5話 村長宅へ
「アルフレッド・リーフレットの娘です」
私がそう名乗ると、目の前の男性は僅かに目を見開いた。
「⋯⋯アルフレッド?」
低い声が返ってくる。
「はい」
私は鞄から管理日誌を取り出した。
「父の形見です」
ロイドさんは日誌を見るなり、静かに受け取った。
革表紙をそっと撫でる。
そして最後のページへ挟まれた手紙を取り出し、一通り目を通した。
「⋯⋯⋯⋯」
何も言わない。
ただ、じっと文字を見つめている。
その横顔は、どこか懐かしいものを見るようだった。
やがて小さく息を吐くと、日誌を閉じる。
「⋯⋯入れ」
「え?」
「立ち話もなんだ」
それだけ言って、ロイドさんは家の中へ入っていく。
私は慌てて後を追った。
「し、失礼します」
家の中は思っていたより広かった。
豪華ではないけれど、綺麗に片付いている。木の香りがして、どこか安心する家だった。
「そこ座れ」
「はい」
椅子へ腰掛ける。
ロイドさんは台所へ向かうと、慣れた手付きでお湯を沸かし始めた。
「粗茶しか無いが」
「ありがとうございます」
少しすると、湯気の立つカップが目の前へ置かれる。
温かい。
その湯気を見ているだけで、張り詰めていた気持ちが少しだけほぐれた。
「⋯⋯それで」
ロイドさんが向かいへ座る。
「何があった」
私はカップを両手で包みながら、小さく息を吸った。
「その⋯⋯」
私は、自然とこれまでの出来事をポロポロと話していた。ロイドさんは急かすことも、慰めることも無い。ただ最後まで黙って話を聞いてくれた。
私は王宮であったことを、一つずつ話した。
ガイアス王太子殿下に呼ばれたこと。
結界樹管理人の解任を告げられたこと。
後任にミリア・ヴェルデさんが就いたこと。
王宮を出るよう命じられたこと。
話し終える頃には、お茶はすっかり冷めていた。
一通り事情を話すと、たくさん話して乾いた口を潤すように、冷めたお茶を一気に飲む。カップを置くと、そのままロイドさんに頭を下げた。
「突然押しかけてしまって、ごめんなさい。ご迷惑なのは分かっています。でも、他に頼れる人が居なくて⋯⋯」
言葉が止まる。こんなふうに誰かへ頼る日が来るなんて思ってもいなかった。
部屋には静かな時間だけが流れる。
「⋯⋯そうか」
ロイドさんが静かに呟く。それだけだった。
やはりダメか。⋯⋯私は改めて頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい。急に来てしまって⋯⋯」
「謝るな」
「え?」
ロイドさんは腕を組む。
「アルフレッドとは長い付き合いだ。——親友だった」
短い言葉だった。
でも、その一言だけで十分だった。
「今日からここで暮らせ」
私は思わず顔を上げる。
「え⋯⋯?」
「部屋は余ってる」
「でも⋯⋯!」
慌てて立ち上がる。
「そんな、ご迷惑です!私は仕事もありませんし、お金も——!」
ロイドさんは少しだけ眉をひそめた。
「迷惑かどうかは俺が決める」
「⋯⋯⋯⋯」
「アルフレッドの娘を放り出せるほど、俺の心は腐っちゃいねぇ」
ぶっきらぼうだった。
照れ隠しなのか、それ以上は何も言わない。でも、その言葉が胸へ真っ直ぐ届いた。
気が付くと、目頭が熱くなっていた。
「⋯⋯ありがとうございます」
私は深く頭を下げる。
「本当に⋯⋯ありがとうございます」
「泣くな」
「⋯⋯はい」
返事をしたつもりなのに、声が震えてしまう。
ロイドさんは立ち上がると、玄関の方へ歩いていった。
「部屋を見せる」
私は慌てて涙を拭き、後を追う。
二階へ上がると、ロイドさんは一番奥にあった一つの扉を開けた。
「ここだ」
中には木製のベッド、机、椅子、棚。
必要な物だけが置かれた、質素な部屋だった。
「掃除はしてある。好きに使え」
「はい」
窓へ近付く。
外にはリーヴェ村が見えた。畑仕事をしている人達や、遊んでいる子供たち。遠くには、春の始まりを予感させる森が見える。
「⋯⋯綺麗」
自然と声が漏れた。
王宮とは全然違う景色。でも、不思議と嫌じゃなかった。
「荷物置いたら降りてこい。飯にする」
「あ⋯⋯」
そういえば、王宮を出てから何も食べていなかった。悲しくて忘れていたみたいだ。急にお腹が鳴る。
「ありがとうございます」
ロイドさんは軽く手を振るだけで部屋を出ていく。
私は一人になった部屋を見回した。
「ここが⋯⋯新しい私の部屋」
まだ実感は無い。
でも、少しだけ安心した。鞄をベッドへ置く。その中から管理日誌を取り出した。
「お父さん」
胸へ抱く。
「ありがとう」
窓から夕日が差し込んでいた。
その温かな光を見ながら、私はゆっくりと目を閉じた。
——コンコン。
「飯できたぞ」
ロイドさんの声が聞こえた。
「は、はい!」
私は管理日誌を棚へ大切に置くと、少しだけ笑顔になって部屋を出た。
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