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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第二章:芽吹く仲間たち

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39話 新しい朝

第2章の始まりです。楽しんでください!

 魔物の大群がリーヴェ村を襲ったあの日から、数週間。

 リーヴェ村には、ようやく穏やかな日常が戻ってきていた。


 私は朝日を浴びながら、フィルの幹へそっと手を添える。


「おはよう、フィル」


 ——おはよう。そんな声が聞こえた気がした。

 頭を優しく撫でるように枝が伸びてきて、思わず笑みが零れる。


「ふふっ。今日も元気そうだね」


 以前より一回り大きく育った幹。

 青々と茂る葉は朝露を受けてきらきらと輝き、枝葉から流れる魔力もとても穏やかだ。


 あの日覚醒(?)したフィルは、今では村全体を包む結界を安定して維持できるようになっていた。


 私は根元の土へ触れ、水分量を確かめる。

 葉の色。樹皮の状態。枝先の伸び具合。一つひとつ確認しながら、最後にもう一度フィルへ手を添えた。


「うん。今日も絶好調だね」


 嬉しそうに枝葉が揺れる。

 その音を聞いているだけで、心が落ち着く。やっぱり私は、この時間が一番好きだ。


「フローラ様」


 後ろから聞こえた落ち着いた声に振り返る。


 朝日に照らされながら歩いてくるのは、白銀の鎧を纏った一人の騎士。

 陽光を思わせる金色の短髪。鍛え抜かれた長身。琥珀色の瞳には騎士らしい鋭さと、人を安心させる優しさが同居している。


 王国近衛騎士団、団長。

 そして現在は、ガイアス殿下の命を受け、リーヴェ村の警備を任されている近衛騎士隊の責任者。

 レオン・アッシュさんだ。


「おはようございます、レオンさん」

「おはようございます。フィル様の様子はいかがですか?」

「はい。とっても元気です。魔力も安定していますし、結界も問題ありません」

「それは何よりです」


 レオンさんもフィルを見上げる。

 するとフィルは嬉しそうに枝を伸ばし、レオンさんの肩をぽん、と軽く叩いた。


「⋯⋯おはようございます、フィル様」


 そう言ってレオンさんが幹を軽く撫でると、フィルは葉をさらさらと揺らして返事をする。もう二人とも、すっかり仲良しだ。


「今日はこの後、森へ行かれるのですか?」

「はい」


 私は腰のポーチから小さな手帳を取り出した。


「午前中は森の見回りと薬草採取です。その後は管理記録を書いて、お昼からは畑を見て回って⋯⋯」


 指で予定を追っていく。


「それから村のみなさんの相談を聞いて、子どもたちとも遊ぶ約束をしています」


 言い終えると、レオンさんが静かに息を吐いた。


「⋯⋯相変わらず、お忙しいですね」

「そうでしょうか?」

「ええ。一人で抱える仕事量ではありません」

「でも、全部大切なお仕事ですから」

「⋯⋯そうですか」


 レオンさんは少し困ったように微笑む。


「ですが、フローラ様が倒れてしまっては意味がありません。少しは周りを頼ってください」


 私は苦笑いを浮かべた。


「ご心配ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です」


 結界樹管理人の仕事は、一人でやるもの。

 王都にいた頃から、それが当たり前だった。だから忙しいことにも、もう慣れている。


「フローラお姉ちゃーん!」


 元気いっぱいの声が村の方から響いてくる。


 振り向くと、木剣を肩に担いだルークくんが元気いっぱいに駆けてきた。

 少し癖のある茶色の短髪を揺らしながら走る姿は、子犬みたいに元気いっぱいだ。まだ幼さの残る顔立ちだけど、レオンさんに憧れて毎日剣を振っているせいか、体つきは同年代の子よりもしっかりしている。


