46話 剣の稽古
いつものように庭へ出ると、木剣がぶつかる音が聞こえてきた。
「そこだ!」
「うん!」
庭では、レオンさんとルークくんが剣の稽古をしている。何も知らない私の素人目で見ても、最初よりもずっと動きが良いと思う。ルークくん頑張ってるんだなぁ。
ルークくんはレオンさんの木剣へ何度も挑み、その度に弾き返されていた。
「いい踏み込みだ」
「ほんと!?」
「ああ。でも、最後に腕だけで振ってる」
「あっ⋯⋯」
「体全体を使うんだ。もう一回」
「うん!」
ルークくんは元気よく木剣を構え直す。レオンさんも、嬉しそうに相手をしている。子供好きなのかな。
「よし。今日はここまで」
「ありがとうございました!」
二人の稽古が終わり、ルークくんは深々と頭を下げた。
「また明日!」
「ああ。また明日」
木剣を抱えたルークくんは、そのまま元気よく家へ走って行った。
庭には、私とレオンさんだけが残る。
レオンさんは木剣を手入れしながら、小さく息を吐いた。
「今日も良い稽古でしたね」
「はい。昨日よりずっと上達していました」
「子どもの成長は早いですね」
そう言って微笑む横顔を見ていると、ふと昨日から考えていたことを思い出した。
魔物が現れた、あの日。私は何も出来なかった。
レオンさんや村のみんなが守ってくれたから、こうして今も笑っていられる。
(私も⋯⋯)
でも、少しだけでも————自分の身くらい守れるようになりたい。
そんな思いが胸の中で少しずつ大きくなっていた。
「レオンさん」
「はい」
私は意を決して口を開く。
「私にも⋯⋯剣を教えていただけませんか?」
レオンさんは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
「剣術を、ですか?」
「はい」
私は頷く。
「もちろん、レオンさんみたいに強くなりたい訳じゃありません。でも、もしもの時に少しでも自分の身を守れたらって思って⋯⋯」
レオンさんはしばらく私を見つめる。
やがて、優しく微笑んだ。
「分かりました」
「本当ですか?」
「はい。フローラ様のお気持ちは、とても大切なことだと思います」
ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます!」
「では、木剣を一本お持ちしますね」
レオンさんは倉庫から細めの木剣を持って来てくれた。
「こちらなら軽いので扱いやすいでしょう」
「ありがとうございます」
ルークくんの使っていた木剣を仕舞い、新しい木剣を持ってきたということは、私はルークくんよりも軽い物を渡されているんだろう。少しへこむ。
そんな事を考えながら、恐る恐る握ってみると——思ったより重い。振るだけでも腕が疲れそうだった。⋯⋯ルークくん凄いな。私に剣が振るえるんだろうか⋯⋯。
「最初は皆そう思います」
レオンさんは少し笑う。
「まずは振ることより、構えを覚えましょう」
「はい」
私は木剣を握り直し、見よう見まねで構えてみる。しかし————。
「うぅ⋯⋯」
どう見ても変だった。
剣先は斜めを向き、足も変な位置に開いてしまう。
「難しいですね⋯⋯」
思わず苦笑いすると、レオンさんも困ったように笑った。
「言葉だけでは伝わりにくいですね」
そう言って私の方へ一歩近付いてきた。
「少しだけ失礼します」
レオンさんは私の前まで歩いてくると、一度木剣を受け取った。
「まずは俺がお手本をお見せします」
そう言ってゆっくり構えてみせる。
「足は肩幅くらいに開いて」
「はい」
「利き足を少しだけ後ろへ」
私は何度も頷きながら、その姿を目に焼き付ける。
「では、やってみてください」
木剣を受け取り、見よう見まねで構えてみる。
「こ、こうでしょうか?」
「もう少し右足を後ろです」
「あっ、はい」
足を動かしてみる。
「そのままです」
今度は腕の位置がずれる。
「あっ⋯⋯」
「剣先はもう少し前ですね」
「難しいですね」
思わず苦笑いすると、レオンさんも優しく笑った。
「最初は皆そうです」
少しだけ考えたあと、レオンさんが言った。
「失礼します」
「え?」
次の瞬間、レオンさんは私のすぐ後ろへ回り込んだ。
「右足を、もう少しだけ前へ」
すぐ耳元で声が聞こえる。
(ち、近い⋯⋯)
胸がどきりと鳴った。
レオンさんは気付く様子もなく、私の右腕へそっと触れる。
「肘に力が入っています」
「あっ⋯⋯」
「少しだけ抜いてみてください」
優しく腕を支えられる。
温かい⋯⋯近い⋯⋯!頭の中が真っ白になっていく。
「そうです。そのくらいがちょうどいいです」
「は、はい⋯⋯」
自分でも分かるくらい声が上ずってしまった。
レオンさんは真剣そのものだ。
「次は肩です」
今度は肩へ軽く手を添えられる。
「肩の力を抜くと、自然と剣も振りやすくなります」
「⋯⋯⋯⋯」
言われた通り力を抜こうとする。
でも、力が抜けたのかどうかも分からない。心臓の音ばかりが大きく聞こえていた。
「はい。とても綺麗な構えです」
「えっ?」
「飲み込みが早いですね」
褒められた。
それだけで顔が熱くなる。
(だ、駄目⋯⋯全然集中できないよ⋯⋯)
その時だった。
「いたっ」
レオンさんの頭へ、フィルの枝が軽く当たる。
「フィル様?」
レオンさんが振り返る。
フィルは枝を一本伸ばしたまま、ゆっくり左右へ揺らしていた。
「どうかなさいましたか?」
もちろん返事はない。葉っぱをさらさらと揺らすだけだ。
私は思わず吹き出した。
「ふふっ」
「何かおかしかったでしょうか」
「いえ⋯⋯何でもありません」
たぶん、フィルはドキドキして仕方なかった私を助けてくれたんだ。そんな気がした。
「では、もう一度振ってみましょう」
「は、はい!」
私は木剣を握り直し、大きく振り下ろした。
「きゃっ!」
勢いが付きすぎて体が前へ流れる。
転ぶ——!そう思った瞬間だった。
「危ない!」
レオンさんが、とっさに私の身体を支えた。
一瞬だけ、身体が触れ合う。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
目が合う。
私の心臓は、今にも飛び出してしまいそうだった。
「す、すみません!」
慌てて離れる。
「お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です!」
もう剣どころじゃない。頭の中は真っ白だった。
「きょ、今日はここまでにします!」
「え?」
「ま、また今度教えてください!」
私は木剣をレオンさんへ返すと、そのまま家の中へ逃げ込んだ。
「フローラ様?」
後ろからレオンさんの声が聞こえる。
でも振り返れなかった。玄関の扉を閉めると、その場にしゃがみ込む。
「はぁ⋯⋯」
胸へそっと手を当てる。
心臓が、まだ早く鳴っていた。
(レオンさん、近すぎます⋯⋯)
顔の熱は、しばらく引きそうになかった。
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