60話 準備:防衛体制
ミリアちゃんとの調査を終えた私は、管理記録を抱えて家の庭へ戻ってきた。
「ただいま、フィル」
そう声を掛けると、フィルは嬉しそうに枝葉を揺らす。
フィルはお返しとばかりに枝を伸ばし、頭を撫でてくる。優しくフィルに撫でられ、自然と笑みがこぼれた。
「もう少しだけ頑張ろうね」
調査団が来るのは明日。
私たちにできる準備も、残りわずかだ。
その時だった。
広場の方から、たくさんの人の話し声が聞こえてくる。
「⋯⋯?」
何だろう。
私は管理記録を抱えたまま、声のする方へ向かった。
◆
広場には、レオンさんを中心に大勢の人が集まっていた。
ディーンさん、ガストンさん、ボルドさん、近衛騎士のみなさん。
そして何人もの村人が、真剣な表情で地図を囲んでいる。
「フローラ様」
私に気付いたレオンさんが軽く会釈した。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。何をしているんですか?」
「村の防衛体制を見直しています」
そう言って、机の上へ広げられた地図を見せてくれた。
そこには村全体が細かく描かれている。
「調査団へ説明するため⋯⋯ですか?」
私が尋ねると、レオンさんは首を横に振る。
「それもあります。ですがこれは、どちらかと言えば、今後この村を守るためのものです」
私は思わず息を呑む。
「前回の襲撃では、全員が最善を尽くしてくださいました。ですが、急な襲撃だったため、その場その場で判断する場面も多かった⋯⋯」
レオンさんは地図の上を指でなぞる。
「次があるなら、もっと被害を減られます。そのための準備です」
ディーンさんが頷いた。
「森に入った魔物を見つけるのが少し遅れた。次はもっと早く知らせられる」
そう言って、森の一角を指差す。
「この丘なら、南側も西側も見渡せる。朝はここから見回る」
レオンさんはその場所へ印を付けた。
「索敵は引き続きディーンさんへお願いします」
「ああ」
短い返事だったが、とても頼もしい。
今度はガストンさんが腕を組む。
「村の西側は柵が低い。今日中に少し補強しよう。俺たちなら半日もありゃ終わる」
「お願いします」
レオンさんは頭を下げた。
するとボルドさんも地図へ身を乗り出す。
「避難場所は今まで通りフィルの近く——要は村長の家でいいか?」
「はい」
レオンさんは頷く。
「結界の恩恵を最も受けられる場所です。子どもや高齢者は、戦闘開始前に必ずこちらへ誘導してください」
「分かった」
話し合いは次々と進んでいく。
近衛騎士の皆さんは交代で見張る時間を書き込み、村人たちは誰が警鐘を鳴らすかを決めていた。
私はその様子を見つめながら、小さく呟く。
「すごい⋯⋯」
前回は、みんな必死で、目の前の魔物を倒すことだけで精一杯だった。
でも今は違う。
もしまた同じことが起きても、誰が何をするのかが決まっている。
それだけで、安心感が全然違った。
◆
話し合いが終わると、それぞれが持ち場へ向かっていく。
ガストンさんたちは西側の柵を補強し始め、近衛騎士のみなさんは見張り場所を確認していた。
レオンさんも村の中を歩きながら、一つ一つ確認していく。
私はその後ろを歩いた。
「レオンさん」
「はい」
「こんな短い時間で、よくここまで考えられますね」
レオンさんは少しだけ笑う。
「騎士団でも同じです。戦うことだけが騎士の仕事ではありません。
守るための仕組みを作ることも、大切な役目です」
その言葉が、とてもレオンさんらしいと思った。
強いだけじゃない。
剣が上手なだけでもない。
村のみんなが安心して暮らせるように、その先のことまで考えている。
だから、この人は団長なんだ。
そんなことを考えていると、不意にレオンさんが立ち止まった。
「フローラ様」
「はい?」
「フィル様の結界があるからこそ、この防衛体制は成り立ちます」
レオンさんはフィルを見つめる。
「そして、そのフィルを支えているのはフローラ様です」
「わ、私は⋯⋯」
急にそんなことを言われてしまい、言葉に詰まる。
「俺たちは、それぞれ役割が違います。だからこそ、一人では守れないものも、皆でなら守れます」
私は胸の前で管理記録を抱き締めた。
今日だけで、何度そう思っただろう。
セシリアさんが記録を整えてくれた。
ミリアちゃんが理論を教えてくれた。
レオンさんは村を守る仕組みを作っている。
私は、一人じゃない。
「はい!」
自然と笑顔で返事ができた。
夕日が少しずつ村を赤く染め始めている。
調査団が来るまで、あと一日。
私たちは、明日を迎える準備を一つずつ整えていた。
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