33話 リーヴェ村総力戦
大地が、ゆっくりと震えた。
ロイドさんの家を出た私達は、一斉に村の入口へ駆け出す。
その振動は一度きりでは終わらない。
まるで巨大な何かが歩いているような地鳴りが、森の奥から少しずつ近付いてきていた。
村中が静まり返る。全員が武器を握り、森だけを見つめていた。
「来るぞ」
レオンさんが静かに剣を抜く。それを合図にするように、村内に合流した近衛騎士の皆さんも一斉に剣と槍を構える。
総勢10名。王都から派遣された精鋭達だ。
「各隊、予定通り配置!」
「はっ!」
レオンさんの号令で騎士達が素早く散っていく。
村の入口には防壁を挟むように騎士達が並び、その後方へガストンさんとボルドさんが立った。
「ガストンさん」
「おう!」
「防壁が突破されそうになったら、倒木で時間を稼いでください」
「任せろ!」
「ボルドさん」
「ああ」
「武器の補充をお願いします。折れた武器が出たらすぐ交換を」
「鍛冶屋を舐めるな」
ボルドさんは大きく頷いた。
「マーサさん」
「はいはい」
「負傷者は後方へお願いします」
「死なせやしないよ」
マーサさんは薬箱を抱え直す。
「トーマスさん、エマさん」
「任せろ!」
「子ども達は私達が見ています」
ロイドさんも力強く頷いた。
「避難はもう始めてある。村人は全員、結界の内側だ」
レオンさんは一つひとつ確認すると、最後に私へ視線を向けた。
「フローラ様」
「はい」
「フィル様をお願いします」
私は大きく頷く。
「任せてください」
私はフィルのもとへ駆け寄り、幹へ両手を添える。
ひんやりとした感触が伝わってきた。
「フィル」
さわっ。
一本の枝が私の肩へ優しく触れる。その枝も少しだけ震えていた。
「怖いよね」
フィルは小さく枝葉を揺らす。
「でも、大丈夫」
私は幹を優しく撫でた。
「みんなが居る。レオンさんも、ディーンさんも、ロイドさん達も。私も一緒だから」
その言葉へ応えるように、フィルは大きく枝葉を揺らした。
次の瞬間だった。眩い緑色の光がフィルの幹から溢れ出す。
光は枝葉を伝い、空高く広がっていく。
やがて半透明の結界が、リーヴェ村全体を優しく包み込んだ。
「結界、展開します!」
私はレオンさんへ向かって叫ぶ。レオンさんは振り返り、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
その時。
森の奥から、鳥の群れが一斉に飛び立った。黒い影が空を覆う。
「ディーン殿!」
レオンさんが叫ぶ。
ディーンさんは近くの木へ軽々と飛び乗り、そのまま枝の上から森を見渡した。
ディーンさんの顔色が変わる。
「全員、構えろ!!」
その声は森中へ響き渡った。
その直後、木々の隙間から無数の赤い瞳が現れる。
最初に飛び出してきたのはウルフだった。50や60では効かない。
次から次へと森から姿を現す。その背には槍や剣を構えたゴブリンが跨っている。昨日も見たゴブリンライダーだ。ただし、今回は数が凄い。
さらに、その後ろから徒歩のゴブリン達が雪崩のように押し寄せた。
徒歩のゴブリンに関しては、数え切れないほどいる。その数だけで絶望しそうになる。
空では百羽近いジャイアントクロウが羽ばたき、昼間だというのに太陽の光が遮られていく。
その巨大な翼の上には、弓を構えたゴブリン達の姿まで見えた。
「⋯⋯なんて数だ」
近衛騎士の一人が思わず呟く。
そのさらに後方。ゆっくりと歩いてくる巨体が見えた。棍棒を肩へ担いだオークだ。オークの群れは、森の奥まで続いている。
その後ろには、巨大な戦斧を担いだオーガ達の姿まで見えた。
昨日、一体だけでもあれほど苦戦した怪物。それが列を成して歩いてくる。
私は息をすることさえ忘れて、その光景を見つめていた。
レオンさんはゆっくりと前へ出た。
剣を肩の高さまで構え、その背中で私達を守るように立つ。
「近衛騎士隊!」
