49話 王都デート
ドキドキの道程を経て。王都へ着いた頃には、お昼を少し過ぎていた。
「わぁ⋯⋯!」
思わず声が漏れる。
高い城壁に囲まれた王都は、相変わらずたくさんの人で賑わっていた。
行き交う馬車。露店から漂う焼きたてのパンの香り。商人さん達の元気な呼び込み。村の静かな空気とはまるで違う。
「久しぶりですね」
レオンさんが穏やかに笑う。
「はい」
王都を離れて、もう数ヶ月になる。
少し懐かしく感じる景色もあれば、もう戻りたいとは思わない景色もある。
今の私には、帰る場所があるから。
「まずは買い物ですね」
「はい!」
私はロイドさん達から預かった買い物リストを広げる。
皿に椅子や棚。帳簿用の紙、救急箱、植物の種。などなど。
「結構ありますね」
「一日で回り切れると良いですが⋯⋯」
「頑張りましょう!」
レオンさんは小さく笑って頷いた。
◆
最初に向かったのは家具屋さんだった。
「こんにちは」
店内へ入ると、木の香りがふわりと漂う。
棚や椅子、机が綺麗に並び、職人さんが木を削っていた。
「いらっしゃい」
店主さんが笑顔で迎えてくれる。
私はロイドさんから頼まれた大きさを伝えながら、棚を見比べていく。
「これくらいなら薬草もたくさん置けそうですね」
「丈夫そうです」
レオンさんも軽く叩いて確認している。
「こちらにしましょうか」
「はい」
棚と椅子を注文し、村まで運んでもらう手続きを済ませる。
次は食器屋さん。
「このお皿、可愛いですね」
思わず足を止める。
白い陶器に、小さな青い花が描かれたお皿だった。
「お気に召しましたか?」
「はい。でも⋯⋯」
値札を見ると、少しだけ予算より高い。やめておこう。
「今回は必要な物だけにします」
そう言うと、レオンさんは少しだけ残念そうに笑った。
「フローラ様らしいですね」
「えへへ」
照れ笑いしながら、必要な枚数のお皿だけを選ぶ。
その後も紙屋さんや雑貨屋さんを回り、少しずつ荷物が増えていった。
ほとんどのお店が村まで届けてくれるので、私たちが持つ荷物はそれほど多くはない。ありがたい話だ。
「これで、あと残っているのは⋯⋯」
買い物リストを見直す。
「あっ」
植物の種。
「ミリアちゃんに頼まれてたんだった」
「では、園芸店へ向かいましょう」
「はい」
園芸店は王都の外れにあった。
色とりどりの花や苗が並び、見ているだけで楽しい。
「わぁ⋯⋯!」
私は思わず店内を見回した。
「これ全部、お花なんですね」
「はい」
店主さんが笑顔で頷く。
「薬草もありますよ」
ミリアちゃんが喜びそうな種を選びながら歩いていると、レオンさんが一つの商品を手に取った。
透明な板で花を挟める、小さな木製のケースだった。
「レオンさん?」
「押し花を入れる物のようです」
「そんな物も売ってるんですね」
「ええ、そのようですね」
レオンさんはケースを静かに見つめる。
「先日いただいた押し花を、このまま保管するのはもったいないと思いまして」
「⋯⋯!」
思わず言葉を失う。
あの青星花の押し花。そんなに大切に思ってくれていたなんて。
「買ってもよろしいでしょうか」
「もちろんです!」
私は嬉しくなって笑った。
「その方が、お花もきっと喜びます」
レオンさんも、少しだけ照れたように微笑んだ。
◆
園芸店を出た頃には、必要な買い物はほとんど終わっていた。
私は買い物リストを見直し、小さく頷く。
「これで全部ですね」
「はい」
レオンさんもリストを確認し、微笑んだ。
「予定より早く終わりました」
王都へ着いてから慌ただしく歩き回っていたけれど、ようやく一息つけそうだ。
「少しだけ、寄りたい場所があるんです」
私がそう言うと、レオンさんはすぐに頷いた。
「もちろんです」
私が向かったのは、大通りから一本外れた小さな通りだった。
懐かしい石畳に懐かしい景色。
「あっ⋯⋯」
そこには、行きつけの小さな焼き菓子屋さんがあった。
「ここです」
「思い出のお店ですか?」
「はい」
私は小さく頷いた。
「王宮に居た頃は、時々買いに来てたんです」
扉を開けると、焼きたてのクッキーの甘い香りがふわりと広がった。
「いらっしゃいませ」
奥から店主さんが出てくる。
白い髭を蓄えた優しそうなおじいさんだった。
私を見るなり、一瞬目を丸くする。
「おや⋯⋯」
しばらく私の顔を見つめると、優しく笑った。
「久しぶりだね、お嬢ちゃん」
「覚えてくださってたんですね」
「もちろんだとも」
店主さんは嬉しそうに笑う。
「この前、嬢ちゃんがいつも言っていたフィルちゃんが来てたよ」
「今日は、そのことで来ました」
私は財布を取り出した。
「その節は大変申し訳ございませんでした⋯⋯。フィルが最後にいただいたクッキー代を、お支払いしたくて」
「あぁ、ちゃんと嬢ちゃんにつけとくよ、ってフィルちゃんには言っといたからね。あんまり気にしないで」
「すみません⋯⋯」
当時の光景が目に浮かぶ。突然、フィル歩行フォームが現れたのだろう。驚かせたし、ほぼ食い逃げだし⋯⋯。あぁ、申し訳ない⋯⋯。
「本当に、ありがとうございます」
店主さんは少し驚いたあと、穏やかに笑った。
「あっはっはっは!本当に気にしないでよ!ちゃんと払ってくれりゃ良いんだから!ありがとう」
そう言って店主さんは受け取ったお金を数えると、小さく首を振った。
「多いよ」
「迷惑料です」
「そりゃあ受け取れないよ。迷惑なんか無いんだから」
そう言うと、店主さんはクッキー代以外のお金を無理やり私に返してきた。やはり気前の良い店主さんだ。
謝罪と挨拶を済ませたところで、私はガラスケースを覗き込む。
丸いクッキーや木の実のクッキー、蜂蜜のクッキーなど。どれも美味しそうだった。
横でレオンさんがひょっこり顔を出す。
「どれも美味しそうですね」
「はい。フィルは、この木の実のクッキーが好きなんです」
「⋯⋯フィル様は、クッキーを食べられるのですか?」
「あれは⋯⋯食べてるのか食べてないのか⋯⋯。私もよく分からないんですけど、ススッと受け取るとクッキーが姿を消してるんですよね」
「な、なるほど⋯⋯」
私たちの会話を聞いた店主さんが笑った。
「結界樹様に食べられるクッキーを作れるなんて、とても名誉なことだね!じゃあ、少しだけおまけしておこう」
「えっ、そんな!」
「久しぶりの再会だからね」
紙袋を受け取り、私は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「またおいで」
「はい!」
お店を出ると、紙袋から甘い香りが漂ってくる。
思わず笑みが零れた。
「フィル、喜ぶだろうなぁ」
その呟きを聞いたレオンさんも、穏やかに微笑む。
「きっと喜ばれます」
私は紙袋を大切に抱え直した。
王都には辛い思い出もある。でも、こうして帰って来てみると、優しい思い出もたくさん残っていた。そのことが、少しだけ嬉しかった。
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