28話 緊急会議
フィルが朝から落ち着かない様子を見せたことをきっかけに、私たちは森へ向かった。
私とレオンさん、そしてディーンさんの三人で森の奥まで調べて回ったが、その結果は私の想像を遥かに超えるものだった。
地面には、昨日よりさらに増えた無数の魔物の足跡。
本来なら朝から聞こえるはずの鳥のさえずりはなく、リスや鹿などの動物も一匹たりとも姿を見せない。
そして何より、森全体から漂う空気がおかしかった。
植物を扱う私だからこそ分かる。木々も草花も、どこか元気がない。生命力そのものが少しずつ奪われているような、そんな嫌な感覚が森中を覆っていた。
ディーンさんも木の幹へ手を当て、静かに呟いた。
「こんなの⋯⋯今まで一度も見たことがねぇ」
その表情は、普段冷静なディーンさんからは想像できないほど険しかった。
そして今。私たちは急いでリーヴェ村へ戻ってきていた。
◆
村へ入ると、フィルは私たちを待っていたかのように枝葉を揺らした。
「ただいま、フィル」
幹へそっと触れる。
フィルは私の手へ枝を添えると、すぐに森の方へ視線(?)を向けた。
やっぱり、まだ気になっているんだ。その様子を見たレオンさんは静かに頷いた。
「フィル様も同じように感じているようですね」
「はい⋯⋯」
私は小さく頷く。
胸の奥に広がる不安は、森へ入る前よりもずっと大きくなっていた。そこへロイドさんがこちらへ歩いてきた。
「戻ったか」
私たち三人の表情を見るなり、ロイドさんの顔から笑みが消える。
「⋯⋯何かあったな」
ディーンさんは短く答えた。
「ああ」
「詳しく聞かせてくれ」
その一言で、私たちはロイドさんの家へ向かった。
◆
ほどなくして、村の大人たちがロイドさんの家へ集まった。
木こりのガストンさんや鍛冶師のボルドさん。焼き菓子屋のトーマスさんとエマさん。薬師のマーサさん。
みんな、いつになく真剣な表情をしている。
ロイドさんは全員の顔を見渡すと、静かに口を開いた。
「ディーン」
「ああ」
ディーンさんは部屋の中央へ歩き出る。
「森がおかしい」
その一言で、部屋の空気が張り詰めた。
「昨日見付けた足跡は、今日にはさらに増えていた。ウルフだけじゃねぇ。ゴブリン、オーク⋯⋯色んな魔物の足跡が入り混じってる」
ボルドさんが眉をひそめる。
「そんなことがあるのか」
「普通はねぇ」
ディーンさんは首を横へ振る。
「縄張りが違う魔物まで同じ場所を歩いてる。それだけでも異常だ」
続いてレオンさんが口を開く。
「森には動物の姿もありませんでした」
「一匹もか?」
ロイドさんの問いに、レオンさんは静かに頷く。
「はい。鳥の鳴き声もほとんど聞こえませんでした」
私は両手を膝の上で握り締める。
「植物も⋯⋯元気がありませんでした」
皆さんの視線が私へ集まる。
「葉っぱの色や枝ぶりに大きな変化はありません。でも、植物から伝わってくる力が弱くなっていました」
植物を扱わない人には伝わりにくい話かもしれない。
それでも、私にははっきりと分かった。森全体が、少しずつ弱っている。
マーサさんは腕を組み、小さく息を吐いた。
「嫌な感じだねぇ⋯⋯」
部屋が静まり返る。
誰も軽口を叩かない。誰も「考えすぎだ」とは言わなかった。全員が、この異変を肌で感じ取っていた。
しばらく沈黙が続いたあと、ディーンさんが低い声で口を開く。
「俺は長いこと、この森で生きてきた」
一呼吸置く。
「だが⋯⋯」
その視線は窓の向こう、森へ向いていた。
「普通の魔物の群れじゃねぇ」
ディーンさんの言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。
