43話 四人の管理人
「それじゃあ、今日もよろしくお願いします!」
ロイドさんのお家の食卓を囲みながら、私は三人へ頭を下げた。
「よろしく、フローラちゃん!」
ミリアちゃんが元気よく笑う。
「よろしくお願いします」
セシリアさんはいつものように丁寧に一礼した。
「じゃあ、今日から本格的に役割分担してみましょうか」
エリーゼさんが腕を組みながら言う。
「役割分担⋯⋯ですか?」
「ええ」
エリーゼさんは机へ簡単な地図を広げた。
「フローラちゃんは今まで通り、現場全体の管理。フィルのお世話や村のみなさんとの相談は、フローラちゃんじゃないと出来ないもの」
「はい」
「ミリアはフィルのお世話を補佐。フローラちゃんと相談しながら肥料の配合や、フィルの魔力回路の調整を手伝ってあげて」
「任せてください!」
ミリアちゃんは嬉しそうに胸を張る。
「私は村人の診療と衛生管理」
エリーゼさんはそう言って笑う。
「昨日見付けた改善点も進めたいしね」
最後にセシリアさんが帳面を閉じる。
「では私は管理記録の整理と、依頼書類をまとめておきます。村長様とも少し打ち合わせをしたいですね」
私は三人の顔を見回した。
昨日まで一人でやっていた仕事+他の仕事も多々。それを四人で役割分担して、しっかりと仕事をこなす。⋯⋯少しだけ不思議な気持ちだった。
「それじゃあ、始めましょう!」
みんなが一斉に動き始める。
私はまずフィルの様子を確認する。
「フィル、おはよう」
枝が嬉しそうに私の頭を撫でる。
「今日も元気だね」
幹の状態や葉の色に、根元の土、魔力の流れ。異常無し。
「フローラちゃん、フィルさんの魔力回路、ここが少し歪んでるみたい」
「え?そうなの、フィル?」
「⋯⋯⋯⋯」
フィルは良く分かってないみたいだ。私はフィルの言うことは大体分かるが、魔力回路の歪みは分からなかった。
「フィルさん。ちょっと失礼しますね⋯⋯」
ミリアちゃんがフィルの幹に手を当てると、ミリアちゃんから魔力が流れる。しかし——。
「や、やっぱり私の魔力は⋯⋯」
「フィル。怖くないから、ミリアちゃんの魔力を受け入れてあげて」
「⋯⋯⋯⋯」
フィルの枝が揺れる。これは肯定の意だ。
フィルが受け入れる意思を持つと、ミリアちゃんの魔力がフィルの中に流れ込んでいく。
「はい。魔力回路の修復、完了しましたよフィルさん」
「⋯⋯⋯⋯」
自分でも気付かなかった不調が治ったからか、フィルは嬉しそうだ。⋯⋯凄い。
「やっぱりミリアちゃんは凄いね⋯⋯!」
「う、ううん!フローラちゃんが居ない時は何も出来なかったから⋯⋯!フィルさんが懐いてるのはフローラちゃんだけだから⋯⋯」
「⋯⋯えへへ。フィル、そうなの?」
「⋯⋯⋯⋯」
多分あんまり良くないんだろうけど、照れ臭そうに肯定するフィルが愛おしい。
私には私の役割がある。ミリアちゃんにはミリアちゃんの優れたところがある。お互い力を合わせて、フィルのお世話をもっと頑張ろう。
フィルのお世話を終えると、今度は村のみなさんから相談を受ける。
「フローラさん、この花壇なんだけどね」
「もちろんです」
咲き終わった花を植え替え、新しい苗を植える場所を決める。
その間にも、ミリアちゃんは薬草畑を歩き回っていた。畑で育つ薬草は育て、森に採りに行かないといけない薬草は取りに行く。それが村のルールだ。
「フローラちゃん!」
遠くから大きく手を振る。
「こっちの薬草、少しだけ植え替えた方が育ちそう!」
「本当?」
「日当たりが少し悪いの!」
「なるほど!」
私はすぐに村人へ伝える。
「それじゃあ、この列を移動しましょう」
「分かった!」
村のみなさんも笑顔で動き始めた。
さらに少し離れた場所では、エリーゼさんが子どもたちを集めていた。
「遊ぶ前に、ちゃんと手を洗いましょうね」
「はーい!」
「怪我をしたらすぐ教えること」
「うん!」
ルークくんは元気よく返事をしながら、井戸で手を洗っている。
昨日まで誰も気にしていなかったことが、少しずつ当たり前になっていく。
家に戻ると、セシリアさんが帳面を広げてロイドさんと話し合っていた。
「村長様、この依頼はこちらへまとめておきます」
「おぉ、助かる」
「来週は畑仕事が増えますので、フィル様の管理日程も少し調整いたしましょう」
「なるほどなぁ」
ロイドさんは感心したように何度も頷いている。私はその光景を見ながら頷く。
みんな、本当にすごい⋯⋯。誰も私の仕事を奪うことなく、私にしか出来ないことを残したまま、それぞれが自分に出来ることを自然と引き受けてくれている。
だから私は、安心して自分の仕事へ集中できる。——こんなの初めてだった。
気が付けば、太陽はまだ高い位置にあった。
「⋯⋯あれ?」
私は思わず空を見上げる。
いつもなら、お昼を過ぎても終わらない仕事がまだ残っている時間だ。
慌てて管理記録へ目を向ける。
「終わってる⋯⋯」
本当に全部終わっていた。
フィルの管理、村のみなさんからの相談に、管理記録の記入⋯⋯全部終わっていた。凄い⋯⋯!
