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【完結】王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした   作者: 百香スフレ
第一章:根を下ろす場所

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28話 緊急会議

 フィルが朝から落ち着かない様子を見せたことをきっかけに、私たちは森へ向かった。


 私とレオンさん、そしてディーンさんの三人で森の奥まで調べて回ったが、その結果は私の想像を遥かに超えるものだった。


 地面には、昨日よりさらに増えた無数の魔物の足跡。

 本来なら朝から聞こえるはずの鳥のさえずりはなく、リスや鹿などの動物も一匹たりとも姿を見せない。


 そして何より、森全体から漂う空気がおかしかった。

 植物を扱う私だからこそ分かる。木々も草花も、どこか元気がない。生命力そのものが少しずつ奪われているような、そんな嫌な感覚が森中を覆っていた。


 ディーンさんも木の幹へ手を当て、静かに呟いた。


「こんなの⋯⋯今まで一度も見たことがねぇ」


 その表情は、普段冷静なディーンさんからは想像できないほど険しかった。

 そして今。私たちは急いでリーヴェ村へ戻ってきていた。



 村へ入ると、フィルは私たちを待っていたかのように枝葉を揺らした。


「ただいま、フィル」


 幹へそっと触れる。

 フィルは私の手へ枝を添えると、すぐに森の方へ視線(?)を向けた。


 やっぱり、まだ気になっているんだ。その様子を見たレオンさんは静かに頷いた。


「フィル様も同じように感じているようですね」

「はい⋯⋯」


 私は小さく頷く。

 胸の奥に広がる不安は、森へ入る前よりもずっと大きくなっていた。そこへロイドさんがこちらへ歩いてきた。


「戻ったか」


 私たち三人の表情を見るなり、ロイドさんの顔から笑みが消える。


「⋯⋯何かあったな」


 ディーンさんは短く答えた。


「ああ」

「詳しく聞かせてくれ」


 その一言で、私たちはロイドさんの家へ向かった。



 ほどなくして、村の大人たちがロイドさんの家へ集まった。

 木こりのガストンさんや鍛冶師のボルドさん。焼き菓子屋のトーマスさんとエマさん。薬師のマーサさん。

 みんな、いつになく真剣な表情をしている。


 ロイドさんは全員の顔を見渡すと、静かに口を開いた。


「ディーン」

「ああ」


 ディーンさんは部屋の中央へ歩き出る。


「森がおかしい」


 その一言で、部屋の空気が張り詰めた。


「昨日見付けた足跡は、今日にはさらに増えていた。ウルフだけじゃねぇ。ゴブリン、オーク⋯⋯色んな魔物の足跡が入り混じってる」


 ボルドさんが眉をひそめる。


「そんなことがあるのか」

「普通はねぇ」


 ディーンさんは首を横へ振る。


「縄張りが違う魔物まで同じ場所を歩いてる。それだけでも異常だ」


 続いてレオンさんが口を開く。


「森には動物の姿もありませんでした」

「一匹もか?」


 ロイドさんの問いに、レオンさんは静かに頷く。


「はい。鳥の鳴き声もほとんど聞こえませんでした」


 私は両手を膝の上で握り締める。


「植物も⋯⋯元気がありませんでした」


 皆さんの視線が私へ集まる。


「葉っぱの色や枝ぶりに大きな変化はありません。でも、植物から伝わってくる力が弱くなっていました」


 植物を扱わない人には伝わりにくい話かもしれない。

 それでも、私にははっきりと分かった。森全体が、少しずつ弱っている。

 マーサさんは腕を組み、小さく息を吐いた。


「嫌な感じだねぇ⋯⋯」


 部屋が静まり返る。

 誰も軽口を叩かない。誰も「考えすぎだ」とは言わなかった。全員が、この異変を肌で感じ取っていた。


 しばらく沈黙が続いたあと、ディーンさんが低い声で口を開く。


「俺は長いこと、この森で生きてきた」


 一呼吸置く。


「だが⋯⋯」


 その視線は窓の向こう、森へ向いていた。


