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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第一章:根を下ろす場所

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31話 大切な人

 魔物の襲撃があった翌朝。


 昨夜はほとんど眠れなかった。

 結局、レオンさんが巡回へ戻ったあともしばらくフィルと話をして、部屋へ戻った頃には空が白み始めていた。


 それでも、朝のお世話だけは欠かせない。


「おはよう、フィル」


 私はいつものように根元へ水を撒く。

 

 フィルは気持ち良さそうに枝葉を揺らしたが、その枝は時折、村の入口の方を向いていた。

 きっと私と同じだ。レオンさんは、まだ戻ってきていない。


「大丈夫だよ」


 そう言い聞かせるようにフィルの幹を撫でる。


「レオンさんなら、約束守ってくれるから」


 そう口にしたものの、自分でも少しだけ苦笑してしまった。会ってそんなに経っていない人を、こんなに心配するなんて。⋯⋯自分でも少し不思議だった。


 その日も村の空気は落ち着かない。

 防壁の補強は続き、近衛騎士の皆さんも外周を警戒している。


 私は薬草の整理を手伝っていたのだが————。


「あっ」


 気付けばまた、村の入口へ目を向けていた。


「フローラお姉ちゃん!」


 元気な声が聞こえる。

 振り返ると、リリィちゃんが小走りでやって来た。


「どうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ!」


 リリィちゃんは腰へ手を当てる。


「さっきからずーっと村の入口ばっかり見てる!」

「え?」

「五回くらい見てた!」

「そ、そんなに?」


 思わず顔が熱くなる。全然気付かなかった。


「誰か待ってるの?」

「えっと⋯⋯その⋯⋯」


 言葉に詰まってしまう。その時だった。


「戻りました!」


 村の入口から聞き覚えのある声が響いた。

 私は反射的に振り向く。そこには鎧姿のレオンさんが立っていた。無事だった。レオンさんと目が合う。

 

 その瞬間、気付けば私は走り出していた。


「レオンさん!」

「フローラ様?」


 レオンさんが少し驚いたように目を丸くする。私はその前まで走ると、ようやく足を止めた。


「良かった⋯⋯」


 それ以上の言葉が出てこない。

 胸につかえていたものが、一気に軽くなった。


「無事で、本当に良かったです」


 そう言うと、レオンさんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、それから柔らかく微笑んだ。


「約束しましたから」

「え?」

「必ず戻ると」


 昨夜の約束。

 思い出した瞬間、少しだけ照れくさくなる。


「はい⋯⋯」

「ご心配をお掛けしました」

「心配しますよ」


 思わず即答してしまった。


「だって、レオンさん一人で村の周りを見回っていたんですよ?」

「俺は騎士ですから」

「それでもです」


 私がそう言うと、レオンさんは少し困ったように笑った。


「ありがとうございます」


 その笑顔を見て、私はようやく安心できた。

 どうしてこんなに安心したんだろう。王宮に居た頃には、ここまで胸が苦しくなることなんて無かったはずなのに。

 ⋯⋯私は無意識のうちに、レオンさんのことを大切な人だと思い始めていたのかもしれない。初めて王宮で会った日の優しい声や表情。あれからずっとレオンさんは優しく、誠実で————。


 その時——さわっ。

 フィルの枝が私の肩へ乗る。


「あ、フィル」


 もう一本の枝が、今度はレオンさんの肩へ。


「フィル?」


 そのまま二本の枝が、ぐいっと私たちを近付けた。


「わっ」

「おっと」


 肩と肩が軽く触れ合う。


「フィ、フィル!」


 ぶわっ!


 フィルは嬉しそうに枝葉を大きく揺らした。


「もう!」


 思わず顔を覆う。


「絶対わざとだよね!」


 さわさわ。


 まるで「その通り」と言っているみたいだった。

 レオンさんも少しだけ苦笑している。


「フィル様には敵いませんね」

「本当にです⋯⋯」


 二人で顔を見合わせると、自然と笑みが零れた。

 少し離れた場所では、その様子を村人達が見守っていた。


「おいおい」


 ガストンさんがにやりと笑う。


「青春ってやつか?」

「余計なこと言うんじゃないよ」


 マーサさんが肘で小突く。


「若い子の邪魔は野暮ってもんさ」

「がはは!」


 ガストンさんは豪快に笑った。ロイドさんも苦笑しながら頷く。


「フィルも嬉しいんだろうな」


 ベイク夫妻も微笑ましそうにこちらを見ていた。

 そんな皆さんの視線に気付き、私はさらに顔が熱くなる。


「み、見られてました⋯⋯」

「⋯⋯そ、そのようですね」


 レオンさんも珍しく照れたように頬を掻いた。

 村に、小さな笑い声が広がる。昨日まで張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなった気がした。


 だけど、その穏やかな時間は長くは続かなかった。


 夕暮れが近付いた頃。


 森へ向かっていたディーンさんが、一人で戻ってくる。

 その表情に、笑顔はない。肩から下げた弓を握り締めたまま、ロイドさんへ真っ直ぐ歩いていく。


「ディーン?」


 ロイドさんが声を掛ける。

 ディーンさんは短く息を吐き、低い声で言った。


「⋯⋯嫌なもんを見つけちまった」


 村に、再び緊張が走った。

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