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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第一章:根を下ろす場所

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34話 絶望

この話は割と重めです

 戦いは、少しずつ均衡を失い始めていた。

 村の入口では、近衛騎士さん達とオーク達が激しく刃を交えている。


 金属同士がぶつかる甲高い音。

 唸りを上げて振り下ろされる巨大な棍棒。


 その一撃を盾で受け止めた近衛騎士さんが、大きく後ろへ弾き飛ばされた。


「くっ⋯⋯!」


 それでもすぐに立ち上がり、再び剣を構える。

 近衛騎士さんとオークは、一対一なら互角。だけど、魔物は倒しても倒しても後ろから現れる。


「左を押し返せ!右翼、三体来るぞ!」


 レオンさんの指示が戦場へ飛ぶ。

 近衛騎士さん達はその声に迷いなく応え、それぞれの持ち場を守り続けていた。


 そのさらに前方。

 レオンさんは巨大な戦斧を振り下ろすオーガと正面から渡り合っていた。


 振り下ろされた斧を紙一重で躱し、その懐へ飛び込む。

 鋭い一閃。オーガの脇腹へ深い傷が走るが、オーガは怯まない。怒号を上げながら拳を振り抜く。


 レオンさんは腕で受け流すが、その衝撃だけで数歩後ろへ押し戻された。


 やっぱり強い。

 昨日、一体だけでもあれほど苦戦した理由が分かる。それでもレオンさんは一歩も退かなかった。


 剣を握り直し、真っ直ぐオーガを見据える。


「まだです」


 静かな声だった。その瞳に迷いはない。


 一方、森の木々を駆け回るディーンさんは、次々と矢を放っていた。ディーンさんの矢は、相変わらず正確無慈悲にゴブリンを撃ち落とし、ジャイアントクロウは混乱の中、互いにぶつかって落下するものもいる。まさに神業だ。


 だけど、それでも空は埋め尽くされたままだ。

 撃ち落としても撃ち落としても、新たなジャイアントクロウが森の奥から飛び立ってくる。


 地上でも同じだった。

 ガストンさんは丸太を押し出し、突破しかけたゴブリン達をまとめて吹き飛ばす。


「まだまだぁ!」


 豪快な声が響く。

 ボルドさんは折れた武器を回収し、新しい槍や剣を次々と前線へ運んでいた。


「交換だ!」

「ありがとうございます!」


 近衛騎士さん達は礼だけ告げると、すぐに戦場へ戻っていく。

 後方ではマーサさんが負傷者の手当てに追われていた。休む暇もない。

 それでも誰一人、弱音は吐かなかった。


 私はフィルの幹へ両手を当て、結界を支え続ける。

 空から降り注ぐ岩や矢が、何度も結界へぶつかる。その度に結界は大きく揺れるけれど、フィルは必死に耐えていた。


「フィル⋯⋯!」


 枝葉が小さく震える。

 苦しい。辛い。その気持ちが、私の手を通して伝わってきた。


「もう少しだけ頑張って」


 私は優しく幹を撫でる。


「みんなも頑張ってる。だから、一緒に守ろう」


 フィルは小さく枝葉を揺らした。

 その返事に少しだけ安心した、その時——。


 森の奥から、ひときわ大きな咆哮が響き渡る。

 思わず顔を上げる。


 オーガ達が、ゆっくりと前へ歩き始めていた。

 一体ではない。二体でもない。後ろに控えていた群れが、一斉に動き始めたのだ。


 レオンさんもその異変へ気付き、静かに剣を構え直す。


「⋯⋯ここからですね」


 オーガ達が、一斉に駆け出した。

 その巨体からは想像もできないほど速い。地面を揺らしながら、防壁へ一直線に迫ってくる。


「迎え撃て!」


 レオンさんの号令が飛ぶ。

 近衛騎士さん達も一斉に前へ出た。


 オークと剣を交えていた騎士さん達は、迫るオーガへ向き直る。


 しかし。


「ぐあっ!」


 一人の騎士さんが戦斧を受け止めきれず、盾ごと吹き飛ばされた。

 続けて二人目、三人目と、オークなら互角に戦えていた近衛騎士さん達も、オーガの膂力までは受け止められない。


「絶対に通すな!」


 レオンさんは最前線へ飛び込む。

 振り下ろされた戦斧を剣で受け流し、そのまま懐へ踏み込んだ。


 鋭い斬撃がオーガの胸を切り裂く。さらに返す刀でもう一閃。首筋へ深い傷が走り、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