 その少し後ろでは、明るい栗色の長い髪を揺らしたリリィちゃんが、小さな花籠を大事そうに抱えて歩いてくる。

 大きな茶色の瞳を輝かせる笑顔は、見ているだけで周りまで元気になってしまう。不思議と花がよく似合う、明るくて可愛らしい女の子だ。


 さらにその後ろを歩いてくるのは、本を胸へ抱えたノアくん。

 淡い銀色の髪に透き通るような青い瞳。その中性的で整った顔立ちは、初めて会う人なら女の子と間違えてしまいそうなくらい可愛らしい。

 けれど本人はいつも落ち着いていて、年齢の割にとても大人びている。


「おはよう!」

「おはよう!フローラお姉ちゃん!」

「⋯⋯おはよう、お姉ちゃん」


 三人の姿を見て、自然と笑顔になる。


「みんな、おはよう。今日も朝から元気だね」


 ルークくんは木剣をぶんっと振り回しながら、レオンさんの前で胸を張った。


「兄ちゃん!今日も朝稽古してくれ!」

「ああ、構わないぞ。ただ、森の見回りが終わってからな」

「やった!」


 飛び跳ねて喜ぶルークくんを見て、リリィちゃんがくすっと笑う。


「ルーク、また負けるんじゃない?」

「今日は勝つ!」

「昨日も同じこと言ってたよ?」

「今日は違うんだって!」


 二人のやり取りに、ノアくんも小さく笑った。


「⋯⋯たぶん、今日も負ける」

「ノアまでー!?」


 朝から賑やかな三人を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。


「フローラちゃーん!」


 今度は村の方から大きな声が響いた。


 焼き立てのパンが入った籠を抱えて歩いてきたのは、エマさんだった。

 肩まで伸びた柔らかな茶色の髪を後ろで一つにまとめ、優しい茶色の瞳を細めて微笑む姿は、村のみんなを包み込むお母さんそのもの。困っている人を放っておけない、とても面倒見の良い人だ。


 その隣には、大きな木箱を軽々と担いだトーマスさん。

 日に焼けた逞しい体に、短く刈り込まれた茶髪。口数は多くないけれど、穏やかな表情からは人の良さが滲み出ている。

 村で焼き菓子屋を営み、その腕前は王都のお菓子にも負けないほどだ。


「朝ご飯はちゃんと食べた?」

「まだです」

「やっぱり!」


 エマさんは予想していたと言わんばかりにため息をつく。


「またフィルのお世話を優先したんでしょう?」

「えへへ⋯⋯」

「笑って誤魔化さないの」


 そう言いながら、焼き立てのパンを一つ手渡してくれる。

 ほんのり温かくて、とても良い香りがした。


「ありがとうございます、エマさん」

「ちゃんと食べるのよ? 倒れたらフィルも心配するんだから」

「はい」

「返事だけは百点なんだけどねぇ」


 エマさんは困ったように笑う。


「ほら、村長も心配してたわよ」

「おーい、フローラ」


 畑の方から歩いてきたのは、この村の村長、ロイドさんだった。

 白髪交じりの短い髪に、立派な白い口ひげ。日に焼けた大きな体は年齢を感じさせないほどたくましく、その豪快な笑顔は村のみんなへ安心感を与えてくれる。まるで村全体のお父さん⋯⋯いや、おじいちゃんのような存在だ。


「おはようございます、ロイドさん」

「今日も朝から働きすぎじゃないか?」

「そんなことないですよ」

「いや、ある。まったく⋯⋯飯も食わないで⋯⋯」


 ロイドさんは即答した。


「村の連中、みんな言ってるぞ。『フローラが休んでるところを見たことがない』ってな」

「えっ⋯⋯」

「少しは人を頼れ」

「でも⋯⋯」

「でもじゃない」


 ぽん、と優しく頭へ手を置かれる。


「お前はもう、一人じゃないんだからな」


 その言葉に胸が少しだけ温かくなる。

 分かっている。みんなが助けてくれることも。心配してくれていることも。

 でも、結界樹管理人の仕事は、ずっと一人でやるものだった。誰かに任せるなんて、まだ上手く想像できない。


「村長」


 森の入口から歩いてきたのは、弓を背負ったディーンさんだった。

 少し伸びた暗い茶髪に鋭い眼差し。無精ひげの残る精悍な顔立ちは近寄りがたい印象を受けるけれど、その瞳はいつも村のみんなを静かに見守っている。

 寡黙な狩人であり、ルークくんのお父さんでもある。今日も無駄のない動きで、狩りへ向かう準備は万全だった。


「森を見てくる」

「ああ、頼んだ」

「フローラ」

「はい」

「今日は東側に入る。異常があれば知らせる」

「ありがとうございます。お願いします」


 ディーンさんは小さく頷くと、そのまま森の中へ消えていった。

 魔物の襲撃が終わってからも、村の警戒は続いている。レオンさんたち近衛騎士のみなさんや、ディーンさん、そして村のみんな。誰一人、あの日のことを忘れてはいなかった。

 だからこそ、この平和が守られている。私は改めて村を見渡す。


 子どもたちの笑い声。

 畑で働く村人たち。

 焼き立てのパンの香り。

 優しく枝葉を揺らすフィル。


(⋯⋯この村へ来て、本当に良かった)


 心からそう思えた。


 ——その頃、王都。

 王城の執務室。

 窓の外へ視線を向けていたガイアスは、一通の報告書を静かに閉じた。


「⋯⋯そろそろだな」


 側近が一礼する。


「お呼びいたしますか」

「ああ」


 ガイアスは迷いなく頷いた。


「ミリア・ヴェルデ。エリーゼ・ハルト。セシリア・ノートン⋯⋯。三人をここへ」


 しばらくして、執務室の扉が静かに開く。三人の女性が、ガイアスの前へ跪いた。


「今日、お前たちには新しい任務を命じる」


 三人は静かに顔を上げる。

 ガイアスは穏やかに微笑んだ。


「リーヴェ村へ向かってくれ」


 その言葉を受け、一台の王都の馬車が静かに城門を抜け、リーヴェ村へ向けて走り始めていた。

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