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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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56話 宰相の役割

 王太子執務室を後にしたアーヴィンは、自室へ戻っていた。

 机へ報告書を置くと、静かに椅子へ腰掛ける。


 そのタイミングで、アーヴィンの自室の扉を叩く音がした。


「入れ」

「失礼いたします」


 秘書官の青年が入室した。


「調査団派遣の準備が整いました」

「そうか」


 アーヴィンは短く答える。

 アーヴィンは、ガイアスと話し合った場合、この結果に着地する事が予測できていた。そのため、少しでもリーヴェ村の方に準備の時間を残さないため、調査団の準備を青年に事前に任せていたのだ。


「宰相閣下は、今回の調査が必要だとお考えなのですね」

「無論だ」


 即答だった。


「報告書は読んだな」

「はい」

「感想は」


 青年は少し考えた。


「⋯⋯正直、驚きました。管理体制は想像以上です」


 青年の言葉に、アーヴィンは言葉を発さず静かに頷く。


「管理人フローラ殿はもちろん、植物研究者ミリア殿、衛生兵エリーゼ殿、事務官セシリア殿に、近衛騎士団長レオン殿までおります。他にも、レオン殿の部下であるガイアス殿下直下の近衛騎士が数名。これほどの人材が揃っているなら、結界樹の管理も問題ないのでは、と」


 アーヴィンは静かに頷いた。


「そうだな」


 青年は目を丸くする。


「え⋯⋯?」

「現状の管理能力は申し分ない。むしろ、予想以上だった」


 青年は混乱した。


「でしたら⋯⋯なぜ調査団を?」


 アーヴィンは報告書へ手を置く。


「管理能力に申し分ないというのは、現状の状態を維持できる前提において、だ。国家という組織は、最善ではなく最悪を想定して動く」


 青年は黙って耳を傾ける。


「仮にフローラが病に倒れたら。仮に近衛騎士が別任務で村を離れたら。仮に他国が覚醒した結界樹の存在を知ったら⋯⋯」


 一つずつ指を折る。


「一つでも起これば、国家は対応を迫られる。だから私は、最悪を考える」


 青年は小さく息を呑んだ。


「⋯⋯それが、宰相なのですね」

「そうだ」


 アーヴィンは迷いなく答えた。


「殿下は⋯⋯柄にもなく人を信じた。人の心が分からない、鋼の王太子と呼ばれた殿下が、だ。それ程の何かがリーヴェ村にはあるのだろう」


 ガイアスは優秀な王太子だ。しかし、アーヴィンの教育も相まって、ガイアスは人情を判断材料に入れない。人の心が無い、鋼の王太子などと揶揄する者もいる。


 しかし、そんなガイアスがフローラという少女と、フィル——植物の気持ちを優先し、謝罪と約束を果たした。⋯⋯いったい何が彼をそうさせたのか、アーヴィンはそれも気になっていた。


「ですが——」


 青年は何かを言いかけた。しかし、その先はアーヴィンが遮る。


「——だからこそだ。殿下の講じた体制はご立派だ。殿下のお考えも、その対応も素晴らしいものだと分かっている。だからこそ、殿下のお考えとご判断が国にとって正しいかどうか。それを見定める義務が、宰相である私にはある」


 だからこそ——アーヴィンは調査団を派遣する。


 アーヴィンは椅子から立ち上がり、窓際へ歩く。


 眼下には王都が広がっていた。

 王城を中心に、数え切れない家々が並んでいる。


「この王国には、何人の民が暮らしている」


 突然の問いだった。


 青年は少し考える。


「およそ⋯⋯100万人かと」

「そうだ」


 アーヴィンは静かに頷く。


「結界樹は、その100万人を守るために存在する。そんな最重要戦力が、王都から馬で1日かかる小さな村に置かれている。⋯⋯そんな国が、どこにある」


 青年は黙って聞いている。アーヴィンの言うことは尤もであり、何も言えなかった。


「私はリーヴェ村を軽視している訳ではない。殿下のご判断を疑っている訳でもない。だが——」


 アーヴィンは王都を見つめたまま続ける。


「国を預かる者は、目の前の成功だけを見てはならん。十年、二十年。その先まで考えねばならない」


 静かな声だった。


 しかし、その一言一言には重みがあった。


「だから私は、調査する。国家として正式に評価し、管理体制を確認する」


 青年は小さく頷いた。


 アーヴィンは振り返る。


「調査団の人選を報告せよ」

「⋯⋯はい。植物研究者を一名、結界術師を一名、文官を一名。それに、護衛の騎士を数名。いずれも口の堅い者を選定しております」

「結構だ」


 アーヴィンは机の上の報告書を閉じる。


「今回の調査で見るべきものは、結界樹だけではない」


 青年は姿勢を正した。


「あらゆる方面から、多角的にリーヴェ村の管理体制を調査せよ」

「はっ」


 青年は深く頭を下げる。


 部屋を出ようとしたところで、アーヴィンが呼び止めた。


「一つだけ伝えておけ」

「何でしょう」

「先入観は捨てろ」


 青年は振り返る。


「結界樹を奪いに行くのではない。事実を見に行くのだ。⋯⋯良い報告であれば、そのまま良いと書き、問題があれば、隠さず書け。とな」

「承知いたしました」


 青年は一礼し、静かに執務室を後にした。


 一人残ったアーヴィンは、窓の外へ視線を向ける。

 遠く南方。リーヴェ村のある方角だった。


「⋯⋯期待しているぞ」


 それは特定の誰かに向けての言葉なのか。真偽の分からない言葉は、ただ宰相の執務室の中で消えていった。

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