48話 王都へのおつかい
朝食を食べ終えた頃、ロイドさんが腕を組みながら大きく息を吐いた。
「困ったな」
「どうかしたんですか?」
私が尋ねると、ロイドさんは部屋の中を見回した。
「人が増えてから気になってたんだが、少し手狭になってきた」
言われて改めて見渡してみる。
確かに、食卓には椅子が足りず、食器も少しずつ使い回している。
棚もいっぱいで、薬草や書類を置く場所もほとんど残っていなかった。
「村でも作れなくはねぇが⋯⋯」
ロイドさんは苦笑いする。
「皿や棚なんかは王都で買った方が早い」
「そうですね」
エリーゼさんも頷いた。
「包帯を入れる箱も、もう少し欲しいかも」
「帳簿を保管する棚も必要ですね」
セシリアさんは手帳へ何かを書き込んでいる。
「植物標本を作る道具も見てみたいなぁ」
ミリアちゃんまで便乗し始めた。
思わず笑ってしまう。
「気付いたら欲しい物がいっぱいですね」
「ああ」
ロイドさんは頷いた。
「一度王都へ買い出しに行くか」
私は自然と手を挙げた。
「私、行ってきます!」
ロイドさんがこちらを見る。
「フィルは大丈夫なのか?」
「最近はミリアちゃんにも慣れてきましたし⋯⋯多分、王都でフィルが迷惑をかけたであろう方に何人か心当たりがあるんです。その方々にも謝罪と挨拶をしておきたくて⋯⋯」
「フローラちゃん!フィルさんのお世話は任せて!」
チラリとフィルを見ると、フィルは私の話に心当たりがあるのか無いのか、素知らぬ顔をしている。
幸い、王都へ乗合馬車——リーヴェ村に行く際使わなかった馬車だ——があり、ものの1日で着く距離だ。1泊くらいならフィルも大丈夫だろう。
ロイドさんは暫く考えた後——納得したように頷いた。
「頼めるか?」
「はい!」
王都へ行くのは久しぶりだ。
少しだけ緊張もするけれど、みんなの役に立てるなら嬉しい。
「でしたら、俺も同行します」
すると、レオンさんが静かに口を開く。
「荷物も多くなるでしょうし、護衛も必要です」
ロイドさんは満足そうに笑った。
「そうだな。レオンが一緒なら安心だ」
「お任せください」
「よろしくお願いします!」
こうして、私とレオンさんで王都へ向かうことが決まった。
⋯⋯あれ?もしかして、私レオンさんと王都に二人で行くの?
◆
昼前。
必要な物を書いた買い物リストを受け取り、私は荷物をまとめていた。
「フローラちゃん」
ミリアちゃんが紙を一枚差し出してくる。
「これ、お花の種が売ってたらお願い!」
「ふふっ。分かった」
「無かったら気にしなくていいからね!」
その隣では、セシリアさんがもう一枚の紙を手渡してくれた。
「こちらは帳簿用の紙です。王都の物は質が良いので」
「ありがとうございます」
エリーゼさんも木箱を抱えてやって来る。
「もし余裕があったら、このくらいの大きさの救急箱も見てきてくれる?」
「はい!」
気付けば、両手にはお願い事の紙が何枚も集まっていた。
「責任重大ですね」
思わず苦笑いすると、みんなが笑う。
「無理しなくていいからね」
「はい」
玄関を出ると、庭ではフィルが大きく枝葉を揺らしていた。
「行ってくるね、フィル」
枝がゆっくり伸びてきて、私の頭を優しく撫でる。
「ふふっ」
今度はレオンさんの頭も、ぽん、と軽く叩いた。
「フィル様。留守をお願いします」
フィルは枝を高く掲げる。
任せておけ、と言っているみたいだった。
私たちは顔を見合わせて笑う。
「それじゃあ、行ってきます」
フィルへ手を振り、村の入口へ向かう。
そこには、一頭の黒馬が静かに待っていた。
艶のある黒い毛並みに、引き締まった大きな身体。
レオンさんが近付くと、黒馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。可愛い。
「待たせましたね、ノワール」
首筋を優しく撫でられたノワールは、気持ちよさそうに目を細める。
「この子のお名前、ノワールっていうんですね」
「はい」
私はそっとノワールの鼻先へ手を伸ばす。
「こんにちは、ノワール」
ノワールは警戒する様子もなく、私の手へ顔を寄せてきた。
「わっ」
「どうやら、フローラ様を気に入ったようですね」
私は嬉しくなって、もう一度ノワールを撫でた。
その柔らかな毛並みに触れながら、私はこれから始まる二人きりの旅を思い、少しだけ胸が高鳴るのだった。
レオンさんはノワールの手綱を軽く撫でると、私へ振り返った。
「では、参りましょう」
「はい」
そう返事をしたものの、私はノワールを見上げて固まってしまう。
(高い⋯⋯)
思っていたよりずっと大きい。これ、一人で乗れるのかな⋯⋯。
私が戸惑っていると、レオンさんはすぐに気付いたようだった。
「馬に乗られるのは初めてでしたね」
「は、はい」
「でしたら、お手伝いします」
そう言うと、レオンさんは先に軽やかに鞍へ跨る。
さすが騎士さんだ。あっという間だった。
そして私へ右手を差し伸べる。
「フローラ様」
「はい」
「こちらへ」
私は恐る恐る手を伸ばした。
次の瞬間。
「失礼します」
「えっ?」
レオンさんの左腕が、そっと私の腰へ回る。
「きゃっ」
ふわりと、身体が浮いた。
景色が一瞬で高くなる。
気付けば私は、ノワールの背中へ座っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい」
レオンさんは私が落ち着いて座れたことを確認すると、すぐに腕を離す。
「失礼いたしました」
「い、いえ⋯⋯!」
心臓がうるさい。
(い、今⋯⋯持ち上げられちゃった⋯⋯!)
そんな私とは対照的に、レオンさんは何事もなかったように手綱を握る。
「では行きましょう。あまりスピードは出しませんが、怖ければ俺を掴んでください」
「は、はい」
「では、行きます」
レオンさんが声をかけてノワールを優しく叩くと、ノワールが歩き出す。その速度はあっという間に人が走る速度を超え、そこそこの速さになった。
経験したことのない速さに、私は混乱と恐怖を覚える。
(は、速い!怖い!落ちそう!どうしよう!!)
私は思わず、ぎゅっとレオンさんを後ろから抱きしめた。初めは手だけ服を掴もうかと一瞬考えたが、怖すぎて全身で捕まりたくなったのだ。
「フ、フローラ様。速すぎましたか?」
「い、いえ!大丈夫です!行きましょう!」
「⋯⋯分かりました。しっかり捕まっていてくださいね」
怖いのかドキドキしているのか分からなかったけれど、私の心臓はうるさいくらい音を鳴らしていた。それがレオンさんに聞こえているであろうことが恥ずかしくて、どんどん心臓がうるさくなる。
速くこの時間が終わって欲しいという気持ちの裏に⋯⋯少しだけ、この時間がずっと続けば良いのに。とも思っていた。
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