34話 絶望
この話は割と重めです
戦いは、少しずつ均衡を失い始めていた。
村の入口では、近衛騎士さん達とオーク達が激しく刃を交えている。
金属同士がぶつかる甲高い音。
唸りを上げて振り下ろされる巨大な棍棒。
その一撃を盾で受け止めた近衛騎士さんが、大きく後ろへ弾き飛ばされた。
「くっ⋯⋯!」
それでもすぐに立ち上がり、再び剣を構える。
近衛騎士さんとオークは、一対一なら互角。だけど、魔物は倒しても倒しても後ろから現れる。
「左を押し返せ!右翼、三体来るぞ!」
レオンさんの指示が戦場へ飛ぶ。
近衛騎士さん達はその声に迷いなく応え、それぞれの持ち場を守り続けていた。
そのさらに前方。
レオンさんは巨大な戦斧を振り下ろすオーガと正面から渡り合っていた。
振り下ろされた斧を紙一重で躱し、その懐へ飛び込む。
鋭い一閃。オーガの脇腹へ深い傷が走るが、オーガは怯まない。怒号を上げながら拳を振り抜く。
レオンさんは腕で受け流すが、その衝撃だけで数歩後ろへ押し戻された。
やっぱり強い。
昨日、一体だけでもあれほど苦戦した理由が分かる。それでもレオンさんは一歩も退かなかった。
剣を握り直し、真っ直ぐオーガを見据える。
「まだです」
静かな声だった。その瞳に迷いはない。
一方、森の木々を駆け回るディーンさんは、次々と矢を放っていた。ディーンさんの矢は、相変わらず正確無慈悲にゴブリンを撃ち落とし、ジャイアントクロウは混乱の中、互いにぶつかって落下するものもいる。まさに神業だ。
だけど、それでも空は埋め尽くされたままだ。
撃ち落としても撃ち落としても、新たなジャイアントクロウが森の奥から飛び立ってくる。
地上でも同じだった。
ガストンさんは丸太を押し出し、突破しかけたゴブリン達をまとめて吹き飛ばす。
「まだまだぁ!」
豪快な声が響く。
ボルドさんは折れた武器を回収し、新しい槍や剣を次々と前線へ運んでいた。
「交換だ!」
「ありがとうございます!」
近衛騎士さん達は礼だけ告げると、すぐに戦場へ戻っていく。
後方ではマーサさんが負傷者の手当てに追われていた。休む暇もない。
それでも誰一人、弱音は吐かなかった。
私はフィルの幹へ両手を当て、結界を支え続ける。
空から降り注ぐ岩や矢が、何度も結界へぶつかる。その度に結界は大きく揺れるけれど、フィルは必死に耐えていた。
「フィル⋯⋯!」
枝葉が小さく震える。
苦しい。辛い。その気持ちが、私の手を通して伝わってきた。
「もう少しだけ頑張って」
私は優しく幹を撫でる。
「みんなも頑張ってる。だから、一緒に守ろう」
フィルは小さく枝葉を揺らした。
その返事に少しだけ安心した、その時——。
森の奥から、ひときわ大きな咆哮が響き渡る。
思わず顔を上げる。
オーガ達が、ゆっくりと前へ歩き始めていた。
一体ではない。二体でもない。後ろに控えていた群れが、一斉に動き始めたのだ。
レオンさんもその異変へ気付き、静かに剣を構え直す。
「⋯⋯ここからですね」
オーガ達が、一斉に駆け出した。
その巨体からは想像もできないほど速い。地面を揺らしながら、防壁へ一直線に迫ってくる。
「迎え撃て!」
レオンさんの号令が飛ぶ。
近衛騎士さん達も一斉に前へ出た。
オークと剣を交えていた騎士さん達は、迫るオーガへ向き直る。
しかし。
「ぐあっ!」
一人の騎士さんが戦斧を受け止めきれず、盾ごと吹き飛ばされた。
続けて二人目、三人目と、オークなら互角に戦えていた近衛騎士さん達も、オーガの膂力までは受け止められない。
「絶対に通すな!」
レオンさんは最前線へ飛び込む。
振り下ろされた戦斧を剣で受け流し、そのまま懐へ踏み込んだ。
鋭い斬撃がオーガの胸を切り裂く。さらに返す刀でもう一閃。首筋へ深い傷が走り、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
だが、その左右から別のオーガが迫る。二本の戦斧が同時に振り下ろされた。
レオンさんは身を翻し、一撃を躱す。もう一方は剣で受け止めるが、凄まじい衝撃で地面へ膝をついた。
それでも体勢を崩した隙を逃さない。足を払って体勢を崩すと、剣を突き立てる。あっという間に、オーガを2体も倒してしまった。
しかし、息をつく間もなく、三体目が咆哮を上げる。