「はっ!」
「第一陣を迎え撃つ!村へ一歩たりとも入れるな!」
「はっ!!」
十人の近衛騎士さん達が一斉に前へ飛び出した。
その動きは無駄がない。さすが王都最強の騎士団だ。その直後、レオンさんも地面を蹴った。
「行きます!」
一瞬で先頭のゴブリンライダーとの距離を詰める。
剣閃が走る。まるで風が駆け抜けたように、ゴブリンライダーが次々と地面へ倒れていく。
その左右では近衛騎士さん達もゴブリンライダーを迎え撃っていた。
槍が突き出され、剣が振るわれる。ウルフが悲鳴を上げ、ゴブリンが次々と倒れていく。凄い。さすが精鋭だ。ほとんどのゴブリンライダーが一撃で葬られる。
⋯⋯だけど。
「数が多すぎる!」
騎士の一人が叫んだ。
一体倒せば、二体。二体倒せば、五体。魔物達は途切れることなく押し寄せてくる。
「ディーン殿!お願いします!」
レオンさんの声が響く。
「任せろ!」
森の木へ登ったディーンさんが、次々と矢を放つ。
狙うのはジャイアントクロウではない。その背中へ乗っているゴブリンだった。
矢が命中するたび、ゴブリンだけが空から落ちていく。
騎手を失ったジャイアントクロウは隊列を乱し、空を旋回し始めた。
「すごい⋯⋯」
私は思わず呟く。
あの距離で、あの速さ。一射たりとも外さない。ディーンさんにしか出来ない技だった。下手したら、王国でも随一の名手なんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると、空から石が降ってきた。
「きゃっ!」
ジャイアントクロウ達が大きな岩を掴み、結界へ落としている。
鈍い音が響く。
半透明の結界が大きく波打った。
「フィル!」
私は慌てて幹へ両手を当てる。
「お願い⋯⋯!」
フィルの枝葉が一斉に揺れた。
結界がさらに光を増し、落下した岩を弾き返す。だけど、その度にフィルの枝先が小さく震えていた。
無理をしている。それが伝わってくる。
「頑張って⋯⋯!」
私は魔力を流し込むように、強く幹を抱き締めた。ほとんど使えない植物魔術の真似っ子だ。だけどフィルは賢いから、ちゃんと私の魔力を吸い取ってくれる。
少しだけ力を取り戻したフィルは、さらに強く輝いた。
一方、前線ではさらに激しい戦いが続いていた。
ガストンさんが丸太を担ぎ上げる。
「どけぇぇぇっ!」
丸太がゴブリンを吹き飛ばした。
ボルドさんは折れた槍を回収し、新しい武器を騎士さん達へ投げ渡している。
「受け取れ!」
「ありがとうございます!」
後方ではマーサさんが次々と負傷者を治療していた。
「次!腕を出しな!血は止まる!」
休む暇もない。
村中が、それぞれの役割を果たしていた。
それでも。魔物は減らない。
ゴブリンを倒しても。ウルフを倒しても。ジャイアントクロウを撃ち落としても。
森の奥から、さらに次の群れが現れる。
まるで終わりが見えなかった。
すると、地面が今まで以上に大きく揺れる。
ゴブリン達が左右へ道を開けた。その先から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
棍棒を肩へ担いだオーク達。大きな体故に一気には見えないが、まず見えるだけで20体はいる。そして、それはまだ後ろにも続いている。
そして、そのさらに奥。
巨大な戦斧を携えたオーガ達が、静かに前へ歩いてきた。
レオンさんはその光景を見据えたまま、小さく息を吐く。
「⋯⋯ここからが本番ですね」
その表情に恐怖はなかった。あるのは、覚悟だけ。
私はフィルの幹へ触れたまま、その背中を見つめ続けることしか出来なかった。
評価、ブックマーク、感想など励みになります。
モチベーションになりますので、よろしくお願いします。
また、作者Xにて更新通知を行っております。
新作の通知なども行いますので、ぜひフォローお願いします。
@MokaSufure




