41話 エリーゼ・ハルト
翌朝、私はフィルのお世話を終えると、ロイドさんのお家へ戻ってきた。
居間では、エリーゼさんが荷物を整理しているところだった。ミリアちゃん、エリーゼさん、セシリアさん。全員ロイドさんのお家に住むことになった。ロイドさんは家が賑やかになって嬉しそうだ。
「おはようございます、エリーゼさん」
「おはよう、フローラちゃん」
エリーゼさんは銀色の髪を耳へ掛けながら、にこりと笑う。
「もうフィルのお世話は終わったの?」
「はい。今日はとっても元気でした」
「ふふっ。毎朝そんなに細かく見てるんだ」
「気になっちゃうんです」
そう答えると、エリーゼさんは優しく微笑んだ。
「その気持ち、少し分かるかも」
その時だった。
「失礼します」
玄関からレオンさんの声が聞こえてくる。
白銀の鎧姿のまま居間へ入ってくると、エリーゼさんを見つけて穏やかに笑った。
「荷解きは終わりましたか」
「あと少しね」
「何か手伝うことはありますか」
「大丈夫。昔から変わらないわね、レオンは」
そう言って笑うエリーゼさんに、レオンさんも少し照れたように苦笑した。
「困っている方を放っておけないだけです」
「昔からそうだったものね」
「⋯⋯否定はしません」
二人は自然に笑い合う。
何気ない会話。
でも、長い付き合いなんだなっていうのが伝わってきた。
「お二人は、本当に仲が良いんですね」
私がそう言うと、エリーゼさんは一瞬目を見開き——何かを理解したような顔で首を横へ振る。
「私たち、恋人とかじゃないわよ?」
「えっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「ち、違うんです!そういう意味じゃなくて!」
「あははっ」
エリーゼさんは楽しそうに笑う。
「小さい頃から一緒に騎士を目指してきた仲間なの。剣の稽古も、勉強も、よく競い合ってたわ」
「エリーゼの方が成績は上でしたが」
「でも剣はレオンの方が強かったでしょ?」
「⋯⋯それは、お互い様です」
息ぴったり。
本当に仲の良い幼馴染なんだ。
少しだけ⋯⋯本当に少しだけ。胸の奥が、もやっとした。
(⋯⋯あれ?)
どうしてだろう。
別に、おかしなことじゃないのに。
レオンさんには昔からのお友達がいて当然だ。それなのに⋯⋯何だか胸が落ち着かない。
「フローラちゃん?」
「は、はい!」
「どうしたの?」
「い、いえ!何でもありません!」
私は慌てて笑顔を作った。
「さて」
エリーゼさんは立ち上がる。
「フローラちゃん。せっかくだから、今日は村を案内してもらえる?」
「もちろんです!」
「村のみんながどんな生活をしてるのか、自分の目で見ておきたいの。衛生兵は、怪我を治すだけじゃ務まらないからね」
私とエリーゼさんは、村の中をゆっくり歩いていた。
「思っていたより、ずっと活気のある村ね」
エリーゼさんは周囲を見回しながら微笑む。
畑では村のみなさんが野菜の手入れをしていて、子どもたちは元気いっぱいに駆け回っている。
魔物の襲撃があったなんて思えないくらい、穏やかな時間が流れていた。
「みなさん、本当に優しい方ばかりなんです」
「それは昨日だけでよく分かったわ」
エリーゼさんは小さく笑った。
「王都では、初対面の人に夕食へ誘われるなんて滅多にないもの」
「えへへ」
昨日の歓迎会を思い出して、私も笑ってしまう。
「でもね」
エリーゼさんの表情が少し真剣になる。
「優しい村だからこそ、もっと守れる命があると思うの」
「守れる命⋯⋯ですか?」
「ええ」
ちょうど井戸へ着く。
エリーゼさんはしゃがみ込み、地面をじっと見つめた。
「雨が降ると、この辺りはぬかるむでしょう?」
「はい」
「だったら石を敷くだけでも転ぶ人は減るわ」
私は思わず目を丸くする。
「そんなことで変わるんですか?」
「意外と変わるのよ」
エリーゼさんは立ち上がる。
「転んで手をつけば小さな傷ができる。その傷口から菌が入って熱を出す。そして最悪の場合、命を落とす人もいる」
私は息を呑んだ。
「だから衛生兵は、怪我を治すだけじゃないの。怪我をさせないことも、大事なお仕事よ」
⋯⋯なるほど。そんな考え方をしたことはなかった。
さらに歩いていくと、今度は炊事場の前で立ち止まる。
「ここも少し改善できそうね」
「どこですか?」
「生肉を切ったまな板と、野菜を切るまな板が一緒になってるでしょう?」
「はい」
「洗えば大丈夫な時もあるけど、できれば分けた方が安心ね」
そう言われて初めて気付く。
私には当たり前だったことが、エリーゼさんには改善点として見えている。
「す、すごい⋯⋯」
「長年の職業病かな」
エリーゼさんは照れくさそうに笑った。
その時だった。
「あっ!」
広場の方から小さな悲鳴が聞こえる。
見ると、ルークくんが転んで膝を擦りむいていた。
「いてて⋯⋯」
「ルークくん!」
私が駆け寄ろうとすると、その前にエリーゼさんがしゃがみ込む。
「見せて」
「へ、平気だって!」
「強がらないの」
優しい声だった。
ルークくんも素直に足を差し出す。
エリーゼさんは傷口を手早く水で洗い流し、小さく魔力を込める。
淡い青白い光が傷口を包み込む。
すると、赤く滲んでいた傷がみるみる塞がっていった。
「⋯⋯え?」
ルークくんが驚いて膝を見る。
「もう痛くない!」
「完全に治ったわけじゃないから、今日はあまり走り回っちゃ駄目よ」
「うん!」
ルークくんは元気よく頷く。
「ありがとう!」
その様子を見ていた村のみなさんからも、小さなどよめきが起こる。
「すげぇ⋯⋯」
「傷が一瞬で⋯⋯」
「さすが王都の衛生兵だな」
エリーゼさんは照れくさそうに頬を掻いた。
「大したことじゃないわ。小さな怪我こそ、早く治すのが一番だから」
私は思わず尊敬の眼差しでエリーゼさんを見る。
フィルを守る人。村を守る人。その守り方は、一人ひとり違うんだ。
私は植物を育てることしか知らなかった。
でもエリーゼさんは、人の命を守る方法をたくさん知っている。
(本当に、すごい人だなぁ)
そう思った、その時だった。
「フローラちゃーん!」
遠くからエマさんが手を振っている。
「ちょうど良かった! あとで少し相談したいことがあるの!」
「はい!今行きます!」
返事をすると、エリーゼさんが嬉しそうに笑った。
「適材適所。フローラちゃんにはフローラちゃんが輝く仕事があるわ」
「あ⋯⋯」
「ふふっ。フローラちゃんは分かりやすいわね」
「そ、そうでしょうか⋯⋯」
「ええ」
「⋯⋯ふふっ」
思わず二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
リーヴェ村での新しい毎日が、こうして少しずつ動き始めていた。
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