52話 一夜明けて
朝、小鳥のさえずりで目が覚めた。いつの間にか寝てしまったようだ。
「ん⋯⋯」
ゆっくり目を開ける。
昨夜と同じ景色。窓から差し込む柔らかな朝日。
そして——。
(あっ)
私は慌てて身体を起こした。
隣を見る。
レオンさんは、まだ背中を向けたまま静かに眠っていた。
⋯⋯いや。
「おはようございます、フローラ様」
起きてたようだ。ニコリと笑う口元と、私を見る流し目が朝から刺激的だ。⋯⋯刺激的って、私は何を⋯⋯。おほん。
「お、おはようございます!」
思わず背筋を伸ばしてしまう。
レオンさんはゆっくり起き上がると、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「よく眠れましたか?」
「えっと⋯⋯」
眠れたような、眠れていないような。⋯⋯結局、いつ眠ったのかも覚えていない。
「たぶん、少しは」
「そうですか」
レオンさんは安心したように微笑んだ。
「それなら良かったです」
その笑顔を見ていると、昨夜考えていたことを思い出してしまう。
(私⋯⋯エリーゼさんに、嫉妬してたんだ⋯⋯)
思い出した途端顔が熱くなり、慌てて視線を逸らした。
「フローラ様?」
「な、何でもありません!」
危ない。
今、顔を見られたら全部気付かれてしまいそうだった。
◆
身支度を済ませ一階へ降りると、昨日の宿屋さんが、朝食の準備をしていた。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
私たちが並んで挨拶すると、宿屋さんは意味ありげな笑みを浮かべた。
「どうだった?」
「⋯⋯え?」
「よく眠れたかい?」
「は、はい」
私が答えると、宿屋さんはくすくす笑う。
「仲良しさんだねぇ」
「ち、違います!」
慌てて否定する。
「私たちは本当にそういう関係じゃなくて⋯⋯!」
「はい」
レオンさんも真面目な顔で頷く。
「俺は護衛ですので」
「そうかいそうかい」
女将さんは全く信じていない顔だった。
「若い子はみんなそう言うんだよ」
「違っ⋯⋯!」
もう何を言っても駄目だった。
私は真っ赤になったまま俯く。
その隣では、レオンさんが不思議そうに首を傾げている。
⋯⋯この人、本当に分かってない。
だから余計に恥ずかしかった。
朝食をいただき、宿代を支払う。
宿を出ると、爽やかな朝の風が頬を撫でた。
厩舎ではノワールが私たちに気付くと、嬉しそうに鼻を鳴らしている。
「お待たせ、ノワール」
私が首筋を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
その様子を見て、レオンさんも優しく笑う。
「それでは、帰りましょう」
「はい」
私は小さく頷いた。
リーヴェ村へ。私たちの帰る場所へ帰ろう。
◆
ノワールへ跨ったレオンさんが、私へ手を差し伸べる。
「どうぞ」
「はい」
私はその手を取り、引き上げてもらう。
昨日より少しだけ慣れたおかげか、馬へ乗るのも少しだけ上手くなった気がした。
「ありがとうございます」
「いえ」
私はレオンさんの後ろへ腰を下ろす。
(⋯⋯)
少しだけ迷う。
昨日は落ちないよう必死で掴まった。
でも今日は。
(昨日より⋯⋯)
私はそっと両腕を伸ばし、レオンさんの腰へ回した。
ぎゅっと。昨日より、ほんの少しだけ強く。
「フローラ様?」
レオンさんが少しだけ振り返る。
「何かありましたか?」
「い、いえ!」
私は慌てて首を振った。
「ちゃんと掴まろうと思って」
「それは良いことです」
レオンさんは安心したように頷く。
「⋯⋯帰るまでがおつかいですからね」
「そうですね」
⋯⋯もちろん、それも理由の一つだった。
でも。
(もう少しだけ、このままでいたい)
そんな気持ちも、少しだけあった。
「では、参ります」
ノワールがゆっくり歩き始める。
王都の門を抜け、街道へ出ると、爽やかな風が吹き抜けた。
「今日は良い天気ですね」
「はい」
青空を見上げながら返事をする。
「こうして見ると、街道も綺麗ですね」
「春は花が咲き、夏は緑が濃くなります。秋は紅葉、冬は雪景色。どの季節も、それぞれ美しいですよ」
「全部見てみたいです」
私がそう言うと、レオンさんは小さく笑った。
「きっと見られますよ」
その言葉が嬉しかった。
私も自然と笑みがこぼれる。
「そうですね。フィルにも見せてあげたいです」
「フィル様でしたら、きっと喜ばれます」
しばらく他愛もない話をしながら、街道を進んでいく。
村で採れた野菜のことや、ミリアちゃんが喜びそうな花の種のこと。ノアくん達へのお土産話。
そんな何気ない会話が、とても楽しかった。
不思議だった。
特別な話なんて一つもしていない。
それなのに、こんなにも心が満たされていく。
私はそっとレオンさんの背中へ額を預けた。
レオンさんは何も言わない。
ただ、ノワールの歩調に合わせて穏やかに手綱を握っている。
(好き⋯⋯なのかな)
ぽつりと、心の中で呟く。
胸が苦しい。でも嫌じゃない。
昨日まで分からなかった気持ちが、少しずつ形になっていく。
(私⋯⋯)
レオンさんのことが。
————好きなんだ。
そう思った瞬間、胸の奥がふわりと温かくなった。
私は少しだけ照れくさくなって、レオンさんへ回した腕に、もう一度だけ力を込めた。
◆
「見えてきました」
レオンさんの声で顔を上げる。
「あっ」
遠くに見慣れた景色が見えた。リーヴェ村だ。
「ただいま、ですね」
思わず呟く。
「はい」
レオンさんも優しく頷いた。
村へ入ると、ロイドさんが家の前で腕を組んで待っていた。
「おう、お帰り」
「ただいま戻りました!」
「買い物はどうだった?」
「全部頼まれた物を買ってきました!荷物は順次、王都から郵送されるそうです!」
私が嬉しそうに答えると、ロイドさんは満足そうに笑った。
「ご苦労さん。これでしばらくは困らねぇな」
「お帰りなさい」
エリーゼさん達も家から出てくる。
「王都はどうでした?」
「楽しかったです!」
私が答える横で、エリーゼさんはレオンさんへちらりと視線を向けた。
そして。
口元だけで、にやりと笑う。
「⋯⋯?」
レオンさんは首を傾げる。
何のことか、まったく分かっていない様子だった。
私はというと。
そんな二人のやり取りに気付く余裕もなく、荷物を抱えて家へ入っていく。
胸の奥に生まれた新しい気持ちを、大切に抱えながら。
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