47話 森からの贈り物
とある日の朝食を食べ終えた頃、ミリアちゃんが地図を広げながら嬉しそうに声を上げた。
「フローラちゃん!今日は森の奥まで行こう!」
「森の奥?」
「うん!」
ミリアちゃんは目を輝かせる。
「この季節しか咲かない花があるって前言ったでしょ?あれを見に行こうよ!」
ミリアちゃんは植物の話になると、本当に楽しそうだ。私は思わず笑みを浮かべる。
「見てみたい!」
「でしょ!」
そこへ、食器を片付けていたエリーゼさんが振り返った。
「森へ行くなら、私も一緒に行くわ。薬草も補充したかったし」
「私も同行します」
今度はセシリアさんが静かに手を挙げる。
「植物の生育場所を記録しておけば、来年以降も役立ちますから」
「やったぁ!」
ミリアちゃんは飛び跳ねるように喜んだ。その時、レオンさんが庭から戻ってきた。
「何のお話でしょうか」
「森探検です!」
ミリアちゃんが元気よく答える。
「珍しい植物を探しに行こうと思って!」
レオンさんは少しだけ考え、静かに頷いた。
「でしたら、俺も護衛として同行します」
「ありがとうございます」
私はほっと胸を撫で下ろした。
森は慣れた場所だけれど、魔物が現れる可能性はゼロではない。
レオンさんが居てくれるだけで安心できる。
準備を済ませた私たちは、五人で森へ向かった。
◆
夏の森は、木漏れ日がとても綺麗だった。
鳥のさえずりが聞こえ、風が木々を優しく揺らしている。
「わぁ!」
森へ入った途端、ミリアちゃんの目が輝いた。
「あっ、フローラちゃん見て!」
指差した先には、小さな青い花が群生している。
「これ、この辺りにも咲くんだ!」
ミリアちゃんはしゃがみ込み、夢中になって花を眺め始めた。
「葉っぱの形が少し違う⋯⋯面白いなぁ」
私は隣へしゃがみ込む。
「こっちは土が少し湿ってるから、そのせいかもね」
「あっ!」
ミリアちゃんは嬉しそうに私を見る。
「ほんとだ!やっぱりフローラちゃんは凄い!特に目が!」
「えへへ。そ、そうかな?」
そのまま二人で花を見比べ始める。
「やっぱりフローラちゃんと話すと勉強になるなぁ」
「そんなことないよ。私もミリアちゃんから教えてもらってばかりだもん」
二人で笑い合っていると、少し離れた場所からエリーゼさんの声が聞こえた。
「フローラちゃん、この薬草って合ってる?」
振り返ると、エリーゼさんが数本の薬草を持っている。
「はい、それです!」
「よかった」
エリーゼさんはほっとしたように笑った。
「これだけあれば、しばらく包帯薬も作れそうね」
一方、セシリアさんは手帳へ何かを書き込んでいる。
「南西の泉付近。薬草、群生地を確認⋯⋯」
さらさらとペンを走らせる姿は、いつ見ても綺麗だった。
「セシリアさん、全部記録してるんですか?」
「はい」
顔を上げ、優しく微笑む。
「来年も、その次の年も役立ちますから」
「すごい⋯⋯」
私は思わず感心してしまう。
同じ景色を見ていても、みんな見ているものが違う。
ミリアちゃんは植物そのものを。エリーゼさんは薬として。セシリアさんは未来へ残す記録として。
だから一緒に歩いているだけで、世界が少し広くなった気がした。
その少し後ろを歩くレオンさんは、時折周囲を見回しながら私たちを見守ってくれている。
その姿を見ていると、不思議と安心できた。
「フローラちゃん!」
少し先を歩いていたミリアちゃんが、大きく手を振る。
「こっち来て!」
私は小走りで駆け寄る。
「どうしたの?」
ミリアちゃんは目の前を指差した。
「見て!」
木々が途切れた先には、小さな花畑が広がっていた。
木漏れ日が差し込む小さな花畑だった。
色とりどりの花が風に揺れ、森の中とは思えないほど穏やかな景色が広がっている。
「わぁ⋯⋯!」
思わず声が漏れた。
「綺麗⋯⋯」
ミリアちゃんは満足そうに頷く。
「ここ、お気に入りの場所なんだ!」
「こんな場所があったんだね」
「うん!前に一人で見つけたの!」
