64話 調査の結果
調査団による視察が一通り終わると、オズワルドさんが私へ穏やかな笑みを向けた。
「フローラさん。最後に少しだけ、お時間をいただけますか」
「はい」
私は頷き、ロイドさんのお家の居間へ案内する。
部屋へ入ると、オズワルドさん、アイリスさん、ハインツさん、エドガーさんが席に着いた。
私も向かいへ腰を下ろす。
その後ろには、レオンさん、ミリアちゃん、セシリアさん、エリーゼさんが静かに立っていた。
私一人で答える場だけど、一人じゃない。
そう思うだけで、不思議と落ち着く。
オズワルドさんが口を開いた。
「これで調査は最後になります。難しく考えず、率直なお気持ちを聞かせてください」
「⋯⋯はい」
私は姿勢を正した。
最初に質問したのは、文官のエドガーさんだった。
「では、お伺いします」
手元の書類へ目を落としながら、淡々と読み上げる。
「今回のような魔物の大規模襲撃が再び起きた場合、あなたはどう対応しますか」
あの日の光景が頭をよぎる。
押し寄せる魔物の群れ。傷ついていく村のみんな。
怖かった。本当に怖かった。
それでも私は、ゆっくりと答えた。
「逃げません」
エドガーさんが顔を上げる。
「私は戦えません。でも、フィルと一緒になら、立ち向かって何かのお役には立てると思うんです」
私は後ろにいる仲間たちを見た。
「それに、一人でもありません。心強い仲間たちが村にはいます。私は管理人として、フィルと一緒にみんなを支えます」
レオンさんは何も言わなかった。でも、静かに頷いてくれた。
エドガーさんは、その答えを書き留める。
続いて、ハインツさんが口を開いた。
「では、次。もし結界樹フィルが、自ら村を離れたいと望んだ場合、あなたはどうお考えで?」
私は少し驚いた。
考えたこともない質問だった。
でも、答えはすぐに決まった。
「送り出します」
部屋が静まり返る。
ハインツさんが静かに尋ねた。
「引き止めないのですか」
私は首を横へ振った。
「寂しいです。きっと、いっぱい泣きます」
少しだけ笑う。
「でも、それがフィル自身の望みなら、私は応援したいです。家族だからこそ、自分で決めたことは尊重してあげたいんです」
その言葉に、アイリスさんが優しく微笑んだ。
オズワルドさんも、小さく頷きながら私の言葉を聞いていた。
短い沈黙が流れる。
オズワルドさんは一度書類へ目を落とすと、静かに次の質問を読み上げた。
「では、三つ目です」
私は背筋を伸ばす。
「国家とリーヴェ村。どちらか一方しか守れない状況になった場合、あなたはどちらを優先しますか」
思わず息を呑んだ。
どちらか一つ。
そんなこと、考えたこともなかった。
私は少しだけ俯き、ゆっくりと言葉を探す。
「⋯⋯私は」
頭に浮かんだのは、村のみんなの笑顔だった。
ロイドさん。エマさん。トーマスさん。リリィちゃん、ルークくん、ノアくん。そして、フィル。
だけど同時に思い出す。
ガイアス殿下。レオンさん。焼き菓子屋のご主人。そして王都で暮らす、まだ見ぬたくさんの人たち。
みんな、この王国で生きている。
私は顔を上げた。
「私は、どちらかを選ぶことはできません」
エドガーさんが静かに尋ねる。
「それは質問への回答になっていません」
「はい。でも、それが私の答えです」
私は真っ直ぐ答えた。
「リーヴェ村は、私の大切な場所です。でも、この村も王国の一部です。王国があるから、この村のみんなも安心して暮らせています」
一呼吸置く。
「だから私は、どちらかを切り捨てるんじゃなくて、どちらも守れる方法を考えたいです」
部屋が静まり返る。
私は続けた。
「フィルを王国のために守ることと、フィルの意思を尊重することは、両立できると思っています。
フィルは王国を守る結界樹です。でも、それだけじゃありません。
私にとっては、大切な家族です。だから私は、王国を守るためにも、フィルの気持ちを大切にしたいです」
私の言葉に、調査団の人々は笑顔を向ける。
そして、最後の質問が告げられた。
「最後に、お聞きします。あなたは、ご自身が結界樹管理人にふさわしいと思いますか」
私は思わず言葉に詰まった。
昔の私だったら。王宮を追放された頃の私だったら。
きっと「分かりません」と答えていたと思う。
でも、今は違う。私は後ろを振り返る。
レオンさんが静かに頷く。
ミリアちゃんが優しく微笑む。
エリーゼさんが快活な笑顔をくれる。
セシリアさんも穏やかな眼差しを向けてくれていた。
私はもう一度、調査団のみなさんへ向き直る。
「私より植物学に詳しい人は、たくさんいると思います。私より魔術が上手な人も、頭の良い人もいると思います」
少しだけ照れ笑いを浮かべる。
「でも、フィルの一番は、私です。だから私は、これからも勉強します。もっと知識を身につけて、もっと良い管理人になります。
今は、まだ胸を張って『完璧です』とは言えません。でも、フィルの隣に立ち続けられるよう、努力し続けます」
オズワルドさんは静かに書類を閉じた。
穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございました。これにて、今回の調査は終了です」
私も立ち上がり、深く頭を下げた。
オズワルドさんは部屋のみんなを見渡してから、静かな口調で続ける。
「正直に申し上げます。王都を出る前は、小さな村でどこまで管理できているのか、不安に思っていました」
ぐうの音も出ないくらい、当然の不安だと思う。
オズワルドさんは続ける。
「ですが、その考えは誤りでした。
管理記録、植物学的な検証、警備体制、医療体制、避難計画。そのどれもが想像以上によく整えられています」
どれもこれも、皆で準備してきたものだ。それらが褒められて、私もとても嬉しい。
「そして何より」
オズワルドさんは私とフィルへ目を向ける。
「結界樹フィルが、この村で穏やかに過ごしていること。それが、何よりの証拠なのでしょう」
その言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。
「私からアーヴィン宰相へは、見たまま、感じたままを報告いたします。
この村での管理体制は良好であると。皆様が誠実に結界樹と向き合っていることも、包み隠さずお伝えすることをお約束しましょう」
「⋯⋯ありがとうございます!」
自然と頭が下がる。
調査は終わった。でも、それは終わりじゃない。
これからも私は、この村でフィルと一緒に歩いていく。
そう改めて胸に誓いながら、私は隣に立つフィルの幹へ、そっと手を添えた。
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