53話 ずっと、大好き
王都から帰ってきて数日。
今日も一日が終わり、村は静かな夜を迎えていた。
窓から夜空を見上げると、満天の星が静かに輝いていた。
(眠れないな⋯⋯)
目を閉じても、頭に浮かぶのは王都での出来事ばかりだった。
ノワールに乗って街道を走ったこと。
焼き菓子屋さんへ行ったこと。
宿屋で、レオンさんと同じ部屋になってしまったこと。
背中合わせで眠った夜。
そして——。
『俺も、彼女を信頼しています』
あの言葉。
胸が少しだけ苦しくなって⋯⋯私は、自分が嫉妬していたことに気付いた。
(私⋯⋯)
レオンさんのことが好きなんだ。
そう認めた瞬間から、胸が少しだけ落ち着かなくなってしまった。
「⋯⋯はぁ」
小さく息を吐く。
部屋にいても眠れそうになかった。
私はそっと部屋を抜け出し、庭へ向かった。
夜風が心地良い。
月明かりに照らされた庭では、フィルが静かに枝葉を揺らしていた。
「こんばんは、フィル」
私が声を掛けると、枝がゆっくり伸びてきて頭を優しく撫でる。
「ふふっ」
いつもの挨拶だ。
それだけで少しだけ心が落ち着く。
私はフィルの根元へ腰を下ろした。
すると、一本の枝が私の肩へそっと添えられる。
「心配してくれてるの?」
枝が小さく上下した。
思わず笑ってしまう。
「フィルには隠せないね」
昔からそうだった。
私が泣いている時も、嬉しい時も、寂しい時も。フィルは何も言わず、こうして隣に居てくれた。
私はフィルの幹へ身体を預ける。
「ねぇ、フィル」
葉っぱがさらさらと揺れる。
返事をしてくれているみたいだった。
私は少しだけ空を見上げ、それから小さく笑う。
「私ね」
少しだけ照れくさい。
でも、一番最初に伝えるなら、やっぱりフィルしかいなかった。
「好きな人が、できちゃった」
その瞬間だった。
さわさわと揺れていた枝葉が、ぴたりと止まる。
「あれ?」
フィルはしばらく動かなかった。
それから、一本の枝がゆっくり下を向く。
葉っぱまで、しゅんと元気をなくしたように垂れ下がってしまった。
「えっ」
私は思わず吹き出してしまう。
「もしかして、落ち込んでる?」
枝がほんの少しだけ上下した。⋯⋯肯定だった。
「あははっ!」
笑ってはいけないと思うのに、あまりにも分かりやすくて笑ってしまう。
「そんな顔しないでよ」
フィルの幹を優しく撫でる。
「ちゃんと最後まで聞いて?」
するとフィルは、少しだけ枝を持ち上げた。
まだ少し元気はないけれど、「聞く」という気持ちはあるらしい。
私はくすりと笑って、もう一度フィルへ寄りかかった。
「好きになったのはね」
一度だけ深呼吸をする。
「レオンさんなんだ」
フィルの枝が、ぴくりと揺れる。
私は幹へ寄りかかったまま、小さく笑った。
「自分でも、びっくりしたんだよ」
最初は、そんなこと考えたこともなかった。
レオンさんは優しくて、頼りになって、素敵な人だなとは思っていた。それだけだった。
「王都へ行ってね」
私はゆっくり話し始める。
「二人で買い物したり、同じ馬に乗ったり⋯⋯宿屋では同じ部屋になっちゃったりして」
思い出すだけで、少しだけ顔が熱くなる。
「それで、夜にレオンさんとお話ししたの」
枝が静かに揺れる。
「エリーゼさんとの昔話を聞いて⋯⋯私、少しだけ胸が苦しくなっちゃった」
私は自分の胸へ手を当てる。
「その時に気付いたんだ。私、エリーゼさんに嫉妬してたんだって」
フィルは黙って聞いてくれている。
昔からそうだった。
私の話は最後まで聞いてくれる。
「最初はね、自分でも分からなかったの。どうして苦しいのか、どうして落ち着かないのか⋯⋯」
夜空を見上げる。
「でも、分かったら少しだけ楽になった」
私は小さく笑う。
「私、レオンさんのことが好きなんだ」
いつの間にか⋯⋯私はレオンさんが好きになっていた。エリーゼさんが来た時にはもう嫉妬していたから、多分それよりも前に。
やっと気が付いたその言葉は、不思議なくらい自然に口から出てきた。
すると、フィルの枝が私の頭を優しく撫でる。
「ふふっ。応援してくれるの?」
枝がゆっくり上下した。
そのあと、少しだけ元気がなくなる。
私は思わず吹き出した。
「あははっ!やっぱり少し寂しいんだ」
枝がぴこん、と一度だけ動く。
否定しなかった。
私は立ち上がると、フィルの幹へ両腕を回した。
「大丈夫だよ」
ごつごつした樹皮は、昔と変わらず温かかった。
「私ね。レオンさんのことも好き。でもね」
ぎゅっと抱き締める。
「フィルのことも、大好きだよ」
枝がゆっくり私の背中へ回る。
まるで抱き返してくれているみたいだった。
「フィルは家族だもん」
赤子の頃から共に大きくなった。
先代結界樹から役目を引き継いでからも、毎日こうして隣にいてくれたこと。ずっとフィルは変わらず、私の傍に居てくれる。
「フィルが居たから、今の私がいるんだよ」
ぽつりと呟く。
「だから、これから先もずっと一番大切な家族」
枝がさらさらと揺れた。
少しだけ照れているみたいだった。
「好きって、一つじゃないんだね」
私は笑う。
「家族を好きな気持ちと、レオンさんを好きな気持ちは、全然違った。⋯⋯だから安心して。私はどこにも行かないよ」
そう言うと、フィルは私の身体を包み込むように枝葉を広げた。
まるで、分かったと言ってくれているみたいだった。
私はそのままフィルの根元へ横になる。
「今日はここで寝ようかな」
枝が一枚、大きく揺れる。
葉っぱが優しく私へ覆い被さり、布団のように夜風を遮ってくれた。
昔から変わらない。
眠れない夜は、いつもこうだった。
「おやすみ、フィル」
枝が私の頭を一度だけ優しく撫でる。
さらさら、と葉擦れの音が響く。
それはまるで、『おやすみ』と。そう返事をしてくれたようだった。
私は安心して目を閉じる。
温かな葉っぱに包まれながら、ゆっくりと眠りへ落ちていった。
次回から73話まで、1日2話投稿(12:00と21:00)になります。
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