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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第一章:根を下ろす場所

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37話 勝利と小さな違和感

「フローラ様!」


 私の身体が崩れ落ちるのと同時に、レオンさんが駆け寄ってきた。

 その声は聞こえた気がした。でも、返事をする力はもう残っていなかった。


 瞼が重い。

 身体から力が抜けていく。


 最後に感じたのは、フィルの枝が優しく私へ伸びてくる温もりだった。







「⋯⋯魔力切れだね」


 マーサはフローラの手首へ触れたまま、小さく頷いた。


「命に別状はないよ。魔力を一気に使い過ぎたんだ。ゆっくり休ませれば目を覚ますさ」


 その言葉を聞き、村のみんなが一斉に安堵の息を漏らした。

 レオンも胸を撫で下ろす。


「良かった⋯⋯」


 戦場では一切見せなかった表情だった。

 フィルも安心したのか、枝葉を小さく揺らす。それでも心配なのだろう。


 一本の枝を家の窓からそっと差し入れ、眠るフローラの頭へ優しく添えた。何事もなかったかのように、ゆっくりと頭を撫でる。


「本当に仲の良い家族だねぇ」


 マーサは微笑む。

 その光景を見た村人達も、自然と笑みを浮かべていた。


 ロイドは一度大きく息を吐くと、すぐに表情を引き締める。


「まだ終わっちゃいない」


 村長の一言で、その場の空気が変わる。


「魔物が退いたとはいえ、警戒は必要だ。防壁も壊れたままだし、負傷者も多い」


 レオンは静かに頷いた。


「警戒は近衛騎士が担当します」


 後ろに控えていた騎士達も姿勢を正す。


「夜通し村の周囲を巡回します」

「交代で見張りを続けましょう」


 全員が疲労困憊だった。

 鎧は傷だらけ。包帯を巻いたまま剣を握る騎士もいる。それでも誰一人として休むとは言わなかった。


「すまない」


 ロイドが深く頭を下げる。


「皆さんのおかげで村は守られた」


 レオンは静かに首を横へ振った。


「俺達だけでは守れませんでした」


 その視線は、ガストンやボルド、ディーン、マーサ達へ向く。


「皆さんが最後まで戦い抜いてくださったからです」


 ガストンは照れくさそうに頭を掻いた。


「そんな改まって言われると困るな」

「俺ぁ自分の村を守っただけだ」


 ボルドも腕を組んで頷く。


「鍛冶屋が武器を作るのは当然だ」

「飯を食わせるのも当然さ」


 少し離れた場所では、ベイク夫妻が早くも大鍋へ火を掛け始めていた。


「みんなお腹空いてるだろうしね。温かいものを食べれば元気も出るよ」


 その言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。

 戦いは終わった。だけど、傷付いた村を元へ戻すには、まだ時間が必要だった。


 レオンは静かにフローラの眠る家を見つめる。

 窓から伸びたフィルの枝は、今も優しくフローラの頭を撫で続けていた。


「⋯⋯お疲れ様でした」


 誰へ向けた言葉だったのか。

 フローラへ。フィルへ。あるいは、この村で戦った全員へ。


 レオンは小さく微笑むと、再び剣を腰へ差した。


「では、行きましょう」


 近衛騎士達が頷く。

 戦いは終わっても、騎士の務めは終わらない。


 静まり返った森を見据えながら、一行はゆっくりと村の外へ歩き出した。







 日が傾き始める頃には、村の復旧作業も少しずつ落ち着き始めていた。


 壊れた防壁には新しい丸太が運ばれ、倒れた柵も一つずつ立て直されていく。


 近衛騎士達も鎧を着たまま作業を手伝っていた。


「そこ、もう少し右だ!」

「はい!」


 ガストンの掛け声に合わせ、騎士達が丸太を持ち上げる。


「さすが騎士様だ!力があるな!」

「ガストンさんには敵いませんよ」


 思わず笑いが起きる。

 つい数時間前まで命を懸けて戦っていたとは思えないほど、村には少しずつ穏やかな空気が戻り始めていた。


 その頃。ディーンは一人、森の中を歩いていた。

 弓を背負い、辺りを静かに見回す。魔物が本当に退いたのか。森に異変が残っていないか。


 それを確かめるためだった。


「⋯⋯静かだな」


 あれほど暴れていた魔物達の気配は、もうどこにもない。

 聞こえるのは風が葉を揺らす音と、小鳥のさえずりだけ。


 まるで何事も無かったかのようだった。ふと、ディーンは足を止める。


 足元には、討伐されたオークが横たわっていた。


「悪く思うなよ」


 小さく呟き、その亡骸を見下ろす。

 その時だった。


「⋯⋯ん?」


 オークの身体から、黒い靄のようなものがゆっくりと立ち上った。

 煙にも、魔力にも見える。靄は風に乗ることなく、意思を持つように空へ昇っていく。


「何だ⋯⋯?」


 ディーンは眉をひそめる。

 目を凝らしているうちに、その靄は空気へ溶け込むように消えてしまった。


 幻だったのか?——そう思った時。


「ディー坊。見えたかい」


 後ろから声が掛かった。

 振り返ると、薬籠を持ったマーサが立っていた。


「マーサさん⋯⋯ディー坊は止めてくれ。俺も父親なんだ」

「ハッ。アタシからすりゃ、ディー坊もルー坊もガキンチョさね」

「⋯⋯はぁ、まぁ良い。それで、マーサさんも見たか?」

「⋯⋯あぁ」


 マーサは、オークの亡骸を見下ろす。


「昔は、こんなもの見たこと無かったよ」

「⋯⋯やはりか」

「何十年もこの森を見てきたけど、魔物を倒してこんな靄が出たことなんて一度も無いさ」


 ディーンは腕を組む。


「俺も初めて見た」


 森で生きてきた自分ですら知らない現象。

 それが妙に胸へ引っ掛かる。


「何かの病気かねぇ」

「いや⋯⋯違う気がする」


 説明はできない。

 だけど、胸騒ぎだけは消えなかった。そこへ、森の見回りを終えたレオンが歩いてくる。


「何かありましたか?」


 ディーンは一瞬迷い、空を見上げた。

 もう黒い靄はどこにも無い。


「⋯⋯いや」


 小さく首を横へ振る。


「気のせいかもしれねぇ」


 レオンも倒れたオークを一瞥する。


「異常は見当たりませんね」

「そうだな」


 ディーンは短く答えた。

 けれど。森で暮らしてきた勘が、静かに警鐘を鳴らしていた。これは終わりじゃない。何かが始まっている。


 そんな気がしてならなかった。

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