーヴィンは少し離れた場所から静かに見つめていた。

 枝の動き一つひとつに、子どもたちが笑う。

 子どもたちが笑えば、フィルもまた枝葉を大きく揺らす。

 まるで一緒になって遊んでいるようだった。


 アーヴィンは無言のまま、その光景を見つめ続ける。


 結界樹。王国最高の戦略資産。

 王都では、そのように教えられてきた。


 国境を守る存在。王国を支える礎。それは間違っていない。


 だが、目の前にいるフィルはどうだ。


 子どもたちと遊び、笑い合い、フローラに頭を撫でられると安心したように枝葉を揺らす。


 まるで、一人の人間のようだった。


「見て見て!」


 リリィが嬉しそうに声を上げる。

 フィルが枝先へ小さな花を咲かせたのだ。


「わぁ⋯⋯!」


 子どもたちが目を輝かせる。


 ルークがそっと花へ触れると、フィルは嬉しそうに枝を揺らした。

 その姿を見て、ノアも自然と笑顔になる。


 フィルも、フィル自身が楽しんでいるように見えた。


 アーヴィンは静かに目を閉じる。


 フローラは言っていた。


『フィルは、私の大切な家族です』


 レオンは言っていた。


『目の前で笑っている人を守る。それが俺の役目です』


 二人とも、国家という言葉より先に、人を見ていた。

 それは宰相である自分とは違う景色だった。


 間違っているとは思わない。

 だが、自分には選べない考え方でもあった。


 その時、小さな足音が近付いてくる。


「こんにちは!」


 リリィだった。


 アーヴィンは視線を落とす。


「どうした」

「フィルのお花!」


 リリィは小さな花を大事そうに両手で持っていた。


「きれいでしょう?」

「ああ」


 自然と言葉が漏れる。


「綺麗だ」


 リリィは満足そうに笑うと、そのままフィルのもとへ駆け戻っていった。


 フィルはその姿を見送り、優しく枝葉を揺らす。

 その揺れを見つめながら、アーヴィンはゆっくりと息を吐いた。


 調査団の報告書には書かれていなかった。


 管理記録にも載っていない。

 理論でも説明できない。

 この村へ来なければ、決して見ることの出来なかった光景。


 アーヴィンは静かにフィルを見上げる。


 大きく枝葉を広げたその姿は、王都で見ていた頃よりも、どこか生き生きとして見えた。


 風が吹く。枝葉が心地良さそうに揺れる。

 その姿は、笑っているようにも見えた。


「これを⋯⋯」


 小さく呟く。

 その先の言葉は、誰に向けたものでもない。


「王都へ連れて帰るのか」


 答えは、まだ出ない。


 だが、これまで一度も揺らぐことのなかった心に、小さな迷いが生まれていることだけは、アーヴィン自身が誰よりも理解していた。

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