「隊長!」
近衛騎士さんの叫び声が響いた。
「下がってください!」
「下がらない!」
レオンさんは荒い息を吐きながら立ち上がる。
鎧には幾つもの傷が刻まれ、肩口からは血が流れていた。
「俺が下がってしまえば⋯⋯オーガは止められない⋯⋯!」
それでも剣を握る手は緩まない。
「この村へ、一歩たりとも入れさせない⋯⋯!」
再び地面を蹴る。
剣と戦斧が何度もぶつかり合う。激しい攻防の末、レオンさんは渾身の一撃を振り抜いた。
オーガの巨体が大きく揺れ、そのまま音を立てて倒れる。3体目を撃破した。
レオンさんは剣を地面へ突き立て、その場で大きく肩を上下させた。
立っているのがやっとな様子だ。しかし————森の奥から、さらにオーガ達が歩いてくる。
まだ何十体も残っている。
「そんな⋯⋯」
思わず声が漏れた。
その間にも前線は崩れ始めていた。
近衛騎士さん達は全員が負傷し、それでも必死に剣を振るい続けている。
ガストンさんは倒木を押し込み、防壁の隙間を塞ぐ。
ボルドさんは武器を届け続け、マーサさんは治療のため走り回っていた。
誰一人、諦めてはいない。
それでも。少しずつ、少しずつ押されていく。
空ではジャイアントクロウが次々と岩を運び、結界へ落とし始めた。
重い衝撃が何度も村を揺らす。私は必死にフィルへ手を当て続ける。
「お願い⋯⋯!」
フィルの枝葉が大きく揺れる。
結界の輝きが増し、降り注ぐ岩を弾き返していく。けれど、その度にフィルの枝が苦しそうに震えた。
私は歯を食いしばる。
「もう少し⋯⋯!」
その瞬間だった。
巨大な岩が、高く舞い上がる。
ジャイアントクロウが数羽がかりで運んできた、今までで一番大きな岩だった。
一直線に、結界へ落下する。
激しい衝撃が村全体を襲った。結界が大きく軋み——フィルの枝葉が激しく揺れた。
次の瞬間。
一本の太い枝が、根元から大きく裂けた。
「フィル!!」
私はフィルの名前を叫んだ。
折れかけた枝へ両手を伸ばす。枝はゆっくりと傾き、そのまま地面へ落ちていく。
目の前が真っ白になった。
フィルが傷付く姿なんて、一度も見たことがなかった。ずっと一緒に育ってきた家族が、目の前で傷付いている。
胸が締め付けられる。
「フィル⋯⋯!」
震える声で名前を呼ぶことしかできなかった。
◆
どうして、こうなったんだろう。
私が、お父さんみたいにしっかりしてなかったから、結界樹管理人を解任されてしまった。
その結果、お父さんの言う通りに村へ来て、成り行きでフィルとこの村に住むことになった。
そんな私を村の人たちは優しく迎え入れてくれて、ガイアス殿下はレオンさん達を残してくれた。レオンさん達近衛騎士は、命懸けで私たちを守ってくれている。
フィルは、一人居なくなった私を追いかけて、根っこで歩くというトンデモ進化を遂げて、リーヴェ村へ追いかけてきてくれた。
私は?
私は何が出来ている?
結界樹の管理人を解任されて、メソメソと泣くことしか出来なかった。
お父さんの手紙を頼りにフラフラとリーヴェ村に来て、ただ人の温かさに甘えるばかりだった。
ガイアス殿下が来た時も、私はビクビク怯えたまま。フィルに元気付けてもらうまで、私は何も出来なかった。
そして今。私はフィルにくっつく事しか出来ていない。血を流し、傷つき、命を賭けている騎士や村の人たちとは違う。その力を大いに振るい、今傷ついているフィルとは違う。
私は、ずっと⋯⋯ただ臆病で、力が無くて、学もなくて。本当にどうしようもない。
こんな事なら、私なんて生まれなければ良かったんだ。
私が生まれたから、本当の両親は私を森に捨てた。
私が生まれたから、お父さんはもっと幸せだったかもしれない。
私なんかに育てられなければ、フィルはもっと立派な結界樹になれたのかもしれない。
私が生まれたから、フィルもレオンさんも傷ついている。この魔物たちはおかしい。きっと、私とフィルがここに居るから、誰かが差し向けたんだろう。
私がいなければフィルはリーヴェ村には来ない。だからこの魔物たちも村には来ず、村の人達は傷付かないで済んだ。
全部全部。私が————。
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