25話 異変
とある日。薬草を乾燥棚へ並べていると、マーサさんが籠を持ってやって来た。
「フローラ、おはよう」
「おはようございます」
マーサさんは薬草棚を見渡し、小さく頷く。
「傷薬がよく出てねぇ。少し補充したいんだよ」
見ると、確かに数種類の薬草が少なくなっている。
「分かりました。採ってきますね」
「悪いねぇ」
私は空になった籠を手に取る。
家の前へ出ると、レオンさんがすぐに気付いて近付いてきた。
「本日は薬草採取ですか」
「はい」
「ご同行します」
いつものやり取りだ。私は笑顔で頷いた。
「よろしくお願いします」
そこへ、一人の男性が森の方から歩いてくる。
肩には弓。腰には狩猟用の短剣。ディーンさんだった。
「薬草採りか」
「はい」
「俺も森へ入る。護衛は一人でも多い方が良いだろう」
「お願いします」
森に一番詳しいディーンさんが居てくれるなら心強い。
私達三人は村を出て、いつもの森へ向かった。
◆
森へ入ると、いつもと変わらない景色が広がっていた。
柔らかな木漏れ日。風に揺れる枝葉。草花の香り。
「今日はこの辺りから探しましょう」
私はしゃがみ込み、一株の薬草を指差す。
「これは傷薬になります」
レオンさんも隣へしゃがんだ。
「葉の縁が少し赤くなっているものですね」
「正解です!覚えてくださったんですね」
「以前教えていただきましたので」
レオンさんは慣れた手つきで薬草を採っていく。
最初は見分けも付かなかったのに、今では間違えることもほとんど無い。凄い成長速度だ。
「もう私が居なくても採れそうですね」
「どうでしょうか⋯⋯まだハッキリと毒草か薬草か見分けられる自信は無いです」
「この薬草に似た毒草との見分け方はバッチリだと思いますけど⋯⋯」
「だとしても、俺はフローラ様と採りに行きたいです」
何を言ってるんだ。どういう意味だ。なんて考え、少し照れくさくなりながら薬草を籠へ入れる。
その横で、ディーンさんは何も話さず森を歩いていた。薬草ではなく、木々や地面を見ながら進んでいる。猟師だからだろう。私達とは見ているものが違う。
しばらく歩いたところで、ディーンさんの足が止まった。
「⋯⋯」
しゃがみ込み、地面へ手を触れる。
「ディーンさん?どうかしましたか?」
返事は無い。
私も近寄ると、そこには泥の上へ残った足跡があった。
「鹿⋯⋯ですか?」
「違う」
ディーンさんは短く答える。
「狼だ」
私は少し安心した。
「狼ですか?それなら————」
森では珍しくない。
群れで生活するため、時々足跡を見ることもある。
だが、ディーンさんは首を横へ振った。
「数が多い」
「⋯⋯え?」
「十じゃ効かないぞ、これは」
レオンさんも足跡を見つめる。
「新しいですね」
「ああ」
「昨日⋯⋯いや、今朝か」
二人の表情が少しだけ険しくなった。
私は辺りを見回す。いつもの森。何も変わらないように見える。それでも二人は警戒を解かない。
再び歩き始めて間もなく、今度は一本の若木が途中から折れているのが目に入った。
私は思わず立ち止まる。
「風でしょうか」
「⋯⋯いや、違う」
ディーンさんは折れた幹へ触れた。
「これは⋯⋯力任せに折っているな」
レオンさんも幹を調べる。
「何かが体当たりしたのでしょうか」
「⋯⋯恐らくな」
ディーンさんは森の奥を見る。
普段なら鳥の鳴き声が聞こえる時間だが⋯⋯今日は妙に静かだった。
「今日はここまでだ」
「えっ?」
まだ籠は半分も埋まっていない。
「薬草は足りませんけど⋯⋯」
「明日でも採れる」
ディーンさんは短く言った。
「今日は帰る」
その声には迷いが無かった。レオンさんも静かに頷く。
「俺も賛成です。嫌な空気がします」
そこまで言われると、私も反対は出来なかった。
「⋯⋯分かりました」
三人で来た道を引き返す。
森を抜け、村が見えてくる。
いつもなら真っ先にこちらへ駆け寄ってくるフィルは、村の入口でじっと森を見つめていた。
「フィル?」
声を掛けると、ゆっくりこちらを向く。
それでも枝葉は落ち着かない様子で、小さく揺れ続けていた。
私達を迎えているというより、森の奥を気にしているようだった。
その日の夜。窓の外から、低い遠吠えが聞こえてきた。
ウォオオオオォ——。
私は思わず窓へ目を向ける。
庭ではフィルが森の方角を見つめたまま、静かに枝葉を揺らしていた。
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