51話 眠れない夜
目を閉じたのに、不思議なくらい眠気はやって来なかった。
静かな部屋。
聞こえるのは時計の針が時を刻む音だけ。
⋯⋯いや。もう一つ。
すぐ後ろから、規則正しい呼吸が聞こえてくる。
(やっぱり近い⋯⋯)
背中合わせになっているだけなのに、人の温もりを感じる。
こんなに誰かと近い距離で眠るなんて、生まれて初めてだった。
少し身体を動かすだけで背中が触れてしまいそうで、私は寝返りを打つことも出来ない。
(レオンさん、眠れたのかな⋯⋯)
そう思った、その時だった。
「⋯⋯フローラ様」
小さな声が聞こえた。
「ひゃっ!」
思わず変な声が出てしまう。
「も、申し訳ありません」
レオンさんも少し慌てたようだった。
「まだ起きていらっしゃるようでしたので」
「は、はい⋯⋯」
恥ずかしい。
私だけ眠れないのかと思っていたら、レオンさんも起きていたらしい。
「レオンさんも、眠れないんですか?」
「ええ」
少しだけ間が空く。
「護衛中は、あまり眠らない癖がありまして」
「そうなんですね」
さすが騎士さんだ。
どんな時でも、誰かを守ることを考えている。少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。
「ごめんなさい」
「何故謝られるのですか?」
「私のせいで、ちゃんと休めなくて⋯⋯」
すると、レオンさんは穏やかな声で答えた。
「違います。これは俺が選んだことです。ですから、フローラ様が気になさる必要はありません」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
少しだけ沈黙が流れる。
背中越しだから、お互いの表情は分からない。
でも、不思議と話しやすかった。
「あの⋯⋯」
ずっと気になっていたことがある。
聞いてもいいのかな⋯⋯。でも、今なら聞ける気がした。
「一つ、お聞きしてもいいですか?」
「はい」
「エリーゼさんとは、昔から仲が良かったんですか?」
一瞬だけ、空気が止まった気がした。
「はい」
レオンさんは素直に頷く。
「騎士学校の同期でした」
「同期⋯⋯」
「同じ隊で訓練を受け、卒業後も何度か任務を共にしました。私は戦う騎士として、エリーゼは衛生兵として」
私は静かに聞いていた。
幼馴染なことは聞いていたけど、改めてどんな仲か聞いたのは初めてだった。
「エリーゼは、とても努力家なんです」
レオンさんの声は、どこか懐かしそうだった。
「医術の勉強も、誰より熱心でした。訓練が終わった後も、一人で遅くまで本を読んでいて⋯⋯。俺は何度も、早く休めと言っていたくらいです」
思わず小さく笑う。
「エリーゼさんらしいですね」
「ええ。昔から、あの調子でした」
その声は、とても優しかった。
静かな声だった。
昔を懐かしむような、優しい声。
私はその声を聞きながら、何故だか胸の奥が少しだけ苦しくなった。
「昔から、仲が良かったんですね」
「はい」
レオンさんは自然に答える。
「同期は皆、大切な仲間です。騎士団へ入ってからも、互いに助け合ってきました。命を預け合う仕事ですから」
命を預け合う。
その言葉は、とても重かった。
私には想像も出来ない世界だ。
「だから、エリーゼさんのことを信頼してるんですね」
「もちろんです」
迷いのない返事だった。
「彼女は優秀な衛生兵です。何度も命を救われました。俺も、彼女を信頼しています」
その一言を聞いた瞬間。胸が、ちくりと痛んだ。
(⋯⋯あれ?)
どうしてだろう。
レオンさんが仲間を信頼している。それは当たり前のことなのに。エリーゼさんは素敵な方だ。私はエリーゼさんのことを友人とさえ思っている。友人とレオンさんが仲良いことは嬉しいはずなのに。
何故か、少しだけ苦しかった。
私はその理由が分からず、小さく息を吐いた。
「フローラ様?」
「えっ?」
「何かありましたか?」
「い、いえ!」
慌てて笑顔を作る。
「何でもありません!」
「そうですか」
レオンさんはそれ以上深く聞いてこなかった。
少しだけ安心して、私は天井を見つめる。
(何だろう⋯⋯)
この気持ち。
嫌な気持ちじゃない。でも、胸が少しだけ苦しい。
エリーゼさんは優しい人だ。私も大好きだ。
だから嫌いなわけじゃない。
なのに————。
(⋯⋯羨ましい)
ぽつりと、その言葉が頭へ浮かんだ。
私は目を丸くする。
(私⋯⋯)
レオンさんと、昔から一緒だったエリーゼさんが⋯⋯少しだけ羨ましかったんだ。
何でもない昔話で笑い合えることも、お互いをよく知っていることも、命を預けられるほど信頼し合っていることも、全部。
(私、嫉妬⋯⋯してるの?)
その瞬間、自分でも信じられなくなった。
エリーゼさんに?どうして?そんなこと、考えたこともなかったのに。
胸の鼓動が少しだけ速くなる。
隣では、レオンさんが静かに呼吸をしている。
その音を聞いているだけで、また胸が温かくなった。
(私⋯⋯)
まだ、この気持ちの名前は分からない。
でも、今までとは、何かが少しだけ変わり始めている。そんな気がした。
私は眠れないまま、小さく目を閉じた。
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