「もう終わったの?」
自分でも信じられない。
その声を聞いたロイドさんが笑った。
「四人もいれば、あっという間だなフローラ」
「ロイドさんの言う通りですね」
凛とした声に振り向くと、朝の仕事を終えたレオンさんが立っていた。
「レ、レオンさん!おかえりなさい!」
「おかえりレオン。今日は昼飯が皆でゆっくり食えそうだ」
「ただいま戻りました。フローラ様も少しはご自分の時間を持てそうですね」
「え、えへへ⋯⋯」
少し照れくさくなって笑う。
本当に、こんなに早く仕事が終わるなんて思ってもみなかった。
「じゃあ!」
ミリアちゃんが勢いよく手を挙げる。
「せっかくだし、ご飯の後はお茶しようよ!」
「お、良いね〜」
エリーゼさんもすぐに頷く。
「今日は四人とも初日みたいなものだしね」
「でしたら、お茶の準備をいたします」
セシリアさんが立ち上がる。
「私も手伝います!」
私も慌てて立ち上がった。
六人でご飯を食べたあと、ロイドさんのお家の庭に小さな丸テーブルを並べた。
エマさんが淹れてくれた温かいハーブティー。ベイクで買ってきた焼き立てのクッキー。
心地良い風が吹き抜ける。
「こうして座るの、初めてかも」
私が呟くと、ミリアちゃんが笑う。
「仕事中はずっと動き回ってるもんね」
「うん」
「じゃあ今日は、のんびりお話ししよう!」
ミリアちゃんは目を輝かせる。
「フローラちゃんって、どんなお花が一番好き?」
「えーっと⋯⋯」
少し考える。
「私は、スズランかなぁ」
「可愛い!」
「見た目も可愛いんだけど、香りも好きなんだ!」
「私はね!」
ミリアちゃんは身を乗り出した。
「フィルさんのお花!」
「あ、ズルい!フィルのお花も入れて良いなら、私もフィルのお花が一番好き!」
「えへへ、一緒だね!」
ミリアちゃんは花のような笑顔を向ける。私も釣られて笑ってしまった。
「セシリアさんは?」
「私は薔薇ですね」
「綺麗!」
「王宮の庭園でよく眺めておりました」
「エリーゼさんは?」
「私はラベンダーかな。落ち着く香りが好きなの」
四人で花の話をしているだけなのに、とても楽しい。
こんな時間は初めてだった。
「そういえば、ミリアちゃんもエリーゼさんもセシリアさんも、フィルが立って歩くのに驚きませんよね」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯え?」
ふとそんな事を問いかけると、三人とも黙ってしまう。なぜだろう。
疑問に思っていると、最年長のセシリアさんが口を開く。
「フィル様が王宮を出て行かれた日は、私たち全員それを目撃しているんですよ。ですから、既に驚いた後と言いますか。覚悟して来ましたから⋯⋯」
「あれは流石に驚いたわね⋯⋯それに、あの時はミリアの絶叫が凄くって、王宮どこに居ても聞こえるくらいの声で————」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!結界樹とはいえ、木ですよ木!木が根っこを自分で引っこ抜いて歩いたら、誰だって驚いて叫びますよ!!」
「私も柄に無く事務室で悲鳴を上げてしまいました⋯⋯⋯」
「あの時の騎士たちの顔ったら無かったわね」
「⋯⋯うちのフィルが、なんだかすみません」
なんだか三人が不憫に思えてきた。
チラリとフィルを見ると、知らないよ〜という感じで葉を揺らしている。後で三人に⋯⋯特にミリアちゃんには謝らせなければ。
そんな話をしていると——。
「そういえば」
エリーゼさんが紅茶を口に運びながら笑う。
「王都じゃ、女の子同士で集まると恋愛話になるのがお決まりなのよね」
「恋愛?」
ミリアちゃんが首を傾げる。
「そうそう」
エリーゼさんは楽しそうに私を見る。
「フローラちゃんは、好きな人とかいるの?」
「えぇっ!?」
思わず立ち上がりそうになる。
「い、いません!」
「即答ねぇ」
「本当にいません!」
「ふふっ」
エリーゼさんは意地悪そうに笑った。
「ちなみにレオンって、昔から結構人気だったのよ」
「え?」
その名前が出た瞬間。胸が、ぴくりと反応した。
「騎士学校にいた頃なんて、告白されてるところを何回見たか。でも全部断ってたわね」
「そうなんですか⋯⋯」
自然とそんな言葉が漏れる。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。どうしてだろう。別にレオンさんが誰に告白されようと、私には関係ないはずなのに。
「フローラちゃん?」
「えっ?」
エリーゼさんがこちらを見る。
「な、なんですか?」
「⋯⋯ううん、何でもない」
私は慌てて笑顔を作った。
その様子を見ていたセシリアさんだけが、小さく微笑む。けれど何も言わない。
「レオンさんって人気だったんだねぇ」
ミリアちゃんは、ただ感心したように頷いているだけだった。
「そ、それより!」
私は少し大きな声を出した。
「今度、みんなで森へ行きませんか?この季節しか咲かないお花があるんです!」
「行く!」
ミリアちゃんが真っ先に手を挙げる。
「楽しみ!」
「私も興味があります」
「私も」
みんなが笑う。
その笑顔を見ていると、さっき胸に引っ掛かった小さなもやもやも、いつの間にかどこかへ消えていた。
庭の隅ではフィルが枝葉を揺らし、まるで私たちを見守るように優しく微笑んでいた。
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