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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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69話 フローラとアーヴィン

 視察を終えたあとも、アーヴィン様は村の中をゆっくり歩いていた。


 私は少し離れた場所から、その後ろ姿を見つめる。

 誰かと話すわけでもなくただ村を眺め、時折立ち止まっては何かを考えているようだった。


 すると、不意にアーヴィン様が立ち止まる。


「フローラ」

「は、はい!」


 突然名前を呼ばれ、私は慌てて駆け寄った。

 アーヴィン様は私を見る。


「少し付き合え」

「⋯⋯はい」


 レオンさんたちもこちらを見たけれど、止めることはなかった。


 私はアーヴィン様の隣を歩き始める。

 向かった先は、フィルの根元だった。大きな木陰へ入ると、周囲の喧騒が少し遠くなる。


 アーヴィン様はフィルを見上げながら口を開いた。


「一つ、聞きたいことがある」

「はい」

「お前は、管理人として何を守っている」


 私は一瞬だけ考えた。——でも、答えはすぐに浮かぶ。


「フィルです」


 迷わず答えた。


「私は、フィルを守っています」


 アーヴィン様は静かに首を横へ振る。


「⋯⋯違う。視野が狭いな」


 その一言に、私は思わず息を呑んだ。


「結界樹管理人が守るべきものは、王国だ」


 静かな声だった。

 責めているわけではない。ただ、自分の考えを述べているだけだった。


 私がフィルを見上げると、枝葉が風に揺れている。

 その姿を見ながら、小さく口を開いた。


「⋯⋯私はフィルが元気なら、それでいいって思っていました」


 管理人になった日から、ずっとフィルが毎日笑ってくれていたら嬉しかった。それだけだった。


 アーヴィン様は黙って聞いている。


「でも」


 私はゆっくり続けた。


「フィルが王国を守ってくれていることも知っています。王国のみんなが安心して暮らせるのも、フィルのおかげって所が大きいんだと思います」


 私はアーヴィン様を見る。


「フィルを守ることは、王国を——村を守ることでもあると思っています」


 アーヴィン様の表情は変わらない。

 けれど、その金色の瞳は真っ直ぐ私を見ていた。


「では聞こう。もし————」


 一拍置く。


「フィルを王都へ移せば、より多くの民を守れると証明されたとしても、お前は同じ答え——リーヴェ村に残るという答え——を返すか」


 胸が小さく痛んだ。


 それは、簡単に答えられる問いじゃなかった。


 私は答えに詰まった。

 もし本当に、王都へ移した方が王国のみんなを守れるのだとしたら。


 もし、それがフィルにとっても幸せなのだとしたら。

 私は——。


「⋯⋯分かりません」


 正直に答えた。


「そんなこと、考えたこともありませんでした」


 アーヴィン様は何も言わない。だから私は、自分の気持ちを整理するように言葉を続けた。


「でも、一つだけ分かることがあります」


 私はフィルへ目を向ける。

 フィルはいつものように、静かに枝葉を揺らしていた。


「フィルは、この村が好きです。村のみんなも、フィルが大好きです」


 私は自然と笑顔になった。


「だから私は、その気持ちを大切にしたいんです」


 アーヴィン様は静かに問い返す。


「それは感情論だ。国家を支える者は、時に感情を切り捨てねばならん」


 その言葉は厳しかった。

 だけど、間違っているとは思えなかった。


 アーヴィン様は、王国全体を見ている。

 私は、フィルを見ている。


 見ているものが違うから、答えも違うんだ。

 私は少しだけ考えてから、顔を上げた。


「⋯⋯私は⋯⋯フィルを王国のために守ることと、フィルの気持ちを大切にすることは、両立できると思っています」


 アーヴィン様の眉が、ほんの僅かに動く。


「ほう」

「フィルが元気だから、結界も安定します。フィルが安心して暮らせるから、村のみんなも笑顔になります。その笑顔を、フィルも嬉しそうに見ています」


 私はフィルの幹へそっと触れた。


「だから私は、フィルを大切にすることが王国を守ることにも繋がると思っています」


 しばらく沈黙が続いた。


 風が吹き、枝葉がさわさわと揺れる。

 その音だけが、二人の間を流れていた。


 やがてアーヴィン様が静かに口を開く。


「⋯⋯なるほど」


 短い一言だった。


 賛成でも、反対でもない。

 ただ、私の考えを受け止めたような声だった。


「お前の考えは理解した」

「ありがとうございます」


 私は頭を下げる。


 アーヴィン様はフィルを見上げ、小さく息を吐いた。


「やはり、お前たちは私とは違う景色を見ている」


 その横顔は、どこか考え込んでいるように見えた。


 正解は、まだ誰にも分からない。

 王国を守るということ。命を育てるということ。

 どちらも間違いではないからこそ、答えは簡単には出せないのだろう。


 私はフィルを見上げる。

 するとフィルは、私とアーヴィン様を包み込むように枝葉を優しく揺らした。


 まるで、「二人とも間違っていないよ」と伝えてくれているようだった。

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