44話 植物魔術と初恋
「フローラちゃん!」
朝食を食べ終えた頃、ミリアちゃんが勢いよく立ち上がった。
「今日は植物魔術のお勉強をしよう!」
「植物魔術?」
「うん!」
ミリアちゃんは嬉しそうに頷く。
「フローラちゃんって植物の知識はすっごいのに、植物魔術はほとんど使ってないでしょ?」
「⋯⋯うん」
少しだけ苦笑いする。
植物の育て方や薬草の知識には自信がある。でも、それは全部経験から身に付けたものだ。魔術として学んだことは、一度もなかった。
「もったいない!」
ミリアちゃんは両手を広げる。
「植物魔術を覚えたら、フィルさんのお世話ももっと楽になるよ!」
「本当ですか?」
「もちろん!」
窓の外を見ると、フィルが枝を一本高く掲げていた。
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
「フィルも楽しみなの?」
枝が元気よく上下する。
「よし!」
ミリアちゃんは腕まくりした。
「それじゃあ先生、頑張ります!」
すると、フィルがもう一本枝を伸ばし、自分の幹をぽんぽんと叩いた。
「⋯⋯え?」
さらに枝を胸⋯⋯いや、幹へ当てる。
ぽんぽんぽん。
私は首を傾げた。
「フィル?」
枝がぴんっと空へ向く。そしてもう一度、自分を指差した。
「あっ!」
思わず吹き出した。
「フィル、『先生はぼくだよ』って言ってるんだ」
「やっぱりフローラちゃんはフィルさんの感情が分かるんだね!凄すぎるよ!」
「うーん。まぁ、私とフィルは家族だからね。⋯⋯フィル先生、よろしくお願いします」
私がそう言うと、フィルの枝が勢いよく空へ伸びる。葉っぱがさらさらと揺れ、どこか得意そうだ。
「あはは!」
ミリアちゃんがお腹を抱えて笑う。
「絶対ドヤ顔してる!」
私も思わず吹き出した。
「それじゃあ、フィル先生のお手本を見せてもらおうかな」
私たちはフィルの居る庭に出る。それを待っていたかのように、フィルは一本の細い根を地面へ伸ばした。
すると——ぽん、と何もなかった土から、小さな白い花が一輪だけ咲く。
「わぁ⋯⋯!」
私は目を輝かせた。
「これが植物魔術⋯⋯!」
「なんで植物が植物魔術を使えるんだろう⋯⋯というのは置いておいて⋯⋯。そうそう!」
ミリアちゃんが嬉しそうに頷く。
「植物魔術は植物へ魔力を流す魔術じゃないの。植物の『育ちたい』っていう力を、ほんの少しだけ後押しする魔術なんだよ」
「育ちたい力⋯⋯」
「だから大事なのは魔力量じゃない。植物を理解すること、植物を信じることが大事なんだよ」
私は静かに頷いた。それなら私にも出来るかもしれない。
「じゃあ、やってみるね」
私は花壇の小さな芽へ手を添え、ゆっくり魔力を流した。
(大丈夫⋯⋯ゆっくり、大きくなってね)
すると——ぽん、と雑草が一本だけ伸びた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
一瞬の沈黙。⋯⋯次の瞬間、ミリアちゃんが吹き出した。
「あはははは!雑草だけ元気になった!」
「えぇぇぇ!?」
私は思わず叫ぶ。
「なんで!?」
その横で、フィルの枝がぷるぷる震えていた。
「⋯⋯フィル?」
枝は震え続ける。
葉っぱまで小刻みに揺れている。
「笑ってる⋯⋯?」
そう言うと、枝がぴこんっと上下した。肯定だった。
「もう!」
私は頬を膨らませる。
「フィル先生、笑わないで!」
すると、ぺちんと枝がおでこを軽く叩いた。
「いたっ」
もう一度叩かれる。
「いたたっ!」
「あははは!」
ミリアちゃんは笑いが止まらない。
「たぶんフィル先生、『魔力の流し方が違う』って教えてくれてるんだよ!」