 だが、その左右から別のオーガが迫る。二本の戦斧が同時に振り下ろされた。

 レオンさんは身を翻し、一撃を躱す。もう一方は剣で受け止めるが、凄まじい衝撃で地面へ膝をついた。


 それでも体勢を崩した隙を逃さない。足を払って体勢を崩すと、剣を突き立てる。あっという間に、オーガを2体も倒してしまった。


 しかし、息をつく間もなく、三体目が咆哮を上げる。


「隊長!」


 近衛騎士さんの叫び声が響いた。


「下がってください!」

「下がらない!」


 レオンさんは荒い息を吐きながら立ち上がる。

 鎧には幾つもの傷が刻まれ、肩口からは血が流れていた。


「俺が下がってしまえば⋯⋯オーガは止められない⋯⋯!」


 それでも剣を握る手は緩まない。


「この村へ、一歩たりとも入れさせない⋯⋯!」


 再び地面を蹴る。

 剣と戦斧が何度もぶつかり合う。激しい攻防の末、レオンさんは渾身の一撃を振り抜いた。


 オーガの巨体が大きく揺れ、そのまま音を立てて倒れる。3体目を撃破した。

 レオンさんは剣を地面へ突き立て、その場で大きく肩を上下させた。


 立っているのがやっとな様子だ。しかし————森の奥から、さらにオーガ達が歩いてくる。

 まだ何十体も残っている。


「そんな⋯⋯」


 思わず声が漏れた。

 その間にも前線は崩れ始めていた。


 近衛騎士さん達は全員が負傷し、それでも必死に剣を振るい続けている。


 ガストンさんは倒木を押し込み、防壁の隙間を塞ぐ。


 ボルドさんは武器を届け続け、マーサさんは治療のため走り回っていた。


 誰一人、諦めてはいない。

 それでも。少しずつ、少しずつ押されていく。

 空ではジャイアントクロウが次々と岩を運び、結界へ落とし始めた。


 重い衝撃が何度も村を揺らす。私は必死にフィルへ手を当て続ける。


「お願い⋯⋯!」


 フィルの枝葉が大きく揺れる。

 結界の輝きが増し、降り注ぐ岩を弾き返していく。けれど、その度にフィルの枝が苦しそうに震えた。

 私は歯を食いしばる。


「もう少し⋯⋯!」


 その瞬間だった。

 巨大な岩が、高く舞い上がる。


 ジャイアントクロウが数羽がかりで運んできた、今までで一番大きな岩だった。


 一直線に、結界へ落下する。

 激しい衝撃が村全体を襲った。結界が大きく軋み——フィルの枝葉が激しく揺れた。


 次の瞬間。

 一本の太い枝が、根元から大きく裂けた。


「フィル!!」


 私はフィルの名前を叫んだ。

 折れかけた枝へ両手を伸ばす。枝はゆっくりと傾き、そのまま地面へ落ちていく。


 目の前が真っ白になった。

 フィルが傷付く姿なんて、一度も見たことがなかった。ずっと一緒に育ってきた家族が、目の前で傷付いている。


 胸が締め付けられる。


「フィル⋯⋯!」


 震える声で名前を呼ぶことしかできなかった。



 



 

 どうして、こうなったんだろう。


 私が、お父さんみたいにしっかりしてなかったから、結界樹管理人を解任されてしまった。

 その結果、お父さんの言う通りに村へ来て、成り行きでフィルとこの村に住むことになった。

 そんな私を村の人たちは優しく迎え入れてくれて、ガイアス殿下はレオンさん達を残してくれた。レオンさん達近衛騎士は、命懸けで私たちを守ってくれている。

 フィルは、一人居なくなった私を追いかけて、根っこで歩くというトンデモ進化を遂げて、リーヴェ村へ追いかけてきてくれた。


 私は?


 私は何が出来ている?


 結界樹の管理人を解任されて、メソメソと泣くことしか出来なかった。

 お父さんの手紙を頼りにフラフラとリーヴェ村に来て、ただ人の温かさに甘えるばかりだった。

 ガイアス殿下が来た時も、私はビクビク怯えたまま。フィルに元気付けてもらうまで、私は何も出来なかった。

 そして今。私はフィルにくっつく事しか出来ていない。血を流し、傷つき、命を賭けている騎士や村の人たちとは違う。その力を大いに振るい、今傷ついているフィルとは違う。


 私は、ずっと⋯⋯ただ臆病で、力が無くて、学もなくて。本当にどうしようもない。


 こんな事なら、私なんて生まれなければ良かったんだ。

 私が生まれたから、本当の両親は私を森に捨てた。

 私が生まれたから、お父さんはもっと幸せだったかもしれない。

 私なんかに育てられなければ、フィルはもっと立派な結界樹になれたのかもしれない。

 私が生まれたから、フィルもレオンさんも傷ついている。この魔物たちはおかしい。きっと、私とフィルがここに居るから、誰かが差し向けたんだろう。

 私がいなければフィルはリーヴェ村には来ない。だからこの魔物たちも村には来ず、村の人達は傷付かないで済んだ。


 全部全部。私が————。

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