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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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58話 準備:管理記録

 まずは管理記録から手をつけることにし、居間の机へ管理記録を広げていた。


「これが、今までの記録です」


 机の上には何冊もの帳面が並ぶ。

 お父さんからフィルを任されて以来、毎日欠かさず書き続けてきたものだ。


 セシリアさんは一冊ずつ丁寧にページをめくっていく。


「⋯⋯改めて、本当に素晴らしいですね」

「そうですか?」

「はい」


 優しく微笑みながら頷く。


「ここまで継続して記録を残せる人は、そう多くありません」


 少しだけ照れくさくなる。


「でも、お父さんから『毎日書きなさい』って教わっていたので」

「その教えが、今のフローラ様を支えているのですね」


 セシリアさんは帳面を閉じると、一枚の紙を机へ置いた。


「では、始めましょう」

「はい!」


 私は羽ペンを握る。


 セシリアさんは最初の記録を開いた。


「こちらの日ですが、水やりの量が普段より少なくなっていますね」

「あ、それは前の日に雨が降ったからです」

「なるほど」


 さらさらとメモを書き留める。


「その理由も記録へ残しましょう」

「理由もですか?」

「はい」


 セシリアさんは頷いた。


「数字だけでは、後から見返した時に『なぜ減らしたのか』が分かりません。ですが、理由が書かれていれば、その判断が適切だったことまで伝えられます」

「なるほど⋯⋯!」


 私は思わず感心する。


 確かに、私自身は覚えていても、何年も経てば忘れてしまうかもしれない。


「では、こちらはどうでしょう」


 次のページを開く。


「春先から肥料を少し増やしていますね」

「はい。暖かくなって、新芽がたくさん出始めたので」

「それも大切な情報です」


 セシリアさんは優しく微笑む。


「季節によって管理方法を変えていることが分かれば、調査官の方々も管理の意図を理解できます」


 セシリアさんのアドバイスを受けながら、私は羽ペンを走らせる。


 お父さんから教わったこと。

 毎年当たり前のようにやってきたこと。

 今までは、それをわざわざ書く必要はないと思っていた。


 でも、それは私が知っているだけだった。


「フローラ様」

「はい」

「フィル様の覚醒後、管理方法が変わったことはありますか?」


 私は少し考え込む。


「えっと⋯⋯水やりの量は、少しだけ増えました」

「理由は?」

「フィル自身が必要とするご飯が増えたからだと思います」

「『思います』ではなく、そう判断した根拠はありますか?」

「あります!」


 私はすぐに答えた。


「以前と同じ量のお水だと、夕方になる頃には葉っぱの元気が少し無くなってしまうんです。でも、今の量に増やしてからは、ずっと元気で」


 そこまで話して、私は口を閉じた。


「あ⋯⋯」


 今の説明。

 今まで一度も記録へ書いたことがなかった。


 セシリアさんは嬉しそうに微笑む。


「そうです。私がお聞きしたかったのは、その理由です。

 フローラ様の管理は、決して感覚だけではありません。

 長年積み重ねてきた経験から、一つ一つ判断されています。

 その経験を、言葉として残しましょう」


 私は大きく頷いた。


「はい!」


 お父さんから受け継いだ知識。

 私だけの中に留めておくのではなく、誰が読んでも分かる形へ。


 調査団が来るまで、残された時間はあとわずか。

 だからこそ私は、一文字一文字を大切に書き進めていった。


 それから私たちは、管理記録を一冊ずつ見直していった。


「こちらの日は、結界範囲が広がっていますね」


 セシリアさんが記録を指差す。


「はい。この日は、村の外れまで結界が届いていました」

「距離は測っていますか?」

「えっと⋯⋯」


 私は少し考える。


「ルークくんたちが、結界の境目まで歩いて確かめてくれました。その時、おおよその距離も測っています」

「でしたら、その数値も記録しましょう」


 私は頷き、帳面へ書き加える。


 今までは『広がった』だけで済ませていた。

 でも、『どのくらい広がったのか』まで残せば、誰が見ても変化が分かる。


「次はこちらです」


 セシリアさんは別のページを開いた。


「魔力量が増えている、とありますね」

「はい。でも、正確な数値は私には分からなくて⋯⋯」

「それで構いません」


 セシリアさんは優しく首を横へ振る。


「数値はミリアさんが補ってくださいます。フローラ様には、フローラ様にしか分からないことを書いていただきたいのです」

「私にしか分からないこと⋯⋯」

「はい」


 セシリアさんは微笑む。


「例えば、『今日は少し嬉しそうだった』『葉の揺れ方が普段と違った』など、そういったことです」


 私は思わず目を丸くした。


「そんなことまで⋯⋯?」

「もちろんです。調査官の方々には見えない情報ですから」


 その言葉に、私ははっとする。


 フィルと一緒に暮らしてきた私は、枝の揺れ方や葉っぱの音だけでも、その日の機嫌や体調が何となく分かる。

 でも、それは私にとって当たり前すぎて、書こうと思ったことは一度もなかった。


「それも、立派な管理記録なんですね」

「ええ」


 セシリアさんは静かに頷く。


「数値だけでは分からないことがあります。そして、感覚だけでも伝わらないことがあります。両方揃って、初めて一つの記録になるのです」


 私は自然と笑顔になった。


「なんだか、管理記録って奥が深いですね」

「そうですね」


 セシリアさんも柔らかく微笑む。


「ですが、ここまで積み重ねてこられたからこそ、あと少しで完成します」


 それからも私たちは何冊もの帳面を見直し続けた。


 水や肥料を与えた理由。

 覚醒後に変わった管理方法。

 周辺の植物へ現れた変化。

 結界範囲の推移。


 私が経験から判断してきたことを言葉にし、セシリアさんが誰にでも伝わる文章へ整えていく。


 気付けば、窓から差し込む日差しはすっかり高くなっていた。


「⋯⋯できました!」


 最後の一行を書き終え、私は大きく息を吐く。


 セシリアさんは完成した管理簿をゆっくり閉じた。


「素晴らしい出来です」

「本当ですか?」

「はい」


 穏やかな笑顔で頷く。


「これなら調査団の方々にも、フローラ様がどれほど丁寧にフィルを管理してきたのか、きっと伝わります」


 その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 まだ不安はある。

 でも、私にできる準備は、一つ終えることができた。


「ありがとうございました、セシリアさん」

「いいえ」


 セシリアさんは優しく微笑む。


「次は、ミリアさんの番ですね」


 フィルの状態を、もっと詳しく調べるために。

 私は完成した管理簿を大切に抱え、ミリアちゃんの待つ庭へ向かった。

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