私はおでこを押さえながら、フィルを見上げた。
「⋯⋯そうなの?」
枝が大きく上下する。
その姿はまるで『もう一回!』と応援しているようだった。私はもう一度、小さな芽へ手を添えた。
「もう一回⋯⋯!」
今度は焦らない。
魔力を流そうとするんじゃない。ミリアちゃんが言っていた。
『植物を信じること』
そして、フィルがいつも教えてくれていた。毎日話しかけて仲良くなれば————植物はちゃんと応えてくれる。
「⋯⋯大きくなって」
優しく魔力を流すと、フィルが生やした芽がふわりと揺れた。
「あっ!」
双葉だった芽が、ゆっくりと葉を一枚増やす。本当に少しだけだが、確かに成長した。
「できた⋯⋯!できたよ、フィル!」
嬉しくて振り返る。
するとフィルは枝を大きく揺らし、葉っぱをぱちぱちと鳴らした。
まるで拍手してくれているみたいだ。
「すごいすごい!」
ミリアちゃんも満面の笑みで飛び跳ねる。
「初めてでここまで出来るなんて!」
「そうなの?」
「うん!」
ミリアちゃんは嬉しそうに何度も頷く。
「植物魔術ってね、普通は最初、何にも起きないの!本当は雑草一本でも十分すごいんだから!」
「えっ」
「⋯⋯あ」
二人で顔を見合わせる。さっきの雑草を思い出してしまった。
「ぷっ⋯⋯」
「ふふっ⋯⋯」
「あははは!」
二人で笑い出してしまう。
その様子を見ていたフィルも、枝をぷるぷると震わせている。
「フィル先生まで!」
私が抗議すると、またおでこをぺちりと叩かれた。
「いたっ!もう、フィル!!」
講義の声を上げるが、フィルは知らん顔だ。
「フローラお姉ちゃーん!」
すると、聞き慣れた元気な声が響く。
振り返ると、ルークくんがこちらへ走ってきていた。
「おっ!何やってんの?」
「植物魔術のお勉強だよ」
「へぇー!」
その後ろから、リリィちゃんとノアくんもやって来る。
「わぁ、お花だー!」
「⋯⋯可愛い」
「へへへ。私が植物魔術で育てたんだよ」
私が少し得意げに笑うと、ミリアちゃんが胸を張った。
「フローラちゃん、初めて成功したんだよ!」
「すげー!」
ルークくんが素直に拍手する。
「フローラお姉ちゃん、やっぱりすげぇ!」
「えへへ」
少し照れていると、
「⋯⋯」
ルークくんの視線が、ミリアちゃんへ向いた。ミリアちゃんは嬉しそうに花を眺めながら、
「この葉っぱ可愛いなぁ。うーん、やっぱり植物って最高!」
なんて一人で盛り上がっている。その横顔を、ルークくんはぼんやり見つめていた。
「ルーク?」
リリィちゃんに声を掛けられ、慌てて顔を逸らす。
「な、何でもない!」
「変なの」
リリィちゃんは首を傾げる。
もちろん、ミリアちゃんは植物しか見ていなかった。
◆
少し離れたところで見守っていたレオンは、小さく笑った。
「ルーク⋯⋯青いですね」
ぽつりと呟いたその言葉の意味を理解したのは、隣にいたエリーゼさんだけだった。
「ふふっ。気付いた?」
「ええ」
二人は顔を見合わせ、優しく微笑む。
◆
フィルは枝を一本すっと伸ばした。
私の頭とミリアちゃんの頭をぽんと叩き、最後に自分の幹を枝でぽんぽんと叩く。
「あっ」
私はフィルの意図を察する。
「フィル先生のおかげ、だよね」
その一言を待っていたかのように、フィルは枝をぴんっと空へ掲げた。葉っぱをさらさらと揺らして、どこか誇らしげだ。
「あはは!」
ミリアちゃんがお腹を抱えて笑う。
「またドヤ顔してる!」
もちろんフィルに顔はないけど、長い付き合いの私には分かる。
今のフィルは、間違いなく得意げだった。
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