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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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50話 宿屋

 気が付けば、空は茜色に染まっていた。


「もう夕方ですか」


 レオンさんが空を見上げる。

 私もつられて見上げると、西の空へ夕日が沈み始めていた。


 家具屋さんに食器屋さん。紙屋さんに園芸店。

 焼き菓子屋さんにも寄って、気付けば一日があっという間に終わっていた。


「今日は王都で一泊しましょう」

「はい」


 さすがに今から村へ戻るのは危険だ。夜の街道には魔物が現れることもある。

 私たちはノワールを宿屋の厩舎へ預け、一軒目の宿屋へ向かった。







「いらっしゃいませ」


 受付へ向かうと、店主さんが笑顔で迎えてくれる。

 レオンさんは一礼した。


「二部屋お願いしたいのですが」


 すると店主さんは申し訳なさそうな顔になった。


「すみません。今日は満室なんですよ」

「そうですか⋯⋯」


 レオンさんは残念そうに頷く。


「ありがとうございました」


 宿屋を出る。


「次へ行きましょう」

「はい」


 私はあまり深く考えていなかった。


 一軒くらい満室でも、他へ行けばきっと空いているだろう。そう思っていた。


「申し訳ありません。本日は満室です」


 二軒目も。


「今日は部屋が全部埋まってましてね」


 三軒目も。


「空いてないねぇ」


 四軒目も。


 私は思わずレオンさんを見る。


「こんなに混んでることってあるんですね」

「珍しいですね⋯⋯」


 レオンさんも少し困ったように眉を下げた。


「王都へ来ることは多いですが、ここまで続くのは初めてです」


 五軒目へ向かう。

 ここで駄目なら、本当に困ってしまう。


「いらっしゃい」


 年配の女性が受付に座っていた。


 レオンさんはこれまでと同じように尋ねる。


「二部屋お願いしたいのですが」


 女性は帳簿を確認し、小さく首を振った。


「二部屋は無理だねぇ」


 やっぱり⋯⋯。そう思った、その時だった。


「一部屋なら空いてるよ」

「⋯⋯え?」


 私とレオンさんの声が重なる。女性は申し訳なさそうに笑った。


「今日最後の一部屋さ」


 しばらく沈黙が流れる。

 レオンさんが静かに口を開いた。


「⋯⋯他を探します」


 そう言って踵を返そうとする。⋯⋯すると女性が苦笑いした。


「この時間からかい?」

「はい」

「やめときな」


 女性は肩を竦めた。


「今日は王都中の宿屋が混んでるんだよ。商人も旅人も大勢来てるからねぇ⋯⋯。他を回っても、多分同じさ」


 レオンさんは少し考え込む。


「ですが⋯⋯」


 女性は私へ視線を向けた。


「お嬢さんは嫌かい?」

「えっ?」


 突然聞かれ、思わず固まってしまう。


 同じ部屋。レオンさんと。⋯⋯もちろん少し恥ずかしい。でも————私はレオンさんを見る。


 レオンさんは困ったような表情で、私を気遣ってくれていた。


(レオンさんなら⋯⋯)


 この人なら、何も心配はいらない。

 そう思えた。私は小さく頷く。


「私は⋯⋯大丈夫です」


 レオンさんが驚いたように私を見る。


「フローラ様!?」

「レオンさんと一緒なら、安心ですから」


 その言葉を聞き、レオンさんは少しだけ目を伏せた。


「⋯⋯分かりました」


 そして受付の女性へ向き直る。


「その一部屋を、お願いします」







 宿屋さんに案内され、私たちは二階の部屋へ通された。


「ここだよ」


 扉が開く。


 部屋の中は思っていたより広かった。

 窓が一つに、小さな机が一つ。椅子が一脚。


 そして——。


「⋯⋯」

「⋯⋯」


 ベッドは、一つだけだった。

 宿屋さんはそんな私たちを見て、小さく笑う。


「若いっていいねぇ」

「ち、違います!」


 思わず声を上げてしまう。


「私たちは、そういう関係では⋯⋯!」

「はい」


 レオンさんも真面目な顔で頷いた。


「俺は護衛です」

「そうかいそうかい。ごゆっくりどうぞ⋯⋯」


 宿屋さんはにこにこしたまま部屋を出て行った。


 ぱたん、と扉が閉まると、部屋には静けさだけが残った。

 私は何となくベッドを見つめる。


 その時だった。


「フローラ様」


 レオンさんが口を開く。


「フローラ様はベッドをお使いください」

「えっ?」

「私はここにおります」


 そう言ってレオンさんが立ったのは、扉の前だった。


「えぇっ!?」


 思わず大きな声が出てしまう。


「そんなところで、一晩過ごすつもりですか!?」

「はい」


 レオンさんは真面目な顔で頷く。


「万が一のことがあっても、すぐ対応できますので」

「でも⋯⋯!」


 私は慌てて首を振る。


「立ったままなんて眠れません!」

「問題ありません」

「問題あります!」


 思わず言い返してしまう。

 レオンさんは困ったように笑った。


「俺は騎士です。この程度なら慣れています」

「慣れていても駄目です!」


 私がそう言うと、レオンさんは少しだけ黙り込んだ。


「ですが⋯⋯」


 レオンさんを一晩中立たせておくなんて嫌だ。護衛で疲れているだろうに、私だけ呑気にベッドに居たって眠れない。なら——。


「⋯⋯あの」


 勇気を振り絞って口を開く。


「同じベッドでも⋯⋯背中を向けて寝れば、大丈夫だと思います」

「⋯⋯⋯⋯」

「その⋯⋯」


 恥ずかしくて、顔が熱くなる。


「お互い反対を向いて寝れば、何も問題ありませんし⋯⋯」


 言えば言うほど恥ずかしくなってきた。

 何を言ってるんだろう、私は。今からでも私が床でレオンさんにベッドを使ってもらうべきだ。分かってる。分かってるんけど——。


「その⋯⋯」

「変な意味じゃないですからね!」


 断る理由を考えている雰囲気のレオンさんを前に、私は慌てて付け加える。⋯⋯本当に、何を必死になっているんだ私は。


 レオンさんはしばらく黙っていた。

 私の言葉を断れば、きっと私を傷付けてしまう。そんなことを考えているような表情だった。


 やがて、小さく頷く。


「⋯⋯分かりました」

「本当ですか?」

「はい」

「ですが、一つだけ約束してください」

「何でしょう?」

「少しでも不安になったら、すぐ仰ってください」

「もちろんです」


 私はほっと胸を撫で下ろした。


 レオンさんもようやく扉の前から離れ、ベッドへ腰掛ける。

 少しだけ距離を空けて、二人で並んで座る。


 それだけなのに、何だか落ち着かない。







 夜になった。


「そ、それじゃあ⋯⋯」

「はい」

「おやすみなさい、レオンさん」

「おやすみなさい、フローラ様」


 私たちはそっと横になる。


 お互い、約束通り背中を向けて。けど————。


(近い⋯⋯)


 背中越しに人の気配を感じる。

 静かな部屋。聞こえるのは時計の針の音と、自分の心臓の音だけ。⋯⋯いや、あともう一人、心臓の音が聞こえている。⋯⋯私は聞こえないフリをした。


(眠れるかな⋯⋯)


 そんなことを考えながら、私はそっと目を閉じた。

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