63話 見定められる村
「それでは、只今より調査を開始いたします」
オズワルドさんの一声で、調査団はそれぞれの担当へ分かれていった。
アイリスさんとハインツさんは、フィルの結界を確認するため庭へ。
エドガーさんはセシリアさんと一緒に管理記録の確認へ。
クラウスさんはレオンさんと共に村の警備体制を視察するらしい。
私は思わず深呼吸をした。
「大丈夫?」
隣でミリアちゃんが優しく声を掛けてくれる。
「う、うん」
そう返事はしたものの、やっぱり緊張してしまう。
そんな私を見て、アイリスさんが小さく笑った。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私たちは間違い探しをしに来たわけではありませんから」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
「ありがとうございます」
「では、まずは結界樹の健康状態から確認させていただいてもよろしいですか?」
「はい!」
私はフィルの傍まで歩いていく。
フィルは私が近付くと、いつものように枝葉を揺らした。
「ふふっ、おはよう」
そう言って幹へ触れると、フィルは私の頭を優しく撫でてくれる。
その様子を見たアイリスさんは、思わず目を丸くした。
「本当に報告書の通りなのですね」
「え?」
「結界樹が、自ら人へ触れるなんて」
私はきょとんと首を傾げる。
「フィルはいつもこうですよ?」
「ええ⋯⋯それは分かるのですが⋯⋯」
アイリスさんは困ったように笑う。
「王都で結界樹は、国を守る神聖な存在として扱われています。管理人ですら、必要以上に触れることはありません」
「そうなんですか?」
「はい」
私は思わずフィルを見上げた。
神聖な存在。もちろん、それは分かる。
でも私にとっては、それより先に——。
「フィルは家族ですから」
自然と口から言葉が零れた。
アイリスさんは何も言わず、私とフィルを交互に見つめる。
そして、小さく微笑んだ。
「⋯⋯なるほど」
それ以上は何も言わなかった。
代わりに、ミリアちゃんへ視線を向ける。
「ミリアさん」
「はい」
「健康状態について、植物学的な所見をお願いできますか」
「もちろんです」
ミリアちゃんは迷いなく頷く。
「葉色は良好。魔力循環も非常に安定しています。幹の状態にも異常はありません。結界樹特有の魔力放出量も、覚醒後としては安定した数値を維持しています」
アイリスさんは納得したように何度も頷いていた。
「ここまで詳細な観察を続けていたとは⋯⋯。正直、驚きました」
その言葉に、ミリアちゃんは首を横へ振る。
「私だけではありません」
そう言って私を見る。
「植物学的な分析は私ができます。でも、フィルさんの細かな変化に最初に気付くのは、いつもフローラちゃんです!私は、それを理論として整理しているだけなんです」
突然話を振られ、私は慌ててしまう。
「そ、そんな⋯⋯!私なんて、本当に感覚で分かるだけで⋯⋯!」
「その『感覚』が一番難しいんですよ」
アイリスさんが優しく微笑んだ。
「研究所でも、長年植物を研究してきましたが、その日の機嫌まで読み取れる方には会ったことがありません。経験は、何より代えがたい知識です」
そんな風に言ってもらえて、胸の奥が少し温かくなった。
私がフィルと過ごしてきた時間は、ちゃんと意味があったんだ。
その時だった。
庭の外から元気な声が聞こえてくる。
「フローラお姉ちゃーん!」
振り向くと、リリィちゃんとノアくん、それにルークくんが駆け寄ってきていた。
「調査の人、来たんだね!」
「⋯⋯すごい人がいっぱい」
三人は興味津々で調査団を眺めている。
フィルはそんな子どもたちに気付くと、枝をゆっくり伸ばした。
さわさわ。
「わぁ!」
リリィちゃんの頭を優しく撫でる。
続いてノアくん、ルークくんの頭も順番に撫でていく。
三人はくすぐったそうに笑っていた。
その光景を見ていたアイリスさんは、また驚いたように目を見開く。
「子どもたちとも⋯⋯」
その隣では、ハインツさんが無言のままフィルを見つめ続けていた。
ハインツさんは無言のまま、その光景を見つめ続けていた。
やがて、ゆっくりとフィルへ歩み寄る。
その視線は鋭い。まるで、一つの現象を観察するような眼差しだった。
「⋯⋯失礼」
そう小さく呟き、フィルの枝へ手を伸ばす。
「あっ⋯⋯!」
私は思わず声を漏らした。
しかし、その手が枝へ触れる寸前、フィルは枝を引いた。
まるで「触らないで」と言うように。
ハインツさんの手が空を切ると、一瞬その場に静寂が流れた。
ハインツさんは少し驚いたように目を見開く。
「避けた⋯⋯?」
その呟きへ答えるように、フィルは私の後ろへ枝を寄せた。私の肩へ枝が触れる。
少しだけ緊張しているのが伝わってきた。
私はフィルの幹を優しく撫でる。
「大丈夫」
そう声を掛けると、枝葉が少しだけ落ち着きを取り戻した。
私は改めてハインツさんへ向き直る。
「すみません」
ハインツさんは首を横へ振る。
「いや。こちらこそ断りもなく触れようとした」
私は小さく微笑む。
「フィルにも、嫌なことはあります」
静かな声だった。
でも、自分でも驚くくらい自然に言葉が出てきた。
「急に触られたり、知らない人が近付きすぎたりすると、びっくりしちゃうこともあるんです」
ハインツさんは黙ってフィルを見る。
その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。
すると、隣で見ていたアイリスさんが小さく笑った。
「人と同じですね」
「ええ」
私は頷く。
「だから私は、フィルへ何かする時は必ず先に話しかけます」
そう言ってフィルの幹へ触れる。
「今から葉っぱを見るね」
さわさわ。
フィルは返事をするように枝葉を揺らした。
「こうして返事を待ってから触れるようにしてるんです」
ハインツさんは、その様子をじっと見つめていた。
やがて、小さく口を開く。
「⋯⋯結界樹を、そのように扱う人間は初めて見た」
「そう、なんですか?」
「ああ」
短い返事だった。
「王宮では、結界樹は王国の象徴だ。敬意は払う。しかし⋯⋯意思を持つ相手として接する者はいない」
私は少しだけ寂しくなった。
フィルは王国を守る結界樹でもある。
でも、それだけじゃない。
嬉しい時は枝葉を揺らして笑って、悲しい時は葉っぱが元気をなくして、不安な時は私の傍へ来てくれる。
そんなフィルを知っているから。
「フィルは⋯⋯ちゃんと心があります」
私は真っ直ぐハインツさんを見つめる。
「だから私は、一人の家族として接しています。これは、先代結界樹管理人である父、アルフレッド・リーフレットの言葉です」
ハインツさんは何も答えなかった。
ただ、もう一度フィルを見上げる。
その視線は、村へ来た時とは少しだけ違って見えた。
まるで『結界樹』ではなく、『フィル』という存在を見ようとしているようだった。
その変化に気付いたのは、私だけだったのかもしれない。
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