「普通の魔物の群れじゃねぇ」


 ディーンさんの言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。

 ロイドさんはゆっくりと腕を組み、皆の顔を見渡した。


「最悪の場合、村まで魔物が来ると考えた方が良いな」

「その可能性は十分あります」


 レオンさんが静かに頷く。


「近衛騎士も村の外周を警戒していますが、このまま異変が大きくなれば、いつ襲撃があっても不思議ではありません」


 ガストンさんが大きな手で膝を叩いた。


「だったら話は早ぇ!」


 立ち上がる。


「来るなら迎え撃つだけだ!」

「馬鹿言うんじゃないよ」


 マーサさんがすぐに嗜めた。


「あんた一人で全部倒せるわけじゃないだろ」

「分かってるさ!」


 ガストンさんは頭を掻きながら笑う。


「でもよ、何もしないで待ってる性分じゃねぇんだ」


 その言葉に何人かが苦笑した。

 少しだけ張り詰めた空気が和らぐ。ロイドさんは静かに頷いた。


「ガストンの言う通りだ。何もせず待つだけじゃ、この村は守れん」


 その一言で、皆の表情が引き締まる。


「それぞれ出来ることをやろう」


 村長の言葉に、全員が頷いた。


「ガストン」

「おう」

「村の入口へ倒木を並べて、防壁を作ってくれ」

「任せろ!」


「ボルド」


 鍛冶屋のボルドさんが腕を組んだまま頷く。


「鍬も斧も、使える物は全部手入れしておく。武器になる物も揃えよう」

「頼む」


「トーマス、エマ」

「はい」

「食料の準備をお願いしたい。長引くかもしれん」


 トーマスさんは力強く胸を叩く。


「腹が減ったら力は出ない! 村中のパンを焼いてやる!」

「私はスープをたくさん作りますね」


 エマさんも穏やかに笑った。


「マーサ」

「はいはい」


 マーサさんはいつもの調子で返事をする。


「怪我人は全部あたしが診るよ。傷薬も包帯も、今夜のうちに揃えておく」

「助かる」


「ディーン」

「森を見る。異変があれば、すぐ知らせる」


 ロイドさんは最後にレオンさんへ視線を向ける。


「レオン」

「村の防衛は俺が指揮します」


 迷いのない返事だった。


「外周の警戒を強化し、部下とも連携します」

「頼りにしてるぞ」


 全員の役割が決まり、部屋には少しだけ安心した空気が流れた。


「私も戦います」


 気付けば、私は立ち上がっていた。

 みんなの視線が集まる。


「フィルも私も、この村の一員です。だから——」

「なりません」


 私の言葉を遮るように、レオンさんが静かに言った。


「ですが——」

「フローラ様」


 レオンさんは真っ直ぐ私を見る。


「貴女には、貴女にしか出来ない役目があります」

「私にしか⋯⋯?」

「はい」


 その声は穏やかだった。


「フィル様を支えられるのは、貴女だけです」


 私は思わず言葉を失う。


「結界樹が本来の力を発揮するには、貴女の存在が必要です。それに————」


 レオンさんは少しだけ表情を和らげた。


「避難する子ども達や村人も、不安になるでしょう。貴女が居るだけで安心できる人が、この村にはたくさんいます」


 私は部屋を見回した。

 リーヴェ村へ来てから出会った人達。優しく迎えてくれた人達。みんなの顔が浮かぶ。私は剣を振ることは出来ない。でも、私にも守れるものがある。


「⋯⋯分かりました」


 私は静かに頷いた。


「フィルと一緒に、みんなを守ります」


 その言葉に、レオンさんも静かに頷き返した。


「お願いします」


 ロイドさんは満足そうに笑う。


「よし。みんな、準備を始めよう」


 椅子を引く音が一斉に響く。

 誰一人逃げようとは言わなかった。この村を守るため、それぞれが自分の出来ることを始める。


 私は窓の外を見る。そこには、静かに村を見守るフィルの姿があった。フィルもまた、これから始まる戦いを理解しているように、いつになく真剣な表情で森を見つめていた。

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