66話 アーヴィン襲来
襲来シリーズ3回目です
調査団による調査から約2週間。
あれから特に何の連絡も無く、調査団の人達の反応も良かったので、リーヴェ村にはなんとなく大丈夫だろう、という空気が流れていた。
しかし3日前。レオンさんに通信魔術が届いた。
内容は、アーヴィン宰相ご本人が、直接リーヴェ村を見に来るというものだった。
そして⋯⋯その視察日は今日。
私はいつものようにフィルのお世話を終えると、レオンさんに呼ばれて村の入口へ向かう。
ガイアス殿下のお話では、アーヴィン宰相はとても優秀で、誰よりも王国のことを考えている人とのことだ。でも、それ以上に怖い印象の方が強かった。だから自然と足取りも重くなる。
どうしても、解任を言い渡された日の冷たい視線が頭を過ぎった。
「大丈夫ですよ」
隣を歩くセシリアさんが、小さく微笑んだ。
「アーヴィン様は、とても厳しい方ですが、理不尽なことを仰る方ではありません」
「⋯⋯はい」
返事はしたものの、緊張はなかなか解けなかった。
村の入口へ着くと、既にロイドさんやガストンさん、ボルドさんが待っていた。
ミリアちゃんも、エリーゼさんもいる。
レオンさんが一本道の先を見つめた。
「⋯⋯そろそろですね」
その一言で、場の空気が静かに引き締まる。
すると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。コトコト、と規則正しい音が少しずつ近付いてくる。
私は思わず息を呑んだ。
一本道の先から現れたのは、一台の黒い馬車だった。
派手な装飾はない。けれど、その扉には王家の紋章が刻まれている。
ゆっくりと村の入口で止まると、御者さんが扉を開いた。
最初に見えたのは、黒い革靴。そして、漆黒の外套。
ゆっくりと馬車から降りてきたその人を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
(⋯⋯大きい)
レオンさんも背が高い。
でも、その人はレオンさんと同じくらい⋯⋯あるいは、それ以上に見えた。
黒い髪を綺麗に後ろへ流し、整った顔立ちに感情はほとんど浮かんでいない。
金色の瞳だけが、静かに村全体を見渡している。
ただ立っているだけなのに、胸が少し苦しくなるような威圧感があった。
村のみんなも、自然と静かになっていた。
「⋯⋯すご」
ルークくんが小さく呟く。
すぐ隣でリリィちゃんが慌てて袖を引っ張った。
「ルーク、静かに!」
ルークくんも慌てて口を押さえる。
その人はゆっくりとロイドさんの前まで歩いていった。
そして、深く頭を下げた。
「突然調査団を派遣しましたこと、また突然の訪問となりましたこと、深くお詫び申し上げます」
低く落ち着いた声だった。
「私は、王国宰相アーヴィン・クロムウェルと申します。本日はお時間を頂戴することとなり、誠にありがとうございます」
私は思わず目を丸くした。
(え⋯⋯?)
もっと偉そうな人だと思っていた。
でも、アーヴィン様は村長であるロイドさんへ、とても丁寧に頭を下げている。
ロイドさんも少し驚いたようだった。
「い、いえ⋯⋯!ようこそお越しくださいました。リーヴェ村村長のロイド・バークです。歓迎いたします」
アーヴィン様は穏やかに頷いた。
「村長殿。本日はよろしくお願いいたします」
そのやり取りを見ていた私は、少しだけ拍子抜けしてしまった。
怖い人、という印象ばかり持っていたけれど⋯⋯少なくとも今、目の前にいるアーヴィン様は、誰よりも礼儀正しい人だった。
アーヴィン様の視線が、ゆっくりとレオンさんへ向く。
レオンさんは拳を胸へ当て、背筋を真っ直ぐ伸ばえた。
「近衛騎士団長レオン・アッシュです。宰相閣下、お迎えに上がりました」
アーヴィン様は静かに頷く。
「ご苦労。調査団から報告は受けている。今回の魔物襲撃における指揮、見事だった」
「お褒めいただき、光栄です」
短い会話だった。
でも、お互いへの敬意が伝わってくる。
王都で一緒に働いていた人たちだからこそ、分かるものがあるのかもしれない。
そして————アーヴィン様は、ゆっくりと私の前まで歩いてきた。
思わず背筋が伸びる。
あの日、王宮で管理人を解任された日のことが頭をよぎる。
私は俯きそうになるのを必死で堪えた。
するとアーヴィン様は、私へ向かって静かに頭を下げた。
「結界樹管理人フローラ・リーフレット。この度は視察へのご協力、感謝する」
私は目を見開いた。
管理人。そう呼ばれた。
もう管理人ではないと言われた私を、アーヴィン様自身が管理人と認めてくれている。
一瞬、返事が遅れてしまう。
「あ⋯⋯は、はい!」
慌てて頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
アーヴィン様は小さく頷くと、今度はミリアちゃんへ視線を向ける。
「植物学者、ミリア・ヴェルデ。調査団から、貴殿の働きも聞いている」
ミリアちゃんは胸へ手を当て、一礼した。
「身に余るお言葉です。私はフローラちゃんの補佐として、自分の役目を果たしただけです。その役目が果たせる者は、王国にもそう多くはおりません」
淡々とした口調だった。
でも、その言葉はきちんと評価してくれていることが伝わってきた。
続いてエリーゼさん。
「元近衛騎士団衛生兵、エリーゼ・ハルト。診療体制の整備、ご苦労だった」
エリーゼさんは、お姉さんらしい柔らかな笑顔で微笑む。
「ありがとうございます。でも、私はマーサさんのお手伝いをしただけですよ。互いの知識を活かした結果です」
アーヴィン様は静かに頷いた。
「それもまた、一つの能力だろう」
最後に、セシリアさんへ目を向ける。
「元王宮文官、セシリア・ノートン。管理記録を拝見した。非常に読みやすく整理されていた」
セシリアさんは少しだけ目を細める。
「恐れ入ります。ですが、あれは私一人の成果ではありません。
管理人であるフローラ様が積み重ねてこられた記録があってこそです。私は、それを整理したに過ぎません」
アーヴィン様は何も言わず、小さく頷いた。
みんな一人ひとりへ言葉を掛けている。
役職や立場ではなく、その人自身の働きを見ているようだった。
(この人⋯⋯)
私は少しだけ驚いていた。
もっと冷たくて、近寄りがたい人だと思っていた。
でも実際は違う。
厳しそうではある。怖そうでもある。
それでも、目の前の人は誰かを見下したり、威張ったりする人じゃなかった。
そんなことを考えていると、アーヴィン様が改めて村のみんなを見渡した。
「本日、私がここへ参りました理由は一つです」
静かな声が、村の入口へ響く。
「私自身の目で、この村を見せていただきたい。
どうか皆様、普段通りにお過ごしください。飾る必要も、取り繕う必要もありません。ありのままのリーヴェ村を、見せていただければ十分です」
ロイドさんが代表して頷く。
「承知しました。それが一番なら、私たちも助かります」
アーヴィン様は僅かに口元を和らげた。
「ありがとうございます」
こうして、王国宰相アーヴィン・クロムウェルによる視察が始まった。
けれど、この時の私はまだ知らなかった。
この穏やかな視察が、私たち一人ひとりの考え方を問い直す時間になることを。
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