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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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45話 ルークの初恋

 朝の澄んだ空気の中、リーヴェ村の広場には木剣の打ち合う音が響いていた。


「ほら、もう一回」

「うん!」


 ルークは木剣を握り直し、勢いよくレオンへ踏み込む。


 しかし、まだ足運びが甘い。

 レオンは最小限の動きで木剣を受け流し、軽く柄でルークの肩を叩いた。


「今のだ。踏み込んだ後に体が流れてる」

「うー⋯⋯」

「焦らなくていい。一つずつ覚えればちゃんと強くなる」


 レオンは木剣を肩へ担ぎ、優しく笑う。


「もう一回やってみろ」

「うん!」


 ルークは返事こそ元気だったが、動きはどこか上の空だった。


 踏み込みを間違え、振り下ろす位置もずれる。

 普段ならすぐに修正できるような失敗を何度も繰り返していた。


 レオンは木剣を下ろした。


「ルーク」

「⋯⋯なに?」

「今日は集中できてないな」

「えっ、そんなことないよ!」

「いや、ある」


 きっぱり言われ、ルークは目を逸らす。


「⋯⋯ある⋯⋯のかな⋯⋯」

「何かあったのか?」

「いや、その⋯⋯」


 言いかけて口を閉じる。

 何度か言葉を探したあと、小さく首を振った。


「分かんない」


 その様子を見て、レオンはそれ以上聞かなかった。


 子どもは話したい時には自分から話す。無理に聞き出しても意味はない。


「今日はここまでにしよう」

「えー?」

「その調子で続けても身につかない。また明日やろう」


 ルークは少し不満そうな顔をしたが、やがて小さく頷いた。


「⋯⋯うん」


 二人で木剣を片付け始める。


 しばらく黙っていたルークが、不意に口を開いた。


「兄ちゃん」

「ん?」

「このあと暇?」

「ああ」

「じゃあさ、家来てよ」

「ハント家にか?」

「うん」


 少しだけ迷うような表情を浮かべたレオンだったが、すぐに頷く。


「分かった」


 ルークの表情がぱっと明るくなる。


「やった!じゃあ行こ!」


 そう言ったルークは、レオンの手を掴んで走り出した。







 ハント家へ着くと、庭ではディーンが昼食の準備をしていた。

 炭火の上では串に刺した肉が香ばしい匂いを漂わせている。


「父ちゃん!」

「帰ったか」


 ディーンは振り返り、レオンを見ると軽く手を上げた。


「ん?レオンも一緒か」

「突然お邪魔して申し訳ありません、ディーン殿」

「謝るほどのことじゃねぇよ」


 ディーンは少し笑いながら串をひっくり返す。


「ちょうど昼飯だった。せっかくだ、一緒に食っていけ」

「ありがとうございます」


 三人は庭先の丸太へ腰掛け、焼きたての串肉を受け取った。


「うまっ!」


 ルークが勢いよく頬張る。


「そんなに急いで食うと火傷するぞ」

「大丈夫だよ!」


 レオンも一口食べ、小さく頷いた。


「美味しいです」

「狩ったばっかりだからな」


 ディーンは満足そうに笑う。


 しばらくは他愛もない話だった。森の獲物のことや、ルークの剣の稽古のこと。村で起きた小さな出来事などなど。


 けれど、ルークだけはどこか落ち着かない。

 肉を食べる手が止まり、何度も口を開いては閉じていた。


 そんな息子を見て、ディーンが不思議そうに眉をひそめる。


「ルーク」

「⋯⋯ん?」

「さっきから変だぞ」

「えっ?」

「何か話があるんじゃねぇのか」


 ルークは俯き、串を見つめたまま小さく息を吐いた。


「⋯⋯うん」


 そして、ぽつりと呟く。


「最近さ⋯⋯なんか、変なんだ」


 ディーンは串を置き、ルークの顔をじっと見つめた。


「変って、どう変なんだ?」

「えっと⋯⋯」


 ルークは言葉を探すように頭を掻く。


「最近、ぼーっとすることが多いんだ」

「ぼーっと?」