ミリアちゃんは花畑の中へ駆け出す。いつの間に森を探索したんだろう⋯⋯凄い行動力だ。
「あっ!これも咲いてる!こっちも!」
本当に植物が好きなんだなぁ。
その姿を見ているだけで、自然と笑顔になってしまう。
私もゆっくり花畑へ足を踏み入れる。
一輪一輪眺めながら歩いていると、不意に足が止まった。
「⋯⋯あっ」
少し離れた場所。
木漏れ日の中で、小さな青い花が一輪だけ咲いていた。
花びらは透き通るような青色で、朝露を受けてきらきらと輝いている。
「可愛い⋯⋯」
そっとしゃがみ込み、その花を見つめる。すると、後ろからレオンさんが歩いてきた。
「どうかされましたか?」
「このお花、とても綺麗だなって」
私が指差すと、レオンさんも静かに花を見つめた。
「確かに綺麗ですね」
その一言だけだった。
けれど、何故だろう。一緒に同じ花を見ているだけで、少し嬉しくなる。
「あっ!」
そこへミリアちゃんが駆け寄ってきた。
「その花!」
「知ってるの?」
「うん!」
ミリアちゃんは嬉しそうに頷く。
「青星花っていうお花だよ!」
「青星花?」
「押し花にするとね、何年経っても色がほとんど変わらないんだよ!」
「そうなんだ⋯⋯!」
思わずもう一度花を見つめる。
綺麗なまま残せる花。そんな花があるなんて知らなかった。
「もちろん採りすぎは駄目だけど、一輪くらいなら大丈夫!」
私は少しだけ迷ってから、そっと花を摘んだ。
「押し花、作ってみようかな」
「いいね!」
ミリアちゃんは嬉しそうに笑う。
「フローラちゃん、絶対上手だと思う!」
花を傷付けないよう、大切に手のひらへ包む。その様子を見ていたレオンさんが優しく微笑んだ。
「きっと綺麗な押し花になりますね」
「はい」
私も自然と笑顔になった。
◆
夕方。帰ってきた私は、ミリアちゃんに教えてもらいながら押し花を作っていた。
本へ挟み、重しを乗せる。
少し時間は掛かるけれど、それもまた楽しい。
「完成が楽しみだね」
「うん!」
数日後。
出来上がった押し花は、花の色をほとんど残したまま綺麗に仕上がっていた。
「できた⋯⋯!」
私は嬉しくなって、小さく笑う。
その時、庭でレオンさんが木剣の手入れをしている姿が目に入った。
(そうだ)
私は押し花を大事に持って庭へ向かう。
「レオンさん」
「はい」
「これ⋯⋯」
差し出した押し花を見て、レオンさんは少し驚いたように目を瞬かせた。
「森で見つけた花——青星花です。押し花にしてみたので⋯⋯よかったら、受け取ってください」
一瞬だけ沈黙が流れる。
やがてレオンさんは、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「あの時の青い花⋯⋯。俺に、ですか」
「はい。森で護衛してくださったお礼です」
レオンさんは両手で大切そうに受け取る。
「ありがとうございます」
その笑顔は、私が思っていた以上に嬉しそうだった。
「大切にします」
「そんな、大げさですよ」
思わず笑ってしまう。
「花一輪ですから」
「いいえ」
レオンさんは静かに首を振った。
「フローラ様からいただいた、初めての贈り物です」
「⋯⋯!」
その言葉に、胸がどきりと鳴る。
顔が熱くなるのが分かった。
「そ、それじゃあ私はこれで!」
照れ隠しのようにその場を離れようとした、その時だった。フィルが枝を一本伸ばす。
そして、自分の幹をぽんぽんと叩いた。
「あっ」
思わず笑ってしまう。
「フィルも欲しかったの?」
枝がぴんっと空へ伸びる。
私はくすりと笑い、フィルの幹へそっと寄り添った。
「ごめんね」
そう言って枝へ手を添えると、フィルは嬉しそうに葉っぱを揺らした。
その様子を見ていたレオンさんも、小さく笑う。
穏やかな風が吹き抜け、庭の木々が優しく揺れていた。
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