ロイドさんはゆっくりと腕を組み、皆の顔を見渡した。
「最悪の場合、村まで魔物が来ると考えた方が良いな」
「その可能性は十分あります」
レオンさんが静かに頷く。
「近衛騎士も村の外周を警戒していますが、このまま異変が大きくなれば、いつ襲撃があっても不思議ではありません」
ガストンさんが大きな手で膝を叩いた。
「だったら話は早ぇ!」
立ち上がる。
「来るなら迎え撃つだけだ!」
「馬鹿言うんじゃないよ」
マーサさんがすぐに嗜めた。
「あんた一人で全部倒せるわけじゃないだろ」
「分かってるさ!」
ガストンさんは頭を掻きながら笑う。
「でもよ、何もしないで待ってる性分じゃねぇんだ」
その言葉に何人かが苦笑した。
少しだけ張り詰めた空気が和らぐ。ロイドさんは静かに頷いた。
「ガストンの言う通りだ。何もせず待つだけじゃ、この村は守れん」
その一言で、皆の表情が引き締まる。
「それぞれ出来ることをやろう」
村長の言葉に、全員が頷いた。
「ガストン」
「おう」
「村の入口へ倒木を並べて、防壁を作ってくれ」
「任せろ!」
「ボルド」
鍛冶屋のボルドさんが腕を組んだまま頷く。
「鍬も斧も、使える物は全部手入れしておく。武器になる物も揃えよう」
「頼む」
「トーマス、エマ」
「はい」
「食料の準備をお願いしたい。長引くかもしれん」
トーマスさんは力強く胸を叩く。
「腹が減ったら力は出ない! 村中のパンを焼いてやる!」
「私はスープをたくさん作りますね」
エマさんも穏やかに笑った。
「マーサ」
「はいはい」
マーサさんはいつもの調子で返事をする。
「怪我人は全部あたしが診るよ。傷薬も包帯も、今夜のうちに揃えておく」
「助かる」
「ディーン」
「森を見る。異変があれば、すぐ知らせる」
ロイドさんは最後にレオンさんへ視線を向ける。
「レオン」
「村の防衛は俺が指揮します」
迷いのない返事だった。
「外周の警戒を強化し、部下とも連携します」
「頼りにしてるぞ」
全員の役割が決まり、部屋には少しだけ安心した空気が流れた。
「私も戦います」
気付けば、私は立ち上がっていた。
みんなの視線が集まる。
「フィルも私も、この村の一員です。だから——」
「なりません」
私の言葉を遮るように、レオンさんが静かに言った。
「ですが——」
「フローラ様」
レオンさんは真っ直ぐ私を見る。
「貴女には、貴女にしか出来ない役目があります」
「私にしか⋯⋯?」
「はい」
その声は穏やかだった。
「フィル様を支えられるのは、貴女だけです」
私は思わず言葉を失う。
「結界樹が本来の力を発揮するには、貴女の存在が必要です。それに————」
レオンさんは少しだけ表情を和らげた。
「避難する子ども達や村人も、不安になるでしょう。貴女が居るだけで安心できる人が、この村にはたくさんいます」
私は部屋を見回した。
リーヴェ村へ来てから出会った人達。優しく迎えてくれた人達。みんなの顔が浮かぶ。私は剣を振ることは出来ない。でも、私にも守れるものがある。
「⋯⋯分かりました」
私は静かに頷いた。
「フィルと一緒に、みんなを守ります」
その言葉に、レオンさんも静かに頷き返した。
「お願いします」
ロイドさんは満足そうに笑う。
「よし。みんな、準備を始めよう」
椅子を引く音が一斉に響く。
誰一人逃げようとは言わなかった。この村を守るため、それぞれが自分の出来ることを始める。
私は窓の外を見る。そこには、静かに村を見守るフィルの姿があった。フィルもまた、これから始まる戦いを理解しているように、いつになく真剣な表情で森を見つめていた。
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