「うん。剣の稽古してても急に違うこと考えちゃうし、ご飯食べてても何か考えてるし⋯⋯。夜もなかなか眠れないんだ」


 ディーンは腕を組む。


「熱は?」

「ない」

「腹は痛くないか?」

「痛くない」

「飯は食えるか?」

「いっぱい食べられる」

「ふむ⋯⋯」


 ディーンは首を傾げた。


「病気じゃなさそうだな。⋯⋯いや、一応マーサさんに診てもらうか?そういえば、新しく来たやつは衛生兵か何かだったような⋯⋯」


 色々と考えるディーンの横で、レオンは小さく笑っていた。


 ルークはその様子に気付き、不思議そうに首を傾げる。


「兄ちゃん?」

「一つだけ聞いてもいいか?」

「うん」

「最近、誰かのことを考える時間が増えてないか?」


 ルークは一瞬きょとんとした。


「⋯⋯あ」


 その反応だけで十分だった。


「例えば、その人と話したことを思い出したり⋯⋯その人が笑っていた顔を思い出したり⋯⋯また会いたいな、って思ったり、とか」


 ルークの顔がみるみる赤くなる。


「な、なんで分かったの!?」


 ディーンが思わず目を丸くした。


「おい、本当にいるのか?」

「う、うん⋯⋯」

「誰だ?」

「い、言わない!」


 ルークはぶんぶんと首を振る。


 ディーンは困ったように頭を掻いた。


「そうかぁ⋯⋯」

自分の息子(ルーク)にも、そんな年頃が来たのか⋯⋯)


 少しだけ驚きながらも、どこか嬉しくもあった。


 レオンは穏やかな表情のまま口を開く。


「ルーク」

「⋯⋯なに?」

「それは変なことじゃない」

「え?」

「誰にでもあることだ」


 ルークは少しだけ安心したような顔になる。


「兄ちゃんにも?」

「ああ」


 レオンは小さく頷いた。


「だから、不安になる必要はない」

「そっか⋯⋯」


 ルークは胸を撫で下ろした。


「じゃあ、このままでいいの?」

「ああ、このままでいい」


 レオンは笑う。


「ただ、一つだけ覚えておいてほしい」

「うん」

「相手が笑ってくれることを考えろ。自分がどう思われるかじゃない。その人が楽しく過ごせるように考えれば、それで十分だ」


 ルークは何度かその言葉を頭の中で繰り返した。


「⋯⋯うん!」


 さっきまで曇っていた表情が、ようやくいつもの笑顔へ戻る。


「ありがとう、兄ちゃん!」


 レオンは優しくルークの頭を撫でた。


「また何かあったら相談しろ」

「うん!」


 二人のやり取りを見ていたディーンは、小さく笑う。


「レオン」

「はい」

「お前、子どもの相手が上手いな」

「⋯⋯そうでしょうか?」

「少なくとも俺よりは上手い」


 ディーンは苦笑しながら立ち上がる。


「ルークも昔より素直に話すようになった」

「兄ちゃんのおかげだな!」


 ルークが嬉しそうに言うと、レオンは少し照れたように笑った。


「それはルークが頑張っているからだ」


 帰る時間になり、レオンは立ち上がる。


「今日はありがとうございました、ディーン殿」

「だから、その『殿』はいらねぇって」


 ディーンは笑いながら肩を竦めた。


「村じゃ騎士も平民も関係ねぇ。俺はお前と仲良くしたいだけだ」


 レオンは少しだけ驚いたような顔をする。

 村へ来てから、こんなふうに真正面から言われたことはあまりなかった。


「⋯⋯ありがとうございます」

「礼もいらねぇ」


 ディーンは照れ隠しのように笑う。


「また飯食いに来い」


 少しだけ間が空く。

 レオンは柔らかな笑みを浮かべ、小さく頷いた。


「⋯⋯はい。また来ます」

「今度は『ディーン殿』じゃなくて、ディーンって呼べ」

「⋯⋯急には難しいですよ」

「じゃあ、そのうちでいい」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 その様子を見たルークは、どこか誇らしげだった。


(兄ちゃんと父ちゃん、友達になれそうだ)


 そんな予感がして、ルークは自然と笑みを浮かべるのだった。

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